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78 新茶



 「フィリア様。いかがでしょうか?」



 真剣な眼差しを集めるフィリアは、目を閉じ集中していた。


 フィリアの言葉を待ち息を呑む中、ゆっくりとフィリアが目を開いた。



 「りょくちゃです」



 瞬間、歓喜が沸いた。

 沸いたと言っても三人だけだが、その中にはミミも混ざっている。

 マリアも無言ではあるが笑みが溢れている。



 「よくがんばってくれましたね。どるん」



 何様だと言いたいところだが、そんなフィリアの言葉に感極まった様子のドルンを見れば、苦言も飲み込むしかない。




 茶葉ギルドのドルン。

 人当たりの良い人相と柔らかな口調。

 だが、これでかなりの敏腕商人だ。


 さらに今日は、もうひとり。


 気の弱そうな男を連れてきている。



 「いえ、私など。フィリア様の慧眼故にございます。それと、このリューラの力添えががあって出来たことです」



 そう言って、ドルンが押し出した男。


 部屋に入ってきた時から落ち着きなく怯えた様子だったが、押し出されフィリアたちの視線を集めると緊張が限界を突破し呼吸の仕方さえ忘れている。



 「りゅーら」


 「ひゃいっ!!」



 失礼だと思っても、鈴のような笑い声が溢れてしまう。



 「あなたが、こんかいのかこうの、しきをとってくれたとききました。ありがとうございます。おかげですばらしい、おちゃができました」


 「いっ、いえっ、そんな、恐れ多いっ、ですっ」



 この気が弱い男。リューラ。

 彼は茶葉加工の職人であり茶葉農家でもある。


 フィリアも詳しくは聞いていないが、今回の無茶ぶりにも率先して手を挙げてくれた稀有な存在らしい。



 「りゅーら。ほこりなさい。あなたが、つくったのですから」


 「そうですよ。フィリア様のおっしゃる通りです。リューラ。君は素晴らしい仕事をしたのです」


 「しょうじき、そうぞういじょうの、できでした」



 発案者のフィリアでさえ思っていた。

 前世の緑茶を知っているから余計に、どうせ出来ても緑茶もどきだろうと。


 しかし、目の前にあるこれは、正真正銘の緑茶だった。

 そりゃ、本家のブランド茶とは比べるまでもなかろうが、生憎と伸之が口にしたことがあったのは、スーパーの特売茶くらいのもの。

 それだって、不満のない美味しさだ。だからそれに少しでも近ければと妥協を抱いていた。


 だが、それをいい意味で裏切ったリューラの手腕。

 迫るどころか、フィリア個人としては、リューラの作った緑茶の方が好みなほどに、高品質で仕上げてきた。


 これを称賛せずにどうするのだ。

 まだまだ、改良の余地があるとドルンは前説していたが、現段階でフィリアの心を完璧に射抜いている。



 「あ、ありがどう、ごじゃいばす・・」



 感涙に崩れるリューラ。

 しかしながら、失礼を承知で。・・・・・大袈裟すぎじゃない?



 「本当。美味しいわぁ。このお茶請けともピッタリ」



 そこに浮いた、和やかな感想。

 

