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206 思い上がった書簡



 「セバス、・・待たせましたね」


 「いえ、とんでもありません。お呼び頂けただけで、感謝しかございません」



 人の気配のない廊下。

 扉の前で『宰相』ことロバートとセバスが言葉を交わす。


 ロバートに連れられ着いたこの場所は、城の敷地内ではあるが深く奥まった、忘れ隠されたかのような場所に建てられた塔の中。


 外装のみならず内装も荒んだものではなく、きちんと手入れされ、格式も高いような洗練されたもの。

 だが、普段レオンハートが暮らす本城と比べると質素にさえ感じる程にシンプルで無駄な物がない。



 「準備はいいですか?」


 「・・・はい。お願いいたします」



 ロバートが扉をノックして伺いを立てた。

 そして許しを得ると、セバスと視線を交わし、静かに扉を押し開ける。


 貴人の為に用意された部屋。

 だが、歓迎されたり喜ばれたりするような場所ではない。


 部屋に入って正面のソファーに悠々と腰掛けていたのはレオンハート大公、アークリフト。だが、この部屋の主ではない。

 他にもハイロンドを始めとした数人の騎士が控えているが、その誰の部屋でもない。


 アークの正面。ソファーに腰掛ける事もなく、絨毯が敷いてあるとはいえ床に膝を着く男。

 見窄らしいわけではないが、貴人にも見えないほどに小さく覇気のない男。



 「セバス、来たか」


 「ご配慮いただきありがとうございます、閣下」



 アークはセバスに柔らかな表情を向け、セバスを向かい入れた。



 「早速だが確認してくれ」


 「はい」



 アークの言葉にセバスは回り込むように部屋の中に踏み入ると、膝を付く男の顔を覗き込んだ。

 男はその気配に気づき、身体を強ばらせながらも無言で時が過ぎるのを待つように動かない。



 「・・・知らないお方です」


 「そうか・・・軍国(ガダン)以外の国かもしれないな」


 「西領の貴族との繋がりは薄いですが、連邦国にも探りを入れましょう」


 「頼んだ、ロバート」



 首を振ったセバスの言葉に、アークとロバートは今後のことを話し合う。

 そんな二人の様子にセバスは心より頭を下げ感謝を表した。



 「私などの為に、申し訳ありません」


 「お前の為だけじゃないさ。寧ろフィーのついでだ。気にするな」



 かつて犯した罪は決して許されるものではない。その事はセバス自身が誰よりもわかっているし、許されたいとも思ってはいない。

 だからこそレオンハートの者達から向けられる気遣いにむず痒さと同時に後ろめたさを抱く。


 しかし、だからと言ってその手を拒むことはしない。

 それを拒むことは生涯の主の、あの日の手さえも振りほどくことになる。


 だからこそ享受する以上のものを返せる様、セバスは常に全身全霊を注ぐ。



 「ジャリック侯爵、邪魔してすまなかったな」


 「い、いえ」



 アークから声をかけられようとも顔を上げることのない男。

 それどころか、声をかけられた事に怯えるように、声は上擦り、震えと脂汗が止まらない。



 「あぁ、それと、軍国(ガダン)からの返答が届いたぞ」



 部屋を後にしようとソファーから腰浮かせたアークは思い出したように告げた。

 それまで反応を見せなかった男は、そんなアークの言葉にようやく反応を見せた。



 「『我が国には、そのような侯爵家は存在しない』・・だとよ」


 「なっ・・・そ、そんな・・・」



 光明を見出し希望を抱いたような瞳は、一瞬のうちに絶望へと突き落とされた。


 アークはそんな男を見下ろし、一見、朗らかに見える微笑みを向けた。

 だが、その目には仄暗いものを奥深く潜めている。



 「安心しろ。私たちは変わらずお前を貴族として遇する」



 そう言ってアークが懐から取り出した書簡には、男も見慣れた、正式な軍国(ガダン)の印章があった。


 それが、正式な文書であることは明らか。そして、今の話の内容がその中には記されているのだろう。

 男はアークの言葉を聞きながらも、その事に絶望を深めた。



 『燃焼(フレイ)



 だが、アークの呟きと同時に、その手の中の書簡は一瞬で炎に包まれた。


 一国の正式な書簡、それを迷いなく燃やした事に男は目を見開き驚愕の表情となった。


 炎に包まれた書簡はアークの手を離れ、床に到達するのも待たず灰燼に帰し、僅かな消炭だけを残し、掻き消えた。



 「総統だかなんだか知らないが、王族でもない、たかだか軍人の、それもその息子が個人の名で、正式な質問状に返答を返すなど・・舐めてんのかね。私は友人か何かか?それとも我が家は見下されるほどに地位も立場もこのバカより低いのかね」



 心底不快だという声色だが、柔らかな微笑みは変わらない。

 それが一層不気味さを増し、男は何も答えることはできない。


 自国の王にさえ傅かず、それが許される五大公家。


 だからこそ、そんな自国の王よりも上位者であるような振る舞いにさえ映る、その書簡には不快感しかわかない。


 傅かないとはいえ、王家に信を置いていないない訳ではない。

 寧ろ、信頼しているからこそ、その関係性を崩さず保っているのだ。


 その書簡が侮り嘲たのはレオンハートだけではない。王家、ひいてはこの国そのものを馬鹿にしたようなものだ。


 正式な質問状には、きちんと国として答える。そんな常識さえも弁えず、何を驕ったのか、個人の名で返答するなど、常識がなさすぎる。



 「役職も所属も明記されておりませんでしたからね。まぁ、調べたところ一介の将官でしかありませんでしたが・・ならばこそ、余計に、何故その程度の者が個人の名で送って来たのか・・・まるで理解できません」


