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81 ティアラ Ⅱ



 「閣下。二人の居場所がわかりました」


 「ラルフ!!来てくれたのか!」


 「お待たせしてしまい申し訳ございません。ルネージュ王国騎士団隊長海軍権謀長官、ラルフ・スワロー中将。ここに馳せ参じました」


 「同じく。ルネージュ王国海軍権謀長官補佐、ニコライ・サーシス少尉。ここに」



 張り詰めた空気の執務室。

 そこに現れた将校とその補佐。


 アークは今にも爆発しそうな殺気と魔力を溢れさしていたが、その二人が入って来たのを見て少し緊張を和らげた。



 「・・サーシスも・・・。よく来てくれた・・」


 「いえ・・。妹がご迷惑を・・」


 「いや・・こちらこそ、すまない」



 アークとニコライは互いに気まずげに言いよどんだ。どちらも心配と申し訳なさを滲ませ、何を言えばいいかわからないのだろう。



 「まずは、ふたりの報告を聞こう。・・皆、少し外してくれ」



 執務室に集まっていたのは、広く顔のしれた重鎮ばかり。

 だが、アークの言葉に否もなく、無言で礼を取ってその場を後にする。


 有益な報告なら皆と同時に共有したほうが話が早いのだろうが、同時に一つの情報で錯綜することもある。

 故にまずは、トップであるアークがその情報を精査する。共有はそのあとだ。



 「・・閣下。私は傍におります」


 「ロバート。・・この場は引いてくれ。・・心配するな。この二人の前で暴走などしないさ。寧ろ二人が居てくれるだけで、少し心に余裕が出来たほどだ」


 「・・・はい。・・かしこまりました。ですが、扉のすぐ傍におりますので・・何かあれば直ぐに参ります」


 「あぁ・・。ありがとう」



 後ろ髪を引かれるようにその場を去る家令のロバート。

 先の者たちと同様に礼を取って去るのは同じだが、ロバートは更にラルフたちにも深く礼を取った。

 言葉が無くともそこに主を託されたのは明確だった。

 だから、二人はそれに応え、静かに頷いた。

 それだけでロバートは少しの安堵を滲ませ執務室を出て行った。



 「どうやら。閣下はかなり限界だったようですね」


 「・・立場さえなければ、今すぐにでもスズーラを世界地図から消してやるほどにはな」



 アークの怒髪天は当然だ。自身の娘。それも生まれたばかりの第一子が拐われたのだ。

 親ならば冷静ではいられない。ましてやレオンハートである。その激情は想像もできない。

 寧ろ、それでもここで耐えていることが奇跡だろう。



 「他の方々は大丈夫ですか?」


 「皆、同じようなものだ。父には防衛術式を改めてもらっているが、もしもの時の為に母にも付いてもらっている。・・おねぇにはリリアの傍に居てもらっているが、すぐにも飛び出したい思いだろうな」


 「マーリンは大丈夫でしょう。確かに心情はおっしゃる通りでしょうが、リリア様の事も家族と認めた以上、放っておけないでしょうから」


 「すまないな・・。二人の大事な時期に」


 「何をおっしゃるのですか。『レオハートの人間』ならば何においても『家族』が優先でしょう。それとも閣下は私をまだ『家族』とお認めではないのでしょうか?」



 余裕のある笑みでの冗談は、アークのためだとわかりやすい。

 だからアークはその気遣いに、素直に張り詰めていた緊張を少し解した。



 「フッ。そういうのはきちんとプロポーズをしてから言って欲しいな」


 「うぐっ・・」


 「おねぇが愚痴っていたぞ。いくら家同士の話は詰めてあり、最早確定事項だとしても、それとこれとは別の話だからな。・・結婚の先輩から言わせてもらえば、絶対しておいたほうがいい。でなければいつまでも妻につつかれる事になるぞ」


 「はい・・」


 「意気地がないな。『隻腕』のラルフともあろう者が」


 「っ!?お、お辞めください!!その二つ名はっ!!」


 「おや、義兄殿は、我が姉上様の命名が、お気に召さないと」



 アークを和ますつもりだったラルフの軽口は、完全なる返り討ちとなって返ってきた。

 この家の者たちは本当に弁が立つ。普段、決定的な証拠を前に自身のやらかしを言い訳してるせいか、よく鍛えられている。



 「閣下―――」


 「辞めてくれ。・・この場には三人しかいないのだから、いつも通り呼んでくれ。・・・ニコ兄」


 「・・・はぁ。かしこまりました。アーク様」



 そしてこの二人もようやく笑みを見せ合った。

 少しぎこちないものであるのは仕方がないが、それでも難い雰囲気は少なくなった。



 「まずは、妹に代わり、謝罪致します」


 「いや、それはこちらの方だ。警備の至らなさから、今回のことが起き、更にはティアラを巻き込んでしまった。その上現場の惨状からティアラが身を呈してリーシャを庇った事は確かだ。・・感謝こそすれ、責める必要などない」


