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49 妖艶な色香



 歪な笑みを蓄えたナンシーはジッとこちらを見ていた。それに気づけていたのはフィリアのみ。

 ティーファはまだしもセバスさえも気づけていなかったのは明らかに異様だった。


 これほど纏わり付く様な、粘着な視線。

 セバスも意識して、何故こんなにも気味の悪い視線に気づけなかったのかと、悍しさを抱いた。


 明らかに異様で禍々しくもあるのに、その存在感は希薄。

 意識しなければ消え入りそうなの程に、そこにいるのに認識しづらい。



 「りあ。どれくらい、もちますか」



 リアはするりとフィリアの肩に登り、首に纏わり付く。

 そして鋭い眼光をナンシーに向けていた。



 『正直、普段使い慣れている浮遊の魔法でも長く持たないと思うよ。その上、魔術を使うなら、持って一分。瞬殺しないと君の意識の方が先に無くなるね』


 「しゅんさつ・・できそう?」


 『多分、無理だね。そもそも、セバスの実力は知らないけど、君が落ちた時点で、ゲームオーバーだろうね』



 ナンシーが一歩、踏み出した。

 ゆっくりと、しかし重々しく。


 その瞬間ティーファとセバスが臨戦態勢となってフィリアの前に庇うように立った。

 ティーファは黒杖を構え、セバスはナイフを抜いた。



 『・・それに、彼女。魔力の奔流が強すぎる。ただでさえ乱れやすい君の魔力とは、相性が悪すぎる』



 ナンシーの歩みは迷いなくフィリアに向かって来ている。

 対岸の石畳の甲高い足音までは良かった。だが、そこから何の迷いもなく水路に踏み出した際には唾を飲んだ。

 ナンシーの歩みに何一つ変化はないが、その足元は水。


 水面に波紋を生むことなく進んでくる。

 神秘的にも見える光景なのに、悪寒しかわかない。



 「姫様ぁ。皆様心配しておりますよぉ。帰りましょう」



 ナンシーの声は浮かれたようではあったが、そこに温度は感じられなかった。

 そして美しく整ったナンシーの顔から聞こえるには、あまりにも無邪気で幼い。



 「・・なんしー・・」


 「まぁ!嬉しい!!私を『認識』できるなんて、やっぱり姫様は・・」



 ナンシーは歪んだ口端を更に釣り上げた。

 


