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73 魔女の見極め



 「初めまして。小さなお姫様」



 そう言って微笑む表情は優しく、久しくされていなかった『子供扱い』が少しこそばゆい。



 「私は、グレースです。家名は長らく相手に待ちぼうけを食らっております」



 だが、何か闇を感じる。

 グレースの言葉にいちいち肩を跳ねさせるゼウスこそがその答えだろう。



 「あら、家名もない、身元の怪しい者などここに居てもらっては困りますわ」



 悪役令嬢よろしく、嫌味が堂に入ったリーシャの言葉は先程から見事にスルーされている。

 それでもめげないリーシャには、嫉妬・・強い意思が、あった。






 空から降臨するように現れたグレース。

 この家の者はフィリアで慣れていて、大きな反応は無かったが、いかにも魔女な登場。


 そんなグレースは今、目の前で優雅にお茶を飲みながら、フィリアに自己紹介をしていた。


 その背後には、騎士たちによって完全拘束され、更に魔術師たちから数多のデバフを受けるゼウスと、普段の姿からは想像できないほどに存在を消そうと苦心するマーリンが、控えている。


 

 「・・美味しい。私が淹れてもこんな美味しくならないわぁ。さすがは大公家の侍女ね」


 「こちらこそ、このように希少なハーブに触れる機会を頂きありがとうございます」



 流石はミミ。とフィリアは鼻が高い。


 グレース持ち出しのハーブ。滅多に市場まで出てこない希少なもの。

 それは大公家といえど例外ではなく、手に入ることも希だ。


 それでも、ミミは完璧以上の手腕を振るった。

 普段は駄メイドでも、この一点にかけて、ミミの右に出るものはいない。



 「これは、私の自家製ハーブなの。そこまで言ってくれると嬉しいわ」



 フィリアの目は更に輝きを増す。

 自身の手ずから薬草栽培とは、いかにも魔女っぽいじゃないか。


 

