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20 四人の女の子



 現在。フィリアは自室から少し離れた騎士塔の謁見室にて十数名の騎士たちを一段高い高座から見下ろしていた。


 綺麗に並んだ騎士たちは膝を折って胸に手を当て、頭を垂れていた。



 「―――以上十四名。選考結果の近衛騎士候補です。実力、忠誠心。誰を選ばれても胸を張ってフィリア様に奏上できます」


 「姫様には四名の騎士を選んでいただきます。そのうち出来れば二名以上は女性騎士をお選びください」



 フィリアの傍にはマリアとミミの他に騎士団長であるハイロンドと副団長であるサーシスという男が立っていた。

 体躯や醸し出す雰囲気。言葉の端端に感じる知的で落ち着いた雰囲気。何をとっても副団長であるサーシスの方が騎士団長の装丁をなしている。



 ところで騎士団の面々だが頭を垂れて顔が伺えない。さきほどハイロンドが個名を呼び返事をする流れがあったがその時にも顔を上げなかった。


 傍目に見たところ女性騎士は四名。正直フィリアはその四名でちょうどいいのではないかと思い始めていた。

 その上俯いた隙間から耳長が見えたのはその女性騎士らしき四名のうちのひとりだ。多分エルフはあの子ではないかとあたりは付けている。だがマルスの件があるので決めつけはできない。



 「ミルス・マーシャル。ロクサーヌ・スマリア。ララ・ファリス。アンネ・ペッパー。前に出よ」



 ハイロンドの呼びかけにキレよく返答した四名は立ち上がってフィリアの前に並ぶと同じように膝を折ろうとした。



 「まってください。・・かおをちゃんとみたいです」



 膝を折る前にフィリアが声をかけた。そして四人は息を呑むように唇を引き結んだ。


 フィリアはそんな四名を興味津々に見つめた。

 そしてパァ、と花が咲くような笑みを見せた。



 「びじんさんばかりですね!」


 「「「「ふぁ?」」」」



 四人は同時に気の抜けた声が漏れたが、背後の男騎士の中からプッ、と吹き出すような声が漏れた瞬間、器用に四人同時で背後のみに殺気を飛ばした。

 その後男性騎士たちは青ざめ震えていたがそれは自業自得なので仕方ない。


 ハイロンドもサーシスも苦笑を浮かべるのみだし、マリアとミミは瞳孔の開いた目で男達に黒いオーラを送っている。フィリアに至っては何も気づいていないから問題ない。



 ところでこんな何の脈絡もない言葉の理由は特にない。単なる社交辞令でもない。フィリアの素直な感想だ。


 四人は美人などと幼き頃の両親以来言われた記憶がない。それどころか最近では逞しいや頼りがいがあるなどが褒め言葉の大半を占め、容姿に至ってはイケメンなどと女性からの賛辞を受けるのみだった。


 さきほど笑った騎士は血祭りにあげるが、自分たち自身も美人という言葉は余りにも慣れない賛辞だった。



 「ふふ。かわいいかたたちですね」


 「っ!?」



 気の抜けた返事にフィリアは愛らしく笑い、その上で更に四人にとって一番の憧れで一番遠かった言葉をかけた。


 その表情は楽しげではあったが鹹かった様子はなく、ただ純粋に思った言葉を口にしただけなのがひと目で分かった。

 故にそんな他意のない女の子扱いに四人は顔が上気するのがわかった。


 一瞬で茹で上がった四人。それを正面から受け止めた彼女らの上司は、ついに顔を逸らし、歯を噛み締め震えている。


 覚悟しろ。団長副長、とは彼女らの心の怨念である。ついでに背後で複数の鎧が震える音と堪えるような息遣いに今宵の鮮血は確約された。




 両手で口を押さえ真っ赤な顔をしたミルス・マーシャル。

 プラチナブロンドの髪は光の具合では綺麗な白銀にさえ見える。大きく見開かれた瞳はエメラルドグリーンで羞恥からか潤んで煌きを増している。体躯は騎士にしては貧相にみえる。女性としてもささやか・・。だが身長は高く手足もスラリと長い。