 「主人の傍に仕えるのであれば当然のことです。寧ろその身を呈したとしても、主人を守れなかった時点でそれはティアラの責でございます」


 「ニコ兄・・。俺らは幼い時から一緒に過ごしてきた。ニコ兄がティアラをどれだけ愛しているかも知っているつもりだ。・・だからこの場でくらい、本音でいい。・・俺にとってもティアラは大事な幼馴染なんだから」



 ニコライの言葉は本音ではあった。だが、それはあくまで『少尉』としての。

 当然ながら『兄』としての本音は全く別のもの。


 そんな責務や誇りなどどうでもいい。

 無事であればそれでいい。


 また一緒に夕食を食べれれば。

 また一緒に街を散歩できれば。

 また一緒に笑い会えれば。



 奥歯が鳴った。

 痛いほど噛み締めなければ瞳から溢れてしまいそうな不安。






 「それでは閣下。本題に入りましょう」


 「頼む」


 「襲撃者は五人。その内、捕らえられたのは二人だけ。ですが、口内に毒を仕込んでいたらしく二人共連行前に自害。遺体や遺留品からも碌な情報は得られず、唯一有力なのは、騎士が耳にした訛りのみ」


 「部屋は争った形跡こそあるものの、足跡を辿れる程の証拠は無し」


 「・・ティアラの髪の毛ははどうだった?あれには血痕も残っていただろう?」


 「ティアラは妖精ですが、完全に妖精ではありません。そのおかげで髪も粒子となって消えずに残ってくれましたが、妖精の特性を多く継いだティアラの髪の毛は魔力保有量も多く、血痕に含まれた魔力をかき消してしまっていました」


 「そうか・・」


 「ですが、そんなティアラの魔力のおかげで追跡はできました」


 「っ!!本当か!!」


 「はい。・・おそらくティアラは負傷しているか、意識を失っているのでしょう・・。普段なら完璧な魔力操作が乱れ、残滓が微かに残っていました」



 ティアラの状況。その例せな分析にアークは息を呑んだ。

 そして、ニコライに視線を向けた。無表情を取り繕っているが、長い付き合いである。そこに不安や焦燥があり、それを必死に押し込めているのがわかる。



 「・・更に、ティアラがそんな状況ならば、姫様の御身も心配です」



 ティアラは妖精。だが、彼女の魔力操作はレオンハートさえ舌を巻く程に優れた技量だった。

 それが、できない程の状況。それは酷く危険な状況。


 それは、ティアラもそうだが。一緒にいるであろうレオンハートの姫にこそ、その危険性が増す。


 妖精の魔力。それは、無意識に周囲の魔力を乱す。

 生き物も魔術もそれなりに魔力の波長を乱すが、妖精のそれは群を抜いている。


 成人した者でさえその影響を受けるのだ、それを赤子。それも、レオンハートの。

 魔力に過敏なその身で受ける影響は悪い想像しかできない。


 ティアラがどんな状況なのかはわからない。


 だがいつもなら、例え寝ていても魔力を乱すことなどない程の実力者だ。

 そんな彼女が僅かにでもその魔力を乱している。


 毒か怪我か。

 とにかく何かしら、その身に受けている。



 「・・それで、場所は?」


 「ルシートゥル海沖、エント城塞です」

 

 「・・・それはつまり」


 「はい。スズーラの宣戦布告とみて間違いないでしょう」



 ピシリ。

 窓ガラスにヒビが入った。


 間違いなくアークの魔力が鋭利なものとなった余波だろう。



 「騎士が聞いた訛りも、ルシートゥル海沿いの街々で使われるものです。ファミリアの近衛であれば当たり前に耳にしたことがあるでしょう。ファミリアはルシートゥル海に面した領ですから。聞き間違う事はないでしょう」


 「それに、捕らえた二人にはありませんでしたが、騎士が追い詰めた襲撃者の一人には、耳に小さな傷があったそうです。ナイフで軽く傷つけたような小さなものですが、しっかり痕となって残り、ここ最近のものではなかったそうです」



 調書の中に埋もれるような小さな情報。

 傷跡ともなれば、特徴となるものだが、その傷は目立たない上に、小さい。

 その上、相手は襲撃者。それなりの傷があって然るべきもの。

 騎士が鍔迫り合いまでして、近づきようやく薄らと確認できた特徴など、役にも立たなかった。


 だが、ラルフたち諜報員にしてみれば大きな情報。



 「地方信奉の中の慣習で、最近ではもう行われない儀式ですが、幼い我が子の耳にナイフで小さな傷を付け、わざと化膿させてその傷跡を残す、という慣習があります。我が子を穢し、容姿も醜いものとすることで神や悪魔に奪われないようにするという儀式です。昔は、幼い子が早死することも多かったので生まれた慣習ではありますが、今ではほとんど行われないものでもあります」


 「スズーラは信仰国だったな」


 「はい。信心深い国民性です。その上、あの国の階級制は根深く。この時代においても未だ王侯貴族の権力中心の国です。古い慣習であっても残っているでしょう・・そしてその慣習があったのは大陸西部。ルシートゥル海に面した土地がほとんどです」



