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19 緑の精霊



 いかにも農夫といったラフな服装の人影は屈んで雑草を抜いていた。使い込まれた革布の軍手をはめて額の汗を拭う。首に巻いた手拭いは使わないのだろうか。


 フィリアがその人影に近づくと、人影は立ち上がり腰に手をやって反る様に体を伸ばした。


 その際に頭から麦藁帽子が背中に落ちるがあご紐が首に掛り地面に落ちることはない。

 そこから溢れた短い髪はクネクネとうねった深緑の天然パーマ。多くの白髪が混じっている。褐色の肌でガタイのいい男だ。

 


 「ん?」



 男は気配に気づき振り返ると背後に小さな金色の天使を見つけた。

 男の顔はしわがれて老いを重ねていたがその皺が温厚そうな人相となっている。


 しばしの沈黙と見つめ合いの後男は弾かれたように目を見開き膝を折った。


 男はフィリアを知っていた。しかし遠目に見たことはあった程度。

 しかしこの個人庭園で出会う黄昏色の美しい髪で宝玉のような蒼い眼、愛らしく天使の例えを思わず抱いてしまう姿。そんなお方は想像に固くなかった。



 「っ!?た、大公姫殿下様!?」



 胸に手を当て頭を垂れかしこまった男だが、そのあとが忙しない。

 胸を手に当てれば首に巻いた手拭いに気づいて急ぎ外し、頭を垂れれば喉元のあごひもに気づき慌てて麦藁帽子を外す。


 その一連の様子をキョトンとして見つめていたフィリアは虚をつかれたようになったのち隣に立つマリアを見上げた。


 マリアもその視線に気づき男に視線を戻す。



 「この方はレオンハート大公家の専属庭師の筆頭でもあるマルス・トリー様です。この庭も閣下の肝いりでマルス様が直接管理なさってくださっております」


 「マリア嬢ちゃん。いい加減その丁寧なの辞めてくれんかのぉ」



 困ったような表情で諭すマルスだがマリアは何の反応もしない。

 どうやらこの丁寧な紹介は前からで、尚且つマリアに変えるつもりは無いようだ。



 「はじめまして。まるすさま。わたくしはふぃりあです」


 「ひ、姫様!?そんな畏まらんでください!私などのような、いち使用人のようなものになぞ!ほれっ見ろ!マリア嬢ちゃんがそんな紹介なぞするからじゃぞ!」


 「では、いい加減マルス様も嬢ちゃん呼びは辞めていただけますか」



 鋭い視線がマルスを刺すが、マルスはツーっと視線を逸らし頬を掻く様子からこちらも変えるつもりはないのであろう。



 「姫様。私のことはジジイとでもお呼び下さい」


 「・・じゃぁ、まーじぃ?」



 小首をかしげるようなあざといフィリアの仕草。

 言われた本人はだらしなく破顔して胸を押さえると「天使じゃ」と呻き、関係のないマリアさえ口元を押さえ震えている。



 「まーじぃ?だいじょうぶ?」


 「・・大丈夫ですぞ。一瞬、天の使いに魅入っただけです」


 「お迎えですか」


 「・・マリア嬢ちゃんは相変わらず辛辣じゃのう」


 「姫様。心配ございません。惜しまれる方は早くに召されますが、そうじゃない方は結構しぶといのです」



 淡々とするマリアに少し涙目のマルス。フィリアはそんなふたりを見て、ふふ、と笑みがこぼれた。二人もまたフィリアの笑みに愛好が零れた。


 その時花畑から小さな影がこちらに駆けてきた。

 


 「おじいちゃーん」



 その声にその場の四人は声の方へと意識を向けた。


 そこにはフィリアより年上に見える少女が拙い足運びで駆けてきていた。

 幼い腕からは零れんばかりの花々が抱えられている。服装はマルスと似たラフなものでフィリアが知るものより簡素なオーバーオールだ。軍手は同じように使い込まれたキャメル色の革でブーツも同じように本格的な農装備。

 しかしやはりその幼さには不釣り合いなのだろう。サイズは合わせてあるようだが重さには馴れず些かそこをこすったりして、つまずきそうな危なさがあった。


 その娘はマルスの血縁なのだろう。雰囲気もそうだがその褐色の肌はこの城でマルスとこの娘以外見たことはない。髪の色はマルスより明るく若い新芽のような青さを思い出させる緑色だがその頑固なまでのくせっ毛はマルスと酷似している。マルスは短髪のためそこまで目立たないが少女の頭髪は例えるならば色も相まってブロッコリーのようだ。


