表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/214

54 レオンハートの妖精



 貴人用の牢。

 牢と呼ぶにはあまりに豪華な一室。

 ただ扉前には騎士が二人並んで常駐していて、物々しさもある。


 そこにある天蓋付きのベット。

 その上で仰向けに横たわるナンシーはボーッと天井を見つめていた。



 「・・パパ・・ママ・・」



 小さな呟きは虚空に消えていった。










 「あの娘は、恐らくゼウスの娘だ」



 ジキルドの言葉に、その場の視線はゼウスに集まった。



 「そ、そん、な・・」



 その中絶望の表情を浮かべるのはリーシャだ。

 だが、誰もその事には触れない。というかそもそも気にさえ止めていない。



 「ゼウスと言っても、私の兄。ゼウロスの事だ。ゼウスが生まれるのを私以上に楽しみにしてくれていたから、名前を貰ったんだ」



 無言で次の言葉を待つなか、リーシャだけが胸をなでおろした。



 「そしてゼウス・・ゼウロスの事は皆知っているだろうが、・・・『蒲公英』が芽吹いたレオンハートだ。そして・・その時の相手がリャナンシーだった」


 「お祖父様。『蒲公英』とはなんですか?」


 「そうか・・。アランはまだ知らないか」



 まだ幼いアランもだが、セバスも控える家人の中、疑問符を浮かべていた。

 その事にジキルドも気づいた。



 「セバスも、この国の出身ではないしな。知らなくても仕方ないか」



 セバスは少し申し訳なさそうに「はい・・」と返した。




 レオンハートの者には代々、『向日葵』の花紋をもつものが多い。

 フィリアもそうだが、向日葵の花紋を持つ者は特にレオンハートとしての特性が良くも悪くも顕著に表れる。

 その為、家紋であるカトレアよりもレオンハートと言えば向日葵のイメージが強い。


 そしてその中、『蒲公英』に例えられるのは、レオンハートの中でも特別な存在。

 公的に語られることはない。しかし、それでもこの国の者ならば誰でも知っている。


 それは決して誉れ高き物ではない、だが、かと言って侮蔑を向けられるものでもない。



 レオンハートの最も有名な特徴。

 それは残念ながら、世界最高峰の魔術ではない。


 過剰なまでの家族愛だ。


 家族のためなら国さえ滅ぼすとされ、過ぎたるものの例えとして『獅子の愛』などという言葉さえあるほどに、世間一般には魔術以上に浸透している。



 だが、極稀に家族以上に他者を愛する者が生まれる。


 レオンハートには例外なく家族愛の強いものしかいない。

 当然その者たちも家族を例に漏れず過剰な愛を持って愛してはいるのだが、それ以上に愛する人と出会う。


 例え妻であろうと、恋人や友人であろうと、血の繋がった家族を何よりも第一にするレオンハートの中で、その者たちは異端であると同時に羨望の存在でもある。


 特に女性からの憧れは根強く。多くの物語のモデルとなっている。

 やはり唯一無二の特別な存在となる事を願わない者はいないのだろう。



 そしてそれを踏まえると『獅子の愛』という、過ぎたるものの例えとして用いられる言葉も、また違った意味合いを持ち使われることも多い。



 『蒲公英が芽吹く』とはそんなレオンハートの中でも、いやレオンハートであるが故に

特別で、羨望を集める者たちを表す呼び名。


 ・・・そして、あまり大声で語れない名でもある。


 家族以上に愛する存在。


 聞こえはいいし、レオンハートを顧みれば『世界で最も愛する』意味合いさえ持つ美談でさえある。


 だが、それ故にそれが明確になる状況は望まぬ結果であることがほとんどだ。


 

 「ゼウロスもまた、リャナンシーを愛し、この国、ルネージュに弓を引いた者だった」



 レオンハートは大公。この国の重鎮だ。ルネージュに弓を引くという事は、つまりレオンハートにも剣を向けると同義。

 『蒲公英』が芽吹いたとわかるきっかけは、悲しくも家族との敵対から発覚するのがほとんどだ。



 「そのゼウロスを討ったのが、当時、大公を継いだばかりの私だった」



 レオンハートは化物に例えられるほど、一個人の戦力がずば抜けている。

 故に、並みの戦力での対応は危険だ。


 その上、反旗を翻したとはいえ、レオンハート。

 他者の手に委ねることは出来ない。


 その為、家族の始末は、自分たちの手で付けるのが習わしであり、慈悲でもあった。

 


 「セバス。ナンシーは私のことを『ディーニ』と呼んでいただろう?」


 「はい。姫様の『ティア』と同じく、ゼウロス様の称名でしたか。・・・確かその意味は『無限の魔』を称したものですよね?」


 「・・あぁ。一般にはそうだな。・・だが違う意味もあるのだ」


 