 『特別ですね』



 響いた声は、声と呼べないもの。

 音でもなく、頭に直接送られたような感情。


 吐き気を感じる程の腐臭にまみれた感情。



 「・・ぐ」


 「姫様!?」


 「ヒメ!!」



 あまりの不快さに呻きを漏らしたフィリアだったが、どうやらティーファとセバスにはその感情が届いていなかったようで、フィリアの急な変化に焦った。



 『・・今のは僕との念話と同じようなものだね。ただ、あまりに強制的だけどね。・・・それに歪みきった感情まで乗せて・・』


 「・・わたしは、ぞうもつにまみれる、いめーじがわいたよ・・」


 『・・僕はGだったよ・・』



 フィリアとリアはゲンナリした様子だが、そこに緊張感は消えていた。

 互いの不憫に肩を寄せ合うような姿、随分と余裕にさえ見える。



 「・・・随分と、愉しそうですねぇ」



 それをナンシーは面白く思わなかった。

 歪めていた口元も元に戻り、完全な無表情。整った顔も相まって、作り物のような印象を受ける。


 先程まで緊張していたはずのフィリアの、そんな軽い態度は実に感に触った。



 「そんなことないですよ。ひじょうに、むかむかします」



 顔を顰めてそうは言うものの、その態度は飄々としていて、今さっきまでの怯えたような警戒は皆無だ。

 むしろ一息ついて見据えた眼差しには、余裕どころか威圧感すら生まれている。

 その眼差しにナンシーの方が飲まれ、喉を鳴らした。そして迷いのない歩みすら、些か乱れが生じた。



 「・・そうですかぁ?その割に、随分と余裕ですねぇ」



 再びナンシーは笑みを見せたが、先程よりも人間的。もっと言えば、取ってつけたような笑みだった。

 それを見て今度はフィリアの方が不敵に笑ってみせた。



 「ただ、なんしーが、みためのわりに、こどもだなと、おもっただけよ?」


 「・・・へぇー」



 今度こそナンシーの笑顔が明らかに引きつった。

 そして、その目には、明らかな怒りが写っている。



 「そのほうが、ずいぶん、にんげんてきよ?」



 フィリアの立場も劣勢である事実も何一つ変わらない。

 それでも、こんなに心的有利になれたのは、ナンシーの感情を感じたからだ。


 不快ではあったし、精神的にはかなりくるものがあったが、それだけだった。

 もっとドロドロとした感情が含まれていてもおかしくないような歪さなのに、それもなく、只々不快な愉悦があるだけ。

 悪い方向にではあるが、純粋で、無邪気。あまりにも幼稚だった。


 ナンシーは牽制や脅かしのために、何気なくぶつけただけだったろうが、その効果は真逆に作用した。



 「てぃー。こどもたちを、たのみます」


 「ヒメ。・・・わかりました」



 落ち着いたフィリアの威厳は幼女には過分な程に完成されている。

 それを受けたティーファにはまだ、従う以外の事はできない。


 だが、振り返る態度に、傍を離れる恐怖と不甲斐なさが隠せない。それでもフィリアの指示は変わらない。だから、せめても微笑んで見せて、口の動きだけで「お願いね」と送り出した。

 

 

 そして、ティーファが動き出した瞬間、当然のことながら、ナンシーも見逃すつもりはないらしく腕を振り上げた。



 「何処にい―――」



 瞬間セバスがナンシーの懐に入っていた。

 魔力の感知もなかった事から、純粋な身体能力だけでそれをなしたのだろう。

 フィリアは純粋に「おぉ」と賞賛した。


 セバスは懐に入った瞬間、躊躇いや迷いもなく、流れるようにナイフを振り抜いた。

 その刃は寸分違わず正確にナンシーの首筋に触れ、一閃した。


 だが―――



 「っ!?」



 息を飲んだのはセバスだった。

 ナンシーは歪な笑みを深めた。


 セバスの目の先には自身が振るったナイフ。それが柄の先から消失していた。

 刃の根元、鉄のナイフはそこから先がない。断面は沸騰したようにボコボコと音を鳴らして焼き切れていた。



 「せばすっ!!」



 刹那。フィリアの声と共にセバスは身を屈め、退いた。

 

 肩口を掠めかけた光の筋を紙一重で見送るセバス。

 光の筋はそのままナンシーの胸を貫いた。



 「ぐッ!?」



 それにはナンシーも苦悶の声を漏らした。

 だが、少しよろめいただけ。膝をつくこともない。



 「姫様」



 セバスはフィリアの傍に戻るが、視線は決してナンシーから逸らさない。

 臨戦態勢も崩さず身構えているが、構えるナイフはもうすでに使い物にはならない。



 『よりによって「光線」なんて、魔力制御がとびっきりなのを選んで・・』


 「せばす。ひきつけて、ひきます」



 リアはフィリアの魔力制御に手一杯。だが、どうにも余裕はない。フィリアの魔力は乱れ、脂汗も浮かんできている。


 フィリアは浮き上がりセバスの胸に飛び込んだ。

 セバスもそれを即座に理解し、フィリアを抱き抱えるとナイフを投擲して、腰のホルスターから杖を抜いた。


 いつでも駆け出せるように構え、ナンシーを見据える。時折目端に捉える先ではティーファが子供たちを先導している。戸惑う子供達だが、ティーファが上手いこと先導している。チックを拘束して引きずるサンは正しい。



