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84 ティアラ Ⅴ



 別段好かれたいなどと考えるわけではない。

 それでも目の前の存在から言われては、無視はできない。


 一見、高貴なご婦人。美人で艶やかな色香は目を惹くものの、そこに脅威など抱きようもない。

 だが、実際はそんな穏やかな存在ではない。


 時には凶事にさえ充てられる逸話のモデルでもあり。非道で非情な悪い魔女、物語に描かれるそのほとんどの悪印象は彼女から生まれたとさえ云われている。


 曰く、『傾国』、『災禍』、『害悪』・・。


 あらゆる悪名を囁かれる、悪女の教科書。

 魔女が悪魔と契約するなどと謂われる原因ともなった『悪い魔女』


 そんな彼女の前では己が命など余りにも軽く、彼女の機嫌一つ、指先ひと振りで全てが決まってしまう。当然その先に待つのは地獄のみ。だが、それでもマシな地獄を望み、死を願う事ぐらいは出来る。


 だからこそ、彼女からの嫌悪は、何よりも重い絶望でしかない。



 「・・・私、は、そんな、ものじゃ、ない」



 だが、ティアラの目は変わらず敵愾心を滾らせミルに向かっていた。


 ティアラとて、ミルの事を知らないわけではない。当然、彼女の癇に障る事がどんな意味なのかも知っている。


 恐怖がないわけじゃない。寧ろ、息をするのにも気を遣い、怯えるほどに震え、押しとどめることなど出来ずにいるほどだ。


 それでもその恐怖に飲まれることは許されない。・・いや、ありえない。



 「・・・えぇ。そう、ですわね。貴女は『なりそこない』ですもの」



 鋭く、侮蔑のみを写した眼。


 恐怖などと生易しいものではなく、無数の死の気配。

 それが全身に絡みつき、足の先から見定めるように、味見をするような感覚が気色悪く這いずる。



 ティアラは腕に力を込めた。

 それはこの短時間に何度目の事だろう・・。


 腕の中の小さな天使。


 己が命など秤に賭けるまでもない程に大切な『娘』。



 ミルの放つ悍ましい嫌悪。恐怖。

 それから逃れる為の『手土産』はすでに腕の中にあった。

 

 あまりにも無防備に。


 だが、それを捧げる事はないだろう。

 

 例え、泣き叫び、死を懇願しようとも、その手は離さない。



 「なりそこない、とは、私に、とって」



 だからこそ、ぎこちなくとも優美に笑む。

 マーリンから指導され、リリアから学んだ、淑女の微笑み。



 「最高の、讃辞、です」



 ミルの眼は鋭さを増したが、そこには嫌悪よりも、害虫でも見るような不快感が増していた。

 殺気の腐臭は色濃く増し、その視線だけでも、気を抜けば死の気配に取り込まれそうな程。



 「申し訳ありませんけど、理解は出来かねますわ。寧ろ、その機会を奪ったレオンハートを恨む事が普通だと、あたくしは思いますもの」



 二人の視線が交差した。

 気づけば目があったのは初めてだ。


 だが、初めてにしては互いの視線は、あまりに力強い。



 ピシッ



 何かが弾け、亀裂が入ったような音。


 だが、この独房には窓やガラスはない。

 古こけ、罅割れた壁や天井にも、新たな亀裂が刻まれたわけでもない。


 空気。


 もっと言えば、空間のようなもの。


 それが耐え切れず弾けたように軋んだのだ。


 二人の魔力がぶつかりあった衝撃。

 魔女と妖精。それも互いが並ではない存在。



 「へぇ。・・『なりそこない』とはいえ流石ですわね」



 楽しげに微笑むミル。

 だが、その目にある侮蔑の感情は消えていない。


 寧ろ、不快感が強く増したようにさえ見える。

 それもそうだろう。魔女として自負があり、只でさえ数多の逸話を残してきたのだ。

 

 それなのに魔力で対抗され、あまつさえ拮抗されたのだ。


 不快で仕方ないだろう。



 「これ、でも、私。レオン、ハート、に、認め、られた、『魔導師』、です、から」



 『レオンハートに認められた魔導師』

 これ以上の肩書きはない。


 世界中の魔術師が目指す最上の称号。

 それが『ファミリアの魔導師』

 つまりはレオンハートに認められし最高の魔術師であるという証。


 一般市民さえ他国に渡れば一級の魔術師と謂われるファミリアという土地。

 そこでの魔導師とは、掛け値なしに世界最高の魔術師を指す。


 如何に世界最悪の魔女と云えども、簡単ではない相手。


 それも、妖精。

 妖精の女王。


 『レオンハート以上の魔力を持つ魔導師など史上初だろうな』


 かつて魔導師に認められた場でアーク、つまりはレオンハート大公から贈られた讃辞。



 「・・『月ノ妖精(フェアリー)』、でしたかしら」



 魔導師にはそれぞれ二つ名のような称号が与えられる。

 それは、ティアラに与えられた『名』。



 「でも今、貴女はどれだけ力を使えまして?致命傷と言えるだけの傷を負い、そこから広がる毒も決して軽いものでないのではなくて?控え目に言って猛毒ですもの。見た目こそ綺麗に治って見えますけど、実際はどうかしら?・・その上」