 その上、駆ける少女の髪は揺れ隠れていた耳を覗かせる。その形はまさにマルスと同じ。面長の三角形のように尖ったものだった。

 

 フィリアも少女を見てようやくその耳に気づきマルスを確認すると同じ耳の形だ。



 「っ!」



 駆ける少女はマルスの影となっていたのかフィリアたちの姿に気づいていなかった。しかし近づく途中で気づいたのだろう。驚くと同時に怯えを見せ、先ほどの元気な様子を引っ込めマルスの背に隠れるように静静と近づき、マルスの影に完全に隠れマルスの服を握った。



 少女は無言となりその存在を必死に殺している。マルスは苦笑して「申し訳ございません」と背に手を伸ばすが少女は器用に避けている。


 マリアは予想通りフィリアへの礼を欠く行為に怪訝の表情だ。


 ちなみに先程からミミは庭園の景色の中を心が漂っている。少女の声に一瞬意識は帰ってきたが直ぐさま少女の来た先に群生する花々に心は再出航を果たしている。


 もちろんマリアは気づいているのでミミが旅を終えた時にはいつの間にか体を拘束する鞭に青ざめて戦慄することだろう。



 「ほら、ティーファ。きちんと礼を取りなさい」



 マルスの諭すような優しい声にティーファと呼ばれた少女はおずおずと顔だけをのぞかせた。


 本来なら幼くとも不敬という一言であったがこの場に声を荒げるものはいない。マリアとて主の手前出過ぎずわきまえている。そしてなによりマルスは苦笑を浮かべているものの咎めはしない。

 自身は礼節を重んじるし、ティーファにも望んではいるがこの一族の元で長くを過ごしている故にこの程度で事を荒げては主人たちはひどく苦い顔をすることを知っている。

 この目の前の幼い姫もまたそうであろうとわかった。



 伺うように顔をのぞかせたティーファ。その姿は怯えた小動物そのもので縋り頼るようにマルスのシャツを強くしわを作って握りこんでいた。


 だが覗きみた視界の先に黄色い瞳を見開き息を飲んだ。

 そして飲んだ息は恍惚とした息となって漏れた。

 


 目の前には幼すぎるほどの天使がいた。


 肩ほどの長さを持った黄昏色の髪は緩やかに撓み光を抱き、白磁陶器のような肌に、深い空の蒼を宝玉に押し込めたような双眼は少女を作り物のような、まるで精巧な人形のようにさえ見せた。

 指先のような些細なところの所作も美しく、それを更に際立たせるのは波打つフリルを幾重にも重ねフワリとした淡い黄色のドレス。装飾品は髪とドレスに散りばめられたパールで煌びやかではなく清廉なイメージを抱かせる。



 「・・・てんし?・・せいれい?」



 目を奪われ思わず漏れた言葉。

 それに今度は苦笑をこぼしたのはフィリアだった。



 「いいえ。わたくしは、ふぃりあともうします。よろしくおねがいいたします」



 舌っ足らずのフィリア。

 ティーファにはその言葉さえ美しい鈴の音に感じられた。

 


 そして、マルスの手に押し出されようやくハッと意識を戻した。



 「ティーファですっ!」



 一言の自己紹介。それと同時に深く勢いよく下げられた頭にティーファの緊張が見て取れる。しかしそこにはいつの間にやら怯えは消えていた。ただただ目の前の美しい幼女に緊張を抱いたのみだった。



 「ティーファ。この御方はレオンハート大公家の姫殿下であらせられる。失礼の無いようにな」


 「ふぇ!?お、おひめさま!?」



 ガバッと顔を上げマルスを見たティーファは驚き、そして青ざめると再度勢いよくフィリアに対して頭を下げた。それも膝を付き幾度も幾度も。


 フィリアはアワアワとしてそんなティーファを止めたが最終的には泣きじゃくったティーファを優しく抱きしめ背をポンポンと落ち着けて止んだ。だがすぐに、今度はフィリアのドレスを汚してしまったと振り出しに戻った。

