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21 営業の武器



 途中ミミが許可を得るとララの首襟を掴んだまま引きずって離れ。

 残りの謁見室に居た女性全員で自室に戻ってきた。



 扉を開けるとそこには、室内の植物たちを丁寧に世話するマルスとティーファがいた。

 ふたりはフィリアの帰りに気づくと愛好を見せて丁寧な一礼をした。



 「姫様。おかえりなさいませ」


 「ただいまです。まーじぃ。てぃーふぁ」



 そう言って互いに微笑み合うとフィリアはマリアに促されティータイムを始めた。






 「ぎしき?」



 部屋に入って最初に提案されたのは騎士任命の慣例儀式だった。


 内容は簡単だった。

 騎士の捧げた剣を受け取り肩を軽く叩く。あとは許可を与え剣を返す。

 至極簡単。たったそれだけ。


 本来なら長い慣用句があったりするのだがフィリアの内面をまだあまり理解していないミリスたちはそれだけでいいと説明した。

 ミリスたちもフィリアの特異性について聞き及んでいた。しかしそれはあくまで天才や麒麟児程度。つまりは常識範疇での所謂「すごいですね」止まり。

 規格外さや、ぶっ飛び具合は今後知って行、いつかは側に控えるマリアのように諦観をおぼえるだろう。


 きっとそう時を置かずに・・。


 実際マリアはミリスが幼いフィリアに合わせ簡略してくれたことに何も言わない。だが、その理由は単純でわかりやすい方が暴走の抑止、またはそれに対応しやすいというだけで、むしろフィリアではなく皆のために口を挟まないだけである。


 フィリアはそれなら早速と席を立とうとしたがミリスに待って欲しいと頼まれ、ミミとほかの騎士を待ってから行う事とした。


 これもミリスの優しさ。

 本来ならばその儀式は一人一人に行うものだったが、幼い体躯には大きな負担であると思い、全員が揃ってから代表者一人が受けると提案したのである。


 フィリアは簡単に了承したがおそらくミリスの一番の懸念は重い剣をその小さな腕で持てるのかという事だったのだろう。だからせめて何度も行うよりは一度に、という主想いの考え。

 だがそもそも端っからその心配は杞憂である。十中八九、間違いなくフィリアは魔法で剣を浮かす。

 マリアもそう思っているのだろう、無反応だ。むしろ何度も魔法を使わない分、賛成しているかもしれない。



 とにかく儀式の件はまた後でだと納得したフィリアは、控えて立つ褐色の二人へ視線を向けた。



 「まーじぃ。おまたせしてしまいました。じつはおねがいがあるのですが」


 「いやいや。全然待たされておりませんよ。それでお願いとは?」


 「お願い?」



 フィリアのお願いに反応したのはマリアだった。おそらくまた相談もなかった事に苦言があるのだろう。こめかみが引き攣るように動いた。


 フィリアのすること。不安の多分なこと間違いない。



 「おにわによぶんなところはありますか?」


 「余分ですか?あの庭は姫様のお庭です。姫様がお望みの物があればすぐにご準備致しますが?」


 「・・・はたけはつくれますか?おはなではなくやさいとかの」


 「・・畑ですか?・・はいそれは、できますが・・」



 そう言いよどんでマルスの視線が向かったのはマリア。


 案の定マリアは額を抑えている。

 マリアは確信した。この姫は料理をするのだと。それも自らの手で育て調理する。

 先のキッチン要望に嫌な明確さが生まれた。


 しかも場所は秘密部屋。自分の目が届かぬところで。


 国内最高峰の大公家のご令嬢がまさかの自給自足。そんな昨今の辺境貴族でも珍しいようなことを自身の姫が行おうとは、とマリアは頭が痛い。


 しかしフィリアにそんな気持ちは蚊ほども伝わらない。



 「ほんとですか!それではつくります!・・もうしわけありませんがまーじぃもてつだってくれませんか?」



 弾けるように喜んだかと思えば今度は不安げに上目遣い。あざとい。非常にあざとい。しかもそれが意図したものではないのが余計にあざとい。


 だがそれよりも問題なのは。畑作業を明らかにフィリア主導で、それも自らの手で行うのが前提である点だ。案の定マリアは額を抑える手を両手に増やしている。


 その上、あざとくはあったが天使と称される外見詐欺幼女。そんなフィリアの上目遣いには、いとも容易く即答でマルスのイエスが貰えた。



 「はい!ヒメさま!あたしもおてつだいします!」


 「ありがとう!」



 ティーファとフィリアの無邪気な幼女はキャッキャと喜び合う。

 実に微笑ましいが傍らからはマリアの慟哭が聞こえてきそうだ。



 「・・姫様が自ら行うのですか?」



 ロクサーヌの困惑は最もである。ミリスとアンネも頷いている。

 だが、そんな常識を君らの主に求めてはいけない。



 「もちろんです!」



 有無も言わさない即答。

 間髪入れずに帰ってきた満面の笑顔に「そうですか・・」と返すのがやっとのロクサーヌ。


 君らの姫は非常識の塊なのだ。


 遂にはマリアが一瞬ふらついたがフォローできるものはいない。マルスはバツが悪くなりフィリアに早速準備を・・とその場から逃げ出した次第。



 「・・どうしたんですか」



 そこにミミが帰ってきた。しかしミミの質問に答えはなく。それどころか珍しくマリアがミミに慰められる場面まで生まれた。


 いつもと真逆にミミに縋るマリア。その光景に微笑ましくしていたのがフィリアだったがその原因も自身だとは微塵も自覚なしだった。






 その後いつの間にかティーファと席を共にしてお茶会をしていた時、ふたりの騎士が部屋を訪れた。


 男性騎士のふたりは激戦を勝ち抜いたのだろう真剣な表情を繕ってはいるが、口端がひくついて笑みを諌めているのがバレバレだ。



 「私はローガン・バレットと申します。これより御身の盾となり尽くします」



 マルスやティーファよりも浅黒い褐色の肌。頭は綺麗に剃られ血管も浮き彫りなスキンヘッド。その上体躯は大柄で扉の高さまであと少しというほどにデカイ。筋肉も隆々で一見強面のレスラーのようだ。



