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68 狂気の沙汰



 「りあ!!」


 『痛いよ・・』



 いつもと同じ時間の演習場。

 そこにゼウスがリアを連れて現れた。


 倒れて以来の久々の再会。


 フィリアは飛びつくなりリアを強く抱きしめた。

 その目尻には涙が溜まっていた為、リアも拒絶はできなかった。


 というか、リアの方も文句を言いながらも満更でもない。


 それもそうだろう。

 リアの最期も心配になる姿だったが、それはフィリアも同様だったのだ。


 リアからしてみれば、フィリアの心配で、気が気ではなかったろう。


 互いが互いの安否に気を揉んでいたのだ。

 再会でお互いの元気な姿に安堵するのは仕方ないだろう。



 「フィー。リアが潰れてしまうよ」



 ゼウスは苦笑まじりで促すが、止めようとはしない。

 フィリアとリアも戯れつくようで見ていて微笑ましい。



 「あれ?おじさま。おじいさまは?」



 フィリアが顔を上げるとここ最近は臨時講師をしてくれていたジキルドの姿がない。

 先日倒れたジキルドだが、その後はいつもと変わらぬ様子だったのに、やはり体調が良くないのだろうか。と、フィリアに焦燥が生まれてしまう。



 「あぁ、父様は、ナンシーと出かけているよ」


 「なんしーと?」


 「花畑にね」



 墓参りと言ってはあれだが、二人は、幸福も苦痛も孕んだあの思い出の場所に足を運んでいた。


 遺恨が完全に拭えるわけではない。だが、二人はあれから何度も話す場を設けていた。

 時には笑みさえ溢れる事もあった。



 「・・わたしも、いきたかったです」


 「姫様?」


 「じょうだんです・・」



 間髪入れず帰ってきた声は離れて控えるマリアのもの。

 距離もあるはずなのに鮮明に届いた声。


 むくれたようなフィリアの表情も一瞬で引き締まり、目の前のゼウスは苦笑と乾いたような笑みだ。



 『君は相変わらずだね』


 「たったすうじつじゃ、かわらないよ」


 『いや、二週間は経ってるでしょ』



 懐かしいジト目と呆れた口調。主人を見下すような態度。

 だが、そこには安堵がある。恐らく『星を謳う(スターゲイザー)』の影響について耳にしたのだろう。


 それに対してフィリアはガクリと地面に崩れ落ちた。



 「そうなの。・・・わたしが、べっとにふせっているあいだに、おにいさまと、にいにいの、たんじょうびかいが、おわってしまったの・・」



 なんの脈絡もない話題変換。

 それすら、慣れる程にフィリアらしくリアに安心を抱かせるが、それとは別に呆れた息が漏れるのは仕方ない。



 元々、フリードとアランの誕生会は事情もあって合同で開催されることにはなっていた。

 その上、特別な節目ではない年齢のため、規模も大きくなかった。それでも流石はレオンハートではあったが・・。


 ちょうどその日、フィリアは『観測』の影響でうなされ、寝込んでいた。

 熱も下がり、体力も戻った時、その知らせを聞き、絶望に再び寝込んだフィリアは、紛う事なきレオンハートだ。



 「ところで姫さま。こちらはどうしましょう?」



 一歩進み出てミミは手に持った木籠を掲げた。

 フィリアはそれで思い出したように反応した。



 「そうでした!おじさま、おじいさまにおみまいをもってきたのですが、ひもちもしませんし、ごいっしょにどうですか?」


 「お?食べ物かな?」


 「はい!てづくりです!!」



 その瞬間ゼウスはマリアが顔を背けたのに気づいた。

 止められなかったのだろう・・。



 「・・そ、そうか。・・どれどれ・・・っ!?」



 中身を覗いて言葉を失った。


 ステーキ、ローストビーフ、焼きソーセージ、ハンバーグ、煮込み、フライドチキン・・等等。

 見るだけで胸焼けがしそうな、肉、肉、肉のヘビーメニューばかり。


 事実、匂いだけでゼウスは、口を覆った。



 「やみあがりなので、せいのつくものにしました!」



 ・・何故自信満々なのだろう。

 前世の、それも社会人としてアラサーまで生きた記憶があって、なんでこのチョイスなのだろう。


 せめて、消化にいい物くらいの一般常識はなかったのだろうか。



 「フィー。叔父様ー」



 その時アランが遠くから駆けてきた。

 フィリアの授業中なのに珍しく来客だ。



 「どうした。アラン」


 「すいません、トールを見ませんでしたか?訓練をしようと思ったのですが姿が見えなくって」



