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58 星の魔術



 魔力操作訓練、その後少しの休憩を挟み、座学の時間。

 だが今回は、室内ではなく、引き続き演習場での授業。


 ゼウスとジキルドの他にマーリンも合流した、豪華なメンツ。

 こんな教師陣。大枚をはたいても受けたい者は多いことだろう。



 「フィー?大丈夫?顔色が優れないようだけど」


 「はい・・。まだくらくらしますけど、ずいぶんらくになりました」



 顔を顰めて唸るようなフィリアだが、休憩を挟む前は吐き気がするほどフラフラとしていた。



 「まぁ始めてだし、続けているうちに慣れるさ。今までの魔力操作とは全くの別物だしな」


 「しかし、始めてで四つも同時に扱えたのだ。大したものだ」



 これまで鍛錬していた魔力操作とは一線を画した難易度だった。

 今までは、例えるなら、川の流れを整え、導くようなものだった。流れには抗わず、逆らわず。

 

 だが、今回のはその川を思うがままに動かさなければならなかった。無理やり捻じ曲げ、されど自然に、奔流したり途切れたりしないように。


 それは普段の魔力制御の何倍も集中力を要し、少し気を抜いただけで霧散してしまうほどに繊細。


 それでも一つなら問題なかった。それが二つ三つと増えるとなるとそれは困難を極めた。

 マルチタスクと言えば簡単だが、実際は一つ増えるたびに倍々の難易度となる。



 「それはすごいわね。私なんて初めては二つだけだったわ。それも拙い操作で及第点すらもらえなかったし」


 「まぁ初めてならそれが普通だろ」


 「最初っから五本のナイフを自在に操れていた人に言われても説得力ないわよ」



 規格外のこの家族でもそれが普通なのかと安堵しかけたフィリアだったが、ゼウスの武勇伝に口を引き攣らせた。


 ちなみにフィリアも四本のナイフを操作できるまでになれたが、それは浮遊の魔法からの経験値であり、それがあっても実戦投入には程遠い出来だ。

 自由自在になど、まだ無理だ。



 「最初はともかく、今後の鍛錬しだいで、数も制御も変わってくるから気にする必要はないさ。マーリンだって今じゃかなりの練度になっただろう?」


 「マーリンおば・・おねえさまは、どれくらいあやつれるのですか?」


 「・・そうねぇ。精々五十行かないくらいかしら」



 訂正しておくが、彼らが常識のように語っているこの会話だが、当然一般ではない。

 まず、初回からの成功などまず無い。一本のナイフすら持ち上げるのにそれなりに時間がかかるし、複数の操作など年単位での修練が必要だ。それも数が増えるごとに習得難度を上げて。



 「で、おにいは?」


 「・・・四十くらい」


 「嘘ね」


 「・・・五十・・」


 「それも嘘ね」



 ゼウスは諦めたように溜息を吐き、バツが悪そうに視線を逸らしボソボソと呟いた。



 「・・この間、四百を超えた・・」


 「ふぇ!?」


 「おぉ!!」


 「ほんと嫌!!これだから『天才』は嫌!!なんで普段、やる気の欠片もないのに・・」


 「・・なんか、ごめん」


 「え?喧嘩売ってる?買うわよ?言い値で買うわよ?」



 規格外の次元が違う言い争い。

 ちなみにゼウスから言わせればマーリンも十分に『同種』だと思うが、口にはできない。

分野が違えばゼウスなど足元にも及ばない事など数多ある。要は得意不得意の話だ。


 だが、今は、火に油を注ぎたくはない。



 「おじいさまは、どれくらい、あやつれるのですか?」


 「ん?・・そうさなぁ。千を超えたあたりからは数えていないからなぁ・・」



 マジ化物・・。

 どいつもこいつも規格外ばかりである。


 改めて言うが、一般では一つ二つを制御操作できただけでも凄い事。

 マーリンの五十でさえ規格外なのだ。生涯を賭けた魔術師でも行き着くかは分からない領域だ。その上ゼウスたちの単位になれば、才能の有無さえ些細なほどに突き抜けていて、意味がわからないのだ。



