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37 聖獣姉妹



 まだ朝日すらも昇る前。

 暗がりの中、ミミとマリアはフィリアの為、朝の準備を始める。



 「昨晩はまた、寝付けなかったようですねぇ」


 「えぇ・・。ですが、悪夢を見たわけではなかったようですよ。・・ただ、上手く気持ちの整理が出来なかったのでしょう」


 「そうですね・・。リーシャ様とフリード様が明日から居なくなるというのは、やはり姫さまも寂しいんでしょうね」



 ミミとマリアが視線を向けたベットには小さな黄昏の天使が眠っている。

 昨晩は中々寝付けなかったのだろう。抱き枕がわりに分厚く大きな本を抱えて眠っている。


 豊穣の魔女などいう著作者名に惹かれたが、その内容に魔術や魔法の話は少なく、殆どが旅行情報とエッセイ。

 最初こそ落胆したフィリアだったが、その内容は面白く。最近のお気に入りになった。

 

 そして『天蓋ノ運命』と同様に、幼い子供が嬉々として手に取る本ではない。

 内容もそうだが、その大きさや装丁も、とても子供向けではない。


 そんな本を抱えて眠る姿。

 もはや主人がどちらか分からない。むしろフィリアの方が本に宿った精のようにさえ見える。


 その姿は愛らしく、美しい。


 ミミもマリアも。毎日見ていても、飽くことなく毎回、見蕩れてしまう。

 今日は更に切なさまで抱いてしまう。











 大きな馬車一台は荷物のみでいっぱいなっている。

 言い訳としては二人分だから。と、言ってはいた。だが、はたしてその書籍数は必要だろうか。まだ乗せる前の本用トラベルケースが10はあるように見えるのだが・・。

 むしろさっきからリリアと侍女たちが慌てているリーシャのドレスの方が重要ではなかろうか。というか年頃の女の子が旅行カバン一つで準備完了は流石に男らしすぎるのでは・・。




 まだ、冬は明けないが、新しい年が始まった。


 フィリアにとっては去年の記憶などほとんどベットの上だった為、感慨も何もないと思っていたが、そうでもなかった。


 リーシャとフリード。フィリアの愛する姉兄が家を出ていってしまう。


 寝耳に水であったが、考えてみれば当然だった。

 いかに前世と違っていても、学問はあるのだから、学校だって当然ある。


 そして二人は丁度いい年頃。

 フィリアのように家庭教師で学んではいるだろうが、それと学校は別だ。



 リーシャたちの通う学校は全寮制。

 つまりは、しばらく城を出る。


 『な、なんと、いう・・』


 そう言ってこの世の終りのような表情したフィリア。更にはその隣で同じ表情で固まっていたアラン。


 いやアランよ。君に関しては初めてではなかろうよ。


 そんな衝撃があった夜。フィリアはリーシャとフリードの手を離さなかった。温泉でも、布団でも。



 だが、よく考えたら、二人が城にいなかった記憶がない。

 話の流れ的に、今年からの新入生ではなかろうに、二人はいつもフィリアの傍にいた。

 どういう事だろうとフリードに聞けば。


 『単位さえ足りていれば、学校にいなくてもいいんだよ』


 そう、サラッと教えてくれた。

 だが、記憶が正しければ春の頃には二人とも城にいたような気がするが、それは、そういう事なのだろうか・・。


 ・・今後フィリアは、マーリンの授業を死ぬ気で受けた方がいいと思う。


 求められる基準値の異常さに気づかぬフィリアは、素直に賞賛していた。

 学校とは一年あるのだと、フィリアはいつ気づくのだろう。



 「りーしゃおねえさまも、ふりーどおにいさまも、おそいですね」



 城門前。その馬車着き場に不釣合いなテーブルセット。

 そこでアランとフィリアの兄妹は優雅にティータイムをしていた。


 今日は日も暖かいが、それでも冬。

 フィリアは真っ白なもこもこで、綿玉のよう。もはやその過剰防寒にも慣れたフィリアは通常運転。

 アランも外套は着ているが、フィリアと比べては軽装にさえ見えてしまうのが不思議だ。



 「確かに遅いね。壮行式が終われば直ぐに来る筈だけど、お父様も来ないから、まだ終わっていないのかもね。・・と、そこは射線範囲だよ?」


 「あ、ちょっとまってください・・・んー。じゃぁ、こっちで」



 アランの背丈はまだ小さい。その為、フリードのようにフィリアを膝に乗せる事はできない。それでも仲のいい兄妹は二人並んで座っている。幼い二人の体躯であれば大人用の一人掛け椅子にもギリギリ収まる。

