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64 妖精の恋人 Ⅳ



 騎士二人に挟まれ、リーシャに先導されたナンシーは到着と共に息を飲んだ。


 城内の演習場。鍛錬場とは違い、石畳の舗装もされ、一つの舞台のようなこの場所。

 ここは魔術対策もしっかりなされているため、魔術の鍛錬によく使われる。


 広さもさる事ながら、作りも闘技場のようにすり鉢状になっている。


 その中心にナンシーを呼び出した本人がいた。

 幼く愛らしい微笑みで迎える姿は、相変わらずの無垢さだと、少し呆れる。

 仮にも、その身を狙った本人に対して向けるような笑みではない。


 だが、同時に、ナンシーにとって、僅かな救いでもあった。



 広い演習場。そこにはずらりと騎士と魔術師が揃い、ナンシーに視線を送っていた。


 遠巻きに。それこそ闘技場のような作りの観客席部分に、座ることもなく仁王立ちで、こちらに視線を注いでいる。


 当然ながら、そこに友好的なものはなく。敵意や殺意こそ表立って出さないが、そのせいで感情が消えていて、余計に背筋が凍る。



 その上更に、そこにいる面々。


 フィリアの傍には勢ぞろいの側近たち。

 マリア、ミミ、ミリス、ロクサーヌ、ローグ、キース、アンネ。


 少し離れた場所にはセバスと、なぜかティーファもいる。


 騎士団長ハイロンド、副団長サーシス。

 このファミリアにて魔導師の称号さえ持つ、魔術師団長。


 ロバートを筆頭とした、ルーティア城を仕切る者たち。


 ゼウスにマーリン、アンリ。


 先導してくれたリーシャが並び、揃った。現レオンハート大公家。

 アーク、リリア、リーシャ、フリード、アラン。


 そして、フィリア。



 あまりに豪華な顔ぶれ。

 このファミリア公領の最高峰。そうそうたる面々だ。


 嫌でも緊張と恐怖で体も表情も強張る。

 

 

 「姫様っ!!」



 そんな異様な雰囲気さえ、気にもとめずフィリアはナンシーに近づいた。


 当然、先のこともある。

 マリアだけじゃなく、皆が警戒するのも当然だ。



 「だいじょうぶですよ」



 マリアに振り返り、微笑んだ表情はリリアや、『淑女の鏡』リーシャによく似ていた。


 フィリアはマリアに微笑んで見せると、ナンシーに向き直り、杖を振るった。



 『沈黙の(ノイズ・キャンセラー)



 それはフィリア考案、ローグ常用の防音魔術。

 ヴァイオリンの音さえ漏らさない、何気に優れた魔術。


 薄い膜のような光がドーム状に広がり、フィリアとナンシーだけを内包した。



 「このなかの、おとは、そとにきこえません」


 「・・えっと・・姫様・・何を?」



 フィリアは少し申し訳なさそうに眉を下げ微笑むと、腰に手をやった。


 ・・・もたもた。手間取り、もたつくフィリア。

 小さな身体と、幼い可動域。そして、腰から取り出したものの不釣り合いな大きさ。



 「ごめんなさい。おおきなものしかなかったので・・」



 取り出したのは扇子。

 フィリアにはまだ似合わない上に、大きすぎるそれ。


 どう見ても、背伸びした幼女。

 大人に憧れ、大人ぶって見せても、おままごとにしか見えない幼女。



 「ちがいますからね!おとなぶってるわけじゃないですからね!!」



 ナンシーの微笑ましいものでも見るような表情に、フィリアは反論するが、ナンシーは「わかっております」と察しているような頷きが返って来た。



 「今度、姫様に合ったものをお作り致しましょう」


 「だから!ちがうってば!!」



 恥ずかしさに顔を赤らめたフィリアは、頬を膨らませ不機嫌をアピールするが、それさえナンシーの生暖かい視線の餌食にしかならない。


 扇子を広げ、口元を隠すフィリアだが、サイズの合わない扇子は顔の半分を覆い、赤面を隠したようにしか見えない。


 だが、本当に、扇子の用途は違った。



 「ぴさんり」


 「!?」



 ナンシーの身体が強ばった。

 それは、先程のような、この場の雰囲気に飲まれたものではない。

 

