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23 魔導王の祝福と呪い

 


 「本日より貴女の授業を始めます。まずは基本的なことからですが甘くは見ないようにしなさいね」



 普段より畏まり淑女然としたマーリンによって初めての授業。フィリアもまた緊張したように背筋を伸ばしそれに向き合う。

 


 「はい!まーりんせんせい」


 「呼び方は今までどおりで構いませんよ。ただし言葉使いは正していきますので気を付けなさいね」


 「はい!まーりんおばっ・・・まーりんおねえさま・・」



 普段と変わらぬ呼び方。だが合いも変らず叔母呼びには鋭い眼光が送られる。


 しかしそれよりも、フィリアの視線はマーリンの肩へとチラチラ向かい落ち着きがない。

 そして、浮き立つあまりに手がわきわきと動く。



 ―――ドラゴンやーー!!



 マーリンの肩に乗るのは猫ぐらいの大きさのドラゴン。

 それも創作物でよく見るそのままの姿。


 紅い鱗で四足、皮膜の翼に爬虫類顔の頭からは小さな双角。


 フィリアもよく知る姿。即答でドラゴンと断定できた。唯一イメージと違ったのはその大きさぐらい。



 好奇心爛々の瞳。そんなあからさまなフィリアの興味に気づかぬはずはない。

 しかしマーリンは何食わぬ顔で初授業を始めた。



 「この国の主産業は昨今様々な分野で増え、実績も得ていますが根幹となる特産は昔から変らず『花』の輸出入や加工です。他国からは『花国』と称される程に、この国にとっての象徴でもあります―――」



 まずは勉学の前段階。一般常識からだ。

 もちろんいくら本の虫となって早くも読み書きができるといっても知識は偏り頼りない。故にマーリンの話す常識はフィリアにとってほとんど知らなかった事ばかりだ。


 ならばこそ興味もあるし、基本は真面目なフィリアはきちんと授業を受ける。


 そのはずなのだが、フィリアの視線は誘われるようにチラチラとマーリンの肩に吸い寄せられる。



 欠伸をした。

 前足で器用に顔を擦った。

 体を伸ばすと翼もピンと伸びる。



 フィリアは終始気怠気なドラゴンの仕草に魅了され内心狂喜乱舞だ。


 

 ―――可愛い!!はぁはぁ・・抱っこしたい。スリスリしたい・・


 「―――レオンハートが治めるこのファミリア領には大小様々な湖が点在しており、その数は数百にも及びます。その中でも最大の大きさであるルーティア湖の湖上に都市が置かれ名も同名のルーティア。それが今私たちのいるこの場所です―――」



 なに食わぬ顔で授業を進めるマーリンだがわざとらしい程に肩へ意識を向けない様子から明らかにフィリアの様子に気づいてはいる。


 それでも、完全スルー。


 フィリアも一生懸命授業に耳を傾けてはいるし内容も書きとってはいる。だがその意識は完全に集中力散漫な状態だ。


 果たしてこんなことでちゃんと身についているのだろうか・・。



 「あ!・・」


 ―――今っ!火、火吹いた!!



 思わず漏れた声。

 しかしマーリンには聞こえなかったらしい。少なくとも今はそういうことになっている。



 正確には火は吹いてない。軽く咳をしたドラゴンの小さな口から緋色の火花が漏れただけだ。

 しかし可愛い仕草な上に夢に溢れたファンタジー要素なそれにテンションはいとも軽く沸点を超えた。


 フィリアの鼻息は授業が進むに増して荒くなっていく。今では小鼻がいっぱいいっぱいに膨らみ手元の紙がパタパタと浮き上がる寸前だ。



 「―――この領において魔術を使えない者はいません。その上この土地は魔術師のメッカとされ、世界中から多くの魔術師がやってきます。そんな土地の長であるのがレオンハートと呼ばれる一族。つまりは私達ですね」



 マーリンは肩のドラゴンをそっと机に下ろした。


 ようやくの反応。もはや完全にフィリアの目はドラゴンに釘付けである。

 いや、それどころか目の前に置かれたドラゴンに無意識にわきわきとした手が伸びていく。


 ゆっくりゆっくりとした動きは僅かな葛藤が見える。

 だが抗えてはいない。着実に手が伸びていく。

 


 「レオンハートの者は生まれ持って強大な魔力を持ちます。その魔力たるは引き目なしに世界最高でしょう。故に魔術師としての絶対的な成功と力を約束され、同時に責任が伴います」



 ドラゴンの背を撫でるマーリン。その手に甘えるように身を預け高い鳴き声を鳴らすドラゴン。

心地よさが隠せない姿にフィリアの胸は射抜かれ、悶えた。



 ―――可愛いーー!!


