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72 白い鴉



 ピシャーーーーッ―――

 キーーンッガッギャッ――

 ドガッ―――バンッ―――



 青空にこだまする物騒で物々しい騒音。

 空気が震え、地面がささくれる。


 紫電が双方に走り、炎柱が喰らい合う。

 氷槍が弾け降り注ぎ、水幕がドームのようになって凍結する。



 そんな人外大戦をフィリアは唖然と見つめていた。



 「姫様。口が空いておりますよ」



 マリアの指摘に慌てて口元を隠すフィリアだが、そんなフィリアの間抜けさを目に止めるものなど今はいない。

 寧ろ、フィリアの周りもフィリア同様、目の前の光景に感情を殺していた。



 「みみ、くちがあいていますよ」



 そして、小さな自尊心。

 当然マリアにはジト目で見られるが、気づかぬふりだ。



 「・・それにしても。ろくさーぬ」


 「あ、は、はい」



 急にかけられた声にロクサーヌは慌てて背筋を正した。



 「わたくしのきしでは、みりすがいちばんつよいと、おもっていました・・」


 「それは間違いではございません。ミリスは騎士団長のハイロンド様と肩を並べるだけの実力者ですので。・・ただ、それは『騎士』としてはですが」



 目の前の光景を眺め言葉を交わすフィリアとロクサーヌ。

 引き攣ったような表情のフィリアに対して、ロクサーヌは苦笑を零した。


 視線の先。魔術が飛び交い、凄惨な状況を作り上げる中。

 そこには二人の人影。


 師、ゼウスと、その弟子、アンネ。


 規格外な化物師弟。



 天雷が雨のように降り注ぎ、竜巻が群れを成す。

 雪原を砂塵が飲み込み、煉獄を樹海が鎮火させる。


 フィリアの知る魔術の域を脱し、天災すら操る、頭のおかしい魔術合戦。



 「アンネは騎士としても優秀ですが、彼女の本質は『魔術師』です。騎士としてだけならば、姫様の近衛で最も未熟でしょう。・・ですが、戦場でにおいて、アンネは騎士団最強でしょう」



 レオンハート大公家の騎士団とは言え、そこに魔術の優劣はあまりない。

 どんなに魔術に優れようとも、そこは騎士団。剣術をはじめとする武芸。礼節や立ち振る舞い。時には家柄。そういったものの方が重要視される。


 そもそも、それほど魔術に優れているのならば、騎士団ではなく魔術師団に入るだろう。

 入団時点で一定の魔術が求められるレオンハート大公家の騎士団だ。そこで優れた魔術の才があるのならば、十分に資格有りだろう。

 レオンハート大公家の魔術師団といえば、世界一の魔術師団と言っても過言ではない。

 なれば、わざわざ騎士団である必要はない。


 しかし、アンネは違う。

 ミリスに憧れ。ミリスのようになるため騎士の道を選んだのだ。


 ゼウスとしては、涙目だろうが・・。



 だが、戦場においては、何でもありだ。

 寧ろ、己が全てを出し切るものだ。


 そうなれば、アンネは騎士以前に、『ゼウスの弟子』として培った力を解放する。



 「戦場のアンネは、あの可愛らしい容姿からは全く想像できない姿ですよ」



 庇護欲をそそるような容姿。ミリスに憧れているが、アンネは美人タイプではなく、可愛い部類。

 それを理解した上でのロクサーヌの乾いた笑い声が如実に語る。


 更にその言葉を裏付ける光景が目の前で繰り広げられている。


 控えめに言って、人外魔境。

 そんな天災が目の前で、大盤振る舞いだ。



 「・・フィー、授業を再開しましょう」


 「・・そうだな・・。あれは何の参考にもならん・・」


 「・・はい」



 マーリンの言葉にジキルドとフィリアは否もなく同意した。

 そしてそれは三人だけでなく、その場の者、皆が同じだった。



 「キャー!叔父様、カッコイイ!!」



 ・・たった一人。テンプレのような黄色い声援を除いて。






 そもそも今は座学の時間。

 たまたま、今日の晴天が心地よく。文字通りの青空教室をしていただけ。


 その際、実演を交えての授業をしようと演習場近くのテラスで始めたのだが、そこにゼウスがやってきて、実演をしてくれる事になった。

 

