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24 魔女の使い魔



 多くの騎士たちが各々の鍛錬をこなす修練場。その一角にゼウスはいた。


 普段見慣れた惚けた顔ではなく、変身前の鋭い眼。

 一見飄々とした印象を受けるがその目だけは射抜くように精悍だ。



 「おじさまー」



 フィリアの舌っ足らずな声に反応したゼウスのメタモルフォーゼは完璧だった。

 コマ送りにみればきっと面白いと思う。


 振り返ったゼウスの表情は普段の整った顔立ちの面影もなく溶けきっている。



 「フィー!私の可愛い天使!!」



 練達の速度での抱擁には誰ひとり反応できない。ミリスとローガンの引き攣った口端の心情に痛み入る・・。


 フィリアも反応できずに受け入れるが一向に緩む気配がない。

 マーリンも呆れたように溜め息を吐いたが、それだけで止める様子はない。


 むぎゅっとされたフィリアは息苦しさに足掻きながらも、ゼウスの後を追って歩み寄る小さな影に気づいた。



 「ふみゅ?」



 そこには青みがかった灰色の猫がいた。スラリとした体躯は気品に溢れ、左右の目が違う綺麗な猫。



 「こいつはルシアン。私の従魔だよ」



 フィリアの視線に気づいたゼウスはフィリアを抱きとめたままに紹介してくれた。

 ルシアンはそんな紹介に「なー」と鳴き長い尻尾を揺らした。


 フィリアは目を瞬いた。

 三つ編みの尻尾。

 つまりは三叉の猫だった。


 どうやらゼウスの従魔も唯の猫ではないらしい。

 そのことに興味深々のフィリアはゼウスに訪ねようと思ったが、そのルシアンの影から黒い影が覗いた。


 見つめるフィリアの視線から隠れた小さな影。

 だけどルシアンは見かねたようにその黒い影を器用に押し出した。


 押し出されたためフィリアと正面から目を合わせたのは、まだ子猫という大きさ程度の黒猫。



 一目惚れ。

 それに近い感覚。

 それはフィリアだけでなく、子猫も同時に抱いたようで。

 互いに見つめ合って止まった。



 「どうやら相性はいいようね」


 「当たり前だろ。私を誰だとおもってんだ。この私が愛おしい愛姪の魔力を推し違うことなどありえない。それどころか運命的にこの子猫と出会うほどまでに神に認められた愛」


 「ハイハイ。ソウデスネー」



 マーリンの心のこもらぬ返答と小さく呟いた「きもっ」という言葉。

 それを余さず聞いても鼻高々なゼウス。しかしフィリアはその掛け合いを全く聞いていない。



 ようやく抱擁から解放されたフィリアにゼウスは子猫を抱かせた。小さな子猫だが抱く者も同じく小さい。そんな愛らしい絵にゼウスは両方を撫でずにはいれなかった。



 「この子の名前なんだけどな・・」


 「じじ」



 ・・・それはダメだと思う。

 何がとは言わないがダメな気がする。


 魔法使いの使い魔が黒猫とはなんと王道で高ぶる展開であるのだろうとはフィリアのみならず思う事ではあるが。その名前だけはダメだ。


 当然フィリアの考えた由来はまごう事なくそれだろうし・・。



 「ごめんな。その子の名前はもうあるんだ」



 申し訳なさげなゼウスがそう詫びるが、詫びる必要などない。むしろ賞賛さえ辞さない。


 フィリアは残念そうに「そうかぁ・・」と呟くが、何故残念そうにしているのか説教をしてやりたい。



 「この子は野良猫で生まれて直ぐに捨てられたところを拾ったんだが・・この子の魔力を見て名前を決めてしまってな」



 「るしあんのこどもじゃないのですか?」


 「あぁルシアンは去勢・・子供を産めないんだ」



 フィリアはアーサーの時と同じ再び憐憫の視線でルシアンをみた。

 それが不躾であるとはいつ気づくのだろう・・。



 「この子の名前はフィーア。この子の魔力はフィーによく似ていたからフィーからもらったんだよ」



 フィリアは腕の中の黒猫、フィーアと目を合わせた。



 「あなたもふぃーというのですか?わたくしとおそろいですね」



 そう言って微笑むフィリアに「なー」と鳴くフィーア。

 そんな光景にゼウスとマーリンの兄妹ふたりは目尻が下がる。


 あ、涎が垂れかけた。



 「では、まちがわないようにあいしょうは『じじ』にしましょう」



 どうにもこの幼女の頭はトチ狂っているようだ。


 嫌だ、と言わんばかりに強い「にゃっ」という声。

 首を振る賢すぎる黒猫にどうにか渋々フィリアは引き下がってくれた。


 同じ名でも猫の方が賢く常識的な気がする。

 ありがとう・・フィーア。



 「では早速契約をしようか」