 前回と同じく用意された浅漬。それを頬張りながらお茶を愉しむ魔女。



 「グレース様・・」


 「あら、ごめんなさい。どうぞ続けて」



 雰囲気クラッシャー。

 最早、フィリアの周り。いや、この世界の人間にはデフォルトなのかもしれない。


 初めてあった時はあんなにも魔女っぽかったグレース。

 だが、今の彼女は社交界の花にさえ思えるほど華やかな貴婦人だ。


 瑠璃色のドレス。幾重にも薄い生地を重ね、濃淡が美しい。

 髪もアップにしているが、複雑に編みこまれ、更に花まで一緒に編み込まれているものだから、豪華でありながら、清楚。


 確実にアンリの意思を感じる。


 しかも、編みこまれた花はカトレアとカレンデュラ。

 明らかにグレースはレオンハートのものだと言う主張。


 家族愛といえば、聞こえもいいが、フィリアには単なる独占欲にしか思えない。



 フィリアは軽く咳払いをするとドルンを見据えた。

 ドルンもその視線を受け、お人好しの表情を消した。



 「では、どるん。けんせつてきな、おはなしとまいりましょう」


 「かしこまりました」



 剣呑とした雰囲気。

 元営業マンと、ギルドの次期マスター。

 そこには他を寄せ付けない、本職の駆け引きがある。


 傍から見れば、幼女と向き合う大人。

 実に異様。



 「フィリア様は大多数の買取を御希望でしたが―――」

 「その、りりつでは、いまはよくとも、このさき―――」

 「販路としてはこのように考えておりますが―――」

 「それでは、せんでんこうかがうすいです―――」

 「ご冗談を。十パーセントです。これ以上は―――」

 「てんかいをかんがえれば、これはひつようとうしです―――」



 「・・ねぇ。マリアさん、これは何?」


 「グレース様。敬称は不要にございます」


 「あ・・わかりまし、わかった、わ。・・で?これは?・・フィリアちゃんってまだ一歳よね?」


 「あとひと月ちょっとで、二歳になられます」


 「あ、うん。・・じゃなくて!おかしくない!?この状況!!」



 安心して欲しい。

 平静なマリアはもうすでに麻痺しているだけで、グレースの反応の方が普通である。

 ミミも何ら変わらず給仕しているが、おかしいのはそっちの方だから。


 だが、残念ながら、この場にグレースを肯定してくれるものはいない。


 マリアとミミはもとより、近衛のミリスとローグさえこの状況を異常と捉えていない。

 リューラは依然感涙にむせび泣いているし、ドルンに至っては最早さすがの一言。



 「はぁ・・。フィリア様は手厳しい。私のような一介の商人に情けもないですな」


 「ふふ。らいきのじんじを、おえてから、おっしゃってください」


 「いやいや。敵いませんね」


 「ですが、おたがい、よい、おはなしになりましたでしょ?」



 そう言って笑い合う幼女と次期ギルドマスター。

 鬼も裸足で逃げ出すような、不気味で恐ろしい空気。


 フィリア自身も心の中で、『お主も悪よのう』『いえいえ、お代官様の方こそ』などと再生される雰囲気だ。



 「え。怖い」



 怯えるグレースは『まだ』常識人だ。

 この先、どうなろうと、初心を忘れないで欲しい。



 「ん?ぐれーすさま、どうしました?」


 「え?・・い、いやぁ・・」



 普段のあどけない表情で振り向いたフィリアだが、グレースはそんなすぐに切り替えられない。

 その為、反射的に視線を反らしてしまった。


 彷徨う視線は誤魔化すための話題を探すが、こういう時は総じて焦点を定めづらい。


 結局、部屋を見渡しきり、窓から空を眺めてしまった。


 しかし、そこで、ふと目に入った。



 「・・フィリアちゃん。あれは何?」


 「ふぇ?」



 グレースにとって、咄嗟の話題だったものの、フィリアにとってはクリーンヒットの話題だった。


 指を指し、振り向いたグレースだが、今度はフィリアの方が視線をあからさまに逸らしている。

 フィリアの様子に疑問符を浮かべるグレースは、答えを求め周りの者にも目を向ける。


 だが、皆一様に口を紡ぐ。

 リューラは置いといて、ドルンも首をかしげている。



 「・・ねぇ。フィリアちゃん?あの、白い布の・・顔?も書いてあるし、人形?よね・・あれって」


 「・・・」



 黙秘権を行使。

 だが、同時に無言は肯定の意でもある。



 「グレース様」


 「ん?」



 そこにマリアが声をかけた。

 マリアの助け舟にフィリアは信頼に涙が出そうだ。



 「湖の辺にありました檻はですが」


 「ふぇ?まりあ?」


 「檻?・・・あぁ、あれね。あれがどうしたの?」



 一気に逆風になった。

 不穏な雲行きが明らかに迫っている。



 「あの檻は、魔女にも有効でしょうか?」


 「へ?」


 「まりあ!?」



 てるてる坊主、それはマリアの不穏なショッピングを決定づけた。



 「姫さまもいよいよ精霊様ですかぁ・・。感慨深いですねぇ」



 ミミのとどめで、フィリアは手で顔を覆い、勢いよく身体を背けた。

 だが、自業自得。もっと自重や慎重という言葉を覚えてくれれば回避できた現実だ。




 ドゴンッ


 「「!?」」



 その時、大きな衝撃が響いた。



 「・・最近多いですねぇ」



 そんな、日本人が地震にでもあったかのような軽い口調。

 明らかに爆発音だったが?それでいいのか?


 案の定、何事かとドルンとリューラは身を固め立ち上がっている。


 なのに、この城で過ごす者たちは平常運転。

 寧ろ、あまりに反応が薄すぎて、気のせいだったのかと思うほどだ。



 「あ、あの・・これは」


 「あ。きにしないでください。たんなる『でも』です」



 いやいや。

 デモって。全然穏やかじゃないんだが。


 そんなフィリアの言葉少なな説明に苦笑を漏らしたグレースは青ざめたドルンとリューラに「ごめんなさいね」と軽くフォローを入れた。



 「私。今度結婚するの」


 「へ?・・あ、あぁ、それは、おめでとうございます」



 なんの脈絡もない結婚報告。

 ドルンもギルドの幹部。情報こそ入っているはずだが、思考が追いつかない。



 「私の相手は、ゼウスなの」


 「あ」



 そしてその名を聞き、全てが得心いった。

 グレースもそんなグレース表情を見て「そういうこと」というように頷いた。



 「リーシャ様ですか・・」



 この街。いや、この領に暮らすものであれば誰もが知っているリーシャの愛。

 知らぬは残念鈍感男のゼウス本人だけ。本人は甥姪から慕われていて、その中でも特にリーシャが慕ってくれている程度の認識しかないのだ。どこの鈍感系主人公だ。察しが悪いにも程がある。



