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77 あした、てんきになぁれ



 静かな水面の上。

 滑るように漂う一艘のゴンドラ。


 ふわりとした柔らかいレースの天幕をなびかせ、まるでベットがそのまま浮いたような方舟。


 どこまでも澄んだ透明度のおかげで、まるで空を飛んでいるようにさえ見え、実に幻想的。



 そのゴンドラの中。

 付き添うミミは立ち上がることはできなくとも、慣れた仕草で給仕をこなしていた。



 「姫さま。お茶が入りましたよ」


 「うん。ありがとう」



 返事はしたが、フィリアは下を向いたまま顔を上げない。

 そんなフィリアはせっせと手元の作業に集中していた。



 「姫さま。・・何をお作りになっているんですか?」



 フィリアに言われ、用意した白いハンカチーフ。

 なんでもいいから何枚か白い布が欲しいと言われ、綺麗なシルクのハンカチが出てくるあたり、改めて裕福だと感じたが、フィリアは特に何も言わずそれを受け取った。


 そのシルクのハンカチがもうすでに何枚かフィリアの手で形を変えている。

 だが、ミミにはそれがなんなのかわからない。


 普通の幼い子ならばそんな意味不明なことも珍しくはないが、それがフィリアである場合そこに嫌な予感しかしない。寧ろ本当に無意味であることを祈るくらいだ。



 「てるてるぼうず、です」



 弾んだ声で答えたフィリアだが、答えを聞いてもミミにはわからない。


 それもそうだろう。この世界に『てるてる坊主』なんて慣習があろうはずもない。

 ミミからしたら、無意味な包装物にしか見えない。フィリアが作っているのであれば呪いの形代と言われた方がしっくりくる。

 その上、それがあながち間違いではない。



 「ぐれーすさまが、いってたの」



 呪い(まじない)。

 魔法の本質であり根幹。


 その言葉をフィリアは考えたが、いまいち実感しづらかった。


 浮遊は、今では無意識にさえ出来てしまえるし、そこに願いを込めるどころか、イメージさえその度に固めているわけではなかった。

 それは多様してきた故の慣れではあったが、最早自身の手足を動かすのと大差ない程に感覚化してしまっては意識しづらい。


 そこで治癒の魔法だった。

 原理やら何やらは浮遊と同様にわからないし、浮遊については重力がどうのという、なんとなくのイメージくらいはあったが、治癒に関してはそれ以上にふわっとしたイメージ。


 だが、毎度その効果は凄まじい。

 生傷のみならず古傷さえ癒してしまえる。

 お転婆なフィリアのみならず、マリアやミミ。近衛騎士とその効果は折り紙つきである。


 これまで、その理由もわからず、そういうものだと思ってきた。

 だが・・。


 『痛いの痛いの飛んで行け』


 前世で誰もが知っていた『おまじない』。

 幼子をあやす為のそれは、無意識に唱えてしまえるほどに誰もが心に刻む言葉。


 魔法。その根幹が『呪い(まじない)』なのならば、前世で慣れ親しんだ『おまじない』もまた。



 そんなことを思ったフィリアは前世のおまじないに目を向けた。

 

