5 綺麗な景色
予想外の事態。
あの日よりフィリアの傍には、これまで以上に常に人がいるようになった。
マリアやミミ、そして家族の皆は最初の惨事のすぐ後から傍にいることが増えたが、今ではその他にも多くの人が入れ代わり立ち代わり増えた。
あんな騒ぎの後だ。当然といえば当然なはず。
・・なのだが、監視対象がおかしい。
なにしろ監視なのだ。
警護や守衛をついでとした、『フィリアの監視』なのだ。
視線は常にフィリアに注がれ、少しの動きにも反応がある。
これまでもミミやマリアは常に傍に居たし、両親兄弟だって暇さえあれば顔を見るだけであっても来てくれていた。
だがこれは、それとは全く違う。
ミミとマリアも傍にいる事は変わらないが、これまで以上に気を向けてくる。
両親兄弟は暇さえあればなどと言う頻度ではなく、むしろ常に誰かは必ず傍にいる状態で、その上その間は常に視線を向けてくる。
寝ていれば覗き込み。ハイハイの練習をしていればストーカーのように・・。
そしてそれ以上に今までと違ったのが、今まではいなかった人間が入れ替わりで常に2人は室内に待機するようになった事だろう。
警備面もあるだろうが警戒対象は気のせいかフィリアに向かっている気もする・・。
それも昼夜問わずの24時間体制で・・
―――・・なんか。息が詰まる
原因はわかっている。
明らかなほどにわかりきっている。
「ひめさまぁ~。ほ~ら。みてくださぁ~い」
甘い声でミミはそう言うと『詠唱』を始めた。
未だ『詠唱』の文言はわからない。言い回しやイントネーションが特殊すぎて耳に馴染みにくいのだ。
そして『詠唱』を終えたミミの右手には顔と同じくらいの大きさをした炎の球体がうかんでいた。
「ほ~ら。ひめさまぁ~。まほうですよぉ~」
―――・・・・・
ミミの間の伸びた甘い声は満面の笑みと共にフィリアに向けられている。
それも飽く事無く何度も。何度も。毎日。毎日だ。
スっとフィリアは視線を移した。
そこにはマリアが居たがかつてのようにミミを諌める様子は見られない。
むしろマリアの視線は真っ直ぐにフィリアへと向かい、そこに込められたのは何かを探るようなものだ。
マリアに関して言えば二度もその場に居合わせたのだ当然といえば当然だろう。
あの晩、起こったことは明らかで、それを成したのは誰か。・・成せたのは誰か。
そこに疑問の余地はなく答えは明確。
『ほ~ら魔法使ってごらん?』
『フィリアちゃ~ん?魔力を動かしてごらん?』
そんな事をあの直後から求められ始めた。
しかしそんなことはできなかった。
あの時の反応。
そしてこの状況を見れば明らかだった。
自身の行いが普通では決してない事に嫌でも行き着く。
絶対『異常』この上なかいのだ。
―――あ、交代だ
部屋の扉から二人の男が入ってくると部屋の隅に控えていた二人の男女が動き出し今来た二人と入れ替わり部屋を後にした。
必ず二人一組で監視を行う彼らは必ず片方は明らかな『騎士』という出で立ちだ。
鎧を着て帯剣している。それは護衛といえば納得できるはずなのにそう思えないのはもう片方のせいだろう。
鎧を着てはいるが騎士とは違い軽装の鎧にダークトーンのローブを来ている。
彼らは決してフィリアから目を離すことがない。
それは交代して人が変わってもその役割は変わらなかった。
―――・・・・・・
「・・・・・・」
しばし見つめ合う。・・・毎回。
フィリアは毎度、不満を視線に込めるが・・効果はない。
―――っ!!魔法が使いたーーーーーいッッ!!!!
流石にこれほどの厳戒態勢(対象フィリア)で使ったらまずい気がして我慢している。
「・・なんで魔法を使わないんでしょう?」
ローブの男と見つめ合うフィリアをみてミミはため息と共に呟いた。
「あの時の状況もそうですが、あの時フィリア様からは魔力が感じられたのですがね」
「はい。しかも私程度でも無意識に感じられるほどでしたしそれなりの魔力量だとも思ったのですが・・」
肯定するようにマリアがあの晩の事を思い起こし、ミミも更に肯定してあの晩のことを思い出すが、尚更に何故なのか分からぬとフィリアの視線の先にいる部屋の隅の二人へと目線を向けた。
「・・・そのはずなのですが・・・。やはり魔力を感じることはできないのです。魔力が感じられないのは魔力操作をできなければ珍しくもないですし、フィリア様からは魔力の波動自体は感じられるので魔法の素質もあるはずなので問題はないのですが・・。『見えもしない』のですよ。本来魔力操作はできなくとも魔力を纏っているはずなのですが・・・」
―――・・・やっぱりそういうのあるんだ。・・よかったー
ここ数日。いや初日よりフィリアには違和感があった。
フィリアに向ける皆の視線がいつもとは何か違うような感覚を覚えさせたのだ。
確証はなかったがその視線を向ける皆の目に何かがされている様に感じたことから、もしかしたらと予想を持たせてくれた。
前世の漫画や小説でよくあった。『魔力を視認』する方法。
その中で最も多かったのが目に魔力を纏わらせたり、目に魔力を巡らせたりするやり方だ。
もちろん創作物だったが、もしそうなら納得できると思っていた。
そしてその対策は意図せず出来ていた。
最初は増えてきた魔力量を感じて面白くなってきたという自重の欠片もない好奇心からだったが。