 「この所、連日ですからね。聞いた話だと特注の拘束具の需要が追いついてないらしいですよ」



 たしか、リーシャの拘束具というのは、聖獣用ではなかっただろうか・・。

 この家の者は、人外を超えることが成長の証なのだろうか。



 「そういえば、ぐれーすさま。けっこんしきを、わたしのたんじょうかいと、ごうどうとききましたが、よかったのですか?」



 あとひと月程に迫ったフィリアの誕生日。

 ゼウスとグレースの結婚式をその日に合同で祝おうとなったらしい。


 甥っ子、姪っ子大好きのゼウスはともかく、グレースはそれでいいのだろうか、とフィリアは考えていた。


 そもそも、女性にとって結婚式は特別に思い入れのあるイメージがあった。

 前世の常識も引きずってはいるだろうが、今世でもそこに違いはないだろう。


 それなのに合同。

 しかも、準備期間は二ヶ月無いくらいに急だ。



 「えぇ。ゼウスだけじゃなくて、私からもそうしましょうと提案したの。フィリアちゃんの誕生日も、いくらレオンハートとは言え、二歳では大きな催しにならないでしょ?それなら、一緒に開けば、華やかになるしね」



 この国に誕生日を毎年祝うような文化はなかった。

 今でこそ時代が変わって、各家で祝うことも増えてきたが、それもあくまで小さなもの。レオンハートであれば違うが、それでも一歳の時や、リーシャの十歳のものとはまるで違う。

 節目となる歳は華やかに祝うが、それ以外は家族のみで祝うのが普通。ましてや、国の重鎮ともなれば慣例を踏襲しなければならない。

 市井にもっと浸透すれば、変わっていくだろうが、今はまだそうではない。



 「・・ありがとうございます」



 新たな家族は暖かな人だった。

 少しむず痒さを覚え照れるフィリアは、珍しく子供らしい。



 「それに・・準備だって・・・」



 そこでグレースの目は遠くなった。

 瞳から感情が消え、儚くさえあった。



 「・・おばあさまが、すみません」


 「・・いいのよ・・。私が望んだことだもの・・・」



 連日の買い物行脚。その理由はそこにあった。

 そして、只の買い物ではない。女性の夢を叶えるための買い物。

 となれば、妥協なんてあろうはずもない。


 アンリの気合いが怖い。



 「と、ところで、本日、ジキルド様はいらっしゃいますでしょうか?」



 さすがにドルンも、痛ましいグレースの姿を見かねて話題転換した。

 フィリアもそれに乗り、姿勢を戻した。



 「おじいさま、ですか?」


 「はい。以前マーリン様より薬湯のお話を伺い、薬草茶の相談を受けまして、本日現物をお持ちしたのですが」


 

 「おじいさまの・・。ありがとうございます」



 フィリアはジキルドの容態がどの程度か分かっていない。

 それでも、決して軽い状態ではないことくらいは理解していた。


 この世界には魔術も魔法もある。

 だが、それでも薬草が医薬に勝ることなどないだろう。


 つまりは藁にもすがる状態。

 少しでも効果があるのならば試す考えなのだろう。



 そんな推測をして、フィリアの表情は渋いものになってしまう。

 胸のあたりを握り締め、暗いモヤモヤを抑える事しかできないのが苦しい。



 「お義父様なら、本日はいないわよ?」


 「え?おじいさまが?」


 「そうですか・・。先程マーリン様の事も伺ったのですが、マーリン様も本日は留守になさっているようでして」


 「私や使用人では難しいのかしら?」


 「・・はい。茶葉とは言いましても、薬草ですので、その効果や容量を理解した方でないといけませんので」


 「なるほど・・。お義父様は、マーリンちゃんがいるおかげで専属の医師もついてないしね。また明日来てもらったほうがいいかもしれないわね」


 「そうですね。そういたします」



 「ぐれーすさま!!おじいさまはどこに!?・・おからだが、すぐれないのに・・」



 悲鳴をあげるかのように声を荒らげたフィリア。

 

 しかし、その声に驚くこともなく、寧ろ静かな水面のように落ち着いた様子のグレース。

 フィリアの必死な瞳に、グレースは真剣な顔で答えた。



 「『蒲公英の丘』よ」


 「たんぽぽ・・それって」


 「これは、フィリアちゃん。貴女の―――




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