 「キース・ララガルド。御身に心よりに忠義を捧げます」



 こちらはローグに反して細身。だが身長は高い。ローグと並んでしまえばそうとは見えないが女性にしては高身長のミリスよりも頭一つ高い。金髪の髪でキツネ目。細い目は切れ目で、自然と目つきの悪いものとなっている。




 ふたりは部屋に着き、フィリアへの挨拶を終えるとミリスによって先ほどの儀式について説明がなされた。

 その後はすぐに騎士団の代表選びだが全員が全員立候補し、話し合いが白熱しながらも行われた。



 「ヒメ?どうしたんですか?」



 目の前で共に紅茶を飲むフィリアにティーファは尋ねた。


 ちなみにティーファは今しがたフィリアにお友達認定され、その際に「敬称呼びはやだ」とせがまれた後マリアの了解も得て「姫」呼びになった。もちろんその時のフィリアの思いは「様」を取ってくれたけどそうじゃない、だったが少し照れながら口篭って言われてはその可愛さに全面降伏でぐうの音も出なかった。



 「・・うん。」



 今回も訂正は望めそうにない。

 なので諦めて先程から気になる先へと目を向けた。



 「ろーぐさま」


 「は、はい」


 「ろーぐさまはつよそうですが、それではたりません。せいふくのさいずはきっちりあわせてください。そでぐちにしわものこっています。これからはしわひとつないようにしてください。もちろんうでまくりはだめです。しょさもしょうしょうあらっぽいので、しんしのしょさをみにつけてください。・・まりあ。てはいをおながいします」


 「はい。かしこまりました」



 フィリアの急なダメだし。もちろん騎士連中は皆ポカーンとしている。

 フィリアの指摘に皆は一つ一つローグの指摘箇所に目をやる。


 その中、慣れた二人。マリアとミミは通常運転。

 その証拠にマリアは迅速な対応で部屋を後にした。



 「きーすさま」


 「は、は、はい!」



 覚めたように慌てて返事をするキース。騎士の面々が、今度はキースを見つめた。



 「きーすさまは、いまのようにぶかんっぽいせいふくのきかたをやめてください。できればきぞくしそく・・。ぶんかんのようなよそおいにしてください。かみはかためて。せいふくにもこものをふやしてください。・・たとえば。めがねとか、かいちゅうどけいとか。それとしぐさやきょどうがたよりなさげにみえます。もっとどうどうとしたしょさをおねがいします。・・・みみ。てはいをおねがいします」


 「はい。かしこまりました」



 同じく迅速な忠臣ミミは直ぐさま行動に移った。しかしその前にフィリアとティーファの紅茶を新しくして。

 しかもミミが部屋を出たタイミングでマリアが戻ってきた。その手には新たに入れ直したお茶に最も合う菓子。


 完璧な連係プレーである。



 だがそんなふたりのようにはいかない者達。ティーファはもちろん。それ以上に奇談の面々だ。開いた口がふさがらない。



 「それとおふたりとも。えみをつねにたもってください。ろーぐさまはさきほどとおなじようにごうかいに、ですがすこしおさえぎみで。きーすさまはまゆねをさげずに、にひるなかんじで」



 自身の主たる姫に急な指摘をされたふたりは混乱しながら顔を見合わせた。しかし理解したように引き攣りながらも笑みを作って見せた。



 「きーすさま。はをみせないでください」






 その後小一時間の笑顔指導が行われた。容赦のない指導にふたりは頬を吊りながらも合格点をもらった。

 しかし解放されたふたりは安堵も程々に使用人たちに拉致されていった。悲鳴は聞こえたが誰も動けない。何故ならその拉致の主犯である姫は新たな獲物に目をきらめかせているのだから。



 「さて、つぎは。みりすさま、ろくさーぬさま、あんねさま」



 そう言ってニコリと微笑んでみせたフィリアに三つの悲鳴がこだました。


 彼女らには天使の微笑みが悪魔の高笑いに見えたという。




 忘れがちだがこの幼女は前世アラサーのサラリーマンだった。

 それも営業職で、成績も上々の。


 故にそこで重要とされるのが第一印象である事をよく知っていた。分かりやすくは身だしなみ等。

 

 その点、騎士たちにそれはあまりに欠けていた。


 皺があるシャツ。身体にきちんと合わせない制服。強ばった表情。

 ハイロンドやサーシスは身なりをきちんと整えていたが、それは立場があるからなのだろう。その証拠にミリスとロクサーヌは比較的に身だしなみを整えている。

 

 まぁ、それでもフィリアの基準では不合格ではあったのだが・・。






 後日五人の騎士は装い。所作。礼儀作法。それら全てを矯正させられ、それを見た者たちは驚きに目を見開き、そして見惚れた。



 影で『向日葵姫の五麗騎士』等と呼ばれ、密かにファンクラブができる程に羨望されるようになったらしい。


 本人たちが聞いたらベットに潜って奇声を上げることだろう。




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