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88 記録する精霊



 「姫さま・・申し訳ありません。・・・クッキーを食べたのは私です」


 「うん。べつに、そんなことでつかまえたわけじゃないから」


 「えっ・・じゃぁ、プリンですか?パイですか?・・あ。もしかしてベリータルトですか?でもあれはあんな所に隠している方が悪いと思うのですよ」


 「え!?みつけちゃったの!?・・あとで、たのしみにしてたのにぃ」


 「・・姫様。ミミ」



 自供・・。内容は『おやつ』だが、罪の自白。

 そして、その罪に対して断罪を決めたフィリア。



 ・・・という、くだらないやり取りだが、まったくもってどうでもいい。

 呆れた様子のマリアこそが正しい。


 当然、拘束されたミミの心当たりは見当違い。

 その件に関しては後で個人的な私刑で話し合ってほしい。



 「え!?違うんですか!?話し損じゃないですか!!」


 「・・みみ。あとでおはなししましょう」


 「姫様もです。あとでミミと二人まとめて私と『お話』しましょう」


 「えぇー!?・・みみのせいですよ!!」


 「冤罪です!!」



 いつものやり取り。

 実に平和な、見慣れた光景。


 だが、三人以外にそのやり取りを楽しめる者はいない。

 いや、三人も。取り分けミミに至ってはそう勤めているのかもしれない。


 ミミの手首には重く冷たい手錠が掛けられた上に、身体に巻かれた魔力の帯。

 罪人を移送するかのような拘束。


 いつもなら冗談で済ませられる物だが、今はその重みが正しく作用している。



 「・・ですが。・・それなら何故私は、拘束されなければならないのですか・・・」



 軽い掛け合いに見えても、そこにある現実は重々しいもの。



 そんなフィリアたちを横目にゼウスは、奥に進んでいた。


 すり鉢状の訓練場。

 黒曜石で出来たような漆黒の石造りは、その目的の特殊性に合わせた魔術的施工も施された特別仕様な堅牢さ。


 そんな黒作り訓練場の一番下は少し奥まっていて、影になっているのもあるが、よく見ればそこは石の壁ではない。

 ぐるりと一周埋め尽くされた黒い本の背表紙が隙間なく並び、黒い石壁と同色の壁となり一見気づけない。


 その壁の一箇所に迷いなく進んだゼウスは、一冊手に取ると軽く目を通した後、その本を携え訓練場の中央へ戻っていく。


 ゼウスが抜き出した本は背表紙同様に真っ黒で、文字どころか特徴一つ無い。

 只々黒く、一見唯の黒い箱のようにさえ見える本。



 「ミミ。貴女はグレース様のお話を聞いていなかったのですか・・」


 「聞いていましたよ!・・だからこそ、わからないんですよ。グレース様のお話の後、直ぐに拘束される理由が」



 マリアは相変わらず真面目な表情ではあったが、ある程度付き合いの深い面々はそこに苦悶が滲んでいるのにも気づいていた。

 だからこそ、ミミもまた、切実な声色を素直に向けた。



 フィリアを襲う数多の悪意。

 ミミ自身もかつてフィリアに代わり、毒を飲んだ事もある。


 それを手引きしていたのが、レオンハートからの信頼も厚い副騎士団長のサーシスだった。


 その衝撃は少なくない動揺を与えた。

 だが、それだけではなく、協力者もいるという。


 当然ながらサーシスの単独犯行には限界がある。

 なれば、サーシスと同様に深く馴染んだ裏切り者が確実にいる。


 『ミル』という黒幕の存在も聞かされたが、名前だけで顔すら知らない存在は、フィリアの中で長く残ることはなかった。

 他の面々にはその名前だけでも、険しい顔をさせるような存在のようだったが、過去に何があったかなどフィリアは知らない。


 そんな事よりも、馴染みの顔ぶれの中にいるだろう協力者の方がフィリアにとっては重要な話だ。



 そんな話の後に、ミミが捕らえられた。

 マリアの一声ではあったが、フィリアも否はなく、あまりに一瞬の事だった。


 その流れからの拘束など、ミミを裏切り者と断定しているようなもの。

 明らかな理由ではあっても、ミミにとってそんなもの受け入れられるような理由ではなかった。



 「・・ずっと不思議だったのです。・・姫様の庭園へ侵入を許した件が」



 ミリスが静かな口調で話すのは、ティーファが怪我を負い、フィリアの逆鱗に触れたあの事件。

 しかし、あれはティーファの後を付けた馬鹿な子息たちの行動が原因だった筈だ。



 「あの通用口は、物理的施錠だけではなく、魔術による対策もきっちり成されているはずなのです。レオンハートの姫、その庭園。それも自室へ直通の。そんな所へ、単に後を付けただけで、侵入など出来るわけないのです」