 その最初の実験こそが『てるてる坊主』。

 もしかしたら『呪い(まじない)』というよりも『儀式』に近いかもしれないが、それでも成功すれば前世の『おまじない』の効果を確かめられる。


 治癒に関しても未だ確定ではなく。仮定でしかないのだから。



 「魔法の、ですか・・。それで、この『てるてるぼうず』と言うのはどのような効果があるのですか?」


 「てんきを、はれにしてくれるのです」


 「はぁ・・天気を・・」



 懐疑的なミミの声。

 それもそうだろう。フィリアは天候を操ろうと言っているのだから。


 レオンハートの者たちは天候さえ自在に操ると言われているが、それは簡単なことではない。

 魔導王と云われる当主たちでさえ、複雑な術式と多大な魔力を注ぐ。


 時折、魔術の副産物として天候を変えることもあるが、それは意図したものではない。

 様々な事象が折り重なり、魔力が奔流し起こる二次災害だ。


 ましてや、フィリアは魔法でそれをしようとしている。

 魔術でさえ、規格外の魔力を有するのに、魔術よりも魔力的負担の大きな魔法を使用してだ。


 フィリアの奇行、規格外さは十分に理解しているつもりだが、それでもあまりに無謀な話。


 そして同時に、理解しているが故、否定もしきれない。


 結果ミミは微妙な返答しか返せなかった。



 「こんど、おまつりが、あるのでしょう?」


 「お祭り・・。六花祭の事ですか?」



 六花祭。


 国上げての一大行事。

 一ヶ月近くをかけ、国内の主要都市六ヶ所で順次行われる祭事。


 ルーテイアでも四日間、開かれ、大いに賑わう祭事。


 この祭りは『花国』らしく、開花や満開を祝う、『花』の祭。

 街中には色取り取り様々な花が飾られ、人々もその間、花を身に付ける。


 身に付ける花に。飾る花に。

 それぞれ色々な意味合いや願いを込められる花の祭。



 去年はまだ部屋からさえ出ることが難しかったフィリアはこの祭りの存在すら知らなかった。

 城内も浮き足立った様子だったのだろうが、知らないフィリアは気づくことさえ出来ていなかった。


 今年も街に出たりする事はできない。だが雰囲気程度は共有出来ると、少し楽しみでもある。



 「せっかくの、おまつりですから、どうせなら、はれていたほうがいいでしょう?」



 あどけない表情で微笑むフィリア。

 こうしていれば、年相応で愛らしいだけなのに・・とミミは少し遠い目をしてしまう。



 「それにしても・・きれいですね。てぃーもつれてきたかったです」



 ふと上がった視線は湖面を見つめ、思わず言葉がこぼれた。

 本日は残念ながら、本業?の庭師の仕事で一緒に来れなかったティーファ。彼女は無邪気に見惚れるのだろうと、想像するだけで微笑ましくなる。



 「姫様は初めてですからね」



 馬蹄の音。水上なのに、響く音。

 パシャリと水音もするが、馬蹄の音のほうが鮮明に鳴り響く。


 声の主はミリス。


 いつも以上に騎士らしい姿。

 軽装ではあるが、鎧を纏い。綺麗な馬に騎乗している。



 ケルピー。

 姿は馬だが、その肌は薄い鱗で覆われ、鬣は羽衣のような鰭。


 伝承では水の精に分類されるファンタジー生物。


 お察しのとおり、初めて目にしたフィリアは高揚し、ケルピーの方が引いていた。



 「・・それにしても、みりすが、きじょうするすがたは、えになりますね」


 「一応、私も騎士ですから」






 静かな湖面。

 外出禁止のフィリアだが、ここは一応敷地内。

 フィリア自身、今日まで知らなかった。



 「こんな、ばしょがあるのなら、もっとはやくしりたかったです」


 「姫さまに知られるのを、マリアがずっと渋っていましたからね」



 明らかにフィリアへの予防線だったのだろう。


 それにしても、いくら国の有力者とは言え、どれだけ広大な敷地を持っているのだろう。

 この湖も小さいとは言っていたが、湖は湖。対岸も小さく遠い。


 そしてお忘れかもしれないが、この城は、湖上都市の中にある。

 つまりは湖の中にもう一つ湖がある、不思議な地形。



 「このファミリア領には、本当に沢山、無数に湖がありますし、そのきっかけとなったレオンハートの敷地ですから」


 「けんこくしんわ、ですか?」


 「はい。この国の建国神話にある、ファミリア領の起こりです」



 この国は他国と比べて歴史が長い。

 その為、この国の起こりは、伝承や神話。昨今では御伽噺のように風化して伝えられている。


 その内容は、現実離れしたものも多く。

 史実とは合わないだろうこともある。


 そこに描かれた、レオンハート、その開祖がやらかした逸話の一つに、この土地の起こりがある。


 『彼の大魔導王、天の慟哭轟かせ、星の雨を降り注がん』


 そんな一節。

 要は、この地に隕石を落としまくったということらしい。


 しかもその規模はあまりに広く、このファミリア領を完全なる荒野に変えたらしい。


 そして、その時にできたクレーターに水が流れ込み出来たのが、この領に無数にある湖たちと云われている。


 その結果、死の荒野となったこの土地の責任を取るため、このファミリア領を治める事となった、という事らしい。



 天変地異。神の如き所業。

 きっとレオンハートの者は似たような事ができるため、それが誇張されたものなのだろう。


 だが、湖が多いのも事実であるため、真実味をまして信じられている、有名な逸話でもある。



 ・・・壮大な前振りに感じてしまう。

 フィリア・・。そこまで人間辞めてないよね?

 あくまでお伽噺だよね?


 ・・なんだろう・・言い知れぬ不安だけが押し寄せてくる。



 「だから、湖は謂わばレオンハート大公家の象徴のようなものですからね。この湖だけではなくいくつも所有していますよ。私有しているものもありますし、その中の一つは、現在ジキルド様たちがご隠居されている場所でもありますしね」



 今は城内に滞在しているし、これまでは、各国を旅行していたが、終の棲家はきちんと別にある。

 そしてそこには、マーリンも同居しているらしい。


 今はマーリンもフィリアの家庭教師で城内に自室を構えているが、あくまで自宅は別らしい。



 「おばさまも、いっしょにですか。・・そういえばおばさま、きょうもみてないです」


 「そうですね。このところご自宅に帰られているようですね。なんでも、ご自宅の設備の方が整っているからと言う事ですが、ジキルド様も城内に留まって居られますから、毎日往復していらっしゃいますよ」


