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46 湖上の都



 石畳の路装とレンガの街並。

 道行く人々の大半はローブこそ少ないが、杖を携帯したものが多い。これもこの土地の特色なのだろう。


 炎が様々な生き物に姿を変え舞い、永遠と湧水があふれる水瓶、光の蝶が霞のように風に乗る。


 そこは物語に描かれるような魔法の街。


 街の賑わいや、華やかさはまるでお祭りのように活気に溢れている。

 人の数も多く、少し間を空けてははぐれてしまいそうだ。



 そんな街の特にフィリアの目を惹いたのは、街中を走る水路だった。

 

 石畳の合間を走るのではなく、寧ろ水路に合わせたように路と建物があるように感じる程。

 水路の上には幾艘ものボートが行き交い、それが人々の主な足となっている。

 荷物もそうだが、中には馬を詰んだ船も通り過ぎる事から、この水路が如何に生活に組み込まれているかがわかる。



 フィリアも城の窓から眺めてはいたが、実際にその場に着くと湧き上がるものがある。



 「おじさん!にくぐしを、さんぼんください!」


 「あいよ!元気なお嬢ちゃッ!?」



 セバスの腕に抱かれ、元気よく注文した幼女。

 店主はその幼く拙い声に笑顔で顔を上げたが、その声の主を確認した瞬間、あからさまに固まった。

 セバスは反応の示さない店主の手に硬貨を握らせ、肉串を三本もらって、申し訳なさそうに会釈をした。

 店を後にするセバスの背からフィリアは顔を出して手を振っているが、店主はどうにかぎこちなく手を振り返すのが精一杯だった。



 「・・姫様だ・・」







 路の端によって肉串を頬張るティーファは、実に幸せそう。

 だが、幼く拙いフィリアは中々に悪戦苦闘。さらに、食べ歩きの上にそのままかぶりつくマナーの悪さにセバスはおどおどとフィリアを見守っている。



 「ヒメ。もうそろそろ、かえりましょう?」


 「そうです。姫様。もう十分満足なさったでしょ・・・あぁ垂れていますよ」


 「ん。あいあおう」



 口の端から溢れる肉汁を慌てて拭き取るセバスに、リスみたいに口を膨らませたフィリアはお礼を返し、頑張って肉を飲み込んだ。



 「・・ぷは。まだ、あるきはじめたばかりじゃないですか。さぁつぎに、いきますよ!」



 歩き始めて五分と持たずにバテたのは誰だというのか・・。

 その上、そんな勇ましい事を言いながら、セバスに両腕を伸ばすのはどういうことなのか・・。


 流石に、セバスだけでなく幼い上に普段は能天気なティーファも眉を顰めるが、暴走した猛獣を止める術を知らない。寧ろ今のある種大人しいわがまま程度で済むなら下手なことはしないほうがいいという共通認識を持っていた。



 「・・今日はクッションをお持ちにならなかったのですね」



 フィリアの望むまま抱き上げたフィリアは独り言のように呟いた。



 「くっしょんは、じゃまだったので」



 フィリアの逃亡には並々ならぬ包囲網が敷かれる。

 その代表として魔力探知があるのだが、それは魔法や魔術を使おうものなら、居場所を大声で叫ぶのと同意だった。


 故にフィリアの通常移動である浮遊は使えない。だが、クッションはフィリアが身体を預けれるように大きめの特注。

 つまりは持ち運ぶとなると、無駄な労力を有してしまう。



 そもそも、逃亡するな。普段からクッションを抱えて飛ぶな。など根本的な小言はあるが、きりがないので、気にしてはいけない。



 「・・・そうですか」



 セバスも飲み込んだようだ。



 「リアはどうしたんですか?」


 「・・あのはくじょうものは、いまごろおへやで、ねています・・」


 「『薄情者』って・・また、そのような言葉を覚えて・・・」



 毎度の事ながら黒猫の従魔は主人を見放すが如く、ベットの上からジト目でフィリアを見送っていた。

 そしていつも連行されるフィリアを鼻で笑い、哀れみの目を向ける。


 それでも毎度律儀に声を掛けるフィリアが偉いのか、フィリアの凶行に加担しないリアが偉いのか・・。

 少なくとも今日ばかりはリアがいない事が悔やまれると、セバスとティーファは焦燥を極めている。



 『悪かったね。薄情で』



 フィリアの頭に柔らかな重さがかかった。



 「りあ!」



 頭の上にはジト目の黒猫が乗っていた。

 