 それがどうしたことか、興が乗り。フィリアの傍に控えていたアンネを引っ張っていき、どう嗅ぎつけたのかリーシャがやってきて煽てる。


 その結果、なんの参考にもならない実演が目の前で行われているだけ。



 だが、座学と言ってもほぼ自学自習の時間だ。

 マーリンは今後の授業計画を練っていて、ジキルドがフィリアの手元を見つめている。


 ジキルドによる特別講師期間は未だ継続で、今は『星を謳う(スターゲイザー)』の『星』たちを学んでいる。

 実践の前に術を学ぶ。それはマーリンに魔術を学んだ時と同じだ。


術名、術式、詠唱。術の構成や原理。その術を深く理解した上で実践に移る。

 しかし、『星』は普通の魔術と異なり、そこに込められた物語を重点的に覚える。

 それは『観測』の際に少しでも負担を減らすためであり、習得しやすくするためのものでもあった。


 そしてそれでも、習得が難しいのが『星を謳う(スターゲイザー)』だった。



 「おじいさま。おからだは、だいじょうぶなのですか?」


 「あぁ。もうすっかり元気さ」



 そう言って微笑むジキルドだが、その後ろには、いつもは見なかった執事のリチャードがいつでも動けるよう控えている。

 髪は白髪のまま、しかし張りが無くなったようにも見える。皺も一層増え、身体もやせ細った。


 何より、フィリアが無意識に目を向けた先。


 ジキルドが腰掛けるのは車椅子だ。

 前世で見知っているものよりも無骨ではあるが、間違えようもない。



 つまりそれは、足腰が弱った証拠。

 どこまで弱ったのかはわからないが、少なくともこの場に来るのさえ心許ない程に弱っているのは確かだ。


 いくら広い城内、ジキルドの住まいが更に離れだとしても。

 



 フィリアの不安は募るが、それ以上の言葉へも返答は変わらないだろう。

 幼い孫の心配は嬉しくとも、同時に不甲斐なくも感じてしまうのだろうが、フィリアとしては、そんな気遣いが悔しい。



 その時、影が差した。

 晴れ渡ったはずの空。雲でも架かったのだろうか。


 フィリアは空を仰ぎ、息を呑んだ。



 「ん?・・飛空艇とは珍しいな」



 フィリアの様子に視線を追ったジキルドは呟いた。

 その言葉にフィリアは更に驚きを強め、目を見開いた。



 「ひ、くう、て、い・・」



 ファンタジー。まさにファンタジー。


 空飛ぶ船が今その視界に確かにある。

 飛行機でも飛行船でもない。海を往くような船が空を飛んでいる。


 ガレオン船というやつだろうか。その大きさはフィリアたちの場所まで影を落とし、陽を遮る。

 機械音とはまた違う、蒸気機関のように唸る音がこの距離でも耳に届く。



 フィリアは目を見開いて驚愕を見せていたが、直ぐにその表情は変わった。


 頬が上気して、胸が高鳴る。見開いた目は驚きよりも好奇心が勝り、煌くように光を持った。

 鼻息は荒くなり、唇は引き締めながらも広角は無意識に上がる。



 ―――飛空艇!きたーーーっ!!!



