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30 王家の伝統



 ルネージュ王国の王都。


 そこはミーティアから離れた内陸部の山間にあり、国内でも特に降雪量の多い都市。

 今の季節は、白銀の都市としても有名だ。


 建築様式の基本は赤レンガが主流。

 それが雪と相まって、粉砂糖をまぶしたメルヘンな街並み。


 そんな街の最も高度が高い場所。

 そこに王族の住まう王城がある。


 それはよくある三角尖塔の並んだ、物語によくある形ではなく。

 どちらかというと城塞のようなマンション。

 建築様式は美しく、大きさも目立つが、ルーティア城の方がいかにもなお城らしい。


 それでも、その外観は街との調和がとられ御伽噺の中の城のようだと、観光客にも人気だ。


 美しいルーティア城との対比もまた、その人気の理由でもある。



 今では、政治の中心は殆どが別に移り、そこは王族の住まいと国の権威や象徴という役割だけを残すのみだが、国民にとってもこの国の象徴の一つとして大事にされている。




 そこに住まう、王族。

 王妃アリスは愛息子とのティータイムで額に手を当てていた。


 深い溜息も漏れる。

 決して頭痛や体調不良ではない。・・いや、頭が痛くはあるが。



 「おかあさま。フィーとはいつあえますか?」



 この質問は何回目だろう。


 息子クラーワの言葉にアリスの悩みは深まる。


 そもそもフィリア1歳の誕生日に一度だけしか会っていないのに何故こんなにも執心なのか。

 幼子の記憶力は優れていると同時に忘れるのも早いはず、まして一度しか会わず、その後何ヶ月も経っていれば忘れていて当然。


 だが、クラーワは憶えている。


 更に都合のいい事に、フィリアを憶えていても、そのフィリアに何をしたかは覚えていない。



 ―――絶対、嫌われていると思うのだけど・・



 アリスはあの時のフィリアを思い出しては、クラーワを残念そうに見つめる。

 そして、それ以上にフィリアの方はきっと憶えていないだろうと思った。


 寧ろ、自身の息子の執心が異常であるだけで、普通の一歳児ならそれが普通であると思ったのだ。


 憶えていればそれはそれで確実に嫌われているだろうが、憶えていなければ憶えていないで今度はクラーワのダメージが大きいだろう。



 まぁ、フィリアは確実に覚えている・・。

 それも怨敵認定を添えて、恨みがましく・・。



 「クレイ。フィリアちゃんは生まれついて身体が弱いの。だから、今はお家から出ることができないわ。たぶん五歳の洗礼式までは会うことも難しいのではないかしら」



 クレイとはクラーワの幼名。フィリアのフィーと同じ。

 アリスはこういった本当のプライベート空間では王妃ではなく、母や妻として愛称を使う。私的な集まりでも仮面をかぶる必要がある王妃の数少ない素での時間。


 故に本来なら、安らぐひと時のはずなのに、今は政務より頭が痛い。


 クラーワは賢い子だとアリスは評価している。贔屓目もあるかもしれないがそれでも他の子供よりも賢いと思っている。


 まぁ、例外はいるが・・。アリスもまさかだろう・・・。


 だから、きちんと話せばわかってくれると誤魔化すような言葉はいらない。


 本当のことを伝えるだけでいい。


 ただ、伝えていない事があるだけで、誤魔化しはしない。



 事実、不満はある様子で俯くが、クラーワはそれを口にはしない。

 我が儘を言われないのは些か寂しいが、この時ばかりはそのほうが助かる。



 「あと、フィリアちゃんをフィーと呼んでいいのは家族や親しい者だけよ。後は本人の許しもなく呼ぶのは失礼に当たるわ。気をつけなさいね」


 「?」



 一息つこうとカップを取ったアリスは少し小言を零した。

 だが、今度はクラーワが明らかに首を傾げた。



 「おかあさま。ボクとフィーはシタシイですよ?」


 「・・・」



 甘い紅茶を口にしたはずなのに苦さが口いっぱいに広がる。

 アリスは瞼を閉じその渋さに耐えたが、その現実が消えることはない。


 純真な無邪気さが、辛い。



