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45 野に放たれた猛獣



 城の執務室。

 堅苦しく、緊張感さえ無意識に抱く威厳のある部屋。

 だが、所々に花を生けてあったり、レースの敷布が敷いてあったりして、どことなく女性らしさがあしらわれている。


 アークの執務室とは違い、多少ではあるが柔らかさがある。


 リリアの執務室。


 資料や書類も多くあるが、その整頓にも女性らしさが感じられるほどに、無骨さが無い。



 そんな執務室に主人であるリリアとアークがソファーに腰掛け、それに対するようにマリアとミミが立っていた。



 「では、ミミはどうしますか?」


 「私は、このまま姫さまのお側に仕えさせていただきたいです」



 逡巡さえせず、あらかじめ決められていたかのように答えたミミ。



 「即答ですか・・。でも、いいの?侍女長よ?貴女なら数年のうちに筆頭だって目指せるのに、いいの?」


 「はい。出世出来ることは素直に嬉しいですが・・。やはり、姫さまの傍を離れたくはありません」


 「そう・・。わかったわ。・・ありがとう、ミミ」



 迷いの全くないミミの目に、リリアは嬉しさそのままに微笑みを返した。


 そして次はマリア。

 だが、リリアが視線を向けたマリアの表情は複雑。リリアも、その心情を察して眉根を寄せてしまう。



 「・・マリア。貴女は、どうする?」


 「・・・私は・・」



 言い淀むマリア。

 こんなマリアの姿は初めて見た。はっきりしない態度と落ち着きのないおどおどとした姿。



 「貴女は、ミミとは違って、出世があるわけでもないわ。ただ・・私の傍に戻るだけ。・・・私の傍は、もう嫌?」


 「いえ、決して・・そういう訳では・・」



 相変わらず、言葉に困窮するマリア。

 アークとリリアは視線だけで言葉を交わし、苦笑を漏らした。



 「・・マリア。貴女がフィーを大切に想ってくれているのはわかっているわ。ありがとう。・・でも、私が貴女を手放す事は残念ながらないわ。今後あの子の傍に居るのならば、それは乳母ではなく、正真正銘の専属侍女として。・・実際のところ貴女の意思を確認しているようで、していないの・・・」


 「はい・・。分かっております」



 理解はしている。答える言葉も悩む必要などなくわかっている。

 それでも、マリアは動けないのだ。


 専属侍女であれば、簡単に所属を変えることは出来ない。

 今フィリアの傍を選ぶことは、つまりリリアの傍に戻ることはないと断じるに等しい。


 それはマリアの本心ではない。



 「貴女は私の一番の忠臣」



 マリアとて同じ気持ち。

 リリアこそが唯一の主君。


 だが、それでも・・。



 悪戯っ子で、目を離せない程に行動的。

 憂う姿も健気な姿も、傍で支えなければ折れてしまうのではと心配になる。


 外見は元より、仕草や行動までリリアの生き写したかのようなフィリアを想わずにいられるわけがない。



 「マリア。では、フィリアが洗礼式を迎えるまでならばどうだ?」



 諭すような表情と優しさに溢れた微笑み。

 アークはマリアを見つめ言ったが、その腕はリリアを支えている、リリアもきっと不安なのだろう。それに気づき妻を支えるアークにリリアは少し寄りかかった。



 「リリアもそれならどうだ?元々、こんなに早くする予定じゃなかった話だ。思った以上にフィーが優秀であったために早まったが、洗礼式ぐらいまでは別に珍しくない話なのだから。それまでに猶予を設けて、気持ちの整理をしてもらうってはどうだ」


 「閣下・・」


 「・・えぇ。それなら。・・メアリィもこの調子なら夏頃には見習い侍女として認められそうだし、洗礼式までに専属侍女として不足のないようにマリアに指導と引き継ぎをしてもらいます・・ですがその後は・・戻って来てくれますよね?」