 比喩でもなんでもなく。

 まるで何かに縛られたような感覚が身体を駆け巡った。



 「このために、ひつようなんです」



 周りに居る者のほとんどは、職業柄、読心術を心得ているものが多い。

 しかも、ナンシーが息を呑むほどに、この場には集まっている。


 だが、ナンシーが知りたいのはそこではない。

 フィリアが発した『名』だ。



 「ぜうろすさまも、ぶようじんです」


 「『星を謳う(スターゲイザー)』ですか・・」


 「はい」


 「・・・そもそも『記憶』を『観測』出来るものも希だといいますし。パパ、・・父はそう言った事に気の利く方ではありませんでしたから」


 「はい。・・おんなごころにも、どんかんでしたね」



 人の事を言えないとは思うが、今は水を差すのを控えよう。


 ナンシーはフィリアの感想に思わず笑い。母、アンヌの事を思い出した。

 いつも、呆れたようにゼウロスを見ては、不満そうにしていた。しかし、それでも最後には、微笑み。「惚れた弱みね」と笑っていた。



 フィリアが再び杖を振るうと、光のドームは溶けるように消えた。

 そして振り返りマリアを見つめた。



 「もう、なんのしんぱいもありません」


 「・・・どういうことでしょう」


 「『まな』でしばりました」


 「な!?」



 驚きはマリアのみならずに広がった。その中アンリだけはすべてを察し、額に手を当て呆れたように息を吐いた。



 「・・お義兄様。・・妖精の『真名』を、残すなんて・・。娘でしょうが・・」



 その呟きは、フィリアとナンシーにも届いたが二人もまた、目を合わせ、苦笑するのみだ。


 ゼウロスに細かい気遣いなどできそうにない。次期大公だったのだから思慮深さを持っていて欲しかったが、今更仕方がない。

 