 「ところで、きょうはおへやじゃないのですか?」



 ようやく本題のようだ。

 マーリンは軽く咳をして、意識を整えた。



 「今日からしばらくは、お祖父様に魔術を教えてもらいます。・・・だけど、かなり特殊な魔術で、習得にはかなりの負担もあるわ。改めて聞くけど本当に体調は大丈夫?」



 マーリンからの再確認に少し息を飲んで不安がよぎったフィリアだが、力強く頷いた。

 それは新たな魔術への好奇心もあったが、それ以上に先日の件も相まって『力』を求める内心もあった。



 「では、軽く説明だけするわね。フィーにこれから教えるのは『星を謳う(スターゲイザー)』という魔法よ」


 「すたーげいざー・・」


 「この魔術は我が家に代々伝わる魔術で、所謂『一家相伝』の秘術よ。・・けど、それを習得するのは非常に困難で、一族の者でも習得できないものがざらな魔術。事実、私もほとんど会得できていないわ」


 「え!?おばさまが!?」


 「お姉さんね?」



 フィリアからしたらマーリンとは魔術において知らない事はないと思うほどの生き字引。

 当然、使えない魔術などないと思っていたし、周囲の反応からもそれが間違いではないと思っていた。

 そんな彼女が使えない魔術。そんなものがあるのかと驚愕した。



 「私だけではないわ。貴女のお父さん、アークだって使えないし、リーシャとアランも頑張ってはいるけど・・難しいでしょうね。なにより適性が薄いもの」


 「てきせいって?」



 その言葉はマーリンより魔術の知識を学んだフィリアに違和感だけを抱かせた。


 魔術とは学問であり、学べば誰でも使えるもの。

 そう教わったはずなのに『適性』とは、まるで使える者を選ぶようなものではないか。


 前にそのような魔術があるとも習ったが、その時マーリンは誰でも使えない魔術など劣悪な欠陥品でしかないと一蹴していた。汎用せいがあってこその魔術であると。


 それなのに、今から教わるのはまさにそのまま。



 「今のレオンハートで扱えるのはお祖父様と叔父様だけね。フリードもあと少しかしら・・。とにかく、この魔術は決して絶やすことは出来ないけど、習得できるものは少ない魔術なの」


 「おばさま・・」


 「お姉さんね」


 「・・まーりんおねえさま。じゅぎょうではそんなの、まじゅつじゃないって」


 「ん?・・あぁ。『誰でも扱えてこそ魔術』という話ね?」


 「はい・・」


 「そうね。それは確かよ。使い手を選ぶ魔術など魔術として欠陥でしかないわ。・・ただ、この魔術は少し違うのよ。『誰でも扱えるが、誰も扱えない』魔術なの」


 「?」



 フィリアは首を傾げた。『星を謳う(スターゲイザー)』などと言う魔術も知らない。

 マーリンから詰め込まれたあの大量の資料や辞書の中にも無かった。



 「フィーは、『天蓋ノ運命』をよく読むのだろう?」


 「はい」


 「では、どのお話が好きだい?」



 ゼウスの問いに頷いたフィリアだが、その意図は分からない。

 『星を謳う(スターゲイザー)』などという名前だけに星が関係あろう事はわかる。故に『天蓋ノ運命』からの方が連想しやすいのだろうか。



 「そうですね・・。ぜんぶすきですけど・・さいきんは『ばらざ』とかきょうみぶかいです」


 「・・『薔薇座』って愛と憎悪の滅亡物語じゃないか・・。もうちょっとこう・・英雄譚とか、甘酸っぱい恋物語とか・・。そんなドロドロの物語を選ばなくても・・」


 「ぜうすおじさま!『ばらざ』はなかなかにきょうみぶかいのですよ。こうさつもですが、れきしや、じだいはいけいもきょうみぶかいし、ほかのせいざとのかんけいせいも、ほのめかされていたりして。さらにはじっさいのほしもきれいなのです」



