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31 小さな兄妹の寄り添う後ろ姿



 「そこはもっと、あけてください」



 赤から桃色にかけてのグラデーションが綺麗なドレス。そこに刺繍が繊細な厚手の上着。

 指示する小さな手には毛糸の手袋。その手袋は可愛い模様を描き編まれている。


 それらを着こなすのは小さな天使。

 黄昏の髪の毛はふわふわとして、白い肌には僅かに朱色が挿してきた。


 そんなこの城のお姫様の頭には、黄色いヘルメット。

 それもご丁寧に緑の文字入り。


 顎紐までしっかり留めてある。



 「ふかさはいいのですが・・せきざいをかえたいですね」



 完全に現場監督。



 そこは空中庭園の一角。しかし温室ではない。

 四季の花々を網羅する庭園の、冬区画。


 外ほどではないが、そこもまた寒い。

 夏ならば嬉しい区画だが、今の季節この場所は影が薄い。



 そんな場所でフィリアは屈強な男達に指示を出している。

 時たま隣に立つ責任者らしき職人と意見を交わしながら。



 後ろで控えるマリアの表情は完全に死んでいる。ミミは好奇心が勝ったのかソワソワと作業を見つめている。


 ちなみにフィリアのヘルメット。

 完全なる自作。魔法で創った自作。


 それを装着したフィリアに、ミミは興味津々に笑ってくれたが、マリアは悲鳴と共に倒れた。


 そんな自作品。




 さて、フィリアが何をしているのか。



 「フィリア姫様。ここに、本当に温泉を引くんですかい?」



 露天風呂を作っていました。


 頭がおかしい。

 

 本人的には「やっぱり元日本人だし」という理屈らしいが、わざわざ温泉を引くのが日本人の常識みたいに語って欲しくない。

 百歩譲って温泉好きは多いだろうが、自宅に温泉があるのは少数派だ。


 というか、伸之は数年温泉になど浸かっていなかったろうに、なぜにその発想に至った。



 「まさか、浸かるのですか?」



 眉を顰める職人にフィリアは当然だと思ったが、その表情に少し思い出した。


 温泉水にアルカリ性だの酸性だのがあった。

 たしかそれ次第では肌が荒れるから調整も必要だとかなんとか。


 しかしそんな専門的なことわかるわけがない。

 フィリアは少し不安になった。



 「・・もしかして、あまりからだによくないですか」



 落ち込んだように呟くフィリアに職人は慌てた。



 「い、いえ。浸かるぐらいでしたら問題ないと思いやす。寧ろこの土地の温泉は湯治にも効果的ですからそこは大丈夫だと思いやす。・・ですが、なんというか・・」


 「姫様。匂いがきついのです」


 「あぁそれならだいじょうぶです。おきになさらず」



 いつもよりストレートな言葉のマリアだがそれは仕方ない。

 ここに至るまであれやこれや辞めさせようとしたが、現状これである。

 もはや言葉を繕う事などしない。自身は反対だという意思を押し出していく。


 まぁ、当然の事ながらフィリアには効果がないが。



 「温泉ですかぁ。実家の近くにもありましたぁ。懐かしいなぁ」



 そして能天気な同僚にも。


 マリアはミミの両頬を伸ばすが、何も解決はしない。

 


