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34 姫への忠信



 冬の青空。

 凍った湖面には白い雪が降り積もり、一面の雪原。


 それを望める、街のはずれ。

 その桟橋。


 夏であれば、そこは街の子供たちが湖に飛び込む景色が風物詩だ。

 しかし冬の今は人がいない。たまに釣り人がいたりもするが今日はいない。


 そこには一人の小さな少女が湖に向けて足を揺らすだけ。

 防寒具は着込んでいても決して寒さを断つことはない筈なのに、少女はまるで寒さを感じていないかのように上機嫌に揺れている。



 「メアリィーー!!」



 少女を呼ぶ声。

 その声に振り返れば、大きく手を振り、白い息を吐く褐色の少女が駆けてくる。


 それを確認して、花開くように笑みが溢れる。



 「ティーファ!!」



 翔る少女を迎えるため少女は立ち上がり数歩そちらに向かい足を向けた。






 メアリィとティーファはよく晴れた休日。朝早くから町の外れで待ち合わせをしていた。

 最近では暇さえあれば二人はいつも一緒に過ごしていた。


 二人で過ごす際の会話の内容、そのほとんどはやはりフィリア。

 未だ、侍女としての合格をもらえないメアリィはあの日以来会えていない。

 僅かな噂話を掻い摘む程度しかできない。


 その為、ティーファから語られるフィリアの話はメアリィにとって何よりも楽しい話題。

 そして、それはティーファも同じ。


 メアリィは離れていても、なんとなく程度にフィリアの心の機敏を感じることができた。

 これはきっと『一輪の花』から得る、一つなのだろう。


 ティーファはフィリアの事を話すことも楽しかったが、それにメアリィの補足が入り、その時のフィリアの感情が色を与える。



 「ティーファ・・怪我はだいじょぶ?」


 「あはは・・。うん。ヒメがなおしてくれたから」



 ティーファが受けた傷はフィリアが綺麗に治した。


 あの日ティーファが気を失い目覚めたのは深夜の事。

 それもフィリアのベットで目を覚ました。その事に気づいた瞬間、真っ青になった。

 当然、隣からは寝息がしていて。その主も推測するまでもない。


 焦り、それでも隣で眠る天使を起こさぬように気遣ったが、抜け出すことは叶わなかった。

 天使の小さな手はティーファを掴んで離さない。


 それも時折震えて、うなされて。

 その姿は、怯えているようで、ティーファは引き離すことが出来なかった。


 そして結局、その日は朝までそのままだった。

 


 「・・姫様は、どう?」


 「んーきのうは、だいぶよくなっていたから、きょうはダイジをとるだろうけど、あしたにはあえるとおもうよ」



 そして、その小さな天使は予想通り熱を出して寝込んでいた。

 更にはその間、ティーファはフィリアに会うことができない。もっと言えば空中庭園にさえ入れない。

 

 体調が悪ければ、当然の事ながら魔力も乱れやすい。

 まだ幼く。未熟なティーファが近づけないのはいつもの事。


 最初こそ寂しかったりもしたが、フィリアが寝込むのなど、もはや日常。

 流石に慣れてしまっている。



 「そう、よかったわ。・・で、ティーファ。杖、出来たの?」


 「うん。できたよ!・・ヒメにもみせれたけど、かんそうはまだもらえてないの。たいちょうをくずしてしまったから」


 「私も後もう少しで出来るわ」


 「ふふ。おそろい。たのしみ」



 ティーファは鞄から黒い杖を取り出した。


 フィリアの堅牢な見た目の杖とは違い、蔓が絡み合ったような杖。

 太さもフィリアの杖と比べて若干細いが、長さはティーファの杖の方がある。


 メアリィはその杖に見惚れ、「綺麗」と呟き、フィリアの杖はきっともっと美しいのだろうと想像した。

 そして、自身の杖もと気持ちを新たにした。



 「あのひに、できたの・・。ヒメにみせたくて。ヒメとおそろいがうれしくて、ドレスようのホルスターにつけていったの」



 あの日、ティーファは早朝に杖を完成させた。

 フィリアとのお揃いを証明する黒い杖に興奮は最高潮。


 ドレス姿に黒杖を腰に差した姿。それを何度も姿見で見てはニヤケた。

 だが、それはドレスに見蕩れたものではなく、フィリアとの姉妹杖を持った自身を見て充足したもの。


 そんなティーファ。その心情に自慢の気持ちがなかったとは言わない。

 下卑た権力の見せびらかしではなく、純粋に友達とのお揃い自慢だったが、そんな事は他の人には伝わらない。



 父と共に参加したリーシャの誕生会。

 広間でフィリアを見たかったティーファだったが、父の心底、勘弁して欲しそうな表情に諦めた。


 挨拶の時にでも杖を見せようと思っていたが、ティーファがフィリアを見ることなくフィリアは退場してしまった。

 挨拶の時にそれを知ったティーファの落ち込みようは大きく、リーシャたちレオンハートの者たちはそんなティーファを優しく慰めてくれた。



 その後は、父について挨拶回り。

 父は自由にしていいとは言ってくれたが、元々極度の人見知りであるティーファ。

 父の服の裾を掴んで着いて行っていた。


 だが、人見知りが挨拶回りなんて慣れず、ましてやティーファはまだ幼い。

 すぐに父から離れることになった。

 

 最初は立食ゾーンで時間を潰そうとしていたが、人がいれば自己主張ができず、満足に欲しい物すら取れなかった。


 パーティーには子供も多く参加していたが、その中でもティーファは特に幼い。

 その上、ティーファに向けられる視線は、好意的なものよりも嫉妬や嘲笑を含んだものの方が多い。

 

