32 逆鱗
「フィー!可愛いわ!!」
「りーしゃおねえさまのほうが、かわいくて、きれいです!」
互いに褒め合って頬を寄せ合わせる姉妹。
ふたりの衣装は恒例のお揃い。
今日は主人公のリーシャになぞらえ合わせ、寒色の氷精。
フィリアは花弁のように薄く幾重にも重ねられたふわふわのドレス。
リーシャは身体のラインを活かしたドレス。フィリアが蕾のようだとすれば、リーシャはその蕾が花咲いたような姿。
当然そのお揃いは、二人だけではなく。
例のごとくフリードとアランもワンポイントで、合わせてきている。
アークとリリアもまた同様。
誕生会は大きな規模で開催された。
来賓の多さもフィリアが初めて見る人数。
広い大広間が賑わい。中庭も解放されているがそちらも賑わっている。
来賓の服装だけでも様々で、多くの国からもわざわざ来てくれているのがわかる。
更にそのほとんどが大小さまざまな杖を持っていて、世界中の著名な魔術師の集まりなのがわかった。
そしてそんな人々に祝われるリーシャ。
そこにはレオンハートへの繋がりや畏れといった下心はあれど、同様にリーシャ個人を魔術師として敬う思いもあった。
言葉や態度にそれがわかる。
アークを筆頭にしてフィリアたちの会場入り。
今回はなんと、フィリアの浮遊移動が認められた。要所要所は自分の足で歩くように言われたが、それでも許しが出た。
しかもマリアはそれを諌めることもなく、寧ろ新しいクッションを用意してくれた。
カレンデュラの意匠。レオンハートの家紋が金糸で刺繍されたクッション。
まぁ当然の事ではあるが、フィリアの入場は会場中のざわめきを生んだ。
本来、主人公であるはずのリーシャは複雑だろうと思ったが、その顔は誇らしげで自慢の妹に鼻高々だ。
最初にアークの祝辞とリーシャの言葉。
それが終わるとリーシャの前に列が出来た。
フィリアの時と同じ挨拶デスマーチだ。
本来ならそれと一緒に主賓である、レオンハートへの挨拶がある。
だが、フィリアはその前に退場。本当に顔見せのみの参加。
大人はまだしも今日は子供も多い。
まだ魔力制御の甘い子供達相手ではフィリアの魔力は簡単に乱れる。大人たち相手でも軽く体調を崩すのだから、その対処は正しい。
実際、この少しの間だけでも確実にフィリアの魔力は不安定になっている。その証拠にリアは珍しくだらけるのを辞めてフィリアにまとわりついている。
おそらく浮遊の魔法が許されたのも、常に魔力を流している方が流れを乱しづらいという意図があってのものだろう。
「うわぁ」
部屋に戻る道中、使用人たちが忙しなく出入りするのを見つけた。
追った先そこには、文字通り部屋いっぱいの贈り物が置かれていた。
それを何人かの使用人が、中身を検めている。
開けられた贈り物、それを見てフィリアの声が漏れた。
決して好意的でない意味で。
「・・すごいですね。殆どが希少な素材ですよ」
「えぇ・・。あとは求婚でもするのかって言うほど高価な宝飾品ですね」
素材は本当にリーシャの喜ぶものだろう。
だが、ホルマリン漬けの素材やあやしい色の鉱石はあまりに禍々しい。
絶対、魔術師たちが贈っている。
対して過剰に煌びやかな宝飾品。
こちらは確実に有権力者の贈り物。
それも、下心盛りだくさんの。
「みみ、あのもくろく、もらってきてください」
「え?・・あのぉ。何の為に・・」
十中八九、暗殺リストへのご招待です。
マリアは無言でフィリアを抱き上げその場を離れた。
宴はいつまで続くのだろうか。
フィリアはそわそわして落ち着かない。
あまり遅くはならないとは思うが、冒頭のみで辞したフィリアにとっては結構な待ち時間もあるだろう。
早く手作り温泉をリーシャにお披露目したいフィリアにとっては非常に長い。
まだまだ陽も高いし、時間を持て余す。
「姫さま。よかったらお庭でお茶でもしませんか?」
