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33 満天の露天風呂



 安心したのかティーファは小さな寝息をたてて、フィリアの胸に身をあずけている。

 その身体にはもはや傷一つなく、いつもの玉の肌。

 土汚れも、ドレスの傷みもそのままで痛ましくはあるものの、もはや心配はない。



 「みみ、てぃーをべっとに、はこんでください」



 さっきまでの殺気に溢れた表情や雰囲気は全くなく、いつものあどけなく、穏やかな表情でフィリアは命じた。

 そんな主に安堵して、ミミは微笑んで了承し、ティーファをフィリアの胸から抱き上げた。


 その時少しぐずる様にフィリアから手を離さなかったが、そんな様子がさらにフィリアの心を和ませてくれた。




 ミミがその場を離れるのを見送って、フィリアは表情を引き締めた。



 「まりあ」


 「はい」


 「いそぎ、このことを、おとうさまにほうこくしてください」


 「畏まりました」



 マリアは即座に頷き、その場を離れようとした。

 だが、少し躊躇を見せた。



 「だいじょうぶです。みりすもろーぐもいますから」



 フィリアはそんなマリアの過保護に少し苦笑してそう告げた。

 マリアはそれでも少し戸惑っていたが、ミリスに目線だけで後を頼むとその場を辞した。



 「さて、みりす、ろーぐ」


 「「はっ」」


 「ふたりは、どちらのほうがつよいですか?」


 「「へ?」」



 ミリスとローグはフィリアの問いに互いを見合った。



 「純粋な立ち会いならば、ミリスの方が優れております。変則的な戦場であれば私の方が分はあるかと思いますが、そういう場においてミリスの本質は隊の指揮になりますので、あまり参考にはならないかもしれません」


 「そう・・」



 そう言って少し考えるフィリア。

 ミリスとローグは疑問符が浮かぶばかり。



 「では、みりすはのこってください。ろーぐは、そのごみをかたずけてください」



 汚物でも見るかのような蔑んだ瞳。

 フィリアのその視線はあまりに冷たく、ふたりは少し怯えてしまう。


 もはや虫の息で身体中から血を吹き出す少年たち。



 「し、しかし。今はマリアもミミもおりません。その上、ローグまで離すのはあまりよくありません」


 「だいじょうぶです。ろーぐ。そのごみをもって、さーしすにほうこくしてきてください」


 「副団長にですか?団長ではなく?」


 「きょうの、けいびとうかつは、さーしすです。さーしすに、ほうこくしたほうが、はやくうごいてくれます。はいろんどは、きょう、おとうさまのそばについているはずですから、きっとまりあから、きくはずです」



