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70 収穫祭



 暖かな陽射しが降り注ぐ『空中庭園』。

 もう初夏も迫った時期だが、季節はまだ春の陽気。


 ホクホク顔で籠を抱える小さなお姫様。

 下手な鼻歌も相まって、実に楽しげなのが伝わってくる。



 「姫様・・」



 幼い手では抱えられる籠の中身もたかがしれている。

 だが、この幼女は非常識がそのまま人の形を成したような存在だ。


 一見、愛らしく、微笑ましい光景にさえ思えるが、明らかにその背後に頭を抱えるものがある。


 大人でも女性であれば易々と入ってしまえそうな、大きな籠。


 それが、三つふわふわと浮き、幼女の背後に付き従う。



 「ヒメ。たいりょうですね!」



 その中身は、今、収穫されたばかりの野菜たち。

 それも三つの大きな籠からはみ出す程の大豊作。

 短い腕に抱えた籠にも僅かながらその恩恵が乗っている。


 隣を歩くティーファも同様に野菜を籠に抱え、隣を歩く主人の上機嫌さに自身も笑みが溢れる。



 「姫さま・・」



 顔だけじゃなく綺麗なドレスも泥に汚れている幼女の小さな足の向かう先。

 そこにあるのは、いつの間に作ったのか。『空中庭園』の一角に設けられた、レンガ造りの竈。


 マリアとミミは互いの悲愴を肩を抱いて、慰め合っている。

 呼びかける声は弱々しく、届かず。只々、主の陽気だけが憎らしい。








 「ヒメー。おいしいですー」


 「でしょー?やっぱり、とれたては、おいしいですねー」



 木陰に仲良く並んで座る幼い主従は、もちゃもちゃと口いっぱいに頬張り、実に満足気。


 口元にトマトソースをつけている二人の口を拭うマリアの手も少々荒くなるのは仕方ない。

 普段、能天気なミミでさえ頭を抱えている。



 「フィー!!」


 「ふぇ?」



 そこに悲愴を現した姉、リーシャが飛び込んできた。


 最近では、庭園に居ようと家族の往来がフリーダムになってきた。

 護衛すら出迎えず、来客が自由に出入りしている今日この頃。



 「聞いてよ!フィー!!」



 今にも泣き出しそうに嘆きの表情したリーシャの来訪。

 ティーファはそっとその場を離れようとしたが、その前に、フィリアと共に抱き捕らえられた。

 その為、ティーファは緊張から完全硬直してしまった。楽しげだった表情も青ざめ引き攣っている。



 「・・フィー。美味しそうな匂いね」



 リーシャは今さっきまでの悲愴感は何だったのか、コロリと表情を変えた。その目はフィリアの口元に残る赤い跡に凝視した。



 「はい!とれたてやさいの、ぴざです!」


 「ピザ?って・・。あの、トラントの家庭料理?」



 この世界にもピザは存在している。

 ルネージュとの友好国で、海に面した小さな国。トラント。

 そこの家庭料理として有名だが、この国ではあまり馴染みがない。


 我が家にそれを作れる料理人など居ただろうか・・。と、リーシャは顔を上げたが、そこにあるマリアの表情で全てを悟った。

 周りを見渡せば、ミミもマルスも、ミリスもアンネも皆、揃って苦い表情だ。


 そして、そこにある、竈。



 「・・フィーが作ったの?」


 「はい!」


 「フィーは何処でこんなに、料理を覚えたのかしら・・」



 むふー、とドヤ顔をするのをやめてほしい。

 訝しむリーシャの視線に気づいてくれないだろうか。


 確かに、言っていないだけで、前世の事を必死に隠しているわけではない。

 だが、少しは後ろめたさや焦りがあってもいいのではなかろうか・・。



 「ま。いっか。フィー私も食べたいわ!」


 「ぜひ!」



 そして、この一族の家族に対する盲目っぷりはなんとかならないものか・・。

 もはや最初から期待していなかった周囲は感情の消えた目のまま、落胆もない。



 「あら。チーズもたっぷりなのね」



 弾む声のリーシャだが、マリアとミミはその言葉に敗北感を思い出し項垂れた。


 元々調理などし始めたフィリアの姿だけでも悲鳴が漏れそうなほどだったのに。

 フィリアが材料を持参し始めた時など意識が一瞬飛びかけた。


 『姫さま・・それは?』

 『ちーずときじです』


 ラースモアからありえないものが出てきたのだ。


 最近では厨房とも連絡を密に行っていたはずだった。

 なのに知らされていない食材が、あたかも当然のように出てきた。


 確かに、統制されているはずなのにフィリアから愚痴一つないのはおかしいとは思っていた。だが、まさか、知らないうちにホールサイズのチースが密輸されてるなどと思ってもいなかった。