 「・・おじいさまは、そんなよくないのですか?」



 ジキルドはフィリアの目の前で倒れて以来、滅多に寝室から出てこれなくなっていた。

 フィリアの授業にはできる限り参加していたが、それも明らかに頻度が減っていた。


 フィリアにもようやくジキルドの状態が知らされたが、幼いフィリアに細かな説明はなく、かいつまんだものだった。


 それでも、リーシャなどはその深刻さを理解できたが、フィリアにそこまでの実感は湧かなかった。


 周りは、普段はアレでも、やはり幼子なのだと思ったが、そうではない。

 伸之の記憶があるフィリアに、魔力の症状など想像ができないのだ。それがどういったもので、どれほど辛いのか、いまいち実感できない。

 前世の常識が有る分、余計に。



 「・・大丈夫ですよ」



 ミミは不安げなフィリアを抱き寄せた。ミミもやはりフィリアにとって母のような存在。その温もりは不安を和らげてくれる。


 専属侍女となったミミ。

 本来、侍女には行き過ぎた行動だが、ミミとマリアは特別だ。


 故にミリスもそんな二人の姿を優しく見つめた。




 このところマーリンの授業は休講している。かと言ってグレースの授業はまだ始まっていない。

 その為、今日ものどかに過ごせてはいる。


 マーリンの理由はジキルドの看護。基本面会謝絶で、顔を見ることもできない。自身が何にも出来ないのが歯がゆいが、見かねたミミやマリアはこういった気分転換を提案してくれる。


 これまで隠していた湖のことも、提示してくれる程、マリアたちには気落ちして見えたのだろう。



 「ぐれーすさまは、その・・まだ、おばあさまに?」


 「・・はい。本日も朝から連行されておりました」



 グレースの授業が始まらないのはこれが理由だった。

 連日、アンリはグレースを朝から確保し、連れ回していた。

 

 フィリアはあのお茶会を思いだし、『触らぬ神に祟りなし』と見ぬふりを貫いているが、毎度まきこ巻き込まれているナンシーが日々窶れていっているような気がする。



 「・・それで・・・。いや、なんでもないです・・」


 「・・・」



 そして、決して触れないもうひとりの家庭教師の近況。


 このところ、マーリンたちとは違い、理由もなく実技の授業は休講中だ。



 フィリアは見てしまった。

 この湖に来た際、ケルピーに興奮し、ゴンドラに圧巻された後。


 湖畔に打ち上げられた、禍々しい檻を・・。


 鎖で繋がれ、明らかに水底に沈められていただろう、状態。



 今は、湖畔でフィリアの事を待ってくれているマリア。

 彼女はその檻を燻げに見つめた後、ミリスに近づいた。



 『ミリス。あれは聖獣用のものよりも強力なのですか?』


 『へ?・・聖獣?・・・あ』


 『先日、手入れをしていましたら、少々傷んでおりまして。あのゼウス様を捕えられるだけの物であれば、期待できるかと』


 『さ、さすがに、これは・・・。精霊様でさえ捕えられるほどの、禁忌呪具です、よ・・』


 『やはり、騎士団に特注でしょうか』



 既視感のある、不穏なショッピングの会話。

 フィリアは怯えて、青ざめたのだが。


 それ以上に、聞き逃せないのは、湖畔で明らかに今さっきまで水に沈められたいたであろう状態の檻。その用途、というか確定であるその事後。


 授業が休みになって数日・・。



 ゼウスは生きているのだろうか・・・。



 「姫さま。雲行きが怪しくなってまいりましたので、そろそろ戻りましょう」



 実に不吉だな。







 その日、部屋に戻ると同時に雨が降り始めた。

 それは、朝になっても止む気配がない。


 だが、それはフィリアにとっての好機。


 てるてる坊主の効果。つまりは魔法の検証が出来るのだから。


 だが―――



 「・・わお」



 だからといって、てるてる坊主を吊るした瞬間。

 空に大穴が開くとは思わないじゃないか。



 神でも降臨するかのように、雨雲が割れ光が注がれる。

 不自然に急に空いた大穴は、瞬く間に広がっていく。


 フィリアは窓辺で後光がさしたように立ち尽くし、驚愕した。


 だが直ぐに、複数の視線を感じ、ゆっくりと振り返った。


 そこには、開いた口が塞がらない面々。

 目を見開き、声も出ない。


 取り敢えずと、舌をだし、ちょけたところで、何の意味もない。


 あのお茶のスペシャリストのミミが茶器を落とした。

 あのマリアが、それを叱責もできず、固まったままだ。



 「ヒメすごぉい!!」



 唯一、事態の異常性を理解していないティーファだけが、はしゃぐように称賛してくれる。



 「・・姫様」


 「ち、ちがうのっ」



 このような場合、大抵、何も違わない。




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