 「この子の名前はアーサー。私の従魔です」


 「あーしゃー・・・。かわいい・・しゅき」



 恋するように惚けた表情のフィリアはトロンとした瞳で熱っぽくアーサーを見つめた。



 「私たちレオンハートの者達は世界最高の魔力を有します。それは遺伝性のものであり、かつては『祝福と呪い』などと言われていました。今でも呪いと揶揄するものが一定数います」



 フィリアは聞いているのだろうか。

 恋する幼女は再び手を伸ばし始めたがマーリンの話に反応する様子は全くない。



 「本来魔力を生成、貯蔵する働きは身体の中の同じ器官によって制御されます。ですが私たちレオンハートの者はそこに異常を持って生まれます。要は遺伝性の疾患です」




 世界最高の魔力量。その起因は遺伝性疾患。

 本来魔力を作り貯める体内の器官は制御や抑制も行うのだが、それが異常に働いている。


 作られた魔力は貯められることなく常に漏れていき。故に魔力も止めどなく作られる。そして常に満たされない為に作られる量が増えていく。

 結果制御や管理も曖昧となっていく。そしてそれは成長とともに増していく。


 人外の魔力が溢れ身に纏う。

 当然、そんな状態の人間が無事であるはずがない。


 強大な魔力の代償。それは言うまでもなく命だ。


 常に高純度で過多な魔力に満たされた身体は活性化し、老化がほとんど見えない。

 おかげで最盛期の時期は長いが同時に支障も増えていく。


 個人差はあるが頭痛や視力の低下から始まり、痺れや身体の鈍痛などもある。


 それらの症状は個人差が大きい為、重度軽度に差異があるが最後は同じ。


 この病の帰結は早死。

 四十歳でも大往生と言われる程の。


 つまりはレオンハートとは短命の一族である。




 「私も偏頭痛や視力の低下が顕著です」



 そう言ってメガネに触れるマーリン。

 フィリアもその説明には、流石にマーリンへ視線を合わせ真剣な面持ちだ。


 瞳には恐怖を滲ませて・・。


 それも仕方ない。この一族の最期はあまりに悲惨だった。



 

 体力などとは違い魔力は年老いても大きく落ちる事もない。


 それでもやはり多少は減退してしまう。

 普通ならば気止める事もない程に些細な変化。しかしレオンハートの者達にとっては違った。



 些細な変化を目敏く敏感に感じ取った身体は急激に老衰していく。


 その早さたるは異常で、約五年ほどで死に至る。

 過去最も早い者は、一年すらも持たなかったらしい。



 もちろん現在では治療薬とまではいかずとも進行の抑制薬はある。

 だがそれは同時に魔力を失うという事でもある。


 本来ならばそれでも命を優先するのだが、レオンハートにとってそれは決して許されない。



 世界最高の魔術師の頂点。それがこの一族の責務であり立場だ。


 愚かに思えても、それを捨てることは本人たちの意思とは関係なく許されない。



 「この疾患のある者は魔力の制御が生命線です。魔力を失えば人は生きられない。普通ならば魔力切れを起こしても蓄えられた魔力によって意識を失う程度で自己回復できます。ですが私たちはそれが出来ないため魔力切れは致命傷です」



 その言葉に青ざめたのはあの演習場での一件を思い出したからだ。



 「そして当然。魔力の制御なんて技術、生まれ持って出来るわけない。普通は・・そう、普通は・・ね」



 マーリンはフィリアから視線を逸らしたがフィリアはそれに遺憾だと頬を膨らました。


 

 「コホン。とにかく生まれたての子には魔力制御が出来ない為、両親。多くは母親が子に寄り添って魔力制御をします。貴族でも珍しい、ましてや国でも最高位の大公家。その女主人でもある大公夫人自ら乳を与えるのもその内です。そうやって魔力の流出を防ぎ魔力が空になる事がないように補助をするのです」