 「・・取り敢えず愛称で呼ぶのは、フィリアちゃんの許可を得てからにしなさい」



 それ以上の言葉を飲み込んだ。

 眉間の皺が深まるが、これは『通る道』だと自分に言い聞かせて・・。






 「お母様!!相談がございます!!」



 大声と共に勢いよく部屋の扉が開かれた。


 いきなりの突撃。

 クラーワは飛び上がるように驚き。

 アリスもまたビクりと肩が揺れた。


 カチャリと手元のカップから中身が少しこぼれ、ゆっくりとアリスは顔を向けた。



 「お母・・さ・・ま・・・」



 そこには明らかな怒気を孕んだ、穏やかな笑み。

 リリアもそうだったが母というのはとても器用で怖い笑みを習得しているものなのか。



 「スウェン。部屋に入る際はノックをして、了承を得てから入室なさい」



 短い忠告だったが、そこにはほかの苦言も含まれている。

 この部屋に至るまでどれだけの説教案件があったか、本人が一番わかっている。



 「貴方ももう再来年には成人を迎えるのですから少しはわきまえなさい。それに何より貴方は一国の王子なのですから他の規範となるようになさい」



 堪えきれなかった小言の続き。


 それを浴びるのは一人の少年。

 顔立ちはアリスとクラーワによく似た少年。


 だが背丈は高く。細身であっても体格は良い。

 まだあどけなさ残る顔立ちだけが年相応であった。


 この国の成人は男性が十六歳、女性が十五歳である。

 つまりはまだ十四歳の少年。



 ルネージュ王国。第一王子。

 スウェン。



 「・・はい。・・しかし、お母様。私は継承権を返上していますし、成人後は王籍を抜ける約束を頂いておりますので、そういったことは王太子であるクレイにお願いします!」



 大きな溜息と共にこめかみを押さえるアリス。

 アリスの頭痛の原因。その一端はこの長男だ。


 スウェンは十歳になる少し前に、王太子の座を辞したいと言い出し。あまつさえ王位継承権すらも放棄すると宣言した。

 さらにそれから少したって今度は王族を辞めるなどと荒唐無稽な事を言いだしたのだ。


 もはや国の重鎮や重職の者たちが慌て、国が揺らいだ。

 国民たちにもそれは広く知れ渡り、経済も揺らいだ。


 国王ローレンの心労。王妃アリスの心痛。

 想像するにあまりある。


 一応今はなんとか誤魔化し引き伸ばしでいるが、タイムリミットは迫っている。



 「そんなことより!お母様!ご相談があるのです!!」


 「そんなことって・・。まぁいいわ。で、なとなく想像はつくけども・・何かしら」



 反省のかけらも見えない切り替えの速さ。

 もはや諦めたように呟くアリスは目頭を軽くもんでスウェンに視線は送らない



 「もうすぐリーシャの誕生日なのですが・・今年は何を贈ればいいか悩んでいまして。なにか参考になるご意見をもらえればと」


 「・・・だと思ったわ」


 「わかってはいるのです。やはりプレゼントは私自身が自ら選ばなければならないのは。・・ですが彼女ももう十歳です。これまでとは違った贈り物の方が喜んでくれると思うのです。なのでここはお母様にも女性としての意見をお伺いしたいのです」


 「・・はぁ、そう・・」



 スウェンとアリスの温度差が酷い。

 それどころかアリスはリーシャの喜ぶものならば女性としての意見は必要ないのではないかと確信を持って考えている。



 リーシャは社交界において淑女の鏡と云われている。

 社交、所作、教養。マナーにダンス。立ち姿一つにしても人の目を惹く。

 微笑んで見せれば、老若男女問わず魅了される。


 『麗しの氷華』

 誰が呼んだのか、リーシャの社交界における通り名の一つだ。



 だがアリスは知っている。

 それは、マーリンという超人の指導の賜物。

 リーシャ自身は単なる家族過剰愛者で、類に漏れずレオンハートの問題児。



 それはこの、愚息も見てきたはずなのに・・。あまりに盲目・・。



 「実は先日『翡翠姫のティアラ』の最新作をプレゼントしたら予想以上に喜んでくれて、今までとは違ったものが喜ばれたので、もしかしてリーシャもそういった物を喜ぶ年齢になったのかと」