 本来の役割ならば、見た目的にも真逆だとは思ったが、マリアとマルスはあえて口にはしなかった。


 ちなみにその最中にミミは夢見心地から帰還し声を上げたが、マリアからの一瞥に一瞬で口を噤んだ。おそらく今晩はミミが泣きながら夜勤交代の承諾を必死に、切実にフィリアへと渇望しに来ることだろう。

 そんなことしても退路などありはしないというのに・・。



 ティーファが喉をヒクつかせながらも落ち着いてきたあたり、フィリアはジッと見つめた後おもむろに耳に触れた。



 「ふひゃ!?」



 フィリアの優しくなぞるような触れ方に、こそばゆさからティーファは変な声を上げ、身体を強ばらせた。


 フィリアは全く意に返さない。


 そして「えるふ・・」と小さく呟き、マルスを見上げた。



 「まーじぃとてぃーふぁは『えるふ』なの?」


 「ほぅ。姫様はエルフをご存知でしたか」


 「はい。ごほんでよみました」



 フィリアがその存在を知っていたのは前世の頃からだったが確かに本で知った。むしろ物語の世界にしか存在していなかった。そして、この世界でもその存在を知ったのは本からだった。正確にはこの世界の言語で名前を知ったのは、であるが。前世と同じようにその存在は物語に描かれていた。それ故に現実にはいないと思っていた。


 しかし目の前にはその特徴を掠める者たちがいる。

 フィリアは内心興奮していたが。違っては落胆してしまうので諌めていた。



 「姫様は博識でいらっしゃいますね」



 フィリアの口まわりは幼いが、既読本の内容はフリードによって英才教育されているせいで大人に並ぶかも知れない程。それでも大抵は物語を中心としているため世情には疎い。

 物語が多いのはフリードによる幼い赤子へというなけなしの配慮や常識だ。



 「しかし残念ながら私もティーファもエルフではございません。寿命も人並みですし、精霊と会話もでいません。・・耳が長く尖っているのは一族の特徴ではありますが、系譜の中にもエルフの血は入っていないのですよ」


 「・・そうなのですか」



 諌めていたのではないのかという程、明らかな落胆を見せたフィリア。

 それに対して慣れたように微笑むマルス。

 


 「でもよく言われるのですよ。なのでわざわざ系譜まで調べたことがあったのですが結果は一人もおりませんでした」


 「姫様はエルフにお会いなりたかったのですか?」



 今度はマリアが問うてきた。いつも傍に居たマリアも知らなかったようで意外そうにフィリアを見ていた。

 そんなマリアに恥ずかしげに頷いた。



 「確かにエルフの民は珍しいですがこの領になら一定数いますし、街に出れば普通にあえますよ?」



 そんなミミの発言にマリアは鋭い眼光を光らせた。



 「え!?そうなのですか!?では―――」


 「なりません。駄目です」



 フィリアの言葉は声となる前に否決された。

 行き場の失った言葉とともに唖然としてしまう。



 「・・まだなにもいっていません!」


 「城を出られるのは五歳の洗礼式以降です。よって街には降りられません」


 「なっ!?な、な・・・」



 新たな新事実にフィリアの希望は芽生える前に摘み取られた。落胆と驚愕に二の句を継げない。



 「・・城内の使用人とかにはおらんのか?」


 「・・・残念ながらおりません。元々この土地に来るエルフの大半は研究目的ですから使用人はおろか一般職に付く者も少ないのです」


 「確かにそうじゃな。・・・落胆させ申し訳ございません姫様」


 「い、いえ。まーじぃはなにもわるくないです。・・わたくしがかってにまいあがってしまっただけですので」



 マルスの妥協案にマリアは冷静に返すとマルスが申し訳なさ気になってしまった。

 フィリアはそんなマルスに慌ててフォローするがマルスの表情にフィリアの方が申し訳なくなってしまう。


 すると拘束中のミミが「はいっ」と声を上げた。



 「はい。ミミ発言を許可します」


 「はい!我領の騎士団になら数人在籍しております!!」



 主人はフィリアでは?と、マリアとミミのカーストを垣間見ながら思ったが、騎士団が何なのだろうと不思議思うのはフィリアだけだった。



 「・・なるほどな」


 「その手がありましたね」



 マリアとマルスにはわかったようだがフィリアにはちんぷんかんぷんだ。

 ミミはしてやったりのドヤ顔で実に鬱陶しい。マリアも同じだったようで無言で拘束を強めミミの呻きが漏れた。



 「姫様。本日このあともう一件予定がございます。正式に自室を賜りましたのでそのため人を増やさねばなりません。世話係もそうですが、取り分け重要なのが護衛のものです。衛士と騎士の者を何人か傍に付けなければなりません。なのでその際の騎士を選ぶために騎士たちとの面通しを行います。何人かを選抜していると思いますので騎士団長に進言してみましょう」