 この土地は魔術師のメッカとも呼ばれる土地。

 魔術の基本言語は『精霊語』とも呼ばれる古代言語をベースにしている。

 それは、基礎教育で学ばれるほどに、この土地では浸透された言語。



 「『精霊語』で直訳するならば『渦』。現代的な解釈であればそれは『無限』を指すが、本来の意味は『囚われ』。運命や宿命、罪や咎から永久に逃れられない事を指す」


 「・・・それは」


 「その上、精霊信仰の中で、親兄弟殺しは最も罪深いものの一つ。死してもその罪は拭われることはなく、永久にその罪にもがき苦しむと謂われている。そこから『ディーニ』とは古くから『親殺し』という意味を持つ言葉なのだ」



 家族愛の深いレオンハートがその名を冠さすのは、あまりに不名誉なこと。

 国の危機を回避した功績だが、その名はあまりに汚れている。



 「この国の起こりから歴史のある我が家だ。長い歴史の中には、多くはなくともあって当然の話で。その都度、そう言った『家族殺し』の忌名を冠する。・・ま、自己満足の罪滅ぼしか、忘れる事がないように、みたいな情けないものでしかないがな」



 そして、その名たちはどれも一般には誉れの名で、その意味を知るのは精霊語に精通したものだけ。故に当時の国王や国民さえも容易に受け入れたが、この土地や魔術師たちは眉を顰めたことだろう。

 


 「妖精にとっては精霊語の方が母国語みたいなものですからね」


 「ナンシーはその時のリャナンシーと叔父様の娘だと?」



 マーリンとアークの声にジキルドは視線を送った後、ゆっくりと深くソファーに身体を預けた。



 「・・・あぁ・・」


 「・・・でも、お祖父様。妖精と人では子を成すことは出来ないですよ?物質的な肉体を持たず、体の構造も根本的に違います」


 「相変わらずリーシャは博識だなぁ」



 ジキルドは深いシワの笑みをリーシャに向けたが、リーシャの表情は暗い。



 「アークから聞いたよ。リーシャがナンシーの事を頼んでいたんだって?」



 妖精とは、特殊な存在。

 そんな簡単にその存在を隠せるわけがない。


 それなのに今まで侍女として潜んでいられた。

 それもレオンハートというその道の頂点の居城で。


 当然、バレないわけがない。

 マーリンやゼウスならまだしも、普段から生活をするアークが気づかないわけがない。

 そこをリーシャが取りなしていたのだ。ナンシーにさえ知らせずに。



 「リーシャが妖精族の差別撤廃の為に普段から頑張っているのは知っているから、別に今回のことを責め立てる気はないさ。・・ただ、今回のことで可愛い妹が危険に陥ってしまったという事だけは忘れずにおきなさい」


 「・・はい。ごめんなさい」



 俯いて目元を拭うリーシャの声は少し震えていた。


 エルフなどの妖精族。その差別の歴史は根深く、差別がなくなったとはいっても、見えない部分ではまだ多く残っている。

 特に魔術師の多いこの土地ではそれが根深い。


 しかしここ最近はその改善が著しい。その理由はリーシャの慈善事業による成果だ。


 リーシャは妖精族の社会的地位向上を始め、蔑視の改善に力を注ぎ、このたった数年でその成果は少しながら見え始めている。



 その流れから、リーシャはナンシーのことに気づき。

 妖精族だけではなく、妖精そのものさえも擁護していたのだが、その思いはリーシャにとって最も残酷な裏切りを起こさせてしまった。



 「・・ナンシーは、正確に言うならば、分体だろうな」


 「まさか!?・・転生術ですか?」


 「・・・あぁ。それも、記憶の継承はされていない」



 リーシャは驚愕したが、ジキルドは眉を顰め息を吐いただけだった。



 「リーシャお姉様。『転生術』とはなんですか?」


 「・・妖精は永久を生きる存在と謂われているけど、実際はそうじゃないわ。当然、傷を負ったり、寿命だってある。実体ではなく精神体だから勘違いされがちだけど、妖精もまた生命体なの。・・だけど、全くの嘘でもないわ」



 妖精の死とは、身体を構成する魔力の枯渇を指す。その為妖精は、死期を悟ると自身の残り少ない魔力を使い、自身の分体を造り、自身の記憶を移す。


 それが『転生術』と呼ばれる、妖精の秘術。


 その際、当然ながら魔力は乏しいため、媒介となる存在。多くは草花や動物を介して自身の足りない魔力を補うのだが、あまり魔力の強い存在だと弱った自身では逆に消滅させられてしまうため、弱った生き物や元々弱い存在を選ぶのが当たり前。