 子供が心奪われ、夢中になる姿。


 本来なら微笑ましいまでの姿。


 なのに、フィリアに限っては、そんな姿に不安しか沸かない・・。



 「飛空挺が来るなんて、何かあったのかしら?」


 「予定にもなかったよな」



 マーリンとジキルドは呟くように記憶を辿っているが、そんな話は聞いていないと、飛空艇を見上げた。

 



 飛空艇。その機構はほぼ魔術が基盤となっている。

 複雑かつ大掛かりな術式を複数用いているし、動力部だけではなく船の大半が魔道具で構築されている。


 別段繊細なわけではない。寧ろ空戦では母艦になるほど、その頑強さには信頼がある。


 だが、海を往く戦艦でさえ時化を嫌うように、ジャンボジェットさえ積乱雲を避けるように。

 飛空挺もまた『魔導船』であるが故に、魔力が乱れる場所を嫌い、避ける。


 つまりはこのファミリアに、飛行船が立ち寄ることは基本皆無だ。

 それは事故防止のためでもあるが、同時に鉄道が特に発展したこの土地ではあまり必要とされない理由もある。


 どうしても利用しなければならない場合も、鉄道で船着場、要は空港への直通がある。

 他領ではあるが、直通なこともあり、半日とかからずに着くことができる。



 それでもたまに飛空艇の来訪や、通過はある。

 ほとんどが、不測の事態や、意図しないものだが、希に目的があって訪れることもある。


 その場合は、事前に報せがあり。その対処も必要になる。

 時には、住民全ての魔道具や魔術の、一時規制が施されることもある。


 極力魔力や魔素の影響を抑え、更にレオンハートやこの地が誇る魔術師たちが、制御する。


 大掛かりで、手間も、協力もかかるため、その頻度は非常に少ない。


 理論的にはやりすぎな安全対策ではあるが、絶対がない以上、やらなければいけない対策でもあった。



 それ故に、今、頭上を往く飛行船は、何かのトラブルがあったのかと思われたのだ。


 報告も予定もなく、飛空艇がこの土地を通る事などない。

 最悪の場合、他国の侵攻や偵察も考えられたが、それはあまりにあからさますぎる。

 だとすれば、事故かトラブルだろう・・と思った。


 だが、一見、何の問題もない。

 飛行に障りがあるようにも見えないし、乗員に何かあったにしてはそれを示すための信号さえない。



 「おーい。ゼウス。アンネ。一旦魔術を止めなさい」



 ジキルドは車椅子から立ち上がることなく、声を上げた。



 「魔力制御の準備しましょうか」


 「そうだな。アークが報せをよこしてくれるだろうし、準備だけでもしておこうか」



 そう言って動き出すマーリンとジキルド。

 それに合わせ、側近たちも動き出す。それはフィリアの側近とて同じ。



 「あ」


 「姫様?」



 だが、フィリアは動かず、空を見上げ続けていた。

 好奇心が勝ったフィリアなどいつもの事だ。別段珍しくもない。


 しかし、悲しげに漏れた声には思わず反応してしまった。



 「・・・いっちゃいます」



 残念げな呟きに皆、空を見上げた。


 そこには何事もなかったように遠ざかる飛行船。

 航行にはやはり何の問題もなかったようだ。


 そうなると不審な船であったようにも思える。

 故に皆、遠ざかる船を注視し続けていた。



 すると慌ただしい足音が近づいてきた。



 「アーク。先程の飛空艇は・・って、何だ。その物々しさは」



 やってきたのはアーク。

 だがそれだけではない。その後ろに付き従うのは、完全武装の騎士と魔術師たち。


 歩みと共に、重い金属音をガチャガチャと鳴らし、表情も戦場に赴くようだ。



 「父様。例の返信が届きました」


 「例のって・・」



 怪訝そうに伺うジキルドに、アークは視線をフィリアに向けて答えた。

 ジキルドもその視線を追い、フィリアを見て一泊置くとハッとアークに視線を返した。

 それにアークも無言で頷き、答えとした。



 「アーク?どうした。その物々しさは。さっきの飛空艇が何かあったのか?」



 そこにゼウスもやってきた。後ろにはアンネも着いてきている。