 着実に、ラースモアの中には食材が充実されていっている。


 更にその時一緒に持ってきたのは、きちんと寝かせられた生地。


 フィリア一人でも出来てしまいそうなものではあるが、確実に裏切り者の気配を感じ、憎悪が溢れた。


 料理問題において、主従の攻防は、フィリアの負け知らずのままである。


 悪気のないフィリアの行動は何故か成功率が高い。



 「ん!?美味しい!!生地ももっちりね!!」



 知識はあっても、フィリアにそんな技術はない。

 確実に、共犯者がいる。



 ちなみに、この世界のピザは薄生地でカリカリなのが基本だ。

 フィリアの作ったピザはもはや別物とさえ思えるだろう。



 「具材も瑞々しくて美味しいわぁ」


 「きょう、とれたばかりですから!」



 そう・・。

 これも頭が痛い理由の一つだ。


 前々から丁寧に育てられた自家栽培の野菜たち。

 当然ながら収穫も、フィリア自ら行いました・・。



 もう、マリアたちは精根尽き果てている・・。



 「もしかして・・。ソースのトマトも?」


 「はい!!」



 満面の笑みでフィリアが視線を投げた先。

 竈のすぐ隣には大きな寸胴鍋があった。


 トマトを丁寧に潰し、漉し。コトコトとじっくり煮込んだのだろう。

 ニンニクの匂いや深み、バジルの僅かな香り。・・手の込んだものである。


 小さな幼女が調理する姿は、想像するだけで・・・。


 マリアやミミの静かな涙に哀悼を贈る・・。



 フィリアはこの国、最上位の令嬢である。

 趣味の範疇ならまだしも・・。明らかに高貴な令嬢を逸脱している。




 リーシャとフィリアは幸せそうに味わうが、フィリアと共にリーシャに抱かれるティーファもう喉を通らない。



 「ところで、おねえさま。なにかあったのですか?」



 聞かなきゃいいのに・・。


 フィリアはピザのおかげで思考がお花畑となっていたため、無用心にも聞いてしまった。

 悲壮だった表情の理由を。確実にめんどくさいだけで、どうでもいい事なのに。



 「!?そうだったわ!聞いてフィー!」


 「ふぁい」


 「ナンシーが・・」


 「なんしー?」


 「・・裏切ったの」



 どうやら中々に穏やかではなかった。

 前言を謝罪しよう。



 「・・なんしーが、ですか」


 「そう・・」



 フィリアだけではなく周囲も息を呑んだ。


 それもそうだろう。近々で最もナンシーの驚異を身に受けたのはフィリアだ。

 周囲の緊張も仕方ない。



 確かに、ナンシーは後悔を滲ませてはいたが、ジキルドへの恨みは拭えようもない。

 弓引く動機など当然のことながら多分にある。


 なにせ親の敵である。そう簡単に遺恨がなくなるわけがない。

 


