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80 ティアラ Ⅰ



 「聞いたぞティアラ。今度お生まれになる御子様の乳母になったって?」


 「あら。もうお聞きになられたのですか?・・今日の夕食時にでもお伝えしようと思っていましたのに・・・。お兄様?諜報を私用で使うなど褒められたものではありませんよ?」



 薄い色素。儚げな容姿。

 兄の贔屓目なしでも美しい妹のティアラ・サーシス。


 そんな妹に微笑むのは、海軍騎士団の諜報員。

 ニコライ・サーシスだった。







 「お兄様。アニーさんとの結婚準備は進んでいるのですか?」


 「あぁ・・いや・・」


 「まさか・・。申し込みはしたのでしょ?」


 「・・・」


 「お兄様!?」



 ティアラはいつでも兄の心配をしていた。

 兄の恋人であるアニーとも良好な仲になった。

 兄はきっとティアラを気にかけ同居を望むだろう。そしてそれを止める術などない程に兄はシスコンだ。

 それ故の、気遣いだった。


 だが当の本人は、女々しくも未だプロポーズにさえ踏み切れない。



 「ほ、ほら、今度マーリン様とラルフ様の婚姻があるじゃないか。やはり、主人より先にそのような事できないからさ・・」


 「私もお兄様も、マーリン様には恩義がありますし、アニーさんはマーリン様のお付き、ラルフ様などお兄様の直属の上司ですからね。・・ですがそれが?何か関係ありますか?」


 「あぁ・・いや・・」


 「お二人がそんな狭量だと?」


 「ティアラ・・・」


 「あまり情けないままでしたら、ゼウス様にお願いしてお兄様をゼウス様の元に戻していただくよう進言してまいりますよ」


 「そっ、それだけは、勘弁してくれ・・」



 どちらが年長なのかわからぬ程に兄はティアラに頭が上がらなかった。






 ティアラとニコライは実の兄弟。

 だが、ティアラは人ではなく妖精だった。


 ティアラは生まれてすぐに『チェンジリング』にあったのだ。


 それも、人の子と人の子を入れ替えるような悪戯とは違い、ティアラは人形と入れ替えられ、妖精の国に連れ去られた。


 それを看破したのが当時まだ幼かったマーリン。


 人形はすぐに土に還り、ティアラの捜索が開始された。



 妖精の国は、人の世とは違う世界。普通ならば認識さえできない。

 だが、レオンハート。魔術の最には関係ない。


 幼い二人のレオンハート。ゼウスとマーリンは事も無げにティアラを救い出してきたのだ。


 だが、すでにティアラは人ではなくなっていた。



 『妖精の国に長居するべからず。妖精の国の果実を口にするべからず。』



 そんな言い伝えがあった。

 それを破れば、二度と人には戻れない、と。



 赤子のティアラに抗う術などない。




 それなのに、周囲の反応は非情だった。


 ティアラを汚らわしいもののように扱い、耳にしたくない暴言も浴びせた。


 両親は、妖精に理解のある土地へ移ろうとも考えてくれたが、サーシスは貴族の家だった。

 この国に妖精に対して寛容な土地などなく、そうなれば他国へ移ることになる。それは亡命とも取られる行為だ。

 それ故、簡単にはいかない。


 だからだろう。ニコライが過剰に妹を愛するのは。


 どんなに酷い扱いを受けようとも、どんなに嘲笑されようとも。

 いつも花が咲くように微笑むティアラ。


 兄がそんな妹に過保護になるのも、必然だったのだろう。






 「はぁ・・お兄様。幼い時分より、マーリン様もゼウス様も私たちを気にかけてくださったのですよ?寧ろ、お兄様の結婚は、レオンハートの方々にこれ以上ない感謝を伝える機会だとは思わなれないのですか?『皆様のおかげで今、幸せです』と示せる絶好の機会ではないですか」