 それに何より、この一族は皆、何処か抜けている者達ばかり。

 なのに、本人たちにその自覚が無いのだから、気苦労も耐えない。



 「さて、なんしー。きょうのようけんは、きいていますか?」


 「いえ・・」



 ナンシーはリーシャに先導されここに来ただけ。

 フィリアが呼んでいることぐらいは聞いていたが、その理由までは聞かされていない。

 故に、この場の雰囲気には恐怖心が煽られて仕方なかった。



 「きょう、なんしーには『ようせいのこいびと』をうけてもらいたいのです!」


 「・・え」



 覚悟を持っていたナンシーだったが、流石にこんな唐突な宣告には、絶句してしまう。

 ナンシーだけではなく、その場がざわめき、引き攣った顔も少なくない。


 笑顔でなんと恐ろしい死刑宣告。

 甘んじて、隕石を受けよとは、流石に鬼ではなかろうか・・。



 「・・フィー。流石に、それは・・」

 「フィー・・」

 「ヒメ・・」

 「姫さま・・」


 「姫様が・・。そんなにお怒りだったとは・・」


 「ふぇ?」



 ドン引きの面々。流石にナンシーへの同情が沸き、同時に幼い姫への畏怖が高まる。


 フィリアはそんな周りの反応についていけず、ぽかんとしている。

 ナンシーはそんな無垢なフィリアに唾を飲み込み、覚悟を改めた。


 自身の行いは、擁護できたものではない。過剰にさえ見えるかもしれないが、それだけ腹に据え兼ねる事をしたのだと、再認識した。



 「姫様が望まれるままに、その罰、この身でお受けいたします」


 「え?・・いや・・え?ちがいますよ!?なんかかんちがいしてません!?」



 恭しく、己が罪を受け入れたナンシーに、慌てるフィリア。


 すると、堪えられなかったという様子で、笑い声が溢れた。

 注目が集まった先、そこには手で口を覆うアンリが肩を震わせている。


 明らかに笑うのを堪えている。



 「・・ごめんなさいね。フィリアちゃんが可愛くて」


 「おばあさま!!」


 「ナンシー。フィリアちゃんは『記憶』を『観測』したのですよ」


 「「あ」」



 何人かが思い出したように声を上げた。

 しかし、当のナンシーには何のことか分からない。というか、ここに集まった大半がナンシーと同じ反応だ。



 「そうねぇ・・。『記憶』の『観測』自体珍しい事ですし、あまり知られていないかしら」


 「奥様・・?」


 「いやねぇ。ナンシー。叔母様と呼んで欲しいですね」



 なんだろう・・。

 普段はまともに思えていたアンリに、マーリンの影をすごく感じる。



 「只でさえ稀な『記憶』の『観測』だけど、更にその中でも極希に『効果』が大きく変わるのですよ。『星』にもよりますが、効果が増幅したり、反転したり。『物語』の『観測』とは一線を画すだけの差が生まれるのです」


 「なんしー。いんせきなんか、おとしませんよ」


 「そもそも、『妖精の恋人』の効果は、隕石なんかじゃないですよ」



 そこで驚いたのはナンシーだけではない。

 むしろレオンハートの面々の方が驚いている。驚いていないのはゼウスとフリードくらいだ。



 「いくら妖精とは言え、隕石をまともに受けて無事なはずないでしょう。仮にも元大公の術ですよ?原型さえ留めないでしょうし、街の被害だって甚大になったはずでしょ」



 確かに。

 天災をその身に受けて無事とは、妖精はどれだけ超生物なのだという話になる。

 ・・街の被害については、十分に甚大だと思うが、それはどうやら感覚が違うらしい。



 「では・・一体・・」


 「フィリアちゃん」


 「はい!では、さっそくはじめましょう」



 黒杖をナンシーに向けるフィリア。

 隕石は降らないらしいが、そんな言葉でナンシーの安堵が生まれるわけではない。寧ろ、何が起こるのかわからなくなったぶん、恐怖心は倍増である。



 『謳う英雄(セーマ)



 昼の空に星が煌めいた。



 『隠匿の雌馬(ヒペルス)



 煌く星星の中、一層輝きを増す星座。

 その輝きは光の柱となって地面に降り注ぐ。


 その光景は以前に見たものと酷似しているが、心なしか光が繊細にも見える。


 そして、その光を足場にして青白い馬が駆け降りてくる。


 ジキルドの時は、速さを増し、弾丸のようになり、隕石となって降り注いだその馬だが、今回は優雅に駆け降りてくるのみ。

 原型を崩すことはなく、速くはあるが清らかな風が吹くような清々しさが現れている。



 光の馬は地に降りるなり、フィリアに擦り寄り甘えた。フィリアもそれに答え、微笑んでその頬を優しく撫でた。


 そして、馬は視線をナンシーに定め、ゆっくりと歩み寄って行く。


 実際には聞こえない蹄鉄の音さえ響くような存在感が迫り、ナンシーは少し体を引いてしまうが、踏ん張り、息がかかるほど近くまで顔を寄せられた。



 その鼻先が、ゆっくりとナンシーの頬を撫でた。


 ――――――!!