 「それにしても本日中とは随分と急ですねぇ」


 「・・ごめんなさい。きゅうなことで。・・でもあすには、りーしゃおねえさまがかえってらっしゃるから、きょうしかじかんがないのです」


 「リーシャ様の生誕祭ですか」


 「はい!りーしゃおねえさまを、よろこばせたいのです!」


 「そいつは責任重大ですな。こりゃ気合を入れねぇと」


 「よろしくおねがいします!」





 フィリアに常識があるかどうかはともかく。その目的自体は微笑ましいものだ。


 年を越す少し前。

 寒さは厳しくなるばかりだが、雪が少し落ち着く時期。


 それがリーシャの誕生日。


 そして今年は記念すべき十歳の誕生日。


 リーシャもまたレオンハートの姫。

 その愛され方もまた、フィリア同様に重い・・。


 今年の誕生祭は確実に規模がおかしくなりそうだ。



 その先駆けとして、街中煌びやかに装飾され、お店はそれにあやかった商品やサービスを始めている。

 街中を巡る水路は常に絶えることなく花が流され、湖は凍っていない街の周りだけ花で溢れ彩られている。


 それは農村や山村、港にまで広がり。どこに行ってもお祝いの装飾がされている。


 この国では誕生日や結婚など祝いの際には花をたくさん飾り祝うのが一般的な風習。

 そしてそれがリーシャの為とあれば人々は季節に関係なく花を惜しむことなく飾る。

 下手をすればその家の家族の結婚祝いよりも華やかに飾っている。


 それほどに、この地に住まう者にとってレオンハートは特別な存在。

 この魔術師の聖地において、魔術師は憧れや尊敬の対象。その最たる一族。

 人々の盛り上がりも仕方ない。



 さらには、今回の主人公はリーシャ。

 齢十歳にしていくつもの功績や実勢を得て。魔術師としてはすでに一廉の人物となっている。

 その上、容姿は優れ、人々の目を惹き、その瞼に鮮明に焼き付く。


 その人気はレオンハートの中でも特に高い。




 今年は十歳の節目ということもあって、その盛り上がりはこれまでで最高のものだ。

 それは当然ながら家族を筆頭に、城内全体も同じ。


 城内にて進められる誕生日会の準備、その行先が怖い・・。



 



 リーシャの誕生祝い。

 その為に国内外から多くの来客が始まった。


 招待を受けた多くの者たちは城の来客室にて滞在をする。

 城以外に親しい家に泊まる者や街のホテルに滞在するの者もいるが、皆例外なく、招待を受けたものはアークとリーシャへの挨拶をしに足を運ぶ。


 そのためフィリアは早くから自由な外出を控えられていた。

 天文所にはもちろん。庭や図書室にもいけない。


 防犯上のこともあろうが、それ以上魔力的な不安定さを危惧されているのだと、マーリンの授業を受けて、フィリアにも理解できた。


 パーティーなどの一時の場であれば、準備や対応もできるし家族がそばにいてくれるが、流石にそうはいかないだろう。

 アークが制限と共に、必ずリアをそばから離さぬように厳命したのも、もしもの為には確かに必要。



 

 リーシャやフリードは帰宅の際に学友を何人か連れ立ってきていたが、フィリアは挨拶さえそこそこにしか顔を合わせられなかった。


 その後もリーシャは当然。次期当主としてフリードまでも忙しなくなり、あまりフィリアとの時間が作れなかった。


 フィリアはアランと二人、手を繋いで寄り添い合い過ごすしかなかった。

 アランはフィリアと違い、ある程度は自由であろうにいつもフィリアの傍にいてくれた。普段は活発で、読書に付き合いの悪いアランもこの時ばかりはいつまでも付き合ってくれる。


 そんな幼い二つの姿は、使用人たちの胸を打ち。

 いじらしさに涙や同情を集めた。



 ま、当然の事ながらそこには健気な憐憫などない。



 「にぃにぃ。あやしいにんげんはいましたか?」


 「あぁ。いた。いっぱい居た。リーシャお姉様に下心を抱くなど・・死にたいのかな」


 「おねえさまは、きれいですし、あたまもよいです。なのでしかたないことではあります。・・ですから、はんぶんでゆるしてあげましょう」


 「半殺しか・・。フィーは甘いな」



 全然、涙を誘わない。

 さすがはレオンハート。


 フィリアもだいぶ染まってきた。



 「そういえば、おうじはどうですか?というか、ほんとうなのですか?あのうわさ・・」


 「王子はまだ来ていない・・だが確実にくる。あいつだけは本当に危険だ・・」


 「とうさつ。しぶつのせっとう。とうちょう。・・・すとーかーですよね?」


 