 微笑んでくれてはいるが、少し寂しげなリリアに、マリアは苦笑がこぼれた。



 「もちろんです。・・リリア様、閣下。ありがとうございます」



 背筋を伸ばし、堂々たる姿。

 マリアはいつもの姿を見せ、二人を安心させた。



 「あのぉ・・。私も専属なのですが、引き継ぎや指導なら私も・・」


 「失礼いたしますっ!!」



 ノックもなく慌てた執事が飛び込んできた。

 息も荒く急ぎ駆けて来たのはわかるが、その顔色は青ざめている。



 「姫様っ、フィリア姫様がっ!!」



 執事の必死の言葉に全員の顔が青ざめた。













 ようやく雪解けが本格化してきて、水音が心地のいい耳触り。

 冬には静かだった鳥の囀りも増え、変わらぬ陽の光も色付いて鮮やかに見える。


 そしてなにより、人々に活気が満ちている。



 人々・・。



 「でれたーーー!!」



 両腕を掲げて叫ぶ幼女。フィリア。

 その彼女の目の前には活気あふれる街の喧騒があった。



 「二つで3ランだよ」

 「あっちにあったんだよー」

 「いらっしゃいませー」

 「ママ!あれも買ってぇっ!」

 「この間さぁ」



 子供も大人も沢山行きかい。馬車も通るがその進みは歩行者に妨げられゆっくりとした遅さ。

 若い女性店員は声を上げ客引きをして、屋台のおじさんは少年たちの拙い支払いを優しく見守っている。身なりの良い紳士は懐中時計をみてそわそわとしていて、それを見つけた女性がはやる気持ちのままに近づいていく。駄々を捏ねる子供の手を強制的に引く婦人は少し苛立ちを滲ませ。笑い合う男たちは一角の店に入るなり外まで響く声で酒を注文している。



 賑やかな町並み。


 そう。フィリアは遂に脱獄を果たした。



 好奇心に満ちた瞳は忙しなく巡り、目に映る全てに意識が惹かれる。

 フィリアの表情は実に生き生きとした輝きを放っていた。



 「ヒメ?」



 喧騒の中でもよく通る、澄んだ声。

 フィリアの肩は跳ねるが、慌ててはいけないと心を諌めた。



 「あら、てぃー、ごきげん・・よ・・・。・・なんで、つえをぬくのかしら・・」



 振り返った先にいたのは若草色のくせっ毛をしたティーファ。

 普段からのんびりな彼女は間の抜けた感じで、今日も変わらない。

 故にフィリアを確認すると同時に表情ひとつ変えずに、流れるほど自然に杖を抜く姿は、あまりに邪気がなく、怖い。



 「ヒメ。ぬけだしてきたのですか?」



 のんびりでいつもと変わらぬ口調なのだが、フィリアの警鐘が最大に鳴り響く。

 背筋を冷や汗が伝い、無意識に後ずさってしまう。



 「ち、ちがうの。てぃー、ちがうのよ」



 大抵、主語の欠けた『違う』は、違わない。


 

 ―――まずはあれだ。大人同伴でないのは不自然だ。今は離れていてここで待っていたことにしよう。それとマリアの許可があったと言えばきっと、隠れてここまできたことはバレない


 「しようにんようの、つうろでみかけて、ついてきたのですが・・・」


 「・・・・・」



 言い訳などはなから無理だった。

 それどころか、こんな幼く純真無垢な少女に嘘までつこうとしたのだ。

 罪深い・・。



 「・・・」


 「・・・」



 視線を気まずげに逸らしたフィリア。

 ティーファはスっと杖を軽く構えた。



 「まっ、まってっ!あの・・その・・。ひとりではないから!」



 ティーファは周囲を見渡すが、見知った顔は一つとしてない。

 細い黒杖に淡く光が灯った。



 「ちょっ、まっ、せばすっ!せばすっ!!」



 瞬間、綺麗に執事服を着こなした青年が現れた。



 「あ、セバスさま」


 「お久しぶりです。ティーファ」



 和やかな挨拶を交わす二人。

 フィリアは安堵の息が漏れた。



 「セバスさまがいっしょだったのですね」


 「・・えぇ。一緒といいますか・・」



 困ったように顔を顰めたセバスに、フィリアは居心地悪そうに視線を背けた。



 「姫様・・。帰りましょう」


 「・・・」


 「流石に、やりすぎです。帰りましょう」


 「・・・やだ」



 ふてくされたように、唇を尖らせたフィリアに、セバスの困った表情は深まった。



 「ヒメ・・」


 

 ティーファの切なげな顔に、フィリアは顔を伏せたが、「帰る」とは口にしない。



 「今回は私が気づけましたし、ティーファも運良くみつけてくれましたが、一人であった場合を想像するだけでどれだけの恐怖か・・」


 「・・・ごめんなさい・・」



 ようやく反省してくれた主人に、セバスとティーファは苦笑ではあったが笑いあった。



 「では、帰りま―――」


 「それじゃぁどこからいきましょうか」



 反省はしても学ばないフィリア。

 清々しいまでに早い切り替えで、街の喧騒に歩き出した。



 「・・姫様?」


 「・・ヒメ・・」



 あっけにとられた二人はフィリアを止めることができなかった。

 そもそも、マリアですら勝率が低いのに、二人にフィリアの好奇心を止める事など無理だった。



 「・・セバスさま・・。たぶんむりです」


 「はい・・。せめて何もないようフォローに全力を尽くしましょう」



 二人は、無理にフィリアを止める被害より、後始末の方が現実的だと諦めた。




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