 フィリアにしてみればモデルのようだと思える。そんな彼女の一番の特徴はやはり長く尖った耳だった。マルスに比べても長い耳。いかにもエルフ。

 そして彼女は四人の中でも代表しているようでもあった。きっとこの四人の中でも彼女が最も上位の者なのだろう。もし彼女がエルフなのならばフィリアの杞憂は本当に杞憂でしかなかったのだと安堵するものだった。



 自身の髪と同じくらい赤面しているのはロクサーヌ・スマリア。

 クリクリの髪は思わずモフりたいと思うほどのフワフワ感。少し釣り目の赤眼。

 フィリアの目には赤い猫にしか見えない。可愛らしいイメージだった。しかし最初の凛とした姿は強い女性のようだったのでギャップもそのイメージの後押しをした。

 身長はミルスと大差なく若干低い程度。しかし女性的な部分はロクサーヌの方がメリハリがあった。


 そんな似ているようで真逆のふたりは見ていてライバルや相棒のようなものなのかと妄想を掻き立てる。



 前に手を組みモジモジするララ・ファリス。

 後ろにひっつめた赤錆色の髪も青みがかった瞳の色も既視感を感じる。それだけではなく、どことなく顔も見たことがある。身長はそこまででもなく愛嬌のある目元に愛されキャラなのは確定だろう。

 その上騎士服の襟元から出ている厚紙の札。フィリア自身はそれが何か知らなかったのだが、膝を折り、頭を下げた瞬間、フィリアの傍に控えたミミが絶句したように「・・洗濯札」と呟いたのを聞いてしまった。

 故に彼女には天然という追加属性までできてしまい四人の中で可愛い筆頭だ。



 両頬を押さえアワアワしているのはアンネ・ペッパー。

 橙色の髪は無理にストレートにしているのか毛先は踊っているのに不自然に真っ直ぐだ。身長はこの中で一番小さいのに女性としての発育はロクサーヌと竸っている。しかしその騎士衣装は清貧に見せようと間違った方向性の結果により意図に反して、攻撃的になってしまいました感がある。

 そうして全体を眺めていると全く違うが、選ぶアイテムや着こなし、ひいてはその不自然なストレート。おそらく彼女はミルスに憧れを持っているのでは、と確信を持てるほどに酷似している。




 そんな四名。これまで美人や可愛いなどとは無縁だった。


 騎士である以上、化粧はもちろん、肌の手入れなどの自分磨きもしたことはない。

 それどころか騎士団に入団し、更には近衛に選出されるほどの実力者たちである。内面も下手な男たちなどより一層男らしく。幼い頃にさえ花や人形を慈しんでいたのか怪しい四人だ。


 更に彼女達は同性からイケメンと揶揄されるほど。


 だが、それでもフィリアには可愛い盛りの女の子にしか見えない。


 最近はフィリアの幼い行動や言動の数々に忘れがちだが、元はアラサーのおじさんである。


 ミリスでさえ見た目二十歳そこそこの女の子。アンネなど高校生?と思える程に若い。

 容姿云々以前に、その年頃の女の子は皆一様に可愛く見えるのだ。


 ましてや先にも述べたように四人とも原石の塊。それも一級の。


 フィリアの評価は正しい。



 「・・あのーみりすさま。・・あなたは・・えるふですか?」



 未だ顔の火照りが収まらない四人。

 その四人をひとしきり観察したのちにフィリアは意を決したように尋ねた。



 「へ?・・あっ!は、はい!!」



 ようやく放心から帰ってきたミリスは慌てて返答を返した。

 しかし質問の意図がわからぬようで不思議に首を傾げた。



 「・・あの。エルフが何か?・・」


 「姫様は、物語を読んでエルフに興味を持たれたようだ。先程なぞ姫様から騎士団のエルフをこの場に選出できないかと相談されたのだ。まぁもうすでにお前を選出したあとだったがな。・・たまには姫様の我侭に答えたかったのだが」