 傍目にも微笑ましい光景。

 ボードゲームで遊ぶ様も子供らしい・・。


 いや、訂正。

 幼い子供のボードゲームではない。


 見たところチェスや将棋のような戦略ゲーム。

 駒の数も多く、盤も地形があるかのような起伏。


 確かに子供でも楽しいかも知れない。

 見た目や、並べるだけでも。


 だが、この二人はそうではない。

 きちんとゲームの趣旨に沿った遊び方。

 つまりは戦略をきちんと組み立てている。


 事実。二人の近衛たちはその盤面に釘付けだ。

 

 ・・周囲をきちんと警戒して欲しい。


 そして、それを行なっているのが、何度もいうようだが、二人の幼子。

 一歳と五歳の兄妹。


 しかも、フィリアはまだしも、アランに至っては、純粋な五歳児。

 自他ともに認める、脳筋、のはず。



 レオンハートの血筋。本気で怖い・・。


 

 

 ドッ

 ガシャーン

 パキーン

 


 突如、騒音が響きだした。

 

 近衛たちは一気に警戒態勢。

 侍女や侍従たちも主人を守るために身構える。


 だが、当の二人は変わらず盤面を睨むのみ。



 「あの魔力。リーシャお姉様だね」


 「おわったみたいですね」



 能天気な会話。

 二人の周りはその言葉に気が抜け、息を吐いた。



 そう。この兄妹は謂わば末席。

 件の血族には、まだ二人も姉兄がいる。

 それも絶賛成長期。被害は想像するのも怖い。



 マリアはフィリアを見て天を仰いだ。

 確かなサラブレット。その上、幼くも認められる実力。将来の期待は確実。


 ―――メアリィ。強く生きなさい


 マリアの願いは虚しく霧散した。









 「姫さま」


 「・・・」


 

 ミミの声を全力で無視する。

 

 しかし、フィリアの視線の先には変わらぬ現実。

 ミミが何を言いたいかはわかっている。



 「んぐっ。んぐぅーっ」


 

 騒音はあの後しばらく続き、それが収まると直ぐにアークたちがやって来た。

 その姿はあまりに疲れきっていて、美麗であったはずの礼服も依れたり破けたりしていた。

 更にそんなアークの異常を補足していたのは、後ろを追従してきた兵達。

 

 騎士と衛兵。それに普段は見ない軍兵。

 集団。『一個中隊』と言っても過分ではない数。


 しかもその誰も彼もが、アーク同様に死闘を超えてきたような姿。

 満身創痍に見えるものも少なくなかった。



 確かに、その異様な姿にも驚いた。

 だが、それ以上に皆の目を引いたのは、そんな者たちに囲まれ移送される二人。


 いや、二人と言っていいのだろうか・・。


 フリードは傷だらけのハイロンドに、荷物のように担がれ。

 それでも相変わらず読書に勤しんでいる。


 それも十分におかしな光景ではあるのだが、それが霞むほどに後に続く姿のインパクト。


 鉄製の荷車。その上には直立の影。

 翡翠色の金属で作られた人型。それに何重にも鎖と錠が巻かれ、荷車に固定されている。

 顔の部分は出ているが、目隠しに猿轡。兜もような鉄帽にも鎖が繋がれ頭にさえ自由がない。


 フィリアよりも色素の薄い黄昏の髪。長い髪のうねりはフィリアよりも緩やかで流れるよう。


 そんなの間違いなく、姉リーシャしかいない。


 世界の厄災を封印するような仰々しさ。

 

 フィリアの開いた口は塞がらなかった。



 「よかったですね」


 「・・・」


 「上には上がいましたね」


 「ぐっ・・」



 ミミの言葉は、フィリアの胸を深く抉った。



 「ミリス。あれは地龍拘束錠よりも強力なのですか?」


 「え?・・あ、あぁ。あれは特注でしょうが、おそらく聖獣捕獲用の魔力封じ特化型をベースにしていますから・・物理的な耐久性は地龍のものには劣ります。・・ですが・・魔力の封じ込めに関しては遥かに上・・って、何を考えています?」