 ミリスとローグは困ってアイコンタクトのみで会話した後、フィリアの指示通りに動くことを決めた。


 ローグは敬礼をした後、ミリスと頷きあって、杖を出す。

 呪文を呟き、杖を振るうと、少年たちが光の帯に拘束された。


 そして走り去るローグ。その後ろを少年たちは引き摺られていく、サーシスの元に着く頃には傷が増えていることだろう。


 フィリアがそれを見送る視線は、やはり冷たい憎悪に満ちたものだった。



 「それでは、姫様もお部屋に戻りましょう」


 「いえ。まだです」



 ミリスの促しに、フィリアは端的に答えた。



 「姫様?」


 「・・ここはわたくしのにわです。・・おかしいとおもいませんか」



 フィリアのための空中庭園。特別私的な空間。しかも、ここはフィリアの自室に直結している。防犯上に置いてもこの場所に部外者がいること自体、おかしな話。


 当然、使用人用の出入り口はある。ティーファたちが毎日毎日、フィリアの自室を通り抜けるなんて無礼なことはない。

 だが、その使用人口でさえそう容易に通れる訳がない。通れる人間もそうだが、そもそもその入口を知る人間も厳選してあるはず。


 ティーファは当然そこを通ってきたはず。ミリスたちが侵入者を確認していないのであれば、少年たちも。


 もしかしたら、ティーファの後を追って来たのかもしれない。

 だが、そんな追いかけただけでこの場所に着ける程、警備がガバガバなわけがない。


 ましてや少年たちは杖を持った魔術師の卵。その手の人間に対しては特に対策が万全であろう。

 いかんせんここは魔術の最。レオンハートの居城だ。



 「それは・・一体どう言うっ!?何者だ!!」



 そこに地面を踏みしめる足音がした。


 ミリスはすぐさま剣を抜き、警戒態勢を取った。

 フィリアはミリスに庇われる様に立つが、その瞳は強くその足音を見つめた。



 足音は一つではなく三つ。

 だが、フィリアは魔力を感知している。

 おそらく全員で五人はいる。


 マーリンとゼウスの指導の賜物だ。



 フィリアとマーリンが対峙する先。

 そこには黒衣の侵入者がいた。



 ―――セバスと初めて出会った時のことを思い出すな



 侵入者たちは無言でその距離を詰めてくる。

 腰を落としいつでも踏み込めるような臨戦態勢。


 ミリスもそんな者たち相手に、警戒が増していく。



 「みりす。あのさんにんのうしろに、ふたり、かくれてまりょくをねっています」


 「・・慧眼ですね。ゼウス様やマーリン様がお喜びになりますね。・・背後は大丈夫なようですので、姫様は私の後ろで控えていてください」



 「わかりました。ですが、ひぶたはわたしがおとしましょう」


 「・・・はぁ。わかりました」



 呆れたように息を吐くミリス。どうやら結構余裕はあるようだ。


 ミリスは無言で魔力を流した。

 ミリスの細剣が淡く光を纏う。


 マーリンの授業で聞いてはいたが、杖以外の魔力媒体は初めて見た。

 その上、授業では剣などの武器を魔力媒体とする場合、その耐久性に問題があると習った。



 「みりすのけんは、だいじょうぶですか?」



 主語の欠けた問いだったがミリスには伝わった。

 軽く微笑んで「エルフの術です」と答えた。


 それは楽しみだと、少しフィリアの好奇心が膨れる。



 「では」



 そう言ってフィリアは手を掲げた。


 その瞬間。


 

 ドゴッ



 地面が抉れた様に押しつぶされた。

 フィリアの十八番。重力魔法。


 しかし捉えられたのは二人だけ。

 それも一人は範囲の際に居た為、すぐに抜けられ、実質一人。



 ガッ キンッ



 しかし抜けた一人はミリスの追撃にあった。

 初撃は短刀で受けることはが出来たが、つばぜり合いには耐え切れず短刀は弾かれた。


 即座に腰の剣に手を伸ばしたが、すでにミリスは次の構えを完了していた。


 突きの構え。

 それも剣に纏うは、魔力の濃い風。



 突き出す。

 それも目に止まらぬ速さで。


 そして突きを起因として風は弾丸となって黒衣を貫き、射線は止まらず伸び、離れた木を抉った。



 「がぁっ」



 そこに隠れていた黒衣の侵入者。魔力を練っていた一人も貫いた。


 一刀二殺。



 「おぉ」



 フィリアはスタンディングオベーションだ。


 そんなフィリアに迫る一人。

 フィリアの魔法から逃れた一人。


 だが、そこはすでにミリスの間合いだ。

 黒衣の侵入者。その背後にはすでに抜刀の構えをしたミリス。


 フィリアはその移動速度にも舌を巻く。

 風を纏った身体強化。


 ゼウスの授業で習ったが、中々物にできない技。

 それもフィリアは魔法を使えるが、ミリスは魔法ではなく魔術でだ。その難易度はさらに高いだろうに、息をするように使える。



 そんな事を思っている間に侵入者は一刀のもとに切り伏せられた。


 この一瞬の間にすでに四人を無力化。



 「姫様!!」



 そう思ったが、最初に重力魔法で沈めたはずの一人が、身体中から光を放っている。

 フィリアの目にもあからさまな、魔力の奔流。

 