 他にも手段はあるが血縁の魔力が最も抵抗が少ない。

 そうやって無意識下でも自身の魔力制御を可能にする。


 だが、ここで問題が生まれる。


 無意識で命を守るために行ってきた制御。しかし魔術行使の際に様々な問題を孕む。


 無意識が意識的となり不自然な制御となってしまったり、自身の身を守るための魔力制御がおざなりとなって魔術に制御を傾けてしまったりと。



 「そこでアーサーのような使い魔が助けてくれます。自身の魔力で染まった従魔は身体への負担も少なく、至らない制御の補助もしてくれます」



 キューと鳴いて同意を示す赤い子竜のアーサーは可愛い。


 再びフィリアの胸を撃った。



 マーリンによれば幼い時分の制御補助だけではなく、それを習得しても従魔はかなり有能らしい。


 魔術の補助は本来の必要魔力を減らすだけではなく精度にも大きく貢献してくれるし、主の力量や訓練次第ではあるが個の戦力としても期待ができる。


 それよりなによりも信頼面は絶大で、付き合いは一生なので親愛も深い。



 「わたしもどらごんさんがほしいですっ!!」



 高まる気持ちと期待感。

 フィリアの瞳は世界一のサファイアよりも輝いている。


 マーリンの口元がひくついているのはおそらく必死に教師の威厳を保つ故だろう。でなかったらいつも通りに顔をみっともなく惚けさせベロベロに甘やかす。



 「アーサーはドラゴンじゃないのよ。学名はジュエルドラコだけども、正確にはリザード種。つまりはトカゲの部類。稀少で『手乗り竜(トイドラゴン)』と呼ばれる人気種だけどね」



 キュイとは返事なのだろうか。


 とにかくフィリアの琴線に大いに触れた。勢いよくアーサーを抱き上げ頬ずりをするフィリアだが当のアーサーは鬱陶しげではあるが抵抗はない。寧ろ仕方ない子を見るようにして達観して甘んじている。



 「だからね。フィリアには無理なの・・」


 「え!?」



 急転直下の絶望。それが如何にもわかる硬直っぷり。


 マーリン。視線を逸らすのはズルなのではないだろうか。きちんと向き合ってほしい。



 「・・稀少でね。乱獲もされたことがあるの・・だから今では野生のジュエルドラコを捕獲したり狩猟したりすることは国際的に禁じられているの。それにそんな事情があるから例え飼育されたジュエルドラコでも倫理上、国の要人やその身辺では決して推奨されてないの・・。私の場合その前に契約をしていたから許されてはいるけどそれでもあまりいい顔はされないわ。・・だから、フィリアは余計・・ね」



 もはや落胆が止まらないフィリアは焦点の合わない目を空へ投げている。

 アーサーを腕の中に抱いていなければ膝を折って両手を地につき頭を垂れていたのが容易に想像できる。



 「・・だからね。おにぃ・・ゼウス叔父さんの従魔の子供をフィリアにって言ってるんだけど・・ダメかな?子猫なんだけど・・」


 「・・こねこ?・・あーさーのこどもは?」


 「んー・・。アーサーはね。去勢・・子供が生まれないの。・・ごめんね」



 去勢の言葉にフィリアはアーサーと目を合わせ不憫な視線を送るが、アーサーの態度は「ま、そういうことだ」と言ったふうで不憫な視線は不躾でしかない。



 「・・ん。・・・わかり、ました・・」



 返答自体は殊勝なものだったがその態度は明らかな不満を醸す。


 だがふと思った。



 「あーさーも、おじさまのねこちゃんも、しらなかったです」


 「あぁそれはね。まだ幼い内に従魔と触れ合うのはあまりよくないからよ」



 今までアーサーはもちろん他の生き物を見たことがなかった。

 マーリンの話だとマーリンだけではなくゼウスや他の家族。親兄弟みんなにそういった従魔がいるようなのに見たことがない。



 「従魔は魔力の制御補助をすると言ったでしょ?でもそれは自身の主人に対してのみでそれ以外の魔力は乱してしまうの。制御を学んで耐性をつければなんの支障もないけど幼いうちは影響があるわ。でも本来は微々たる影響しかないから大した問題じゃないんだけど如何せんレオンハートの血筋はそういった事に過敏だからね。実際、この短時間でもフィリアは少し体調を乱しているんじゃない?」



 そう言われたがフィリアにそういった自覚症状はなかった。何気に手をにぎにぎしてみたり首を回してみたりしたがよくわからない。


 しかしマーリンに魔法をつかってみて、と促され慣れた浮遊の魔法を発動した瞬間ひどい眩暈に襲われた。


 二日酔いや車酔いのようなそれは急にやってきた。

 堪らず魔法の発動を辞めると同時に瞬時で去っていた。



 「それが魔力酔い。本来は過ぎた魔力量や過度な魔力行使によって起きるけど起因としては同じ。魔力制御は出来るけどまだ未熟で耐性も弱い。そこにレオンハートの疾患があれば決して楽観的にはみれないでしょ」


 「うー。きもちわるかったです・・」



 フィリアは胸焼けを飲み込みながら自身の魔力の流れを感じる。するとそれは確かに乱れた流れで端から霧散する魔力が見えた。



 「これから勉強をするにあたって魔術の授業や鍛錬はレオンハートの者として何よりも必須となります。その為このあと修練場にてゼウス叔父さんと合流します。それからようやく本格的に授業開始です」




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