 貴族社会。それは変化を嫌うことが多い。


 流行などは上から下へ流れることが多いが、時代の変化に馴染むのはいつだって下のほうが早い。



 「ルシートゥル海は貿易の盛んな海域だ。ほとんどがその恩恵を受け、先進国と言えるだけの発展を遂げている。・・だから、そういった慣習が残っている土地は多くはない。スズーラ以外には、ということだな?」


 「はい。・・まだ断定するには早いかと思いますが、少なくとも私は確信しております」


 「・・・権謀長官殿がそこまで言い切るのだ。言えぬ事もあろうが、それだけの裏付けがあるという事なんだろうな」



 この国における五大公とは王と同等とされる存在。

 だが、それでもラルフが全ての情報を開示することはない。



 「それで・・。私たちは、まっすぐエント城塞へ向かっていいのだな」



 私情を押し隠し、凛とする姿は、紛う事なき『大公レオンハート』。



 「はい。救出までの海上戦線は我らルネージュ海軍が総力を持って請負います」


 「その後、閣下達には全力で引いていただき、防衛と援護に注力していただきたいのです」


 「・・防衛?」



 瞬間。アークから噎せ返る程に濃い魔力が溢れた。

 悍ましく、走馬灯が駆け巡るほどの、死の気配。


 対面するラルフとニコライはあまりの恐怖に意識を飛ばしてしまいそうだ。

 歯を食いしばり、己が意思を強く保たなければ、その場にいるだけで死んでしまいそうだ。

 冷や汗すら温かく感じる程に冷え冷えとしたアークの圧に震えることさえ許されない。



 「我らに喧嘩を売り、馬鹿にした奴らを野放しにせよと?・・・レオンハートをなめてんのか?」



 世界最高戦力と呼ばれる五大公。

 ルネージュの重鎮。


 しかし、彼らは王に忠誠を誓ったものではない。


 最大の味方であり、爆弾。


 王でさえ御しきれず、場合によってはその牙が自身にさえ向く存在。



 「勘違いするなよ。『大公』などという役職は、あくまで形式であって、俺たちは臣下じゃない。もしその辺を勘違いして、都合のいい駒のように俺らを使おうってんなら、スズーラ共々滅ぼしてやろうか?」



 金の髪が逆立ち、青い瞳が怪しく煌く。

 瞳は輪郭を曖昧に揺らめく。それは魔力が原因であるが、レオンハートのそれは、並みのものではない。


 息すらできない程に濃い魔力の奔流。



 「閣下っ!?」



 その時、扉からロバートが飛び込んできた。

 焦りを全面にした表情。


 それもそうだろう。

 これほどの魔力圧。扉のすぐ傍に控えていたロバートが気づかぬはずがない。


 それどころか、このアークの逆鱗。

 城内だけには留まらず、ルーティアの街にまで届いていた。


 ロバートは部屋に入るなり胸を抑えた。

 息苦しく、呻きさえ漏れた。



 「閣下」



 しかし、対面するラルフは平静に見据える。

 強い視線と微動だにしない立ち姿。


 決して余裕ではないだろうに、それでもラルフは変わる様子で対面していた。



 「ゼウス様が動くのです」



 そしてその言葉聞いた瞬間、アークの圧が掻き消えた。

 それだけではなく、噎せ返るほどの魔力まで霧散してしまった。



 「・・おにぃが?」


 「・・はい」



 一瞬の沈黙。


 時計の針の音さえ大きく聞こえるほどの沈黙。



 「馬鹿野郎!!なんでそれを早く言わないんだ!!ロバート!父に最上級の防衛術式を組むように伝えろ!!それと領民にも厳戒勧告だ!!しばらくは外出も禁じる!海岸沿いには避難を呼びかけろ!!」


 「は、はい!」



 直ぐに部屋を飛び出すロバート。


 一気に慌ただしくなるアーク。

 その顔には焦りが溢れている。



 「・・スズーラは終わったな」


 「姫様のことは勿論。ティアラの状況も伝えております」


 「・・・大陸の形が変わるかもな」


 「陛下は泣いておられました」


 「だろうな・・。だが、姪のためだ。・・耐えてもらおう」



 先程の張り詰めた静けさとはまた違い、通夜のような静けさ。

 三人は、誰ひとり目を合わさない。



 「ちなみにおにぃは何処にいた?」


 「カトゥラケラ半島です」


 「・・猶予は一週間か」


 「グレース様もご一緒のようでした」


 「・・・。三日だな」



 アークは頭を抱えた。

 さっきまでの人物と同一人物とは思えない程に哀愁の似合う背中。



 「明日発つ。おにぃが参戦するまでに二人を救い、全力で逃げるぞ」


 「はい。余波にすら巻き込まれたくないので全力で事に当たりましょう」



 アークとラルフは頷きあった。

 


 「・・アーク様」


 「ん?」



 そこに暗い声をかけたのはニコライだった。



 「今回の事。『ミル』が関わっているようです」


 「『ミル』・・。というと、ティアラを拐ったやつか・・」



 ティアラのチェンジリング。

 その実行犯。




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