 二人は、先程までの常軌を逸した魔術合戦を終えても、息一つ乱した様子はない。

 それだけでどれほどおかしな存在かわかる。



 「・・えぇ。長らく連絡がつかなかった人から、今回はようやく返事がいただけたのです」


 「さっきの飛空艇はその『返事』とやらを持ってきたのか?」


 「いえ。ご本人自らいらっしゃってくれました」



 胡散臭い敬語と、笑顔。

 フィリアでさえアークに含むものがあるのはわかる。それを向けられたゼウスならば尚更だろう。

 ゼウスは怪訝そうに眉を顰めた。



 「・・はと」



 その時、目の前に一羽の鳥が舞い降りてきた。

 純白の鳥。一見、鳩のようにも見えたが、大きさは一回り大きく、特徴も嘴も違う。


 その鳥はテーブルに着陸すると、フィリアと目を合わせた。

 首を傾げ、羽を身じろぐように整える姿。


 可愛らしい仕草にフィリアは恐る恐る手を伸ばした。



 「あなたは・・からすさんですか?」



 真っ白ではあるが、その鳥は間違いなくカラスだった。

 

 大きな嘴はフィリアの手を啄くこともなく、下を向いた。それは、フィリアの手に頭を差し出すかのようで、愛らしく、フィリアは伸ばした手でそのままカラスの頭を撫でた。



 「・・・ヴァルツ・・」



 掻き消えそう程に小さな声。

 震え、引き攣ったように絞られたその声はゼウスのもの。



 「おじさま?」



 フィリアはその声にゼウスを見たが、そこにあったのは明らかに狼狽した表情。

 怯えたように震え、後ずさる姿。しかしその目は白いカラスから外すことはない。



 「確保!!」



 アークの宣言と共に騎士たちが一斉にゼウスに向かった。

 その際、魔術師たちも瞬時に術式を構築し、騎士の後援を行う。


 フィリアの記憶が確かなら、あれは術式阻害の魔術だ。



 「・・おねぇ。どちらに行かれるのですか?」



 目ざとくマーリンを視界の端に捉えたアークは淡々と問う。

 何故なら今まさに脱兎のごとく身を翻したマーリンがそこにいたからだ。



 「や、やめろ!!離せ!!私はこれからしばらく旅に出るんだ!!」



 騎士たちに捕らえられ、必死に喚くゼウス。

 だが、フィリアは全く状況について行けず、ポカンと口を開け成り行きを見守るしかなかった。



 「あら、旅ですか?一体どちらに行かれるのかしら?」



 嗤うような声は、その喧騒に沈黙を与えた。


 虫の羽ばたきさえ聞こえそうな程に、一瞬で静寂が訪れた。

 だが、緊張の空気は更に高まり、まるで氷の中のような冷たさがその場を支配した。



 ゼウスは硬直した身体を、見て分かるほどに震わせ、ゆっくりと声のした方に顔を向けていく。

 恐る恐る。まるで背後に幽霊でも居るかのように。



 「あ、あ・・・あ・・」



 そして、声の主を確認したと同時に恐怖が口から漏れ出た。

 舌は痺れたように動かず、声だけが漏れる。




 フィリアもまた、その声を追った。


 そこにいたのは、元日本人から見れば明るいが、確かな黒髪。長く、地面に着きそうな髪。

 マーリンにも負けない見事なプロポーションだが、身長はそんな高くない。


 気怠げな目だが、その茶色の瞳はゼウスに微笑み、有無も言わせない。


 美しい人。



 しかしそれ以上にフィリアの目を惹いたのは、その装い。


 暗めのドレスのようなスカートはレース編みが見事。

 全身を覆える程のローブはラメでも使っているのか煌めいて靡くが、裾は長く引きずる程で比重から大きくは動かない。


 そして、頭にあるのは肩幅よりも大きな三角帽。


 まさに



 ―――魔女やーー!!



 THE・魔女。

 いかにも魔女。

 そのまま魔女。



 フィリアの目は飛空艇の時よりも輝いていた。



 あと、何故に誰もその事に驚かないのか分からないが。

 彼女は、大ぶりな鎌に腰掛けるように『浮いて』いた。



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