 「それにしても久々じゃないか」


 「ご無沙汰しております。閣下」



 フィリアの頭越しに話すジキルド。現在、フィリアは車椅子のジキルドの膝の上。

 グレースに向けるジキルドの表情は朗らかで優しい。



 「閣下はやめてくれ。私はもう、引退した身だ」


 「・・なら。・・『お義父様』で」


 「っ!?馴れ馴れしいですわ!!」



 穏やかな二人とは違い、いつになく突っかるリーシャ。

 子供じみたようにさえ見える態度は、普段以上にらしくない。



 「何様のつもり!?」


 「え・・。お嫁さん?」


 「なっ!?お、およ・・・」



 そしてそんなリーシャを誂うようなグレース。

 軽口にさえ、絶望に青ざめるリーシャを微笑んで見ている姿は、意地の悪い魔女だ。


 だが、グレースは改めてジキルドに向くと複雑な表情を浮かべた。



 「・・間に合ってよかったです」


 「すまないね。煩わせてしまって・・」


 「そんな事・・。寧ろ遅くなり、申し訳ありません・・」



 グレースもまた、ジキルドの状態を知っていた。



 「しかし、ここ何年も連絡が取れなかったのに、今回は届いたのですね」


 「えぇ。各地を転々としていたのだけど、たまたまフィリアちゃんの事を耳にしてね。久々に家に帰って手紙を読んだの」



 アークはここ何年も手紙を出していた。だが、グレースは世界中を旅していたためそれに気づけていなかった。

 大公家の繋がりをもってしても追いきれないほどに各地を転々としていたグレース。その理由も、アークの手紙さえ早々に届けば終わっていたはずなのに。



 「ごめんね。二年も前に報せてくれていたのに、気づけなくって」


 「いえ。そもそもは、おにぃの放浪癖が原因ですから」



 アークとグレース。二人の冷たい視線が、封印一歩手前状態のゼウスに鋭く刺さり、ゼウスからは短い呻きが漏れた。


 そう。グレースが旅していた理由はゼウス。

 ゼウスはこの国の元帥という役目を担ってはいるが、基本この国に腰を据えたことなどない。

 世界各地を気分の赴くまま旅する風来坊だ。


 居場所も不明で、なんとか見つけても、赴いては空振りに終わることもざら。


 そんなゼウスを追っていたのだ。グレースの所在も掴めなくて当然だった。


 だが、ゼウスはここ二年は大人しくこの国に駐留していた。

 当然それはフィリアの存在があったからだ。


 ゼウスは人一倍、甥姪への愛が強い。

 その上、フィリアは何かと心配な存在だ。


 そのおかげでゼウスは、珍しく長期間この国を離れていない。



 はてさて、そんなゼウスを、地の果てまで追いかけるグレース。

 理由は言わずとも・・。そういうことなのだろう。


 なれば、リーシャの態度にも納得する。

 ・・理解はできないが。



 「アンネも久しぶりね。貴女、騎士になったのだって?」


 「はい!お久しぶりです!お師様!一応『魔導師』の称号は頂きましたが、今は騎士として日々精進しています!!」



 アンネはどうやら、素直にグレースを慕っているようだ。表情も声も再会した喜びを隠す気がない。


 それに『お師様』とは・・。

 アンネの師匠はゼウスではなかっただろうか?



 「おしさま?」


 「はい。姫様。私の師匠はゼウス様ですが・・その・・。師匠は、教育者としては・・・」



 なんとなくわかった。

 フィリアに課せられる日々の授業。マーリンは過剰であっても、その授業が拙いことはない。寧ろ練達の腕前で、教えることが上手いため、余すことなく糧へとなる。そのせいで逃げ切れず、拒みきれない実情もあるが、優れた教育者であることは事実だった。


 だが、ゼウスは違う。

 全てが実践。それも、考えるな感じろ、を地で行く内容ばかりだ。

 教えるというより・・。やってみせて、それをやってみろということのほうが多い。


 ゼウスが実演。それは当然一級品の腕前だ。これ以上ないお手本だ。

 その点だけでも恵まれているし、フィリアもまた規格外で、それに応えてしまえるから上手くいっているが、普通はそうはいかないだろう。



 自身の規格外さに無自覚なフィリアでさえ、日頃もとめられる過酷な内容を思い出し、アンネの言葉を深く理解してしまう。



 「なので、お師様・・グレース様からの方が多くを学ばせていただいたのです」



 謂わばグレースはゼウスの補佐や翻訳的な役目を果たしていたのだろう。結果、アンネにとっては残念師匠よりグレースの方がよっぽど師匠たる存在だったという事だろう。



 そして、そうだとするならば、このグレースという魔女。只者ではない・・。

 ゼウス。つまりはレオンハートの力と並ぶ実力者であり。また、人格破綻者たるレオンハートと上手く付き合える奇特者という事。



 「さっそくだけど、フィリアちゃん?」


 「ふぁい?」



 一口サイズのパイを頬張るリス幼女。


 今日のお茶菓子はパイとフラワーベリーのジャム。

 グレースの持参したハーブティーは香りこそ高いが、渋みが強い。そこに甘さだけではなく酸味も強いジャムは相性がいい。更に、クッキーのようなの食感を好むフィリアのため、サクサクのパイ。