 確実に弾ける。


 それは爆破のようなもの、しかも確実にその範囲はフィリアを巻き込む。



 焦るミリスだが、フィリアは実に落ち着いた様子だった。

 光は熱を放ち、増していく。



 「せばす!!」



 唐突なフィリアの声。


 その声に反応して影が通りすぎた。



 「あがっ」



 その瞬間。自爆を目論んでいた黒衣の侵入者は地に落ちた。

 身体から放たれていた光は終息し、フィリアの目にも魔力が霧散するのが確認できた。



 それを成したのは執事服を着こなした青年。

 彼は、少し乱れた襟や袖を整え、軽く埃を払うとフィリアに向かい、膝をついて頭を垂れた。



 「ありがとう。せばす」


 「・・勿体無いお言葉」



 セバスはフィリアの言葉に感無量となって、涙が溢れた。

 フィリアはそんなセバスに困ったように笑みを見せた。



 「姫様。ご無事ですか。・・申し訳ありません。油断していました」



 ミリスがフィリアに寄るが、その表情はあまりに暗い。


 仕方ない。慢心が生まれていたのは確かだった。


 それにあの重力魔法の威力は直前に見せつけられていた。

 フィリア自身も確実に戦闘不能にしたと思っていたのだから。慢心も生まれてしまう。


 フィリアもミリスに苦笑を抱いてしまう。



 だが、まだだ。まだ落ち着くには早い。



 「さて、あとは」



 そう言ってフィリアが視線を向けた先。

 最後の一人。


 この状況でも逃げる様子はない。

 寧ろ魔力を一層高めている。


 先程の者のように自爆するような様子は無いが、それよりも危険な雰囲気。


 ま、関係ないが。


 

 「な!?」



 黒衣の侵入者は驚きに息を飲んだ。


 目の前で喉元に突き付けられた黒杖。

 懐に入った黄昏の姫。



 距離をあけ、陰に隠れていたのに。

 今はゼロ距離で杖を突き付けられている。


 一瞬。それも瞬きを終えるか終えないかの刹那。


 動きを目で追えるか否かの次元ではなかった。



 ふわりと膨れるドレスと黄昏の髪。

 そこからは柔らかな香りが醸される。



 「おやすみ」



 その言葉を最後に、意識は刈り取られた。

 最後に抱いた、安らぐ香りを残して。




 「姫様!!」



 ミリスが駆け寄ってくる。

 その後ろにはセバスもいる。

 

 ふたりは焦ったような表情。

 それも当然だろう。目の前にいたフィリアが急に消え、離れた場所で敵と対峙したのだから。



 「ふたりとも。そんなあわてなくても、だいじょうぶですよ」



 朗らかに微笑むフィリアだが、ふたりにしてみれば何も大丈夫ではない。

 寧ろ心臓が止まる想いだった。

 

 

 駆け寄ったミリスはフィリアに怪我がないか、慌てふためいている。

 だがフィリアはそんなミリスを気にかけず、真っ直ぐにセバスを見つめる。


 

 「ひさしぶりですね。せばす」


 「姫様も御健勝で」


 「ずっとあいたかったです。はなしたいこともたくさん。ですが、それはまたこんどにしましょう」



 セバスは恭しく頭を下げた。



 「せばす。このものは、ねむっているだけです。ほかのものもかいしゅうして、ろーぐをおって、さーしすのもとにつれていってください。なにかじょうほうを、えられるかもしれません」

 

 「畏まりました」


 

 了承するセバスはすぐさま目の前の侵入者を担いだ。



 「ところで、せばす。このものたちは・・」


 「・・はい。おそらくは私と似たようなものでしょう。この黒衣は私が着ていたものと同じです。・・ですが、あの時の貴族はすでに対処しておりますので、もしかしたら、さらに黒幕がいるのかもしれません」


 

 フィリアはセバスの言葉に少し思考を巡らせたが、それ以上はアークに任せることにした。



 「では、しさいはせばすから、おとうさまに、ほうこくしといてください」


 「畏まりました」


 「姫様が自ら説明なさったほうがいいのではないですか?」


 「いえ、せばすにまかせます。わたしはいそがしいので」


 「何か他に思う所が?」


 「これから、おんせんです!!」



 いつものフィリアが帰ってきた。


 というかこんなことがあった後にそんな呑気な企画が通るのだろうか。

 いや、フィリアが楽しみにしていて、頑張った企画。


 あの家族が無碍にするわけがない・・。


 寧ろ世界破滅の危機にあっても、優先順位はフィリアに傾きそうだ。












 「フィーすごいわ!」



 木枠に石造りの浴槽。

 そこにかけ流しの温泉。


 日本人からしてみれば見慣れたものだが、この世界の者にはそうではないようだ。


 一糸纏わぬ美しい女神、リーシャ。

 月明かりを淡く纏う姿は同性でさえ見惚れる。


 まぁこの場合、フィリアが同性かどうかは深く考えない事にしよう。

 