 ミルはティアラの腕の中を指さした。



 「レオンハートの赤子。魔力に過剰なほど敏感なその子が傍にいて、妖精である貴女は何処までその力を使えますの?・・ここに連れ去られる際にも、あんな雑兵程度にろくな抵抗も叶わなかったといいますのに」



 ミルの言う事は事実だ。


 妖精の魔力は周りの魔力を乱す。

 だからこそ、ティアラは並外れた魔力操作を身につけたのだ。


 だがその操作さえ乱れる程に深い傷を与えられ、それを正すのにも苦心するほどに毒がティアラの身を蝕んでいる。

 どうにか中和はされているが、その速度は決して順調ではない。


 それもその筈。

 そんな事をしようものなら、魔力が多分に溢れる。


 それは、腕の中の天使に尋常じゃない害を及ぼす。



 「私は、レオン、ハート、の家人、で、兄、は軍人、です。護身、術、程度、なら、それ、なり、に、腕に、も、覚え、があり、ます」


 「フフ・・。連れ去られた貴女が言っても、強がりにすらならないですわ」



 嘲笑うような声。

 だが、それはティアラを侮るような声ではなかった。

 しかしだからといって、警戒心がある様子でもない。


 初めからずっと変わらないのだ。


 警戒するにも値しない。


 そう、虫。

 彼女にとっては最初から不快な害虫でしかなかった。



 「それにしても、流石は『ウル』ですわね。なりそこないとは言え、妖精女王(ティターニア)をその幼さで誑し込むなんて」


 「この方、が、『ウル』、である、こと、など、関係ない、です」


 「そうかしら?・・『満たされる者』『全てを持つ者』。そんな意味を持つ『ウル』。代々その名を冠する者たちの傍には必ず『妖精』がおりますわ。奴隷、モルモット、従者。あぁ、恋人だった者もいたわね。とにかく、どんな立場だろうと『ウル』の傍には『妖精』がいるもの。・・その子にとっては、貴女がその『妖精』なのでしょう?」



 『ウル』とは、レオンハートの中でも特別な存在。


 レオンハートの特性は多大な魔力。

 飽和するほどの魔力量。


 飽和した魔力はわずかな乱れで簡単にバランスを崩す程に繊細。

 例えとしては満水のコップ。

 僅かな揺れや傾きで中身は溢れてしまう。


 その為、他の魔力影響には敏感だし、妖精などもっての他。


 だが、『ウル』は例外。


 当然、全く影響がないわけではないが、『ウル』の名を持つ者は、他の魔力影響に左右されない。

 成長すればするほどその特性は強くなり、成人する頃には魔力操作無しでも妖精の影響すらほぼ皆無となる。


 その理由は魔力密度。


 普通の人間のゆうに数千倍。レオンハートと比べても数十倍。


 レオンハートという規格外の中でも更なる規格外。


 本来僅かな効果しかない魔術でさえ、『ウル』が使えば、そこに込められた魔力濃度が過剰すぎて、失敗するか、凄惨な威力となるか。

 同じ1の魔力でさえ、その濃度故に比較にならない。


 それ故に妖精に対して強い耐性をもつ『ウル』。

 彼らは別名『妖精殺し』とも謂われる。


 そんな彼らの傍には必ず妖精がいる。

 天敵とも言える存在なのに、何故か。


 想像に難くなく、その力で従えることも珍しくはない。

 だが、それでも。それ以上に、妖精にとって、『ウル』という存在。その魔力は抗いがたい甘美さがあるのだ。


 小さな呟き。僅かな流し目。

 そんな一挙手一投足にさえ、魅了されてしまう程に、妖精は本能で惹かれてしまう。


 そして、『ウル』にとっても妖精は代え難い存在。

 催眠にでもかかったように思考は『ウル』中心となり、絶対服従。

 どんな命令にも従順で、決して裏切ることがない。


 それも、真名すら簡単に明かす程に。


 その上、魔術師にとって妖精とは、『素材』としても貴重だ。


 決して理想的な関係ではないが、そこには悲しい共存関係が確立されてしまっていた。



 だが、それでもティアラはそれを否定するかのようにミルへの視線に鋭さを極めた。



 「ハーフとは言え、妖精の本能には抗い難いものがありますでしょ」

 

 「私と、姫様、の、関係、を、そん、な、下衆な、関係、と、同じに、しないで、くだ、さい」



 互いの微笑み。

 だが、どちらもそこに表情に見合った感情などない。


 その証拠に、何度も空気が軋み、罅が入るような音が響いている。



 しかし、ミルはともかく、ティアラの急な強気で挑発的な様子。

 ミルの言葉に腹に据え兼ねたものがあったのは事実だろうが、それにしても様子の一変。


 先程までは、相手を逆なでしないようにしおらしく、無抵抗であったはず。

 その様子でさえも気に食わず、数多の暴力に晒されていたが、それでも、反抗的な態度はなかった。


 それなのに・・。



 「来た」



 瞬間。

 大きな衝撃と、目が眩む程の閃光。

 そして、音とさえ認識できないほどの爆発音。



 「遅い、ですよ」



 ティアラの笑みは、深くなり。

 そこに、初めて素直な感情が表れていた。




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