 哀しげに視線を投げるハイロンドにアーク等と同じ匂いを感じる。


 その証拠にフィリアやマリアの引きつった表情。

 マリアに至ってはおそらく日頃のフィリア被害者として、普段の苦労を味わってから言えという思いも滲んでいた。



 「そ、そうですか・・」



 若干引き気味のミリスはそっと団長から目をそらし、フィリアに微笑みを向けた。

 それは先ほどまでの可愛らしい女の子、ではなく精悍なまさにイケメンの微笑み。余裕も帰ってきた普段のミリス。



 「フィリア姫殿下様。申し訳ございません。私はエルフではございますが、おそらく物語の中のイメージとは違うと思います。海を割り天を突くような事もできませんし。精霊と親しく戯れる事もできません。長命ではありますが森に住んではいませんし。むしろ生まれも育ちも都会で生粋の都会っ子です。エルフらしいことと言えば・・そうですね。魔力が多い事とこの耳ぐらいですかね」



 申し訳なく諭すようにミリスは話してくれた。後ろの騎士がボソリと「・・胸もエルフ」と呟いたが何かに弾かれたように後方に飛んでいった。

 ミリスが一瞥もせず腕を振り切っていたが気にしてはいけない。ただ腕が確かなことを確認したのだとフィリアは見ぬふりをした。



 「そうなんですか。もっとおはなしききたいです」



 ミリスが「はい」と返し、二人で微笑みあった。


 すると凛とした声がフィリアに直問を求めた。そこにはミリスと同じで可愛らしさを切り替えたロクサーヌが、声とは裏腹に申し訳なさそうにフィリアを見ていた。



 「ハイロンド騎士団長。フィリア姫殿下にミリスと私の事はお伝えにならないのですか?」



 ロクサーヌはフィリアではなく、まずハイロンドに状況確認から始めた。

 フィリアは何のことかとハイロンドを見た。ハイロンドはロクサーヌに頷きを返すとフィリアに向き直った。



 「姫様。実はミリスとロクサーヌは互いにバディでもあり隊長副隊長でもあります。なのでどちらかが近衛につくならば、どちらかが隊にいなければなりません。本来この立場の人間を常時近衛にはしないのですが。彼女らの実力は確か、ですがまだ若輩のため経験として推薦いたしました。もちろん閣下の許可は得ておりますが。ミリスとロクサーヌは二人で一人とお考えください」