 「それにしても、湯浴み着もいらないとは、少々変な感じだね」


 「まぁリーシャお姉様は何の疑問も持たず、豪快なものですがね」



 フリードとアランは腰にタオルを巻いて来たが、彼らもフィリアの進言には素直に従っていた。

 

 それにしても、貴族は家族であっても肌をあまり見せないと聞いていたのに、この姉兄には関係ないらしい。羞恥心の欠片もない。

 フリードもアランも口のみ。リーシャに至っては全くない。


 確かリーシャは、社交界で規範的で理想的な淑女と称されていた筈・・。

 今の姿は、全くの真逆にいるような気がする・・。



 ところで企画の発案者は静かだが、どうしたのだろう。



 カタカタカタ



 震えていた。

 歯が鳴る程に震えていた。


 というか、当たり前。

 いくら温室とは言え、ここは冬ゾーン。


 裸で立つには寒すぎる。

 その事に何故、考えが至らないのか。


 残念幼女は今日も絶好調だ。



 逆にリーシャたちはなんであんなにも平気なのだろう。

 そちらの方が不思議だ。



 「はははやぐ、おん、ぜんに、づかり、ましょう」



 凍えるフィリアは明日確実に熱を出す。


 フリードはフィリアを優しく包み込むように抱き上げた。

 フリードの体温が心地よく、フィリアはその体温に縋るように身体を密着させる。


 そんなフィリがいじらしく感じたのか、フリードはさらに深く抱きしめた。



 「熱っ!・・フィーこれ熱すぎないかしら?」



 リーシャは湯船に足をつけて飛び上がった。


 アランもそれを聞いて腕を入れた、だが当然、火傷するほどではない。



 「確かに、熱めですね。前に入った温泉はもっと温度が低かったと思うけど」


 

 アランが入った温泉はいわば温水プールに近いのだろう。

 しかしこの温泉はフィリア監修のもと作られたもの。温度設定は前世を基準としている。

 赤子には熱すぎるなどとはフィリアの非常識に通用されない。


 事実・・。



 「はふぅー」



 一番風呂は今日の主人公であるリーシャに譲ろうと思っていたが、あまりの寒さに耐え切れず、フリードの腕から飛び出したフィリア。

 湯船に浸かった瞬間、至福の息が溢れた。



 「・・・・」


 「・・・・」


 「・・問題なさそうだね」



 蕩け切った顔の愛妹の表情に、三人は笑いあった。

 そして、熱さに身を震わせながら肩までお湯に浸かるとフィリア同様に息が漏れた。



 「気持ちいいわぁ」


 「そうですね。悪くない。寧ろこの熱さが心地いいくらいです」



 四人は目を閉じ、解けるような心地に身を預けた。



 「ところで、あらんにぃにぃ。おうじにはあいましたか?」


 「あぁ会ったよ。・・あれは黒だな」


 「・・そうですか。では、りすとの、ひっとうにします」



 和む中、こそこそと不穏な会話。

 問題が起きて、王族との面会が叶わなかったフィリアだったが、その分アランが任務を全うしてしまった。



 「フィー。ありがとう」



 そこにリーシャから声をかけられたものだから内心飛び上がった。


 後ろめたいという気持ちがあるのなら、やめればいいのに・・。


 まぁ不穏な会話は聞かれていなかったようだが。



 リーシャは空を見上げ、柔らかな表情。

 そんな横顔を見てフィリアも頬が緩む。



 「りーしゃおねえさまが、よろこんでくれて、よかったです」



 嬉しそうにフィリアも空を見上げた。


 四人は揃って空を見上げた。


 そこには雲一つない夜空。


 満天の星空が頭上に、いっぱい広がっていた。

 



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