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79 忠義の騎士



 「ここはいつ来ても美しいな」


 「そうですね。特に今は六花祭の直前ですから、咲き乱れておりますしね」



 『蒲公英の丘』

 そう呼ばれるこの場所は、美しく咲き誇った花々が丘一面を彩り鮮やかに彩っていた。

 

 花の絨毯を風が撫で、花弁が舞う。

 その光景もまた美しい。



 「ですが。丘の名前に反して、たんぽぽは綿毛も残っておりませんね」


 「まぁもう夏が来るからな。だが、ナンシーとは見れたし、心残りはないさ」



 車椅子に座るジキルドと、それを押すリチャード。

 花の香りを強く孕んだ風に目を閉じながら、その空気を深く吸い込んだ。



 「折角ですからお茶の支度をしましょう」


 「おぉ、いいな。・・ならば、この景色に相応しく華やかで香り豊かなものを頼むよ」


 「かしこまりました。・・ですが、ブランデーは無しです」


 「えぇ・・」


 「どうしてもというのでしたら、酒精を飛ばしてご準備させていただきますが?」


 「いやぁ・・それでは、せっかくの旨みが・・」



 言いよどむジキルドにリチャードは笑みで「何か?」と問いかけた。

 言葉を飲み込み、それ以上の抵抗はしない。


 伝統的なレオンハート主従の掛け合い。


 更には、そこに主人への気使いがあるのもまた同じ。

 リチャードの場合であれば、そのままジキルドの身体を気遣ったもの。


 主人たちはともかく。

 レオンハートの忠臣たちは、皆、優しく、暖かい。



 「リチャード様・・。いくら暖かいとはいえ、風もあります。さすがに屋外で過ごすのはジキルド様の身体に障ります」


 「サーシス様。それは今更です。この場に来ることさえ本来なら容認できたものではないのですから。・・マーリン様など相当眉を顰めておいででしたし」


 「それはそうでしょう。面会謝絶までしなければならないお方が、外出など。マーリン様のような専門知識がなくとも止めますよ」



 ジキルドとリチャード。二人に付き従って来た護衛。

 副騎士団長のサーシス。


 この所、床に伏せっているジキルド。その状態もあまりいい話を聞かない。

 それなのに、急な外出。


 当然サーシスはずっと渋い顔である。

 

 道中もだが、この場についても、サーシスの苦言は減らない。

 いくら、マーリンが渋々許可したとは言え、優れない体調をおしてまでの外出に賛同などできるはずがない。


 特にこのサーシスの忠誠心は人一倍。


 同僚のみならず、主であるレオンハートのものたちも身を持って知っている忠誠心。


 だからこそ、このジキルドの行動はサーシスにとって看破できない事だった。



 「前もっての申請さえあれば、間違いなくお止めできましたのに・・」


 「だからこその急遽なのですよ。おそらく」


 「まぁ・・。他の者ではなく、私を指名していただけたのは幸いでした」


 「並みの近衛では許可をださんだろうに」


 「当然です。ジキルド様の体調を考えれば、それなりに経験を積んだものでないと許可は出せません」



 急遽の要請。

 いきなりジキルドが外出するから護衛をと言われた。


 サーシスも騎士団の副長。要職である。

 正直、事務仕事だけでも毎日それなりの量があり、急な予定に対応するのも難しいのだが、急遽用意できる人員にも限りがあった。

 ジキルドの事情を思えば、それなりの人選でなければならないが、生憎と手が空いていない。

 幸いにも指名はサーシス。他の仕事を後に回しても自身が動くのが、一番確かだった。



 「・・ですが、ジキルド様がわざわざ私をご指名など、珍しいですね」


 「あぁ。話したいことがあってな」



 大公の護衛は基本、騎士団長であるハイロンドの役割。元ではあってもジキルドはその大公であった者だ。なれば、ハイロンドに次ぐ副団長のサーシスがジキルドの護衛に立つことも珍しくはない。