 「なるほど・・。その特注はどちらでお願いできますか?」



 マリアは不穏なショッピングを検討している。

 フィリアも流石にその内容は無視できずに、振り返り悲壮な顔を浮かべた。


 マリアと目が合うが、そこには慈愛の感情が全くない。

 ミリスはフィリアに同情的な視線を送ってくれていたが、申し訳なさそうに視線をそらされてしまった。



 「そ、んな・・。みりす?・・ねぇ、みりす?」


 「・・・申し訳ございません」



 フィリアの専属近衛騎士ミリスは、無念にも力及ばず、主を守る事ができなかった。



 「姫さま、よかったですねぇ。怪物の次は聖獣ですよ。印象は良くなりましたね」



 ミミの言葉はフィリアにトドメを刺した。

 そして、ミミよ。広義では怪物も聖獣も大差ないと思う。






 と言うかそもそもの話。

 リーシャに何が・・まぁ大体は想像できるが。



 「まぁ恒例の逃亡よね」



 そう説明してくれたのはリリア。

 リーシャの荷物を増やして帰ってきたリリアだったが、どうやらその戦場はリーシャの自室傍であったらしく一部始終を見ていた。


 フィリアは説明してくれるリリアの視線に含まれるものに視線を逸らした。

 さらにアラン・・お前もか。



 「あの子の場合、なまじ実力があるから、被害も大きかったわ。それに、フリードまで参戦したものだから・・・兵士たちには何か差し入れをしておきましょう」



 フリードの場合、本を渡せばおとなしくなった。

 ちょろくはあるが、今回ばかりは助かった。


 問題は長女の方。

 その実力は、すでに一廉の魔術師として名を馳せるほど。

 規格外のフィリアですら可愛く思える程に手がつけられない。


 事実、数百名の職業軍人が満身創痍で決死の想いをしてようやく捕縛した。


 拘束具はリーシャの専属侍女が用意していたらしい。

 フィリアにとってのマリア。


 どうやら、レオンハートの専属はどこも同じらしい。



 学校に行きたくない気持ちはわかる。

 だがそれにしても、あまりに過剰。


 逃亡中。リーシャが叫んでいた。


 『アランとフィーと離れるなんて嫌ぁーーー!!』


 ・・・なんというか。

 予想通りではあるが、予想通りすぎて・・。


 そんなリーシャを捕えた決めて。


 『王都にはおにぃもいるぞ!!』


 アークの叫びに、リーシャの動きは一瞬、迷いが生まれた。

 一線級の軍人たちが集められていた。それを逃すはずがない。



 「毎度、同じ手で捕まるわね。母としては心配するべきなのかしら・・。それとも対処のしやすさに安堵すべきかしら」



 ちょろいのもこの血族の特徴なのだろうか・・。



 「・・どうせ一週間も待たずに帰って来るのに」


 「え?」



 アランの呆れたような呟きに、フィリアも驚いた。

 

 いくらなんでも優秀すぎではなかろうか。

 学校の単位がどの程度基準なのかは分からないが、流石に一週間とは。


 驚いたフィリアを優しく撫でながらアランは微笑んだ。



 「ゼウス叔父様は三日と空けずに来るだろ?」


 「あ」


 「リーシャお姉様も、フリードお兄様も同じだよ」



 いやに納得する言葉だ。

 つまりは単位がどうのは関係ないのか。



 「全くよ。・・そもそも全寮制なのだから、長期休み以外は本来帰ってこないものなのよ。そもそも距離も遠いのだし、時間だって掛かるのに。・・我が家だけよ。そこまでして頻繁に帰ってくるのは」



 嫁いできたリリアにはこの異常さがよくわかっている。



 「でも、にぃにぃも、おはなしをされたとき、さびしそうでした」


 「そりゃぁ寂しくはあるからね」



 なんだか五歳のアランの方が大人びて見えた。


 未だ本の世界にいて、腰に鎖のリードを繋がれたフリード。

 魔力が溢れ、鎖が弾け、拘束具が不穏な音を鳴らし始めたリーシャ。


 そんな二人よりよっぽど。




 直ぐにリーシャとフリードは移送されていった。

 別れの挨拶などほとんどなく。


 最後までリーシャは愛する家族の顔さえ見れずに運ばれていった。

 二人が乗る馬車は、明らかに罪人用の移送車。

 

 フィリアは寂しさよりも哀れさを覚えてその馬車を見送った。



 だが、フィリアよ。それは君の未来の姿だと思えて仕方ない・・。



 見送る人間の大半は大きな息と共に身体の力を抜いた。

 だが、馬車には未だ軍隊並みの監視・・護衛がついている。彼らの安息はまだ遠い。





 ドナドナ・・・。

 



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