 「酷いですよぉ。痛かったじゃないですかぁ」



 間延びした無邪気な声でナンシーはよろよろと姿勢を正した。

 投擲したはずのナイフの柄はナンシーのかざした手に触れた先から蒸発して消えた。


 貫かれた胸の穴はもはや塞がり、ローブの合間から絹のような白い肌が見えている。



 ナンシーは胸を摩り、穴の空いたローブを悲しげに触れて、残念そうに脱いだ。



 「あぁ。このローブお気に入りだったのになぁ」



 フードをかぶり見えにくかったとはいえ、整った顔立ちには気づいていた。

 それでも、ローブを外した瞬間の衝撃は大きかった。



 ピンクルビーの瞳に長い睫毛。肌はフィリアと同じくらいに白く、青い血管すら透けるよう。真っ赤な薔薇を彷彿とさせる唇はふっくらとして淫美。


 美人という一言では足りない、美貌と色香。

 一目彼女を見れば間違いなく恋に落ちる。



 『フィリア!!』



 リアの声にハッとしたフィリア。一瞬で心が奪われていた。



 『しっかり気を持って、魔力を集中するんだ』


 「ごめん。ありがとう」


 『彼女の魔力があんなに奔流していたのはこのせいだね・・。きっとあれは「誘惑」の効果があるよ。魔力は君の方が強いから、気を抜かなければ大丈夫なはず』



 ナンシーは脱いだローブを丁寧に畳み、フィリアを見つめた。



 「相変わらず姫様の魔力は反則的ですねぇ。ま、どっちにしても同性には効きづらいのですけどねぇ」



 ガッツリ効いていた。

 心に花が舞うほど効いていた。



 「・・それにしても、セバスさんにはなんで効いていないんですかぁ?」



 フィリアが顔を上げた先にあるセバスの表情は、変わらず警戒を持った精悍さ。



 「『誘惑(テンプテーション)』ですか・・。生憎と私の心にはすでに先客が居ります。それに今は姫様に身も心も捧げた身。貴女ごときでは小波すら起きません」



 挑発的で自慢に溢れたセバスの嘲笑に、ナンシーは眉をぴくりと動かした。

 少しバツの悪いフィリア・・。



 「姫様は幼くもすでに、天の御使いの如し美しさと可憐さを持っております。その所作などどんな詩的な表現でも不足な―――」



 始まった。

 セバスのフィリア賛美。


 諦念のフィリアだが、こんなの身内で慣れっこだ。



 「―――つまりは、貴方では足元にも及びません」


 「へぇー。ほぉーん。そうですかぁ。そうですかぁー」



 明らかに機嫌を損ねたナンシー。子供のような口調で不満を口にする姿は、やはりその容貌と相反している。



 「ムカつくんで、死んでくださぁい!!」



 ついにナンシーが動いた。


 一歩で飛ぶように詰めたナンシーは腕を振るった。

 その手には鋭く伸びた爪があり、容易く肉を切り裂くだろう。


 だが、その速度はセバスやフィリアに比べれば目で追えるだけ、たいしたことない。

 

 セバスはバックステップで危なげもなく躱し、爪は空を切る。


 それと同時にナンシーの眼前には紫ひ光る魔法陣が浮かび上がっていた。

 フィリアの黒杖から生まれたその光は紫電となりナンシーを喰らう。



 「がああぁぁぁぁぁぁ!!」


 「せばす!!」


 「はい!」



 苦痛の声を上げ、弾かれたナンシーは顔を覆った。

 それと同時にフィリアとセバスは駆け出した。



 「あまりきょりはあけないように!」


 



 ナンシーは駆ける二人に憤りを高めた。

 焼け爛れた顔は煙を上げた先から、元の美しい肌に戻っていく。


 二人に向けられた視線は煉獄に染まり、口は耳元まで裂けたように、歪に弧を描いた。

 

 そこには鋭い牙が伸びていた。




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