 「ん?」


 「・・つまりはですね。ミリスを近衛にしてくださった場合・・私もついてきてしまうのです。・・しかもミリスと交代交代で・・」



 何故だか申し訳なさそうなロクサーヌだったが、フィリアにとっては朗報でしかない。

 故に目に見えて分かるほどに花が咲くフィリアは、満面の笑みで喜んだ。



 「ほんとに!?ろくさーぬさまとみりすさまどっちもきてくれるの!?やったー!」


 「え?・・いいのですか?」



 呆気に取られたようなロクサーヌにフィリアはもちろんと返す。更にはロクサーヌに勢いよく抱きついた。



 「ただでさえ面倒な条件ですし。それに・・フィリア姫殿下様はミリスをご所望だったのでは?」



 フィリアは思った「あーこの子めんどくさい子だ」と。しかし嫌いじゃなかった。むしろ可愛く思えて顔がだらしなくなる。



 「ふたりともびじんだからうれしいです。ろくさーぬしゃまもいっしょなんてうれしいです」



 まぁ本人的には一つ買ったら二つ付いてきたと儲け物的な、失礼極まりない様な考えしかない。


 しかしロクサーヌは殊のほか嬉しかったようで先程よりも照れて可愛い状態になっている。あまりに可愛くてミリスと二人でロクサーヌの頭をひとしきりなで続けた。



 「では、一枠は決まりましたね。ではララとアンネも近衛に成さいますか」


 「駄目です」



 サーシスの進行にフィリアは相槌を打とうとしたが異議が飛んできた。

 それは珍しく毅然とした態度のミミだった。



 「騎士ララ・ファリスは姫さまの近衛騎士に相応しくございません」


 「みみ?」



 こんな凛としたミミは初めて見た。いつもは駄メイドなミミが優秀なメイドに見える。

 しかしそんなことよりも、そんなミミの様子に一抹の不安が沸く。



 ―――どうしたの?ミミ・・


 「ち、ちょっとミミ!」

 


 声を上げたのはララだった。どうやらふたりは知り合いだったようだ。



 「む?」



 フィリアは首をかしげる。


 髪の色。目の色。ドジで天然。

 似通った顔・・。



 「・・ふぁりす?」


 「ミミは口を出さないで!!」


 「姉さんこそ!そんな身なりにも気を使えない近衛騎士が姫さまの側に付くとかありえません!!」



 どうやらミミは洗濯札をつけてこの場に来たのがお気に召さなかったようだ。

 しかしそれよりも・・。



 「・・ねえさん?」

 

 「はい。ミミ・ファリス。ララ・ファリスはミミの姉です」


 「!?」



 驚愕だった。

 フィリアは声にならない声を上げ目を見開いた。


 言われてみるとふたりは非常によく似ている。端端にでる仕草や口調も同じ。ララの方が粗暴に見えたが主導権はミミが握っている。


 そう感じたのは間違いではないような気がする。


 何故ならミミにはマリアの面影が重なるのだ。やはりマリアの指導はしっかり行き届いているのだろう。それだけでララに勝ち目はないだろう事がわかる。


 フィリアはそっと二人を意識の外に逸らしアンネを見つめた。



 「あなたはわたくしのそばにきてくれますか?」



 アンネの返答は食い気味のイエスだった。

 喜色満面の表情で若干の興奮からか顔も上喜している。彼女だけは最初の騎士然とした様子を取り戻すことなく可愛い女の子のままだった。






 その後ミミララ姉妹の話し合いという名のお説教は一方的な戦況に変化はなく。項垂れるララは結局、近衛騎士としては認められなかった。フィリアの温情もあったのだがさすがはマリアの弟子ミミ。けんもほろろに全くの無力だった。


 流石にハイロンドとサーシスも哀れんではいた。

 だがこの場に選抜される程の実力者である。近衛でなくとも騎士としてきっと期待に応えてくれるだろう。




 そしてその後も大変だった。


 残り二枠を決めようとまずは男性騎士たちの顔を上げさせたのだ。その瞬間はもはやお決まりで「天使」だ「精霊」だ等と賞賛される。



 そこまではいい。問題はそのあとだ。


 それまで騎士として厳かな様子だったのは一変し、我先にと群がって自己紹介を始める。

 本来なら不敬罪だとサーシスに正座させられても、フィリアに惚けていてサーシスの説教は右から左へと流してしまっていた。


 ちなみに選ばれた女性近衛騎士の面々は早速の仕事。


 最初の仕事は同僚を叩きのめすという何とも情けないものとなってしまった。


 結局はあまりに収拾がつかなくなり、フィリアは面倒くさいからとジャンケンを提案した。

ジャンケンは知られてなかったようでルールをハイロンドに教え、白熱し出す騎士たちを横目にマリアに抱き上げられたフィリアはその場を後にした。

 


 「なんかつかれた・・」



 そう呟いたフィリアの言葉に、共に部屋を出た面々は無言の同意をした。


 ハイロンド曰く誰を選んでも実力に問題はないと言っていたので大丈夫だろうと、もはや自身の騎士選びなのに投げやりになってしまっていた。




 なんだかフィリアには残念を量産する才能がある気がしてきた・・。




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