 「・・それは、そうだが・・」


 「私もようやく、乳母となり恩返しが出来るのですから、お兄様もしっかりしてください」


 「ティアラはいいさ・・。初恋の人の御子なんだから」


 「なっ!?お、お兄様!!」



 真っ赤になるティアラ。妹を誂える数少ないネタの一つだ。


 遠巻きにされるサーシスをいつも気遣ってくれたのはレオンハートの者たちだった。

 ジキルドが言い含めていたとは後になって知ったが、それでもマーリンとゼウスが特別目をかけてくれていたことは変わらない。


 そんな中、特にマーリンに懐いていたティアラだったが、ゼウスに対してもよく懐いていた。

 だからこそ、かなーり複雑な思いで、ティアラの初恋はゼウスなのだろうと思っていた。


 だが、アークが五歳となり顔を合わせるようになってから、違ったのだと知った。

 ティアラの方が一つ年下なのにお姉さんぶってアークの手を引いていたが、それはアークの前だけで、それ以外でアークの話をするしおらしさなど、まさに恋する乙女だった。


 しかし、ティアラは妖精。

 子を産む事の出来ないティアラは結婚すら難しいのだろうと、少し複雑でもあった。


 その上、時が経つと、アークは成人と同時に大公位を継いだ。

 ティアラの初恋は己の意思も努力も関係なく叶わないものになった。


 だが、そこに悲しみは少なかった。

 もしかしたら、すでに諦めていたのかもしれない。自身には難しいと。


 そしてそれ以上に、相手がリリアだったのもあったのだろう。


 リリアはティアラとクラスメイトで気の合う友人だった。

 王女でもあるリリア。立場の違う二人の気が合ったのは、同じ人を好きだと知った事。

 普通ならいがみ合うかもしれない仲だが、二人はそれ以上に仲良くなった。


 そんな友人であり恋敵でもあったリリアが相手ならばと、ティアラは心から祝福ができた。


 そんな大好きな二人の御子。その乳母となれるなど、ティアラの喜びは大きかった。



 ティアラには妹も弟もいない。もちろん子供などいない。

 それなのに乳母になれたのは、それまでのティアラの功績あってだった。


 ティアラは幼い時分より、孤児院に通っていた。

 最初は、自身の行く末を悲観して考えた末だった。両親も兄もティアラを愛していたが、疎まれる自身の存在など・・、と孤児院に足を向けたのだ。いつかは自身の家になるかもしれないと。


 だが当然そんな未来は来ない。

 寧ろ、過保護に拍車がかかっただけだ。


 それでも、ティアラの孤児院通いはなくならなかった。

 しかも、次第にそこにあるのは悲観ではなく、慈愛に変わっていった。


 そして、終いには孤児院で『母』と呼ばれるほどに世話が板についていたのだ。


 そんな背景もあって乳母への選出。

 リリアと同じく友人であるマリアには、恨めしい目で見られたが、それでも嬉しいことに変わりはなかった。



 しかし、ティアラのささやかな幸福さえ世界は許してくれなかった。






 「お兄様。どうしたのですか?そんなに眉間に皺を寄せて」


 「・・・ティアラ。リリア様の様子はどうだ」


 「はい・・。順調ですよ?レオンハートの御子ですし初産ですから、お辛そうではありますが、それでも、比較的問題はない方かと」


 「予定日は・・今月だったな」


 「はい・・。ですが初めてですので少し予定日を過ぎるかと思います」



 ティアラは兄の質問の意図がわからずにいた。

 この程度の情報。市井のものですら知っている。諜報部に属する兄が改めてティアラに確認するような事ではない。



 「・・近々、戦争が起きるかもしれん」


 「っ!?」


 「今はまだ、牽制の状態だが。何かきっかけがあれば直ぐにでも動くだろう」


 「・・そのきっかけが、リリア様だと」


 「相手国と海を挟んでいるとは言え、隣接するのはこのファミリアだ。あちらもそれを踏まえてレオンハート対抗陣営を整えている。・・この国、更にはこの領。今、二つの引き金を同時に引くには、間違いなくリリア様か、その御子に手を出すことだろうな」


 「姫様まで・・」


 「姫?」


 「あ・・」


 「・・あぁ。御子様のことか。・・安心しろ、リリア様のお腹の子が女児だということくらい知っている。・・まぁだが気をつけなさい。私は諜報部のものだから知っていたが、本来なら極秘情報なのだからな」


 「・・はい。申し訳ありません」



 それから間もなくしてリーシャが生まれた。

 ティアラの予想通り、予定日より二週間遅れての出産だったが、レオンハートにしては楽なお産で、生まれたリーシャも健康。美しい姫が生まれたとその日は大騒ぎだった。



 そして、その日からティアラの乳母生活は始まった。


 乳母といえど、レオンハートの慣習からその仕事の大半はリリアが担い。ティアラたちはその補佐がほとんどである。

 それでも決して楽ではないが、それ以上に充足感があった。


 毎日。日に日に美しく成長するリーシャ。

 それを傍に居て、見守れる事にティアラは幸福感を強く抱く。


 間違いなく、ティアラはリーシャを我が子のように愛おしく思っていた。

 


 だからだろう。

 ティアラはリーシャのためその身を呈する事を厭わなかった。



 リーシャが生まれて、ひと月目前。

 ティアラとリーシャはその姿を消した。


 部屋には争った跡と、ティアラの髪の毛が血に濡れて、残されていた。



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