ベットに突っ伏していたフィリアはむくりと起き上がった。
その腕にはリアが抱かれているが、抱かれたままでフィリアがベットに突っ伏したせいで、ぐったりとしている。
「今日は晴れていますし、きっと気持ちいいですよ」
ミミの言葉通り。暖かな日は空中庭園に降り注いでいた。
温室のおかげもあって冬なのを忘れるくらい心地いい。
気を効かせたローズヒップティーは、濃い目に入れて氷で冷やされている。
それとパーティーの立食から分けられた食事も用意してくれた。
「・・きょうは、てぃーもいないですね」
目線だけでキョロキョロと庭園を探すが、そこに見知った若草色の頭は見えない。
「おそらくティーファもパーティーに参加しているのではないですかねぇ」
「え?てぃーが?」
「ティーファはあれでも貴族令嬢ですよ。年齢的には少し早いですが、姫様と親しい事もあって経験させるために伯爵様がお連れになったのだと思います」
「はくしゃくさま?・・でもてぃー、みつけられませんでした」
「ティーファのお父上。トリー伯のことです。この家の庭師統括でもあります」
「ティーファはたぶん、中庭の方に居たんじゃないですかねぇ。流石に大広間は国内外の王侯貴族や財界の重鎮、それに世界中から集まった一線級の著名な魔術師の方々。そんなとこ、いたくないと思いますよぉ」
確かに。
世界中の権力者が集まる空間になんて嫌だろう。
逆にフィリアが何故にあんなにもフラットでいられるのかがわからない。
「そういえばおうじもいませんでしたね」
「王族の方々は主賓への挨拶が落ち着いてからいらっしゃると思いますよぉ」
「そうですね。王族の方々がいらっしゃれば、主賓よりも優先されてしまいますから、きちんとタイミングを見計らっての入場でしょう」
「でも、なんで王子様なのですか?」
「え?だって、かおをしらないと、やれないじゃない?」
何を。とは言わない。
只、王子が危機を回避したのは確かだ。
「でも、宴会の後に改めてご挨拶の時間がございますのでその時にお会いできますよぉ」
どうやら回避できていないらしい。
能天気なミミに反し、マリアはそっと視線を逸らした。
心の中で冥福を祈りながら・・。
ゴォッ
その時、庭園に鈍い音が響いた。
「「!?」」
マリアとミミは即座に反応し、フィリアを庇う様に立つ。
「・・・・」
当のフィリアは実に落ち着いてお茶を呑む。
目を閉じ、優雅な所作。
だが、ゆっくりと開かれた蒼い瞳は複雑に光を放ち、感情を宿している。
魔力を感じた。
「姫様!!ご無事ですか!!」
ミリスとローグが駆けてくる。
庭園の入口で待機していたはずだが、音に反応したのだろう。
それだけでこの広い庭園を、即座に馳せ参じる二人は実に優秀だ。
「ミリス。誰かこの庭に通しましたか」
「いえ、誰も。部屋の警備からもそのような報告はなかったですし、姫様がいらっしゃる前に見回った際も問題はありませんでした」
マリアとミリスはそう言って、情報共有を始めた。
ローグは周囲を警戒し、ミミはテキパキと片付けを始める。
だが、フィリアは物怖じせず残ったお茶を飲み干す。
実に堂々と、そして優雅に。
「姫様。こちらから移動しましょう。ローグ。貴方は急ぎ団長たちにこの事を」
「おまちください。それはげんばを、かくにんしてからです」
「姫さっ・・ま・・・・」
空になったカップを置き。フィリアが立った。
マリアもミミも、ミリスもローグも、フィリアの様子に息を飲んだ。
不謹慎にも美しい。そう思ってしまう。
表情にも幼さが消え、眼光も鋭い。小さな立ち姿も威圧するほどに威厳がある。
「いきますよ」
そう言って歩き出したフィリアを止めることは出来なかった。
只々無意識にその背を追いかけることだけ。
しかし数歩歩いただけで息が切れ、結局はいつも通り魔法を使う。
どうにも締まらない・・。
行き着いた先。