 そう言ってゼウスがフィリアたちを促し演習場の一角へと連れて行った。


 その途中にフィリアは質問を投げた。

 それはもちろん契約という実態。フィリアにとっての契約はセバスの時に行なった恐怖体験だった。


 故に逃げ腰、及び腰が現状である。

 しかしゼウス曰くもっと気安いものらしい。


 向かう先には大きな魔法陣の描かれた敷布があるがそれはより正確性をもたらすためであって大掛かりな魔術やエフェクトはないらしい。


 フィリアのイメージはセバスだけではなく前世からの知識で、従魔契約とは真名や血などの仰々しいものだと思ったがそれは否定された。



 「そういったものは隷属契約になるからほとんど禁止されてるんだ。隷属契約は強制力も強くて従魔などには適してはいるけど、それは同時に人間にも転用できてしまうからね。未だ世界には奴隷制度がある国が多いけど、最近はそれを起因とした問題も多いんだ。この間なんて一つの国が革命という名の争いに発展したばかりだ。その点この国は先駆けて百年以上前に奴隷制度を撤廃させた。その時に危険性や疑念を生みかねない隷属契約などの魔術はほとんどが禁忌となったんだ。ま、そのおかげで身分や階級の問題はあっても大きな内紛は免れたんだけどね。だから名で縛ることも、血や魔力で従わせることもない。それにその手の魔術にはもう十分に対抗手段が確立されているから効果は薄いしね」



 フィリアはなるほどと頷きながらも、「ではセバスの件は?」と疑問をゼウスに問うたが難しい顔をされた。



 「・・んー難しいなぁ。一言では説明できないね。唯、端的に言うと今から行う契約魔術もそうだけど両者の意思を尊重する。ってことかな。片方の一方的な考えでは結ばれない契約。フィーもフィーアも一目で感じたような親和性・・みたいな。セバスの契約の場合は更に特異な条件や基準があったりするし。何よりあの契約は人が作った物ではないからなぁ・・」


 「フィー。それらのことはこれから学ぶ中で徐々にわかるでしょう。魔学全般を始め歴史や宗教学など様々な要因からでないと明確な説明は難しいのです」


 「・・・んー。むずかしいですね」



 そんな会話をしながら辿り着いたフィリアは魔法陣の敷布の中央にフィーアを抱いて立った。


 ゼウスは敷布に描かれた魔法陣を最終確認の意味を持ってチェックしている。

 魔法陣は刺繍や染色で複雑に描かれたものらしく皺一つ埃一つ、些細な事全てを直している。


 敷布に乗る際に靴を脱ぐのははしたないと土足で乗ったため土も付いたがそれもやはり同じように丁寧に除かれた。



 ―――だから靴脱ぐって言ったのに・・



 心の中でそう愚痴るが、そこは効率や二度手間とはまた別なのだろう。



 「じゃぁ足元の陣全部に魔力を満たしてごらん。誰でも簡単に行えるようにはなっているけど魔力制御の拙い者には負担になるから無理しない程度にね」



 そういったゼウスの助言に先ほどの魔力酔いを思い出した。

 だからまずは魔力の流れに集中して乱さないように、慎重に魔力の糸を伸ばした。


 案の定、意識した魔力は大きく揺れ今にも大暴れしてさっきの二の前、いやそれ以上に気分を害しそうだ。


 おそらくその原因はアーサーやルシアンが居ることも関係あるのだろう。


 だがフィーアは違った。これほど近く、抱きとめてさえいるのに魔力を乱すことはない。

 居心地がいい。そんな安心感が腕の中にはあった。



 それでもやっぱりフィリアは着実に気持ち悪さを覚え始めた。

 口の中に酸っぱい物が少しずつせり上がってくる。



 「よし。じゃぁそのままフィーアの魔力と繋げてごらん」



 そう言われてもやり方が大雑把すぎてわからない。

 それでも思考がぼやけてきて熱っぽくなってきたフィリアは取り敢えずやってみるしかない。



 ―――あー具合悪。早く終わりたい。えーと・・同じように魔力を糸のように伸ばしてフィーアの魔力・・魔力・・



 今のフィリアには相手の魔力を視認する以外に感じ取る術はない。だがそれを行う集中力も今はない。


 精一杯伸ばした魔力の糸も糸とは呼べぬ程に太く無骨なもので、どうにも不調が顕著に現れている。

 その上その不調は更なる魔力の乱れを生み更に不調を助長する。



 ―――もう・・無理・・



 胃の中がせり上がるような感覚。平衡感覚も不明瞭で最悪の気分。


 その時不思議な力が働いた。


 例えるなら磁石。伸ばした魔力が急に何かに引っ張られた感覚。

 そしてカチリと繋がったような感覚。



 「っぷはぁ!!はぁ、はぁ・・」



 その瞬間急に水から上がったように呼吸が一気に楽になった。

 体中を支配していた気だるさは一瞬で解け思考もクリアだ。

 