 というか、この幼女。

 いつも、気づけば幸せそうに何かを頬張っている・・。

 緊張感や、節操はないのだろうか・・。



 「『魔法』。見せてくれないかしら?」


 「まふぉお?・・・ふぉふぉで、でふふぁ?」



 ・・・せめて飲み込んでから話してくれないだろうか。

 ちなみに「魔法?・・・ここで、ですか?」と言っている。・・たぶん。



 フィリアたちがいるのは、演習所に隣接したとは言え、サロンのような場所だ。

 テーブルや椅子。家具もひと目で高級なもの。粗雑にはできない。


 内装もシンプルにはしてあるが、観葉植物を始め、それぞれが計算され、手間や世話をかけられているのは確かだ。


 こんな場所で、大掛かりな魔法など使えない。



 その為、フィリアは視線だけで演習場を示すが、グレースは「ここでいい」と言って首を振った。


 少し躊躇ったフィリアだが、隣のアークも頭上のジキルドも言葉なく頷くだけだった。

 フィリアは口の中身を飲み込み、喉のつっかえをハーブティーで流し込んだ。



 「・・ここでは、かんたんな、ものしかできませんが、いいですか?」


 「えぇ。構わないわ」



 微笑みを返すグレースに、フィリアは、わかりました、と頷き、周りを見渡した。



 ―――ここで出来るのは・・・。やっぱこれかな


 カチャ



 目の前のティーカップが小さく音を鳴らした。


 するとその中身。琥珀色のハーブティーがポワっと浮き上がり、カップから離れた。


 表面張力で玉のようになってはいるが、その形は一定ではなく、ポワポワと蠢くように変化する。

 だが、溢れることも弾けることもない。きちんと一固まりとなって宙に浮く。


 フィリアのカップは空のため、ジキルドとアークのカップから浮き上がったハーブティーは空中で合流し、一固まりとなる。


 量は増えた。だが、形は変わっても、溢れはしない。



 表情を変えたり、声を漏らし驚く者はいない。

 普段から見慣れたフィリアの『浮遊』である。

 それでも、皆の視線を集めるだけの物珍しさはあった。


 フィリアにしてみれば、普段から使い慣れているため、息をするような簡単なもの。

 無意識どころか、寝ていても出来そうな程に、集中力さえ必要ない。



 だが、グレースの反応は予想外だ。

 初見。それも、事も無げに行われた魔法。


 慣れていないものであれば驚くか、そうでなくとも食い入ると思ったのに。


 グレースはあまりに無反応。

 只々淡々と目の前の現象を傍観するだけ。



 「上手ね。まだ幼いのに、フィリアちゃんはすごいわね」



 故に、紡がれる称賛も、何処か上辺だけに聞こえてしまう。

 それと、純粋に年相応に扱われれたのも久しくなかった。



 「マーリンちゃん」


 「ひゃっひゃいっ!!」



 ・・こんなマーリンを見たことがない。

 完全に萎縮している。



 「貴女は優秀な指導者ね。・・・フィリアちゃんはもうすでに立派な『魔術師』だわ」



 嫌味などではなく、純粋な称賛だ。

 だが、それを受けた、マーリンは叱られた子供のように肩を落としている。


 そして、アークやジキルドも影を落とし、難しい表情をしている。



 「・・・難しいか」


 「はい。・・ですが、まだ二歳です。幸か不幸か、稀代の才能のおかげで、魔術師としてここまで仕上がってしまいましたが、同時に、まだ幼いので、取り返しがつかないわけではないでしょう」


 「まだ、いっさいです」



 フィリアのしょうもない訂正はともかく、どうやらフィリアの魔法には問題があったのだろう。

 そして、それは中々に看過できない事なのだろう。


 とりあえず、ジキルドは、ジャムの乗ったパイをフィリアの口元に運んだ。



 「・・頼めるか?」


 「私からもお願いします」


 「前大公閣下と現大公閣下に頼まれては断れませんね。・・ですが、私にとってもフィリアちゃんは他人ではありませんから、寧ろこちらから是非、やらせていただきたいです」



 胸を張るように微笑むグレースの頼りがいある姿に、アークとジキルドは安堵の笑みを零した。



 「他人ですよ!!貴女はレオンハートとなっんにも関係ないわ!!」


 「もきゅ、もきゅ・・」



 二人の姫だけは、その張り詰めたような空気の中、我が道を行っていた。

 



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