 だが、わざわざ指名してまでの要請はなかった。



 「お話・・ですか?」



 その理由。それがジキルドの話だった。


 車椅子に腰掛け花畑を眺める背中。

 かつてのような雄々しさもなく。やせ細ったようにさえ見えるかつての魔導王。

 だが、そこから発せられる雰囲気は健在で、『話し』といわれると、背筋が伸びる。



 「サーシス。いつから『ミル』と繋がっていた?」


 「え・・・」



 普段と変わらぬ口調。

 だが、その話の内容にサーシスは戦慄した。



 「・・な、にを、おっしゃって、いるのですか・・」


 「お前の事だ。『軍国』ではなく、『ミル』個人に拐かされたのだろう?」



 サーシスは忠義に厚い騎士だ。

 国と言うより、レオンハート大公家を裏切るなど誰も思わない。

 ましてや、他国と通じるなど、サーシスを知るものならば、間違いなくありえないと断じる。



 「サーシス様の忠誠は疑いようもありませんからね」


 「まぁ、それも、レオンハートというより、マーリンとリーシャへの忠誠だがな」



 耳鳴りがするような感覚。

 サーシスは激しい動悸と、背筋を流れる汗以外、何も感じられなかった。


 ジキルドとリチャードの会話すらも遠く、耳に入らない。



 「・・わ、私は・・」



 声を発するも、喉が引きつったように言葉が出ない。



 「・・ティアラか?」


 「っ!!」



 そして、ジキルドが出した名に、サーシスは身体を強く強ばらせた。

 握られた拳。そこから血が滲んだ。



 「サーシス・・。ティアラは、もう居ないのだ」


 「違いますっ・・。妖精は死なない。・・ティアラは・・・妹は・・」



 呻くような苦しげな声。

 ジキルドは背を向けたままでサーシスの表情を伺い知ることもない。

 だが、その声は察するにあまりある。


 ジキルドもまた、眉を顰めた。

 その憤りは愚かな騎士よりも、その裏にいる者に対する不快感だろう。



 「サーシス。目を覚ましなさい。・・悠久の時を生きる妖精。『ミル』が何を言ったのか知らんが、お前だって知っているだろう?妖精が不死と云われるのは『転生術』があるからだ。・・・ティアラが亡くなったのはもう十年も前。魔素も記憶も、もう存在しない」


 「しかしっ・・」


 「もし、『ミル』がティアラの身体を何らかの術で創れたとしても、その中身は全くの別人だ。ティアラはもう居ないのだ」



 大の大人が、泣き叫ぶ。

 だが、サーシスは操られてるわけでも、何かの催眠にかかってるわけでもないようで、ジキルドの話を受け止めている。


 ただそれでも、受け入れられない現実があって、上手く飲み込めないだけ。



 「ティアラは、我が家の恩人だ。・・その身を持って、リーシャを守ってくれた。・・・サーシス。お前には酷な言い方かもしれないが。そんな彼女の、妹の、功績を貶めないでくれ」



 それはサーシスにとっては酷く、無神経な言葉だろう。

 最愛の妹。彼女の功績は誇らしいものだ。だが、その為に命を散らすなど、素直に賞賛できるものではない。

 寧ろ、そんな功績などいらないから、生きていて欲しかった、というのが兄として素直な心情だ。


 ジキルドはそれをわかっていて、尚、言葉を紡いだ。


 兄としてのサーシスには酷い言葉だとしても、近衛としてのサーシスは、その誇りを誰よりも尊べる騎士だ。


 だからこそあえて無情な事を言った。



 「・・ジキルド様は、いつでも、お優しいままですね」



 そんな皮肉は、ジキルドに深く刺さる。

 背を向けたままでも、ジキルドが苦い顔をしているのがよくわかる。



 「今日。この場所で、話したかったんだ」


 「・・それが、お話・・ですか」


 「そう」



 あまりに普段と変わらないトーンのジキルド。



 「・・・ジキルド様は、何故にそんな普段通りなのですか・・・」


 「ん?・・なんだ?怒って罵っての方が良かったか?」



 心情的には・・。と思っても口にはしなかった。

 これから待っているのは、サーシスの断罪なのだから。



 「さて、じゃぁ・・そろそろ、出てきていいぞ」


 「?」



 ジキルドの声にサーシスは首をかしげたが、ジキルドが見つめる先。丘の真ん中。

 そこに、急な空気の揺れができた。



 「!?」



 ジキルドの前に出て守るように構えたサーシス。

 だが、そんな警戒心など一瞬で霧散した。



 「・・マーリン様、アリー・・・」



 そこにはよく見知った顔。

 だが、そこにあるのは苦悶の表情。



 「ナンシー。ありがとうな」


 「・・私も当事者だからよ。別にあんたに感謝される謂れはないわ」



 妖精の姿隠し。

 

 懐かしさにナンシーの母を思い出し、目を細めたジキルドだが、ナンシーの口調は相変わらずジキルドには厳しい。



 「ナンシー様。サーシス様でさえ気配に気づけぬ程の手腕。お見事でございます」


 「・・リチャード様。その・・敬称どうにかなりませんか?・・一向に慣れないのですが・・」


 「慣れてください。貴女はもう使用人ではなく、私たちの主人の一人なのですから」



 かつての上司。直属ではないといっても、その関係性は十分に確立されている。

 ましてやリチャードなど、ジキルドに付き隠居のようになっているが、元は執事の要のような人物だった。

 下っ端の立場であったナンシーには畏まる以外ない程の人物。



 「何故・・」



 そしてそんな軽口とは別に言葉を失ったような三人。

 サーシスは悲愴と絶望が混じったような表情をして、アリーは息を詰まらせたように苦しげ、そしてマーリンは怖いほどに鋭い目をサーシスに向けていた。



 「ニコ・・」


 「ニコライッ!!」



 瞬間。マーリンを中心に暴風が吹き乱れた。




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