 「えぇ。警備の事は副団長が手を回せたとしても、姫様個人に直接関わる事に関しては、いくらなんでも手を回せないはず・・。それが出来るとすれば、姫様の側近のみ」



 ミリスの言葉を継いで、ロクサーヌも重々しく口にした。

 つまりは、侵入しやすいよう手引きしたものが、確実にフィリアの傍にいるという事実。



 「それはっ・・・」



 ミミは必死の声を上げかけたが、面々をみて、口を閉ざした。

 明らかに不自然に・・。



 「それと、姫様が街に脱走した件もです」



 マリアの重い口調。一瞬フィリアの肩がバツが悪そうに跳ねたが、今はそれを咎める為ではない。



 「姫様が用いた脱走経路は街へ直通ということもあって、特に秘匿性の高い隠し通路です。本来なら主以外は側近でさえ知らされる事はありません。ですが・・姫様の場合、その素行もありましたので、お教えする事はありませんでした。しかし、誰も知らないというのも、またそれはそれで問題があります。その為、・・・私と、ミミにだけ、知らされておりました」



 とりあえずフィリアの素行については、想像通りだし、納得のいくものだ。

 もし、知っていれば喜々として多用したに決まっている。

 その証拠に、いじけた様に唇を尖らす幼女。



 「ですが、私はその存在を知らされたのみ。・・この施設と同じです。存在は知らされても、何処にあるのか、どのような経路なのか、何処に繋がるのか、そういった詳細は何一つ教えていただいておりません。・・私はいずれ姫様の傍を離れる身。故に、ミミ。貴女しか知りえないのです」


 「まぁ、セバスとティーファが気づいてくれて事無きは得ましたがね」


 「・・セバスは『一輪の花』を結んでいますのでわかりますが、ティーファはなんで分かったのでしょう?」


 「・・・ティーファの場合は、純粋に姫様に対する執着心のみで成したような気がするな・・」



 近衛たちの小さな呟きに、等のティーファはキョトンとした表情で首を傾げた。

 本人は当時、「偶然」や「なんとなく」と言っていたが、それが余計に怖くもある。


 ちなみに、最近では、フィリアへ対しての察しの良さや、勘を、覚えたての言葉で、『愛です』と説明するが、この子の将来が心配で仕方ない。

 純粋培養のストーカーが生まれつつあり、更にはその才にも努力にも恵まれ始めている。



 「・・・マリア。・・貴女も・・」



 そんな呑気なことを考えていたが、今はそんな場合じゃなかった。


 俯き、表情の伺えないミミは唸るように、悔やむように呟いた。

 そして、少し上げた顔から、怨念の濃く燃えた瞳が、射抜くようにマリアに向かった。



 「信じていたのにっ!!マリア!貴女も間諜だったのですねっ!?」



 獰猛な獣のような表情で、怒りを顕に叫んだミミ。


 そんな姿は見たこともない。

 いつもの、抜けて、能天気で、マイペースな彼女はそこにいない。


 まるで別人のように熾烈な形相。


 支離滅裂なことを訴え始めたミミに、その場の面々は身体を強ばらせた。

 だが、それは、ミミの迫力に呑まれた訳ではない。


 痛々しいものでも見るような表情。

 哀れみや同情がありありと浮かんでいる。


 あまりに既視感のある姿。

 フィリアは見るに堪えないといった様子でゼウスへと振り返った。



 「おじさま!」


 「あぁ。すまない。待たせたね」



 訓練場の中央。

 ゼウスは黒い本を、誰も、何もない空間へ差し出した。


 すると、黒い本は独りでに浮き上がり、ページが捲られていく。

 まるで、そこには目に見えない何かが居るようだ。



 「おじさま・・。それは?」


 「ん?あぁ、そうかフィーにはまだ見えないか」


 「・・そこに、だれかいるのですか?」


 「目に、魔力を込めてごらん」



 魔力視。フィリアは持ち前の自重のなさで生後間もなくで身につけていた技。

 本来は魔力操作の練習過程で学ぶ技術。

 難しくはないが、終生重宝するが故に、必須といっても過言ではない魔術師の必須技能。


 更には、使用者の練度や才能によって効果も変わり、フィリアに至っては最初から並みの魔術師のそれよりも鮮やかで明瞭な視界を持っていた。



 言われるままに魔力を巡らすフィリア。

 その瞳は虹色に煌き、揺らめく。


 そこにあるのは、見慣れた光景。

 彩り豊かな光の胞子が、宙を舞い。所々ではそれが群れを成し、うねりや流れとなって小さな宇宙を作り上げている。


 それは生物であればより顕著で、光が集まり一つの太陽系のように大きな光を包むように、数多の光が集まっている。


 それが魔術師、ましてや、レオンハートの人間であれば別格で、その光景は美しく大きい。


 現に目の前のゼウスが纏う光は、広い銀河を巡るようでその終わりが見えない。

 眩しいほどに鮮やかで、色彩も無限。

 光の奔流の中心に立つ姿は、あまりにも神々しい。



 だが、今、見るべきはそこじゃない。

 フィリアは、虹色宝石の目を黒い本へと向けた。



 「・・ん?・・・っ!?」



 一瞬気づかなかった。

 いや、気づけなかった。


 黒い本は魔導書なのだろう。

 そこから溢れるような彩光は、あまりに色鮮やかで、多い。


 正直、授業で見てきた魔導書なんかの比ではない。


 目を惹かれる程に美しく、息を呑むほどに荘厳。



 しかし、それさえ霞む光景。


 それは、黒い本を手する『何か』。

 姿は見えない。だが、その『何か』はそこにいる。


 何故なら。

 ゼウスの小宇宙さえ霞むほどに大きな宇宙が、その『何か』を中心に生まれていた。

 