 ―――『翡翠姫のティアラ』。たしかアレには上質な軽金が多く使われていたわね・・。この前の手紙にはフィリアちゃんの処女杖の話があったし、ちょうどいい素材ね。リーシャちゃん・・・砕いたわね


 「前まではミスリルの短剣とか」


 ―――あれは確か・・三年くらい前だから。ちょうどアラン君が剣術を始めた頃ね。二歳の幼児には短剣でも十分な長さでしょうね


 「絶版となっている故事の詩集だったり」


 ―――あの本は国立図書館にも完全版がないのよね。かなり希少価値も高いし、研究資料としても重宝されるものだけに、個人での所有者なんてフリード君ぐらいじゃないかしら


 「・・・でもこうやって考えると、ミスリルの短剣は宝飾品とも言えるほど美しく装飾してあったし、詩集の内容は大半が恋物語で装丁も美術的でしたね。・・リーシャは昔から可愛いな」



 思い出すように、愛しく微笑むスウェンだが、絶対勘違いだ。

 アリスはそんなスウェンの気持ちはスルーで、本来の事実を思い出していた。



 「・・だとしたら、もうそろそろ、指輪のひとつでも贈ってみるか・・」



 小さくブツブツ呟くスウェンに、アリスは哀れみの視線を向けている。



 「何度も言っているけど、王家と五大公の婚姻は原則認められていないわよ」


 「分かっております。その為に成人とともに王籍を抜けるのですから」



 頭が痛い。

 アリスの頭痛が慢性化してきた。



 「それに大公家にはそれぞれ、結婚相手に対して厳しい条件や決まりがあるのよ?」


 「それも承知しております。その為の準備も万端です。・・後は実績のみなのですが、中々めぼしいものがなく。・・本当なら叔母様のようにドラゴンを討伐出来れば申し分ないのですが・・」



 スウェンは本来の王子教育を無視して準備をしてきた。

 しかし、それを頭ごなしに咎めることはできなかった。


 スウェンの勉学や鍛錬は一線を画していた。

 他の候補者よりも優位に立つため必要基準の遥か上位までを極めたその地力。

 王子としては欠けた点が多いとは言え、他の王族を遥かに凌駕するだけの実力を多く有している。


 もし彼が次代の王となったとしても、何ら問題はないどころか、王族としての教養を少し補填するだけで、歴代でも特に優れた王となるだろう。


 リーシャの隣に立つのに相応しいだけの物を身に着けようと努力した成果が、今、母の望まぬ形で現実になっている。



 それだけでもアリスは頭を抱えるのに十分なことなのに、スウェンの発言にはさらに無視できないものがあった。



 「・・ドラゴン、とは?」


 「ドラゴンはドラゴンです。ドラゴンスレイヤーとなればこれ以上ない功績ですし、何より叔母様という前例もありますから」



 満面の笑みで語るスウェンに、アリスは視線のみで丁度いい鈍器はないかと、ほぼ無意識に探してしまう。

 そして心からリリアを恨んでしまう。



 リリアはかつて自ら王族の身分を捨て。多くの冒険譚を残した。その中でもドラゴンをほぼ単独で狩った逸話は有名で、その功績からレオンハートに嫁いだのだ。


 それもまた傍迷惑な恋物語。



 だが取り敢えずその話はまた今度にして、今はその先人の道を行こうとするスウェンの話だ。


 

 「その前に貴方はリーシャちゃんの気持ちは確かめたの?あの家は大公家としての条件だけでなく本人の意思も大事にする、家族愛の強い家柄よ。どんなに貴方が条件をクリアしてもリーシャちゃんにその気がなければそこまでよ?」