 どうあっても、レオンハートの人間が媒介となることはない。

 並の魔術師なら、弱っていればあるいはなんとかなるかもしれないが、殊、レオンハートに対しては、虫の息であろうと不可能だろう。



 「であれば、ナンシーは・・」


 「そう。恐らく、ゼウロスも受け入れたのだろうな」


 「だから『娘』なのですね・・」



 対象よりも格が劣っていても、相手が容認し、協力してくれるのであれば『転生術』は行える。

 

 ただ、その存在は分体といえども、別の存在となる。自身の魔力の質は薄くなり、相手の魔力が濃くなる。

 そうなれば、記憶の定着もしづらい上に、記憶を継承をする術も多大な魔力を喰らうため、完全に術が成功する事などない。


 つまりは生み出されるのは、新たな存在。

 妖精と媒体となった者との特性を継いだ『ハーフ』だ。



 「でも、これはあまり人道的ではない『禁術』だ。転生とは言うが、学術的に言えば全く別の命だ。道徳的にも世界禁止術式にさえされている。・・妖精の秘術と言えば聞こえはいいかもしれんが、レオンハートの者が容認していい物ではないだろう」



 わかりやすく言えば、ナンシーはクローンのような存在なのだろう。


 ジキルドの言葉に深く皆が頷いた。



 「しかしそうなると、今後のナンシーの処遇に困るな・・。フィリアの事もあるが、レオンハートとしても、放逐などありえない」


 「未遂だし、殺す必要はないわね」



 現金だが、家族なのであれば一気に甘くなる。

 一線を超えてしまえば非情でさえある家族愛だが、その一線の際までは引くほどに甘い。


 セバスなどは納得できていないが、飲み込むしかない。

 その上でセバスは小さく手を上げた。



 「ジキルド様。一つよろしいでしょうか?」


 「うん?どうした?」


 「・・あの時、仰っていた、『チェンジリング』とはどういう事でしょうか?」



 その瞬間。その場の人間が皆、セバスを見た。

 その視線に一瞬たじろぐセバスだったが、その視線はすぐさまジキルドに移った。



 「どういうも何も、そのままの意味だが・・。アーク。まだ話していなかったのか?」



 皆が目を剥く中、何人か平静なままであった内の一人、アーク。



 「簡単には話しましたが、詳しくは話していません」


 「そうかぁ・・悪いことをしたな」


 「いえ。別段困ることではないので、気にしないでください」



 落ち着き払う二人に苛立ちが勝ったのか、マーリンが前のめりになった。



 「どういう事?私達は『軍国』が関わったとは聞いていたけど『妖精』が関わっているなんて知らなかったわよ。てか『チェンジリング』って、我が家に喧嘩売ってんの?」


 「俺もだ。『軍国』を滅ぼそうと国会に掛け合ってはいたが、それは初耳だぞ」


 「・・いや、そんな物騒な話。こちらも初耳なのだが・・」



 本当にゼウスにこの国の権力を持たせていていいのだろうか。

 口を引きつらせたアークの気持ちがよくわかる。



 「調べた結果、『軍国』が裏にいる事がわかったが、そこに『ミル』の名があった」

 

 「・・あのババア、生きていたのね」


 

 ゼウスとマーリンの体から魔力が溢れている。

 リーシャたちのように事象を起こすほど未熟ではないが、その練達感が余計怖い。



 「二人共、落ち着いてくれ。『ミル』の事は事実だが・・恐らく本来の目的は別にある」


 「そうなのか?」



 アークの言葉にはジキルドも驚いたようだ。



 「はい・・。まだそれが何かまでは掴めてはいませんが、どうにも腑に落ちない点が多い」


 「そうか・・。とりあえず『軍国』が関わっているのは確かなんだな。であれば次回の国会に提案しよう」


 「おにぃ?話聞いてた?」


 「・・あの毒は確か効果なかったわね・・かと言ってあのババア逃げ足が速いから暗殺の方が確実なのよね・・・」


 「おねぇは完全に聞いてないよね?」



 やはり不穏な兄妹。


 そんな不甲斐ない大人に変わりフリードがセバスに顔を向けた。



 「すまないねセバス」


 「いえ・・」


 「『チェンジリング』とは『入れ替え子』。生まれたばかりの子供を別の子供と入れ替える妖精の悪戯として有名なのだけど、セバスが聞きたいのはそうじゃないだろう?」


 「はい」


 

 あの時のジキルドもそうだが、この場での皆の反応もそんな単純な話には思えない。

 更にセバスにとっては片棒を担がされたかもしれない事だ。知らずにはいれなかった。



 「実はね。昔、リーシャ姉様もチェンジリングされかけたんだ」


 「・・まさか、マーリン様の・・」


 「・・うん。詳しくは知らないけど、それが多分セバスの知りたい事だと思うよ」



 それ以上は一使用人が踏み込んで聞けることではない。

 セバスは静かに礼を述べ控えた。


 そして、視線を向けた先。


 リーシャの俯いた表情だけは伺い知ることはできなかった。





 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