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48 不穏な侍女



 毛布に包まりガタガタと震えるチック。

 濡れた髪の毛をサラに乱暴に拭かれながら膝を抱える姿は痛々しい。



 「自業自得。お嬢様が落ちなかっただけよかったと思いなよ」


 「あったかいジンジャーティーかってきたので、どうぞ」



 ティーファが差し出した屋台のカップを受け取りながらチックは感謝を述べるが、歯が鳴るばかりで聞き取れない。


 そんな彼らが視線を動かした先。そこにはハンカチの上に正座するフィリアと、険しい表情で説教するセバスがいた。

 おおよそお嬢様の姿とは程遠い。精々ハンカチを敷いて地べたに直接座らせない事からわずかな敬いがあると思いたい程度。



 「わかっていますか?姫様。あの少年は見るからに健康です。そんな子でさえあんなに震える程、冷たいのですよ?姫様が落ちていたらどうなっていたと思うのですか?」


 「・・ぁい」

 ―――落なかったじゃん・・・


 「落なかったからいい、などと考えていませんか?」


 「・・・」


 「そもそも普段から何の前触れもなく意識を失う御方が、そんな偶々の結果に説得力など皆無です。もし水の上で同じように意識を失っていたら、恐怖でしかありません。・・なのにティーファまで引き離して・・」


 「・・ごめんなさい」



 ティーファ以外の面々は少し顔を引きつらせてそんな光景を見ているが、内心はお嬢様に対して・・と言う畏れよりも、深い同意を抱く複雑な心情だ。



 「みなさんのもあるので、どうそ」



 普段からマリアやミミによる同じ光景を散々見ているティーファは慣れたもの。

 寧ろ、熱が冷め、ようやく耳を貸すフィリアの邪魔はしないよう無関心を貫いた。










 しばらく続いたお説教が終わり、大人しく観戦するフィリアたち。

 その視線の先では、子供たちが飛び上がっては宙を舞っている。明らかにフィリアのせいだ。だが、お世辞にも上手くなく、水しぶきを上げて打ち上がり、水面に縺れて打ち付けられるだけ。


 寒くはないのだろうか?


 ずぶ濡れになりながらも、何度も何度も挑戦しては派手にダイブしている。

 なのに、賑やかに笑って、はしゃいでいる。


 いや、唇を青紫にして小さく震えている・・。やめればいいのに。子供の好奇心と行動力、そして後先考えない勢いは素直にすごい。


 更に、その中でも筆頭するのは、全く懲りないチックだ。

 だが、彼はフィリアをチラチラと見て、目が合えば赤面して顔を逸らす。そんな姿にフィリアは首をかしげるばかりだ。



 「姫様。体調は大丈夫ですか?」


 「はい。りあもいてくれますし、だいじょうぶです」



 そう言って膝の上で丸くなっているリアを撫でた。

 