 幼く過敏なティーファが身を縮こめるようになるのも仕方ない。

 更には縋るように握った黒杖に、視線は増す。


 会場の隅で息を殺してはいても、それは変わらない。

 詰まる息にティーファは耐え切れず会場を抜け出した。


 

 そして、向かうは、フィリアの空中庭園。

 ティーファにとってこの城で最も居心地のいい場所。


 使用人用の通用口を通って慣れた道順を進んだ。

 複雑な道順だが、毎日通っていればもはや迷うことはない。

 そしてその道中、幾つか扉に魔力を通してはそこを通る。


 何人か衛兵や使用人とすれ違ったが、その都度ティーファは声をかけられるよりも早くその場を急ぎ抜けた。見知った顔ばかりだった為、自身を恥じる気持ちが沸いてしまったのだろう。ティーファ自身には何一つ比はないとは思うが、多感な幼女はそう楽には行かなかった。



 ようやく着いた空中庭園。

 一本の木の前でもティーファの気持ちは晴れなかった。

 腰の黒杖を抜いて、それを胸に抱くが、自身の不甲斐なさが増すばかりだった。



 そして、あの事件が起きた。


 少年たちがティーファの後ろ着いてきていた事に驚き、その場にいることに苦言を呈した。

 だが、返ってきたのは罵倒と嘲笑。そして魔術。


 ドレスを裂かれ。身体を衝撃が襲う。

 だがそれでも彼らから杖は守りきった。


 彼らは執拗に杖を狙っていたが、それを達せさせはしなかった。

 当然そうなると余計に熾烈さはましていった。



 「でも、けっきょく、ヒメがきて、たすけてくれた」


 「・・ティーファ。そう落ち込んでは姫様も悲しむわ。あなたはその杖を守りきったのよ。姫様ならそれを喜んでくれるんじゃない?むしろあなたが怪我したことの方が姫様にとって悲しい事だったと思うわよ」


 「・・うん。メアリィ、ありがとう」



 落ち込むティーファを抱きしめるメアリィ。


 不思議とフィリアを思い出す香り。

 花のような香りであるフィリア、そしてメアリィは石鹸の香りがする。

 同じどころか、似てもいない香り。


 だが、何故だか心安らぐ温もりと相まって、ティーファにはフィリアとメアリィが重なって感じられた。

 これもまた『一輪の花』から来るものなのか。

 ティーファはまた少し羨ましく思ったが、それはもう醜い感情ではない。



 「メアリィは、いいにおいがするね」


 「ありがとう。ティーファだって森のような香りで、いい匂いよ」



 ふたりは互いに笑い合って、また抱き合った。

 

 












 ルーティア城の執務室。

 そこには鋭い眼光を鈍く光らせるアークが深く椅子に腰掛けている。



 「―――なので、やはり『ミル』が関わっているのは、確実でしょう」


 「・・また『軍国』か。『ウル』の次は『ティア』。それが理由だと思うか?」


 「いえ・・。恐らく違うでしょう。セバスの時も王子の婚姻に関してといった理由でしたが、それで釣れたのはトカゲの尻尾のみでした。今回も恐らく正確な理由はおろか、ミルの影すら掴めないでしょう」



 アークと対するのはこの家の家宰。

 皆から『宰相様』などと呼ばれる家臣。

 ロバート・ランドール。



 「しかし、いくらなんでも、多すぎるな・・」


 「はい。姫様がお生まれになってからその数は増えましたが、1歳のお誕生日からは更に多くなりました。・・まるで数打てば当たると言わんばかり。事実、三回も姫様を危険に晒してしまいました・・」


 「だが、その三回も、偶然には思えぬ。他のお粗末さに比べて、あまりに上手くいきすぎている」


 「もう一度、身内を洗い直してみましょう。正直、姫様でなければもうすでに相手の手に落ちています。ですが、姫様もまだ幼い。次も大丈夫とは限りません。早々に手を打ちましょう」


 「あぁ・・。だが、この城でここまでの事が出来るのだ。相手にはかなりの腕を持つ魔術師・・いや、魔導師がいるとして見たほうがいい」


 「・・魔導師、ですか・・。また、厄介な・・」



 ふたりは顔を顰めた。



 「それで、お前の元主はどうだった。セバス」



 アークが視線を向けた先。そこには執事服を着こなした青年。セバスが控えていた。

 セバスは恭しく一礼をして前に出た。



 「あの男は、何も知らないようです。もはや正気かも怪しくはありますが、調査からも何も見つからなかったので間違いないかと思います」


 「そうか。・・また別の馬鹿か。毒の時と同じか」


 「・・申し訳ありません。あの時に殺さず生かしておけばよかったです」


 「まぁあれに関しては気持ちがわかるからなぁ・・」



 悔やむ言葉はそのまま表情に現れているが、それに共感するアークは気になったことがあった。



 「ところでセバス。フィーに会ったらしいな」


 「・・約定に反してしまい、申し訳ありません」



 再度深く頭を下げるセバス。



 「いやいい。お前には影となって見守る事を許したが、それはお前にそれが可能なだけの力を持っていたからだ。話によるとそれを看破したのはフィーだったらしいじゃないか。ならばそれは不可抗力だ。寧ろそれだけの力を身につけた我が娘を賞賛するさ」


 「姫様はあらゆる点で優れたお方ですので」


 「そうだな。・・で、あってみた感想はどうだった?」



 そこからは、脱線した会議は暗さを失くし、愛娘自慢と愛する主君賞賛の嵐。

 表情が溶けるアークと神を讃えるかのような狂信者セバス。


 唯一ロバートだけが辟易した様子で二人を眺めていた。



 その場を辞しないだけ、尊敬にあたいする。



 


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