 めっちゃ早口。

 ヲタク覚醒にゼウスはかなり顔を引き攣らせた。



 「おにぃ。流石に『真実の愛』が最初は、重すぎない?」


 「そうだな。ゼウス私も流石に初回でそれは重いと思うぞ・・。それに、飲み込めないだろう・・。最初じゃなくてもかなりあれはくるぞ?」



 ふたりの声に頷きながらも、ゼウスはフィリアなら大丈夫ではないかと思っていた。

 フィリアは決して物語のレベルで話を終わらせていない。寧ろ考察などというあたり、かなり苛烈な想像さえしてそうだ。



 「あと、さいきんなら、はるのほしでもある。『こうまざ』をけんきゅうしてます」



 最早研究などという言葉さえ出てきた。


 だが、大人三人はその言葉ではなく、その『星座』に空気を変えた。



 「『子馬座』か・・ちょうどいいかもな」


 「えぇ・・」



 そこでゼウスとジキルドは動き出した。

 ジキルドは少し離れ、地面に魔法陣を描き出し、ゼウスはフィリアに寄り、視線を合わせるように腰をかがめた。



 「フィー。今から教える『星を謳う(スターゲイザー)』という魔術は、一つの術ではない。複数の魔術の総称だ。その数は現時点で数百もあり、その全てがそれぞれ『星』を表している。効果も術式もそれぞれ違い、それをすべて会得しなければならない。その上、全てを会得した術者は新たな『星』を加えなければならない。終わりのない魔術だ」


 「すごいでね・・」



 本当に分かっているのか不安だが、フィリアは頷いている。



 「フィーにはこれからその中の、『妖精の恋人』という『星』を教える。・・とはいっても、さっきは、詠唱できたが、長い文言は流石に難しいか・・。とりあえず術名だけでもきちんと魔力を込めるとして、長い詠唱自体は魔力を薄く込めなさい。あとは、今お祖父様が描いている陣には強めに魔力を込めなさい」


 「はい。・・りあもいっしょですか?」


 「うん。そのほうがいいかな。・・ただ、今回は魔術の成功ではなく発動が目的だから、あまり無茶しないように」


 「はい」



 そこからはゼウスから長い文言を口伝で教えられた。

 

 めちゃめちゃ長い。

 その上、言い回しも古く、例に漏れず精霊語で難しい。

 

 

 「フィーは精霊語の方が発音しやすそうだな」


 「はい。・・そうみたいですね」


 「それはそうよ。フィーに教えている『ファルミナの夢』は精霊語に近い発声方法が多いもの」


 「は!?マーリン、お前。そんな難しい曲選んでんの?」



 流石のゼウスもドン引きだ。

 それほどに難易度が高い楽曲だった。


 そして、フィリアの詠唱は偶然でもなんでもなく、マーリンの指導成果であった。


 しかし、それでも長い詠唱を朗々と唱えるにはまだ至らない。

 何度も復唱するが詰まる場面が多い。



 「出来たぞ」



 そうしてジキルドが声を上げた。


 ゼウスとマーリンはフィリアの背を押し送り出すが、二人は離れて見守るようだ。


 フィリアはとてとてとジキルドに寄り杖を握り締めた。

 その肩に乗る黒猫のリアもなんだか今回は口少なに、緊張しているように見える。



 その理由は明確。

 呪文の文言を聞いてフィリアも青ざめた。

 

 それは先日見た、ジキルドの魔術。

 それも『隕石』の。



 「準備はいいかい?」


 「はい」



 ジキルドはフィリアを陣の中心に促した。

 その際の表情は優しく、フィリアの緊張を解くものだったが、表情の強張りは残ったままだった。


 フィリアは魔法陣の真ん中まで進み、改めてジキルドの顔を見て、深呼吸をした。



 「まずは魔力を陣全体に満遍なく広げなさい。それからゆっくりでいいから詠唱を」



 フィリアは小さく頷き、瞼を閉じると魔力を満たした。

 リアの助力も普段より感じる。どうやらリアも普段の片手間じゃないようだ。



 『謳う英雄(セーマ)



 昼間だというのに、星が輝く。


 そのまま先ほど習ったばかりの詠唱を紡ぐ。

 拙く、何度も躓いたが、必死に魔力を纏わせ謳う。


 そして・・。



 『隠匿の雌馬(ヒペルス)

 



 刹那、目の前が光に包まれ。

 

 全てが、白く染まった。





 「ぐぁっ!」



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