 瞬間。

 何かが弾けるような、甲高い音がした。


 鈴が鳴るような、ガラスが割れるような、耳鳴りが響くような。



 それと、同時にナンシーから光が溢れ、それは靄となって霧散していく。



 目を瞬くナンシーの目の前で、馬は薄くなっていき、フィリアに振り返ると、前足を大きく上げ、天に吠えた。

 実際は声などないはずだが、その迫力は確かなものだった。


 そして光は薄くなり続け、馬が駆け出すとその姿を追うこともできず、夢幻のように消えていった。



 「なんしー。きぶんは、どうですか?」


 「え・・。あ、はい・・・。何とも・・」



 ナンシーは完全に呑まれ、思考が飛んでいた。

 フィリアの言葉に、反射的に反応はしたが、戸惑いは消えていない。



 「今ので完璧に解けたな」



 急に聞こえた声。

 そこには先程まで姿のなかったジキルドがいた。



 「ディーニ・・」



 呟いたナンシーの様子を見て、フィリアは安堵の息を零した。



 「リャナンシーたるものが、精神干渉を受けるなんて。・・お前の十八番だろうが」


 「え・・」



 呆れたような口調だが、ジキルドの表情は柔らかいものだった。



 「なんしーは、しょうきじゃなかったんです」


 「姫様・・。それはどうゆう・・」



 ナンシーの様子は明らかに違っていた。

 フィリアを襲った時は、違和感を感じるほどに幼く感じ。ジキルドを前にした時など、完全に狂気に満ちていた。


 いくら感情に左右されやすい妖精だとしても、明らかに情緒がおかしかった。

 それにリャナンシーは妖精の中でもその手の自重が強い種族のはずだ。


 その証拠に、ジキルドに負けてからのナンシーは別人のように落ち着いている。

 言動や振る舞いも、見た目相応のもので、激情など皆無。


 ジキルドを目にしても、そこに先のような狂気はない。



 「『妖精の恋人』とは、『拐かし』や『惑わし』の『星』。そして『星を謳う(スターゲイザー)』とは、魔導の王たるレオンハートに伝わる秘術。つまりは、最高峰の魔術。格下の術など無効にさえできてしまう」


 「なんしーは、あのとき、おじいさまの、いんせきをあびて、しょうきにもどっていたので、もしかしたら、とおもったのですが、せいかいでした」


 「まぁ、私の『妖精の恋人』を浴びいても、完全に解けなかった様子から、かなり高位の洗脳だったのだろうな。それでも『記憶』を『観測』したフィーの『妖精の恋人』の前では一瞬だったがな」



 アンリは別物のように語っていたが、『記憶』も『物語』も元は同じ魔術。根本は変わらない。

 だがそこには、完全なる上位互換と言えるだけの差が確実にある。


 あの、隕石もまた幻覚の一つなのだろう。



 ナンシーはその場にへたり込むように、地面に座り落ちた。

 そんなナンシーに視線を合わせるように腰を落としたジキルドは、ナンシーの肩に手を置いた。



 「フィーが提案してくれたんだ。恐らく洗脳されたままのナンシーでは、私を見た瞬間また前のようになる可能性があるとね。・・ナンシー。・・私が憎いかい?」


 「・・はい。・・・憎いです」



 そう言ったナンシーの目には、明らかな恨みが燃えているが。

 濁った狂気は、そこにない。


 ジキルドも「そうか」と苦笑を零しながら。ナンシーには悪いが安堵が隠せずに滲んでいた。



 「君は・・本当に、母親によく似ているな」



 そんなことは知っている。とナンシーは不愉快そうに眉を顰めた。

 自身はアンヌの分体なのだ。娘として扱われてはいたが、それでもアンヌと同一体の存在。

 似ている云々ではなく、そのものだ。



 「だが、その目は、君のお父さんにそっくりだ」



 少し寂しげに懐かしむよう。朗らかで柔らかな笑み。

 

 ナンシーの視界は、無意識に滲んだ。


 それを離れて見ていたアンリもまた真っ赤な目をハンカチで隠していた。



 「おじいさま・・」



 フィリアの呟くような声。

 それは驚きに満ちたもの。



 「かみが」



 白髪とは言っても元の金が名残りとして残り、銀糸に近かったジキルドの頭髪。

 それが、目の前で真っ白に変わった。


 まるで、倍速再生でもしたかのように一瞬で。



 「お父様!!」



 その変化に即座、反応したのはマーリンだった。

 駆け出し、ジキルドに向かう。


 続いて他の面々も慌てて動き出すが、マーリンの到着さえ間に合わず。


 ジキルドは音もなく、地面に落ちていった。



 目の前のナンシーは反応もできず、視界を動かすことしか出来なかった。




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