 水中でもがき溺れて、浮上したような感覚。



 『大丈夫?』



 聞き覚えのない声。だがその声は明らかに腕の中から聞こえた。

 考える必要もない。そこには一つしか答えはない。



 「ふぃーあ?」



 フィリアの驚きは腕の中に向けられた。


 先ほどの倦怠感や胃からせり上がってくる感覚。それが一瞬で霧散した状況。

 そういった物全てをおいて目の前の黒い子猫に思考は奪われた。



 「契約は完了したようだね。フィーは魔力がとても多いからすごく苦しいだろうとは思っていたけど想像以上で心配になったよ」



 そう言ってゼウスは抱きしめようとした、がマーリンに突き飛ばされた。



 「フィーっ!!大丈夫?具合悪くない?立っていられる?抱っこしてあげるから日陰に移動しましょう。いや、今日はもうお部屋に帰って休みましょう!マリア!湯浴みの支度を・・いや、負担になるかもしれないわね。寝台の支度をして直ぐに休めるように!」



 飛びつき抱きしめたマーリンはフィリアを見つめ矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 流石にフィリアも勢いに当てられ考え事を飛ばしてしまった。



 「・・おばさま。わたくしはだいじょうぶです。しんぱいいりません。」


 「本当に?本当の本当に?でも、あんなに苦しそうな様子で今すぐにでも倒れてしまいそうで、目も虚ろで・・。それにこんなに汗をかいて・・ただですらあなたは体が丈夫ではないのに・・。それとおねえさんよ」


 「体が弱いのは多すぎる魔力のせいだろうな。今回の事も同じ理由だと思うぞ。むしろ今はこれまでで一番体調がいいはずだから・・取り敢えず解放してあげなさい。そして私にも心配させなさい」



 後半はともかく冷静で呆れたようなゼウスが抱きしめるマーリンの背後に立つ。

 土まみれ。左頬が赤く腫れぼったい事からそこにはマーリンのクリーンヒットがあったと予想される。



 「おじさま・・だいじょうぶですか?」



 頬を摩るゼウスにフィリアは自身よりも心配する対象がいるのではと思ったが、それより気になることがある。

 ちなみにそれは肩口で涙を流し抱擁を強める、自称お姉さんの叔母の事ではない。


 決して。



 「おじさま。あの・・ふぃーあがしゃべりました」



 何を言っているのだと一蹴されるか、おかしな子と心配されるかというような発言。

 だが、ゼウスはクスリと笑って「そうか」とフィリアの頭を撫でて話しだした。



 「従魔契約を結んだものは互いに言葉がわかるようになるのだよ。私もマーリンもフィーアが何を言っているのかわからないし、フィーアもフィー以外の人間が何を言っているのか分からないがね。ルシアンやアーサーも同じだよ」



 へーと頷きながらフィリアはルシアンやアーサーの賢すぎる合いの手を思い出した。まるでこちらの意図を汲んだような様子はなんのことはないゼウスやマーリンの言葉を理解していたからなのだと納得した。



 「だってよー?ふぃーあ」


 『ん?何ー?』



 言葉ははっきりしているが幼稚な話し方。

 どうやら本当にゼウスの話は分かっていないようだ。


 そんな可愛い相棒にクスクスと笑うフィリア。



 「フィーその子の種類はティアと言って、猫種の中でも魔力が多く黒い毛並みを持つ事が特徴の種類なんだ。だからきっとフィーの多すぎる魔力にも当てられず力になってくれるはずだ。良き友人になりなさい」


「てぃあ?」



 聞き覚えのある言葉。

 ゼウスは再び含むように笑って優しくフィリアを撫でた。



 「そう。フィーの名前と同じ。これも実に運命的な偶然だね」



 確かマリアに聞いたところでは『魔力の多い者』という意味があったはずだ。だからフィーアのような魔力の多いことが特徴となる種族に当てられたのだろう。


 その上『月の涙』や『宵の雫』などとも云われるらしい。

前世でも月は魔性の象徴だった。狼男から女性の周期に至るまで。故に大いに納得した。



 魔女の眷属。

 黒猫。



 「じゃぁ。やっぱり『じじ』だね!」


 『なんか嫌!!』



 フィーアの全力却下にショボンとしたがフィーアにそのあざとさは効果がない。


 仕方なさげに引き下がったフィリアだが、先程も同じような感じだったのでおそらく諦めてはいない。

 むしろ虎視眈々と徐々に定着させようと企み悪い笑みを浮かべるのが容易に想像できる。



 「・・ところで。おばさま、もうはなしてくださいませんか?」


 「おねえさん」


 「・・・・まーりんおねえさま・・。おはなしください」


 「・・・・・」



 返事はない。

 だが抱擁はきつくなった。





 『君って残念な子?』



 フィーアの呟きは静かに響き、フィリアに刺さった。

 そして何故か言い返せない事から無意識にでも自覚はあるようだ。


 ・・・よかった。





 「はなしてーーーーっ!!」




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