 「だよなぁ。・・という訳で返答はあったが、信頼性に著しく欠ける為、()()()()()事にする。だから、ジャリック侯爵、お前の待遇を変えるつもりはない。・・いいな?」


 「・・ご、ご配慮に、感謝、いたし、ます」



 男が感謝を口にしたのは、自身の待遇が酷いものにならないからだけではなく、自国の無礼に対する配慮に向けたもの。


 レオンハートと事を構えることは望むところだったとしても、そんな僅かな外交の拙さは望まぬ不信を招きかねない。


 しかし、だからこそ腑に落ちないロバートは男を見定めるように見つめた。


 そんな事は常識だと、考えるまでもない話だとは思う。

 だが、ならば何故、この男は短慮な行動を見せていたのか・・・。この程度のこと、頭が切れるとまでは言わないし、察しがいいと褒めるような事でもない。しかし、男のこれまでの愚行は、それほどに思慮の足りていないものばかりだった。

 今の男を見れば、最低限の話くらいは通じるように思えるが・・・何か腑に落ちない。



 「そんな怯えないでくれ。五体満足で、傷一つなく・・勿論、暴れようとも、丁重に饗すのだからな」


 「・・・か、か、かんしゃ、い、いいたします」



 男は冗談粧したアークの言葉を受けた瞬間、明らかに恐怖に震え呂律も怪しいものになった。

 そうなってしまえばロバートの観察もここまでとなり、アークを先導するように動き出し、セバスもそれに倣うように動き出し、アークと共に部屋を後にした。



 「セバス。地下にも捕えている者が居る。一緒に来い」



 部屋を出るとアークはそう言って返事を聞くまでもなく歩き出した。

 セバスとロバートはその後に続く。






 同じ塔内の地下。だがそこまでの道のりは複雑で階段一つでは着かず、少し遠く感じる。


 そこは先ほどの格式高い貴人用の牢とは違い、誰もが想像するままのまさに地下牢といった場所。


 割れた石やレンガの壁と床は、雰囲気のみならず、実際にこの季節には苦痛の寒々しさで、若干息も白く一瞬だけ曇る。

 鉄格子はレオンハートらしく、ただの鉄格子では無いようで、文字や図形が刻まれている。その効果が何かまではわからないが、セバスにもわかるほどに、その場の魔力の流れは乱れていた。


 残響のようにこだまし反響する足音を響かせながら進む。

 閉塞された空間が永遠と続くように、同じ作りの牢の前を通り過ぎ続ける。

 地下牢に入ってからも何度か階段を下りたが、ほとんど景色が変わることはない。精々、鬱々とした雰囲気が増す程度の変化しかない。



 「ここだ」



 アークの足が止まると同時にセバスも足を止めた。


 かなり奥まで進んだせいか、僅かに零れたような光は届かず、人工的な明かりだけが薄暗い中に灯るだけ。


 そんな暗がりの中、足を止めたのは鉄格子のみの部屋の前。

 遮るものは鉄格子ぐらいしかないのに、闇に満ちた牢の中は見えない。


 僅かに、荒い息とくぐもった呻きだけが漏れ、そこに誰かが居る気配だけはしている。



 「頼む」



 共に来てくれた牢番の兵にアークが視線を送ると、兵は敬礼を返し、鉄格子の扉に鍵を差し込んだ。


 一つの鍵に対し、金属の開錠音が幾数も連続で鳴り響く。

 その厳重とも思える開錠音の多さに収容された囚人の重要さが現れている。



 ジャラ・・・



 牢番の兵が中に入ると、壁のカンテラに魔石を入れ、火を灯した。

 牢内がぼんやりと視野を広げていくと、鎖の擦れるような音が鳴る。


 牢の中も通路と変わらず、無骨な作りと設備。

 壁や天井には決して穏やかではない設備が整っており、その中の一つ・・天井から垂らされた鎖は、牢の中の住人である男を、両腕を広げた状態でぶら下げている。


 膝は辛うじて床につかない程度の高さで固定された男。

 衣服は剥ぎ取られ、身体中、痣と裂傷、そして血と体液に塗れている。


 あまりの痛ましさに目を背けたくなるような姿だが、それだけでなく、牢の中に足を踏み入れた瞬間、鼻を突く異臭に思わず顔を顰め吐き気を催す。


 しかし、その場の誰もが初心とは言えず、表情の嫌悪感は隠せていなくとも、それ以上の無様を晒すことはない。



 「ほら起きろ!」



 牢番の兵は腰の杖を構え、吊るされた男の頭から水をぶっかけた。

 バケツ一つ分程度の水量でしかないが、衰弱しきった囚人にとって溺れるのも容易い量で、声を出すのも苦痛であるのにも関わらず反射で激しく嘔吐き、悲鳴を上げる身体を無理矢理捻られる。


 満身創痍・・声を出す事さえ、苦行であるかのような凄惨な囚人。


 だが、髪を引っつかみ、強制的に上げられた顔。

 原形も分からぬ程に潰され、炎症で腫れた顔の中・・獰猛に鋭く煌く眼光だけは折れず、苛烈な感情を向け睨みつけていた。



 「・・・サンド」


 「当たりか」



 知り合いが見たとて本人と判断するのは難しいであろう程に酷く潰された顔。

 だが、セバスはそれが見知った者であると気づいた。





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