 ドン引きの兄妹。

 そしてなにより、バレてます王子。


 アランはフィリアを抱きしめ、不安な表情を隠した。



 「フィー。にぃにぃが守ってやるからな・・」


 「・・にぃにぃ?」



 バレてます両殿下。


 幸いにもフィリアはリーシャの心配のみで自身のことには気づいていない。

 そしてそれは悲しいかな、リーシャも同じ。



 ちなみにこれ。一歳児と五歳児の会話です。

 


 それを見守る使用人たちのなんとも切ない眼差し。

 彼らの目には、健気に寂しさを慰めあうように身を寄せる幼いふたりの兄妹に見えている。


 そっと目を逸らしたい。


 マリアとミミまで・・。


 レオンハート。それもフィリアはそんな子じゃありませんよ。


 やっぱり姫様もまだ幼い子供なのですね。とは勘違いですよ。


 ほら。ふたりが暗殺リストの相談始めましたよ。

 筆頭は王子ですよ。止めてください。





 「ところでフィー。温泉は出来たの?」


 「はい!すてきなろてんぶろですよ!・・あ。これ・・」



 そう言って取り出した可愛い封筒。



 「しょうたいじょうです。りーしゃおねさまと、ふりーどにいさまにもだしましたので、あらんにぃにぃも、きてください」


 「ありがとう。必ず来るよ。・・ところでお父様とお母様にはださないの?」


 「・・やっぱり、ひつようですかね?」


 「うん。確実に拗ねるよ?お母様はきっと口も聞いてくれなくなるだろうし、お父様は涙目でずっと見てくると思う」



 めんどくさい家族。


 そもそもこれはリーシャへの誕生日プレゼント。

 リーシャも年頃だ。

 父親と風呂に入りたがらないだろうという配慮。


 それなら姉弟妹で水入らずにと思っていたのだがダメっぽい。


 リリアも同じような理由。

 フリードを呼ぶならという配慮。


 そもそも、この温泉。最初にきっかけをくれたのはアラン。

 剣の鍛錬の後に訪れた温泉の話にフィリアが飛びついたのだ。


 そもそも空中庭園の温室に引いていたのだからできるはずと乗り出した。

 そこでアランに相談。すると即効で話が進んだ。


 マリアとミミが気づきいた頃にはもはや遅かった。

 レオンハート暴走からは決して目を離してはいけなかった。



 マリアはひどく自分を責めた。


 本来フィリアが最初に提案したのは、手作りのごはんだった。

 最近ようやく完成した私用キッチンの初稼働だと張り切ったものの、それは叶わなかった。

 いつもなら口にする前にフィリアの望みを叶えてくれるマリアが、何故か準備に手間取っていたからだ。


 当然それはマリアの僅かな抵抗だったのだが。

 結果として更なる心労を生んでしまった。


 この時ばかりは戦意喪失のマリアに変わりミミに酷く説教をされた。


 ま、温泉に人一倍興味津々だったのもミミだったのだが・・。



 今回のフィリアの言い分は。

 リーシャに何か特別なプレゼントを贈りたいが、ポケットマネーはない。あったとしても沢山贈られるプレゼントに敵う気がしない。ならば心を込めた手作りがいいだろう。

 といった思考。


 そこで何故。手作り料理から手作り温泉に規模が爆増するのかはわからない。



 「じゃぁ明日はパーティーの後、フィーの庭園に集合かな」


 「はい!たのしみです!」



 


 ちなみにその後急ぎアークとリリアに出された招待状。

 流石に急すぎたあまり参加が叶わなかった。


 リリアは婦人のみの集まり。アークは紳士のみの集まり。

 これも社交。お仕事である。


 リリアは仕方ないと渋々飲み込んだが、フィリアに懇懇と常識を説いた。

 アークは最後までわがままを通そうとしていたが、そこはやはり主催者として押し通せなかった。

 というか、最後は意識を落とされ強制的に。




 ゼウスやマーリンには知らせていないので後が怖い。


 どこから聞きつけたのか祖父ジキルドが突撃しようとしてアンリに轟沈させられていた。

 

 レオンハートの業は深い・・。



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