 間欠泉を目の前にしたような圧倒的な光の激流。

 いや、もはや流れですらない。まるで一本の大樹。


 圧倒感。威圧感。

 尊大で、偉大な存在感。


 仰ぎ見るほどに大きく、全体を視界に入れる事は難しい。


 それ故に、最初は気づけなかった。

 目には入っていたが、あまりの大きさにその存在に気づけなかった。



 「見えるかい?」



 言葉を失い、圧倒されるフィリア。

 普段から飄々としていた、フィリアのこんな様子は珍しい。


 ゼウスはそんなフィリアに微笑んで声をかけた。



 「・・いえ。・・ですが、まりょくは、みえます。・・おっきなき、みたいです」


 「木か・・素敵な表現だ。だが、正確には、魔力ではないよ。・・魔素と言ったほうが近いかもしれないな。・・アレは『自然』そのものだから」


 「しぜん?」


 「あぁ。なんせ、あそこに居るのは『精霊』。それも最上位精霊様さ」



 物語でもなく、例えでもなく。実物。


 魔術師であれば誰でも当たり前に信じ、感じる存在。

 全ての魔術や魔法は精霊の力が顕現した事象を操る術。


 授業でも当たり前に学び。

 その存在が常識。


 だが、それを認識。ましてや視認など出来るとは知らなかった。


 さすがのフィリアも好奇心を燃やすことさえ忘れてしまっている。



 「・・おじさまは、みえるのですか?」


 「そりゃぁね。・・そもそも見えないと、この施設も使えないしな」



 そう言ってゼウスが示したのは、今は精霊が手にした黒い本。



 「ここでの事は全て、あの本に記録されるんだ」



 精霊が手にする以外にも、壁一面、無数にある黒い本。

 その中から一冊。その時に合った記録書を選ぶという。


 しかし、これだけの数の中から迷いなくゼウスは手に持ってきたが、その装丁はどれも全く同じ。

 ということは、ここにある全ての内容と場所を把握しているということ。


 ゼウスもやはりレオンハートであった。

 迷惑な部分だけの血筋ではなかった。



 そして、記録書を選ぶのは各々だが、そこに記載するのは精霊の仕事らしく。

 それ故に、精霊が見えなければならない。



 フィリアは改めて精霊を見つめたが、やはりその姿を見ることは出来ない。


 だが、仰ぎ見るそこには大樹が見える。

 心安らぐような、圧倒されるような。

 雄大で荘厳で、神々しい、魔力。



 「大精霊『トート』。この記録庫の主」


 「とーと・・」


 「フィーも直ぐに見えるようになるさ。・・マリアもミリスも見えているようだしね」


 「ふぇ?」



 振り返ったフィリアを見つめマリアとミリスは頷いた。


 それだけではない。先程喚いたミミも、他の面々も驚いたように精霊を見つめている。

 だが、ゼウスの口調から精霊の姿が見えているわけではなかろう。

 しかし、それでも、フィリアと同じようにかは分からないが、あまりに大きな魔力は視えるはず。

 

 如何せん、彼らは皆、レオンハートの傍に控える者たちなのだから・・と、思ったら、グレースとスチュアートは元より、アンヌも挙手してまで視えると進言した上、ティーファまでおずおずと手を上げた。



 「マリアはそもそも、レオンハート大公妃の侍女として許されたものですし、私は精霊に近しいと云われるエルフですから」


 「私は、一応、ゼウス様の弟子ですから」


 「・・・てぃー、は?」


 「・・アイ・・です」



 ティーファは、フィリアを本物の精霊か何かと勘違いしている。

 故に、精霊が視える理由があるとすれば、フィリアを毎日見ているからだと、本気で思っている。


 更に、フィリアが詳しく聞けば、それ以外の面々も、明瞭ではないものの、ボヤけていたり、霞みがかったりしながらも、その姿を捉えられているらしい。


 その事実に驚愕したと同時に皆の視線がフィリアから外れた。


 先程までシリアスな感じだったミミまでも・・。


 だからこそ、フィリアはもう一度振り返り、ゼウスと視線を合わした。

 ゼウスは困った様子ではあったが、視線を逸らすことはなかった。



 「あぁ・・フィー。・・そのぉ、フィーは、まだ幼いしな」


 「・・てぃーは、みえるようです」



 「・・・・・」



 「・・・」



 「・・さっ!始めようか!!」


 「おじさまっ!?」



 遂に視線を逸らしたゼウスにフィリアのモヤモヤは見ないふりをされた。



 だが、ひとつだけ。

 フィリアを擁護するわけではないが。


 見えないのが普通である。

 



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