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50 王が王なら、民も民



 「せばすっ!そっちはだめです!!」



 魔術で牽制をしながら駆けるセバスは、迷いなく進んでいた。

 しかし、その方向は喧騒で賑わう表通り。フィリアたちが食べ歩きをした場所。

 

 つまりは一般人が多く集まる。その中には子供も年寄りも少なくない。

 

 決して巻き込めない。

 更に自覚は少なくとも、フィリアはレオンハートの者。この街の人々を守っていくことが義務だ。



 「いえ、姫様であればこちらの方が安全です」



 人混みに紛れるつもりなのか。しかしフィリアはそれを望まない。

 立場上仕方ないのかも・・。とは思うが、割り切れはしない。


 セバスは魔術を牽制として放つが、その威力はフィリアと比べて明らかな火力不足だ。

 ナイフの事から、物理的な攻撃は効果が期待できない。故に魔術頼り。


 フィリアと比べれば、足止め程度にしかならないが、それでも効果はある。


 何度かフィリアも魔術を行使しようとしたが、リアによって止められた。



 『今はまだ、魔力を練って、温存しておくんだ。君の限界までそれほど余裕はないから、無駄打ちはしないほうがいい』



 リアのその言葉に、フィリアは素直に従い。セバスの苦心に奥歯を噛み締めていた。

 出来ることなら今すぐにでも魔術なり魔法なりを放ちたいが、それで仕留められる確証はない。むしろリアの目算では勝算は無いに等しいとまで言っていた。



 ナンシーは諦める素振りなく、フィリアたちを追ってきている。

 その瞳は紅く光を放ち、弧を描く口箸からは牙が覗いている。

 時折、無邪気な笑い声を漏らしながら駆けてくる様は恐怖しかわかない。



 「せばす!これいじょうはだめです!かんけいないかたたちを、まきこんでしまう!!」


 「・・姫様。このルーティアにおいて、レオンハートの方々が避難されるなら、向かうべきは『人気の多い場所』です」


 「なにをいっているのです!!なんしーはあきらかにきけんです!!」


 「だからこそです」



 明らかに人外のナンシー。その危険性は、そこらのチンピラなど凌駕することは、世間知らずのフィリアにだってわかる。

 なのに、セバスの判断は変わらない。

 


 「わがみかわいさに、たにんまでぎせいにしたくはありません!!」



 そもそも、ナンシーを引きつけたのだって子供たちを逃がすためであって、自身が逃げるためではなかった。

 それなのに、わざわざ、さらに多くの人々を危険にさらすなど問題外だった。


 無論、勝算などない。

 それでも、譲れない。



 フィリアは浮遊でセバスの腕から抜けようとした。

 しかし、視界が歪み、気持ち悪さが勝った。



 『何をしてんのさ!無駄遣いするな!!』



 もはや浮遊の魔法すら満足に使えないほどフィリアの限界は近いらしい。




 そして、フィリアの覚悟虚しく、薄暗い路地を抜けた。


 賑やかな喧騒に相変わらず満たされた商店街と運河。

 活気にあふれ、楽しげな雰囲気もそのまま。


 ただひとりフィリアだけが絶望していた。



 「お、姫様」

 「姫様だ」

 「愛らしいわぁ」


 「お、おい従魔をすぐさま離せ!」

 「魔術を止めろ!魔力も乱すな!」



 さっきまで散々買い物で顔を晒したフィリアは、姿を見せるなりすぐさま注目を集めた。



 「姫様はこのジュース飲まれるかな・・」

 「ちょうどパンが焼きあがったところだし、姫様に食べてもらいたいな」


 「ちょっと待って、・・姫様の顔色悪くないかい?」

 「か弱い御方らしいが、大丈夫か?」



 駆け込むように姿を見せたセバスとフィリア。

 セバスは剣呑な表情で、息こそ切らしてはいないが、額には汗が滲んでいて。

 フィリアも気を張ってはいるが、目が虚ろになりかけている。



 「・・みんな、にげて」



 魔力の乱れから押し寄せる気持ち悪さに、か細い声しか出せないフィリア。

 その声は当然ながらセバス以外には届かない。



 「ひーめーさーまー」



 そして、あまり引き離せなかったナンシーが追いつくのに時間はかからない。


 間の伸びた、陽気な口調だが、そこには狂気しかない。

 セバスは引くことを辞め、迎え撃つように構えた。


 セバスが何を考えているのかフィリアには理解できなかった。

 只々、目が回るような気持ち悪さを押し込めようと、息を整え、魔力を整えるのが精一杯。



 だが、ナンシーの反応は思っていたものと違った。

 