 「なんでここに?」


 『セバスが気づけて、僕が気づけないわけないだろう?・・全く、困った主だよ。僕も連れずに街に出るなんて。・・魔力だってこんなに乱れて・・・危機管理が足りないにもほどがあるね』



 最近この黒猫は言葉選びに知的さが滲むようになってきた。マーリン曰く主人であるフィリアに依存する事らしく、読書の成果か、前世の名残か、リアの語彙力に幼さが消えてきた。

 そして、嫌味や小言はマリアに匹敵する程に、フィリアは遇の音も出ない。



 「・・ごめんなさい。・・でも!たいちょうはくずしてないもん」


 『自覚がないだけでしょ。いつも倒れるまで気づかないんだから、そろそろ学んでもいいんじゃないかな?』


 「むー・・」



 全て正論。猫に言い負かされる幼女。・・実に情けない。


 ティーファもセバスもリアの登場に驚いたが、すぐに心底安心した表情を見せ、心からの感謝を込めリアを撫でた。



 「ありがとう。リア」


 「よく来てくれました」


 『ね?これが現実』


 「うぐぐ・・・」



 二人の手にご機嫌な鳴き声を漏らすリアと対照的にフィリアは悔しげに顔を歪めた。


 まぁ、どう考えてもフィリアが悪いので、そんな資格もないのだが。






 セバスに抱かれ観光を再開するフィリア達。

 やはり気づかぬうちにフィリアの魔力は乱れていたようで、リアが来てくれたおかげでその事が如実に分かった。

 さっきまで歩くのに疲れたと思った身体の重さも一気に軽くなった。

 こればかりは、フィリアも感謝を覚え、さすがに反省を抱いた。


 とは言えもうすでに体力の少ないフィリアは歩くのにも心許ない。

 その為、セバスの腕にて運ばれている。



 『それにしてもフィリアはどうやって城から抜け出したんだい?あの城は入るのも出るのも簡単じゃないと思うんだけど、特にきみには』



 リアの言葉は物理的にもだが、それ以上に魔力を指したもの。


 魔術において世界最高峰の一族。その居城。

 その防犯の大半は魔力の探知に依存していた。生物であれば必ず魔力を持つ。それを探知する、僅かに誤魔化す程度に魔力を抑える術はあるが、完全に消すことは不可能。ましてや『ティア』の称号まで戴いたフィリアであれば、それこそありえないはずだった。



 「ん?まりょくを、しゃだんしただけだよ?」



 飄々と言うフィリアだが、リアはドン引き。

 なんとなく会話を察したセバスは信じられないと言わんばかりのため息。


 それもその筈。

 フィリアの言う魔力の遮断とは、謂わば魔術師の基礎ではある。自身の魔力を制御し、身から溢れる魔力を抑える技術。だが、それはあくまで『抑える』だけ『遮断』などというのは、言葉のみで、実際には不可能だ。

 誰もが「息を殺して、潜む」事をしても、言葉通りに呼吸をしない事など不可能だろう。


 なのにフィリアはそれを成した。それも至極当たり前のような顔をして。




 出店を覗きながら観光を進める一行。

 冷やかしだけではなく買い物もしたが、荷物持ちをかって出てくれたティーファの腕には食べ物ばかり。色気がなく感じもするが、これは精一杯のセバスの成果。

 フィリアは当然のことながら玩具や人形、洋服などには興味を持たなかった。だが、魔術具を見つけた時の目の輝きは別物。セバスはそれをいなしたり、上手いこと避けたりをした結果、食べ物ばかりになってしまったのだ。


 もきゅもきゅとマフィンを頬張るフィリアを腕に抱き、セバスは何か違う警戒心を持って商店を見て回っていた・・。



 すると枝分かれした、細い水路の先から、子供達の楽しげな声が漏れ聞こえてきた。

 フィリアがそれに興味を惹かれ、セバスも安堵したように同意した。



 「あれは、なんですか?」



 声の方に足を向けるとそれはすぐに見えてきた。

 喧騒の商店街から一本入っただけで音が遠くなり、子供たちの声だけが響いてきた。


 三人の少年と一人の少女が狭い水路の上を板に乗って滑るように走る。その速度もそれなりにあって、さきほど見たボートなどよりも速い。

 そんな四人を追いかけるように歩道を並走する子供達は声を上げて檄を飛ばしている。これが聞こえてきた声だろう。



 「あれはトゥールですよ。あのボードにのって、みずのうえをすべるんです」


 「・・とぅーる。たのしそうですね」


 「この街の子供たちなら皆あれに乗ります。あの板は魔術具で少しだけ魔力を込めると水上を進めるのですが、ルーティアは水路が多く入り組んでいるのでレースをして遊ぶにはちょうどよく、子供たちの遊びの定番になっています」