庭園の端。だがそこは空中庭園の中でも特に日当たりのいい場所。
そこには一本の木がある。今では成木し、立派な一本の木。
この成長速度なら、来年には大木となっていることだろう。
ここはフィリアの黒杖。その苗木を植えた場所。
フィリアはその木に何の変わりも無いのを見て少し安堵した。
この木はリーシャから継がれ、ティーファとメアリィとの絆になった木。
フィリアにとっては何にも代え難い大切な木。
だがその安堵もすぐに霧散した。
幼くも下卑た笑い声。それも数人の。
その声を聞いた瞬間、侵入者は外部の人間と確定した。
この庭園に部外者。
その事実だけでもフィリアにとっては不愉快だ。
「「「「っ!?」」」」
だが見えてきた光景はさらにフィリアの感情を逆撫でる。
途端に小さなフィリアの身体から息ができないほどにむせ返る魔力が溢れた。
黄昏の髪はうねる様に浮き上がり、目に見えるほどに濃い魔力が膨れ上がる。
「たかだか『庭師(使用人)』のお子様が、かのレオンハート家の末姫と姉妹杖なんて、おこがましいと思わんのかねぇ?」
「さすが『お花屋さん』の国だな。頭の中までお花畑なんだろうな」
不愉快な笑い声の唱和。
彼らの手には杖が握られ、明らかにパーティーから抜け出してきた賓客。
それも魔術師かその卵。
そして原因。
その少年らの前には、白と黒のドレスをきた少女が蹲っている。
ドレスは汚れて擦り切れて、痛々しい。
血も滲み、土にもまみれている。
若草色の髪は普段のくせっ毛を丁寧に梳いて、バレッタとスカーフで綺麗に纏めていただろうに今は無残に乱されている。
褐色の肌は、痣と擦り傷が生々しく。いつもはプニプニのハリも今は逆に痛々しさを強調させている。
「てぃーーー!!」
フィリアの叫び声は魔力を乗せて空気を震わせた。
少年たちはその慟哭に身体を強ばらせ、振り返った。
「な、なんだ。何処のガキだ」
少年たちはフィリアの顔を知らないようだ。
・・しかし、その髪や瞳を見て気づきもしないものだろうか。
しかも口調は強いが、少年たちは自身の身体を駆け巡る悪寒に怯えていた。
彼らは幼い。まだ本当の恐怖を知らないのだろう。
かと言ってそれをよく知るミリスとローグでさえも死の恐怖に先程から汗が止まらない。
フィリアの視線の先。
そこには息も絶え絶えな幼い少女、ティーファが蹲っていた。
フィリアが視線を動かす。
その瞬間、少年たちは息をのみ、上手く呼吸ができなくなった。
感情のない深淵のような眼。
初めて感じた本能的な命の危機。
「な、なんだよっ。俺たちは―――」
「だまれ」
「「「「「んがっ!?」」」」」
少年の言葉は紡がれる前に潰された。
文字通り、物理的に潰された。
フィリア得意の重力魔法。そこに加減は見れない。
少年たちは一瞬で口や耳や目から血が噴き出し。
もはや粗相の範疇さえ超え、呻き声すらか細い。
「姫様!!」
「姫さま!やりすぎです!」
マリアとミミはフィリアを止めようと動き出すが、それより先にローグとミリスがフィリアを抱きとめる。
それでも止まることはない。
「・・・ヒ・・メ・・・」
だがその虫のようにか細い声だけは、確かに届いた。
「っ!てぃー!!」
はっと我に帰ったフィリアが視線を外すと同時に魔法が切れた。
フィリアはティーファの元に飛んだ。
傍に着くなり強く抱きしめ、何度も名前を呼んだ。
傷だらけのティーファが顔を上げ微笑んだ。
「・・イタイ・・です。ヒ、メ」
「てぃー」
フィリアの瞳に涙があふれる。
そんなフィリアの涙を微笑んで拭うティーファ。
その時、ティーファの手元に黒い杖が見えた。
「・・えへへ。・・まもり、ました」
ティーファの表情は痛みに引きつってはいたが、それ以上に誇らしげ。
「つえ、できたのね」
「はい。おそろいです」
フィリアは緑の淡い光を放ち、ティーファを包み込んだ。
―――痛いの痛いの飛んで行け