 「・・今朝、お祖父様の元に行ってきたの。・・そしたらナンシーもいて」



 ジキルドの事だ。きっと何の心配もないだろう。

 だが、そうだと分かっていても心配なものは心配だ。


 その時―――



 「リーシャ様!」



 声が響いた。

 その声の先、そこにはナンシーがいた。


 しかもその姿に緊張が増す。


 枝分かれした角。蝙蝠のような羽。

 妖艶な美貌とピンクルビーの瞳。


 それはあの日見た、ナンシーの姿。


 ミリスとアンネも剣に手をかけ臨戦態勢。マリアとミミはフィリアに駆け寄った。

 マルスもまた、ティーファを庇うように・・。



 「・・姫様。急な来訪失礼いたしました」



 しかし、ナンシーから紡がれたのは理性的な言葉。


 あの時のように歪な唇でもない。



 「ふぇ?」



 そして、ナンシーに続き庭園に入ってきたのは、見知ったリーシャの側近たち。

 ナンシーとは違い、息を切らしている様子は、普段のマリアたちと既視感がある。


 ・・つまりは、問題は主の方にあるということ。



 「なんしー・・」


 「はい」


 「その、すがたは?」


 「あ、申し訳ありません!・・怖い事を思い出させてしまいますね」


 「いえ、そうではなく」



 確かに怖い出来事ではあったが、トラウマを抱くほどではない。


 寧ろその姿はあまりに美しく見蕩れてしまうほどに魅力的だ。

 前回は魔力が乱れていたが、今は万全。それでも、その色香に惹かれる。


 中身も伴ったナンシーの魅力は、前回より何倍も増している。



 「この方が、全力を出せるので・・。流石にリーシャ様の逃亡には、この姿じゃなくては追いつけなくて・・」


 「私共が協力を願ったのです」



 息を切らせたリーシャの侍女が告げた。

 『逃亡』とは、フィリア以上にその周りがよく共感をする単語だ。


 そこにあった緊張はすぐに霧散した。



 「見て!フィー!!裏切り者よ!!」



 今にも泣きそうなリーシャの叫び。

 だが、今この場にその言葉を間に受ける者はいない。

 というか『また』逃げたのはリーシャであろう。


 そんな糾弾するように指をさしても・・。

 指を・・。



 「そんな大きなおっぱい隠してたなんて!!」



 ・・・・・。

 ・・リーシャが指をさしていたのは、ナンシー・・の胸。


 リーシャの側近たちは上がった息を整えるのとは別の息を吐き、ナンシーも同じく呆れて息を吐いた。

 その他、フィリアたちは揃って無言となり、長い瞬きをした。



 「・・だから、言っているではありませんか。これまでは目立たぬよう容姿を誤魔化していたと。元は大きく変化させられませんが、多少の身体変化なら出来るからと」


 「何処が少し!?何?喧嘩売ってるの?言い値で買うわよ!!」



 リーシャの言う『裏切り者』とはこっちの事だった・・。


 白く透き通り、青白くも見える肌。扇情的なほどに紅い唇。

 目元は涼しげなのに愛らしく、スラッと伸びた手足でさえも妙に艶かしい。


 そして、何よりそのプロポーション。

 出るとこは出ているが、引っ込むべき場所は引っ込んでいる。


 細すぎず、太すぎない。完璧なバランス。


 リーシャが睨むその胸部も、完璧な形な上、かなりのボリュームを持っている。



 だが、そもそもの話。当然の事である。

 ナンシーは妖精。それもリャナンシー。


 『淫魔』とも云われる存在。


 男を惑わす事に特化した種族である。


 誤魔化す術も、相手の趣向に合わせるためのものだろうが、だからといってそのベースが平凡な訳が無い。



 「・・では、そのめがほんとうのいろなんですか?」


 「あ、いえ。本来は姫様方と同じ色なんですが、この姿、というか、妖精としての力を出すと自然に変化してしまうのです」


 「ほぇー。きれいです」


 「ふふ・・。ありがとうございます」



 ナンシーの微笑みは美しく。否応無しに胸が高鳴る。

 フィリアの今世の初恋はナンシーと言っても過言ではあるまい。


 事実を言ってしまえば、色香に惑わされただけという、何とも情けないものではあるが・・。

 中身はアラサーの馬鹿な男である。是非もない。



 「そんな脂肪の塊で、私の可愛いフィーを誘惑しないで!」



 フィリアは瞳を褒めたはずだが・・。

 寧ろ胸にしか目がいっていないのはリーシャの方である。



 「残念ながらリーシャ様。私は妖精です。物質的な肉体ではありません。つまり、脂肪などありませんよ」


 「ぐぬぬぬ・・」



 遇の値も出ない。

 


 フィリアたちは、静かにピザパーティーを再開した。

 リーシャの怨念をBGMに、マリアたちも混じって。


 リーシャの側近たちも手招き。皆で。



 再び、ティーファとフィリアは幸福の表情でピザを頬張った。




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