 しかし、セバスの表情は難しいままだ。

 それもその筈。水に落ちはしなかったが、飛沫は細かい霧となってフィリアの身を冷やしていたようで、少し震えていた。

 すぐさま魔法で対処はしたので大丈夫だろうが、今晩から熱を出すのは必至だろう。


 だがそれでもやはりリアの効果は大きいのだろう。自覚出来るほどの体調不良も魔力の乱れを正しただけで、霧が晴れるように楽になった。



 「てぃーも、ひとみしり、しなくなりましたね」



 フィリアが見つめる先ではティーファとサンが楽しげに話している。体格差も年の差もあるため、サンがティーファを構ってあげているようにも見える。



 「姫様のおかげでしょう。ましてや、今は姫様が傍におりますから、そのおかげでもあるのでしょう」


 「いつもは、ちがうのですか?」


 「いえ、頑張っておりますよ。ただ、今日はいつもに増してというお話です」



 最近ではティーファもマルスの影に隠れなくなった。他の使用人にも話しかけるようになった。だが、それでも気恥ずかしさはまだ残っていて、おどおどとしてしまう。

 しかし今日は絶対的な味方で親友のフィリアが傍にいる事実がティーファに勇気を与えてくれていた。



 「そうですか・・。しんゆうとして、はながたかいです」



 はにかむ様なフィリアの表情にセバスも表情を緩ませた。

 更に、遠くでチックが固まって水に沈んだ。



 「・・せっかくですから、せばすのことも、ききたいです」


 「私ですか?」



 セバスに向けたフィリアの視線は好奇心などではなく、穏やかに問うものだった。



 「さいきんは、そばにいてくれていますけど、そのまえはしらないので」


 「・・・やはり、気づかれておりましたか・・。リーシャ様の誕生祭の時にもしかしたらとは思っていましうたが。・・・では、本日の事もわかっていてですか」


 「・・えぇと・・・そのぉ・・。そばにいないなぁ、とは・・・」


 「姫様」


 「はい。ごめんなさい。ちゃんすとおもって、やりました」



 どうやら、自分から墓穴を掘りに行ったらしい。

 セバスは明らかに呆れた溜息を吐いているが、このフィリアの反省は今だけなのだろうと嘆いてもいる。



 「・・いつからお気づきだったのですか?」


 「ん?・・えっと、たしかぁ・・・。うん。おひっこしのすこしまえからかな」


 「・・・・・最初からですか・・」



 そもそも考えて見れば当然だった。

 フィリアとセバスとメアリィは『一輪の花』で魔力的に繋がっている。そのおかげで相手の所在を感覚として認識できる。

 メアリィはまだ魔力的に幼く、不明瞭な部分が多いが、セバスは成人済みだし、フィリアは規格外の化物。

 セバスが普段出来ることを、フィリアが出来ないわけがない。魔力などという分野においては特に。



 「一応私は、影としての立場だったのですが・・」


 「だとおもいました。なので、きほん、しらんぷりしてました」


 「いや・・その気遣いが、辛いです」



 弁明しておくが、セバスは優秀だ。

 マリアでさえ説明を受けていたため気づいてはいるが、そうでなければ全く知らなかっただろう。事実、ミリスなど、あの侵入者撃退の時に、その存在を忘れていたほどだ。



 「ですが、なぜきゅうに、そんなことをしているのですか?」





 セバスはあの断罪の日以来、アークから与えられた多くの条件を満たす事になった。

 条件を満たす事で、ようやくフィリアの傍に付く事を許可してもらえる。と言われセバスはアークすらも驚くスピードでその条件をクリアしていった。

 流石はフィリアの・・。とは後によく言われることとなるほど。



 「最初は、あらゆる礼儀作法からでした。執事や侍従として完璧にこなせるようにと。その後は、庭師、調理、魔術、護衛。多岐に渡って指導いただきました」


 「だれから?」


 「ロバート様です」


 「うわぁ・・」



 思わず嫌な声が漏れた。

 ロバートと言えば『宰相様』などと呼ばれてはいるが、その実は使用人のトップでもある。

 マリアですら、緊張に身を強ばらせる数少ない存在。


 確実にセバスの語る以上に過酷な内容と、過分な必修数と練度を求められていたのだろう。



 「せばすは、きぞくなのに、たいへんだったでしょ」


 「いえいえ。そんな事をおっしゃられれば、ロバート様など侯爵様ではないですか。・・・って、姫様?私が貴族だったとご存知だったのですか?」


 「んー。なんとなく」



 間の抜けた返事を返すフィリアに、戦慄さえ覚えたセバス。

 


 「・・過去の話です」



 フィリアはそれ以上詮索はしない。

 だってセバスの表情は明らかに苦悶を隠していたから。


 するとフィリアは急に話題を変えた。



 「ところで、わたくしへの、しかくをどうおもいます?」



 フィリアの表情は怖いまでに感情がなかった。



 「刺客ですか。どうとは?」


 「さいしょの。・・せばすが、きたときの、はんにんはせばすがつかまえたんでしょ」


 「はい。私の手で処理致しました」



 急な話題変換だったが、セバスは誤魔化すことなく答えた。

 しかしフィリアは反応も見せない。セバスは只々、幼さが霞む横顔を見つめた。



 「では、くろまくは?」



 セバスの驚きは隠せない。

 この幼い主はどこまで知っているのだろうかと。



 「最初の、という事は、もしかして先日の襲撃も同じだと?」


 「せばす。どのてぐちも、みうちのきょうりょくがひつようでしょ?」


 「・・はい。その為、今身内を改めて精査しております」



 フィリアはセバスに顔を向けた。セバスはその眼を見て息を飲んだ。

 深い蒼の瞳は、あまりにも深く、深淵を覗くようだった。



 「せばす。うちではたらくうえで、ひっすなのはなにかわかる?」


 「・・必須な事ですか?・・身元、とかですか?」


 「そうね。いえがらとして、みもとがふたしかなのは、むりね。そのてん、せばすは、かなりのれいがいね」



 ふふっと笑うフィリアだが、その態度は不正解だと言っていた。

 そして、フィリアは視線を戻すとティーファに声をかけた。ティーファはその声に反応してかけて来た。



 「ヒメ。どうしました?」


 「てぃー。おしろで、しらないひとはいる?」


 「え?いませんよ?」



 キョトンとして答えるティーファにフィリアは笑みで答え、セバスを見た。



 「えっと・・。どういう事でしょうか」


 「たとえ、みならいのてぃーでも、おしろではたらくいじょう、しようにんすべてをおぼえていることが、さいていじょうけんよ」



 セバスは目を見開き息を飲んだ。


 考えてみれば当たり前だった。国の重鎮。その居城。

 顔も知らない使用人が歩けるわけがない。ともなれば身元さえも全員確かだ。

 そして、それを最低条件として城に入れる。


 セバスとて最初に顔を覚えさせられた。だが、名前を教えられたり、挨拶を兼ねた挨拶うをしたりしたのは後になってだった。ティーファにも最近挨拶したばかりだ。それは、まだセバスが城の者として認められていなかった故だったのだろう。


 そしてなにより、こんな幼いティーファでさえ、断言できるほどに、皆の顔を覚えている。



 「であれば・・内部には・・。いや、毒混入の際には侍女が」


 「さて、ではそれをふまえて。てぃー。あれはだれですか?」



 思考に沈みそうになったセバスを制して、水路の対岸を指さした。

 その方向は先程からフィリアが無表情で見つめていた先。


 そこにはローブをフードまでかぶった女性が立っていた。


 

 「・・・むー。しらないひとです」


 「せばすは、・・きづいたみたですね」



 少し悩んだティーファだったが、答えに迷いはない。

 だが、セバスは目つきを鋭くさせた。



 「洗濯侍女のタヌスといつも一緒にいる侍女・・・ですが名前を思い出せません」


 「・・・なんしー。おなじく、せんたくじじょです」



 矛盾が錯綜する三人。

 だがフィリアの真剣な声色こそが正解だと確信させた。



 そして、ナンシーと呼ばれた女の口は無邪気に孤を描いた。




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