―――『魔力圧縮』ってできるのかな・・・そしたら更に増えるかな?ふふ
これも前世の知識からの併用だ。あまりに無責任な実験。
しかし結果から言えば。できた。
しかも増えた。
そしてその時には気づかなかったがどうやらフィリアは圧縮する際に体の中心に押し込めるイメージで行っていたため魔力自体が体外に溢れることなく、更には魔法行使の際には訓練のかいあって必要量の魔力だけを放出し魔法に変換できるようになっていた。
それはそのまま『魔力感知』にも『魔力視認』にもかからなかった。
偶然ではあったがフィリアにとっては都合のいい結果となった。
それでも魔力を今までのように動かそうとするとわかるようで何度か怪訝そうに見られたことがあった。
故に魔力を押し込めたまま、気づかれないように魔法を使うことも諦めた。
だがそれ以上に根本的な事にフィリアは気づいていなかった。
魔力の漏洩を抑えた魔力圧縮は『訓練』の中で出来たのだ。
そう、あくまで意図して鍛錬した上での副産物である。
間違っても無意識などでは起こせず。ましてや赤子がそんな事を行えるはずがないことにフィリアは考えが及んでいない。
故に周りがそれすら異常と判断して、同時に確信を得ていることに気づいていない。
―――まぁ『魔力圧縮』自体も結構『魔力操作』の訓練になるんだけどね・・
そんなことも知らず明後日の方向で考察を抱くフィリアに些か残念令嬢の未来が見える。
「騎士団所属の魔術師様達でも難しいですか・・」
―――お?やっぱり騎士と魔術師なのか
「・・申し訳ありません。しかしあの晩の状況を伺う限りフィリア様が魔法を使えるのは間違いないはずです」
「ほかの侵入者の痕跡も無かったですし。魔道具の類も外部からの魔力残滓も無かったですから」
―――なんと!魔道具となっ!!そんな素敵道具がっ!!!
様々な便利道具や夢道具を想い描き、夢想に舟を漕ぐと頬が緩む。
「ん?姫様。なんだか楽しそう、というか幸せそうですね」
騎士様はフィリアの表情に気づき楽しげに笑った。
その声に会話をしていたマリアはフィリアを見て微笑み。ミミは悶絶したように胸を抑えた。
―――いかんいかん。妄想に浸ってしまった
我に帰ったフィリアは視線を巡らす。
優しげに見守るマリア。今にも飛びついてきそうな程に頬を紅潮させ鼻息を荒げさせるミミ。周りへの警戒を怠る様子なく視線や意識を巡らせながらもたまにフィリアへ視線を止め笑みを見せる騎士。あいも変わらずぴったりと視線をフィリアに固定して些細な身動ぎ以外を見せない魔術師。
・・そして昨晩からの世話疲れが出たのかフィリアのベットで横になったまま規則的な寝息を立てる母、リリア。
リリアはともかくと。フィリアは視線を巡らせた後、大きな姿見で自身を確認すると、改めて魔術師へと視線を合わせた。
―――んー。それにしても、ホントに『見えて』ないのかな?
フィリアは魔導師の姿を全部視界の中に入るように視野を広げた。
―――綺麗だなぁ
色彩豊かに様々な光源が魔術師の周りを巡っていた。
そのうちの一部は魔導師の目元へと集まり入れ代わり立ち代わり巡っている。
その様子はあまりにも神秘的で前世の世界であれば息を呑むほどに美しい光景だった。
残念ながら今のフィリアにその感傷はない。
人並みに綺麗だと感じることはあってもそれだけで感動はない。
何故ならそれは『日常的』で当たり前の光景だったからだ。
再度フィリアは視線を巡らせた。
マリアはあまり光源の量は多くないがその色合いは白銀が主となっていて美しい。しかし色合いとは違ってどこか暖かさが感じられるのはその光源たちが淡くあるせいだろう。
ミミはその性格や外見のままの暖色系の色彩を放つ光源が身を纏っていた。しかもマリアのようにゆったりとではなく快活に巡る光源たちにミミらしさが反映されている。
騎士は巡るというよりも漂い纏うといったような光源だ。色合いは原色が強くどこか鋭さのようなものも感じるのは気を張ったような光源のせいだろう。
そして魔術師はその中でも明らかに違い。色合いは様々な上に光源の量も段違いだった。それに何より光源たちは不規則に見えて実際のところ統率されたように規則正しく巡っている。それは他の魔術師たちもだ。
フィリアはその光源たちを魔力の素のようなものでは無いかと考えている。
また魔力でないとしてもそれに類似または付属する何かではと思っていた。
―――まぁでもそれより・・・
フィリアの視線の先には、安らかに寝息を立てるリリア。
リリアの光源は明らかに別格だった。
豊かな色彩の光源は複雑なあまり表現にできないが、聖女と言われても納得してしまう程に美しく神秘的。
その光源の量たるは魔術師のそれを遥かに凌駕し、数倍・・数十倍はあるのではと思えて仕方ない。
圧迫感すら覚えるほどの光量。
これまで見た魔導師様たちの中で最も多かった者ですらリリアには遠く及ばない。
―――だからなのかな・・
フィリアは大きな姿見の中の自身を見つめた。
そこにはリリアと遜色ない。いや、リリアよりも多くの光源を纏う赤子がいた。
色彩はまだ淡く豊かではないが、それが寧ろ神々しくさえも見える。
しかもそれは魔力を押し込めた現状でだ。
―――絶対普通じゃないよな
ため息を吐きたい思いにはなったが、まだ肉体はそんな感情を形にすることは出来ない。
そっと目に込めた魔力を抜いた。