 水路を走る子供たちの足元には、皆違った形の板がある。

 特に固定とかはしていないのだが、水に落ちることもなく器用に舵を取っている。


 そのうちの何人かの板は、前世のスケボーに近く。乗っている姿はスノボーやサーフィンを想像させた。


 

 ―――ウェイクボード・・



 うん。似てはいるが、その細かい訂正は腹が立つ。

 当然、フィリアにそんな意思はないが、腹が立つ。



 珍しく魔術以外に目を奪われていたフィリアにセバスは優しく微笑んで、しばしの休憩を提案した。

 子供たちのレースを眺めるに丁度いい階段にセバスがハンカチを敷いてくれ、そこにフィリアは腰掛けた。その横に並んでティーファが座り、腕の中の食べ物からどれがいいか訪ねる。


 フィリアは穏やかに子供たちのレースを眺めていた。


 なんとなく思い出した。

 伸之は幼い頃、本を抱えて部屋に篭もりがちで、見かねた両親や兄弟が色々と連れ出してくれた。それも毎回大げさなまでで、近所の散歩程度ではなく、かなりのアクティビティばかりだった。おかげで伸之の天体観測は大抵フィールドワークとなった。


 

 ―――懐かしいな



 ティーファはいつ準備したのか紅茶を飲んで温まり、セバスは穏やか表情のフィリアに安堵を浮かべながらリアの食べられるものだけを取り分けていた。



 「おい!お前。一緒に遊びたいのか?」



 ぼーと眺めるフィリアだったが、急に寒さを感じた。

 季節は冬と春の境。まだまだ寒い季節。先程までは人の活気と太陽の日で暖かったが、ここは謂わば路地裏。背の高い建物に囲まれた石畳の水路は冷たい空気のままだ。



 「おい!聞いてんのか!!」



 フィリアが視線を動かすと、そこには湯気が漂うティーファのカップ。

 いい香りが漂うのにも気づいていなかった。



 「てぃー。わたくしの、ぶんもおねがいしていいですか?」


 「はい!・・えーと、ミルクティーとキャラメルティー、どちらがいいですか?」



 ゴソゴソと紙袋を覗くティーファ。どうやら食べ物の中に紛れて買っていたらしい。

 しかもホットで。普段のほほんとしているが、こういった事には抜け目がない。



 「おい!!いいかげっ!?」


  ゴッ



 何やら鳴ってはいけない音が聞こえた。

 フィリアとティーファはようやくその音に視線を向けた。

 セバスなど既に冷たい視線で睨んでいる。



 「すいません!!この馬鹿が失礼を致しました!!」



 頭を抱え蹲る少年と、ペコペコと頭を下げる少女。



 「なんだよ!?急に!」


 「うっさい馬鹿!どう見てもお貴族様でしょうが!!」



 少年は抗議するが、少女によって一喝された。

 そこで少年はフィリアたちをじっくり見つめ、たっぷり間を空け、首を捻った。



 ゴッ


 「がっ!?」


 「なんでそこで首を捻んのよ!どっからどう見たってそのままでしょ!?」



 不穏なまでの音の正体は、トゥールのボードで頭を殴られた音だった。

 彼女が持つ板は明らかに石材。・・障害事件ではなかろうか。


 だが少女の言うことは正しい。

 ティーファは庭師のオーバーオールに軽い外套だが、セバスは明らかな執事服。フィリアに至っては見るからに高級なチュニックとふわふわのコート、靴などツヤツヤに輝き鏡面のように写る。


 明らかに上流階級のお嬢様とお付。


 何故に少年が理解できないのか、こちらが理解できない。



 「・・・あのぉ。もしかしてですけど、さきほどからよばれていたのは、わたくし、だったのでしょうか?」



 そしてここにも無自覚で残念な子。



 「申し訳ございません!!」



 少女は深く頭を下げるが、悪いのは彼女ではないし。

 そもそも当の本人が呼ばれていたことにさえ気づいていなかったのだから、そこまで謝れてはフィリアの方が困ってしまった。


 唯一気づいていたのはセバスだけだろう、視線の鋭さが少年を射抜いている。



 「ヒメ。キャラメルティーにミルクたしますか?」



 そしてティーファは・・分からない。

 わざとなのかどうなのかも分からない・・・。




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