 勢いそのままに路地を抜けたナンシーはフィリアとセバスを見て笑みを深めたが、その周囲を見て動きを止めた。

 ゆっくりと周囲を見渡し、歯噛むと、忌々しげにセバスを睨んだ。



 「・・本当に子供のようですね。周りを見れないほど興奮して、今自分が何処に居るのかもわからないとは」



 先程までの無邪気な陽気さも、セバスに対して不遜なまでの余裕もナンシーから消え失せていた。



 「貴女も知っているでしょう?このルーティアにおいてレオンハートがどんな存在か」


 「・・・」


 「そして、この街の人間が。魔術師のメッカとも呼ばれるこの土地に住まう人々が、どんな存在か」



 先程までの耳障りなほどにはしゃぐ声は返ってこない。

 ナンシーは無言で、その瞳に怒りを滾らせながら睨んでいる。



 「おいおい。どういうこったい」

 「姫様に、何しようとしてんだい」



 セバスとフィリアのただならぬ様子と、後から来たナンシーの不穏さに、街人たちが集まりだした。



 「だめです・・みなさん」



 フィリアは小さくも精一杯の声で制したが、儚く掻き消えた。


 

 しかし、後ずさるように焦りを滲ませたのはナンシーの方だった。

 街人達は集まる端から、皆杖を構えていた。中には杖以外もいたが、皆一様に魔力を高めるさまは同じで、魔力媒体をいつでも向けられる体制。



 「ふぇ?」



 フィリアの思考はまだ霞がかかっているが、それでもこの状況に呆気にとられてしまった。


 自身が守るべき対象。老若男女、主婦や魚屋のおじさん、少年少女に杖を付く老人。

 明らかに一般人の者たちが、異様なまでに魔力を高め、フィリアを守るように集まってくる。

 その数は後から後から、とめどなく増え、この街全部がフィリアを守るよう。


 目を丸くするフィリアにセバスは微笑んだ。



 「姫様。社会勉強です。この街で、何かあった時は必ず人気の多い場所を目指してください。この街の人々は必ず姫様を助けてくれます」


 「え、いや。このまりょく」


 『すごい魔力だね。・・正直今の君にはあまり良くないけど、その分頼りになるよ』



 周りから溢れる魔力。人数のせいもあろうが、それにしても膨大。

 セバスと比べても遜色ないだけの魔力を一人一人が持っている。いや、むしろセバスなどよりも多い者の方が多い。



 「この地は魔術師のメッカです」



 それは授業でも習った。

 魔術の使えない者のいない土地。



 「その分、魔術師と呼ばれるハードルも高い土地です。この土地で魔術師と呼ばれるだけの実力があれば、ほかでは『魔導師』の称号さえ戴けます」



 魔術師の上位。それが魔導師。

 これも授業で習った。



 「では、他で『魔術師』と呼ばれる存在はこの土地では、なんと呼ばれると思いますか?」



 そんなもの考えるまでもない。

 『見習い』や『弟子』の概念はあってもそれは役職ではない。


 つまり魔術師でないのであれば、それは只の『一般人』。



 フィリアはそろりと周りを見渡した。


 そこには大勢の『一般人』。



 「この土地。ひいてはこの街に住まう人々は、他所に行けば『魔術師』です」


 「・・うそぉ」



 セバスの言葉にドン引きなフィリア。

 どうやら、怪物は城の中だけでなく、レオンハートの庇護するこの土地全てに満遍なく住んでいるらしい。

 

 なんだろう・・。

 この規格外さに慣れてきた・・。



 「さぁもう安全です。後はティーファが呼んでくる騎士を待つだけです」



 セバスはフィリアとティーファの無言のアイコンタクトを理解していてくれたらしい。

 フィリアは一気に肩の力が抜け安堵感が溢れた。


 その瞬間意識を飛ばしかけたが、まだダメだと気を引き締め直し、再びナンシーを見据えた。



 ナンシーは明らかに警戒を高め、後ずさっている。

 先程までの余裕と無邪気さも皆無で、奥歯を噛み締めていた。


 そういえば、『誘惑』の効果は大丈夫だろうか。と周りを見渡したがその効果が現れているものはいない。

 ちゃんとそういった対策をしてあるのか、はたまたフィリア同様、魔力の制御で無効化しているのかは分からないが、誰ひとりナンシーに誑かされるものはいない。


 ・・本当に一般人なのだろうか。


 

 一触即発。そんな張り詰めたような空気。

 だが、今や優勢は逆転。それどころかナンシーでは完全に役不足。


 おそらく逃げることさえ叶わないだろう。

 セバスにさえ僅かにでも足止めされる程度では、この自称一般人達の魔術から逃れるなど不可能だ。



 「なんしー。あなたのもくてきは、なんですか」



 ここに来てようやくフィリアは落ち着いて話す機会が来た。

 いまだ体調は下降気味で、頭も上手く働かないが、この機を逃すことはできない。



 「チェンジリングだろう?」



 しかし、声は視線の先とは別から返ってきた。


 その声に人垣が割れ、皆が振り向く。

 そして、一様に息を飲んだ。


 そこから歩きこちらにやってくるのは、キャメルカラーの紳士服に身を包んだ老紳士。

 その手には革のトラベルバックを携え、帰ってきたばかりの旅人。



 「おじいさま!!」



 フィリアの声と共に人々は傅き頭を下げた。

 

 フィリアを視界に捉え、帽子を脱ぐと、皺だらけの顔を朗らかに崩した。

 


 「ただいま」




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