 「え?・・なるほど。・・・ですがそうなると・・」



 フィリアは理解してくれたが、少し言いよどんだ。

 マリアはそんなフィリアの機敏はもちろん理由もなんとなくだが察した。己の優しい主の心情だ。



 「姫様。もちろん騎士団長には相談するだけです。問題があったり不足だった場合は難しいでしょう。なので強要ではありません。だから姫様はお心のままに選ばれて下さい。もし御心に沿わない場合は選ばれなかったとしても問題はございません」


 「・・しかしそれでは・・まるで、みせものではないですか・・。えるふがみてみたかっただけでよんでしまったら・・」



 この幼い天使はとても優しい、とマリアは自然と顔がほころんだ。そしてそっとフィリアの頭を包むように胸に抱くと頭を優しく撫でた。



 「姫様は本当にお優しいですね。確かに見世物のようでは気持ちのいいものではないですね。ですが姫様。失礼ながら我領の騎士団はそんな憂いを抱かせる程度のものではございません。むしろそのような心配が失礼になると思いますよ。更にはその騎士団から団長の選り抜きでございます。その中にエルフが入ったとして『見世物』程度には収まらないでしょう。それどころか選ぶより選べぬ者を悩む方が難しいと思いますよ。それでもきちんと選ばなければなりません。むしろ私は姫様が全員などと言い出さないかの方が心配です。・・つまりは姫様の心配は杞憂でございますよ。ご安心ください」


 「・・・はい」



 フィリアの胸に沸いた靄が晴れたわけでない。しかし苦いものはなくなった気がした。



 「・・まりあ。ありがとう」



 マリアの胸にうずくまったフィリアの声は少しくぐもっていたが確かに届いた。

 だから穏やかな声色で「はい」と返ってきた声にフィリアは更に体温を求めた。



 「では、昼食を召し上がったら騎士塔へ参りましょう」



 うん、といつもと変わらぬフィリアの笑顔がマリアを見上げて返ってきた。

 

 しかしフィリアは立ち上がれない。



 「すー。すー」


 「このこ。どうしよう」


 「・・ティーファ」


 「スヤスヤと気持ちよさげに眠ってますね」


 「ん、むにゃ・・」



 フィリアの腕の中泣きつかれたティーファは幸せそうに笑みを蓄えて眠っていた。フィリアより幾分か大きなはずの体躯は丸くなってフィリアの腕の中に全てを委ねていた。


 マルスは頭を抱え明後日の方を見ているし、マリアは眉間を押さえため息を吐いた。

 ミミはティーファの様子を面白そうに観察。フィリアはどうしようと言いながらもティーファの柔らかな頬を指で撫でたり突いたりと堪能している。






 結局その後は庭の散策は後日にしてその時にはマルスの解説付きで案内をしてくれることになった。


 そしてティーファはフィリアの重力魔法にて運ばれ、フィリアのベットへ主を差し置いて一番乗りを果たした。その際のマルスは全力の謝罪をしたがフィリアが取りなした。


 部屋の方はフィリアたちが庭に出ている間に引越し完了したようで数人の使用人が待機するのみとなっていた。


 そしてそのまま新たな自室にて昼食を食べた。

 その最中にマリアは騎士塔へと出かけて行って、食事が終わる頃に帰ってきた。

 食後のお茶を嗜んでいるとティーファが目を覚まし、最初こそ眠い目をこすり寝ぼけていたが覚醒した際は先ほどのデジャブになりかけたが、なんとか昼食で話しを逸らしマルスのとティーファを使用人専用の食堂へと送り出した。


 その際にフィリアはふと思いつきマルスとティーファを呼び止めた。



 「ちゅうしょくをたべたら、またこのへやにきてください」



 了承した二人だったが不安げな表情となって散々の無礼を思い出したが、フィリアが微笑んでそれを否定したことから少し安堵して部屋を後にした。




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