 ゼウスはバッとフィリアに視線を向けるが・・。


 その、下手な口笛で視線を何もない方へ投げるのはどういうことか。


 ゼウスは恐る恐るといった様子で料理へ視線を動かした。

 その中は肉だらけ・・。



 「・・フィー。この、煮込みの肉は・・何、かな?」


 「・・・・・・しか、です」


 「嘘だよね!?」



 マリアもミミも顔を背けている。

 そんな所ばかり主に似なくてもいいのに。

 その後ろのアンネとロクサーヌまで同じように視線を逸らしていた。



 そういえば、前世で鹿は滋養強壮に効果があるとあった。

 また、麒麟といえば霊薬や漢方との関連性も深い。

 ・・あくまで、余談だが。






 ちなみに煮込みの鹿肉は普通の鹿肉なので安心してほしい。


 ・・ただ、その前に問題があっただけ。


 ゼウスの想像はあながち間違いではなく。

 フィリアは最初トールを追い掛け回していた・・。


 何のため、など言うまでもなかろう。


 幸いにもトールは逃げおおせたが、恐らくその影響で姿をくらませている。



 マリアたちも困ったように諌めてはいたが、まさかそんな凶行を働くとは思っていなかった為、本気には程遠かった。寧ろやんちゃな子供に手を焼く程度のものでしかなかった。


 だが、そのすぐ後、フィリアが鹿肉料理を作ったことで彼女たちの顔は青ざめた。

 そして、背筋を冷たいものが通ったのも気のせいではない。


 トールが必死に逃げていた理由に恐怖した彼女たち。


 まさか、フィリアがそこまでの凶気を孕んでいたとは思わず、諌めきれなかった。



 それ故に、彼女たちは視線を背けた。



 だが、フィリア。

 顔を背けたという事は、きちんと自覚があっての犯行だったのだろう。


 あまりに、サイコパス。




 ゼウスは当分、肉は食べれないかもしれないと吐き気を飲み込んだ。



 「にいにい。わたしもいっしょにさがしましょうか?」


 「フィーは優しいね」


 「やめときなさい。・・トールが可愛そうだから」



 罪悪感から出た提案だが、純粋なアランとは違い、当然ながらゼウスには一蹴された。

 フィリアの側近たちもあまりに同意で、深く頷いた。


 なのに、何故そんなに、フィリアは得心いかない顔をしているのか・・。

 一発ぶん殴ってもいいと思う。



 「ところでフィーは、今日の準備運動は終わったのかい?」


 「はい!しかもきいてください!」



 何やら胸をはる幼女は、誇らしげにミミを呼んだ。

 そして、ミミも少し興奮気味で嬉しさが滲んでいる。



 「ゼウス様。本日姫さまは、なんと1分も持ちました」



 主従揃って鼻高々に胸をはる。

 それは走り込みにてフィリアが耐えた時間。


 不憫に思うなかれ。

 これはフィリアにとって、まさに大台だった。


 幼く、虚弱で、普段浮遊ばかりで動くフィリアにとって、これだけ走り抜けたのは大きな成長である。



 「おぉ!すごいじゃないか!!」


 「はい!」



 頭を撫でるゼウスに満面の笑みを向けるフィリア。

 アランもそんな妹が愛らしくゼウスと共に頭を撫でた。



 「『星屑(スターダスト)』の方はどうだい?」


 「はい!そちらは、ひゃくをこえました!!」



 また褒めてもらえるだろうと、満面の笑みそのままに、鼻の高さがピノキオ顔負けだ。



 「そ、そうか・・」



 だが、思った反応とは違う。

 それどころか少々引きつったゼウスの表情。



 「フィー!すごいじゃないか!」



 アランだけが純粋な称賛を持って頭を撫でてくれている。


 ゼウスは視線を上げるが、マリアたちと目が合わない。

 またしても彼女たちではどうにもならない、非常識が起きてしまったのだろう。



 「・・・操作は?」


 「いちおう、ないふならにじゅうくらいですが・・けんとかだと、ろっぽんがせいいっぱいです・・」



 悔しそうに、申し訳なさそうにしてはいるが、十分に規格外だ。

 前にも言ったが、その域に到達するには生涯をかけてもひと握りの者だけだ。

 

 ゼウスの引きつった表情も割増だ。



 「フィーは頑張り屋さんだね」



 アランだけは無条件でフィリアを褒めてくれた。



 「ところでフィー。トールはどこに行ったかな?」



 バレていた・・。

 フィリアは初めてアランの笑みに息を呑んだ。


 


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