 「何を言っているのです。お母様。いつもリーシャは私に、それはそれは愛らしく微笑んでくれるではありませんか!」


 「・・・・・」



 それだけ?とは口が裂けても言えない。

 頬を赤らめ照れるように濡れた瞳で語るスウェンが哀れではあったが同情心はない。


 只々、アリスには心当たりがなかっただけのこと。

 

 社交の笑みは幾度も見て知っている。

 それが愛らしく、他人を惹きつけるのも知っている。


 だが彼女の本来の笑顔が家族以外に向いているところを見たことがない。というか、想像できない。



 「まだ言葉で確かめ合ってはおりませんが、互いの想い人が誰かは語るまでも無いでしょう」


 「・・そうねぇ。語るまでもないわね・・」



 満足げに語るスウェンだが、母アリスの光の消えた瞳に気づきはしない。



 ―――リーシャちゃん、大好きだものね。・・・ゼウス様のこと・・



 スウェンは言うもがな、リーシャもかなりあからさまにわかりやすい。


 アリスは静かに息子の失恋を見守った。

 この短い間で、息子ふたりの恋の結末を察する。しかも本人たちは全く気づいていない。



 「そのたんじょうびかいには、フィーもきますか?」



 哀れな息子たちに涙が出る。



 兄弟揃ってレオンハートに初恋。

 クラーワはまだそういった感情を抱いているのか分からないが、アリスには断言できる。


 それが王家の伝統みたいなものだから。



 レオンハートの一族は皆、見目麗しい。

 金髪蒼眼で中性的な顔立ち。いつまでも若々しい容姿。

 魔力は洗練され美しく、それは成長とともに増していく。


 その姿に女性は羨望を抱き、男性は夢幻を観る。



 斯く言うアリスもゼウスに憧れていたこともあったし、アークと同じ学校に通えるだけで心が躍った。未だにマーリンのファンクラブにはアリスの名前がある、それも歴代会長の一人として。


 それほどに人を惹きつけるレオンハート。


 だがそれはあくまで憧れの範疇。



 王家はそれに輪をかけて酷い。

 王族の内情を知るものたちはそれを『はしか』と呼ぶ。


 王子、王女の初恋はほぼ間違いなくレオンハートの者。それが通説。

 そしてその恋が実らぬまでがひとセットである。

 

 現国王ローレンもまた例に漏れることなく、初恋はマーリンであった。

 その事はアリスも知っている。


 想い人であり、年下であるマーリンに訓練場でボコボコにされ。

 錬金術の実験サンプルにされてみっともなく泣き喚いていたことも知っている。


 ローレンの『はしか』が終わる時もまた。というかその場にはアリスも立ち会っていた。



 「血筋ね・・」



 小さく呟くアリスの声は二人に届かない。

 

 リリアはかなり特別なケース。

 スウェンもクラーワもその恋はきっと実らない。


 そう思いながら、アリスは愛息子たちを見つめた。



 「見なさい。リーシャの目元は一見冷淡だが、微笑むとその目が猫のように愛らしいのだ」


 「いえ、にいさまこそみてください。このまるいひとみ。ほうせきのようにきれいでしょ」



 二人はモノクロ写真を互いに見せ合い討論している。


 そこに写るはリーシャとフィリア。

 どちらも視線は外され、明らかな盗撮。


 アリスは怪訝な顔を隠せなかった。

 息子に対し、明らかな嫌悪感を抱いたのは初めての経験。


 そもそもスウェンは同じ学校にも通う為、機会はあろう。

 だがクラーワよ。齢い1歳の息子はいった何処から・・。



 アリスの頭痛は増していくばかり。


 例え、夫の時から慣れた王族の事情とはいえ、実子達のことは別格でアリスを悩ませる。



 「クレイ!私の部屋に来なさい!写真は精巧だがやはり白黒ではリーシャの美しさが伝わりきれない。街でも話題の画家達に描かせた秘蔵の213枚を見せよう!!」


 「では、わたしも、おきにいりの16まいを、じさんしましょう!!」 



 うん。

 頭が痛い。




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