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17 リスの先生



 その日の夕食は家族全員が集まっていた。

 ゼウスとマーリンを始め、普段は城から離れた別宅に隠居しているはずのジキルドとアンリも。


 夕食の時は和やかにしかし賑やかに流れ、食事が終わると同時に全員がサロンへと集まった。

 その際、マリアやミミを筆頭として何人かの家人も一緒に呼ばれた。



 「皆集まったな。今回皆に集まってもらったのはフィーの教育とそれに伴う自室などの諸々だ。以前よりおにぃやおねぇに進言されていたのだがフィーの教育を早め、来月には開始しようと思っている」



 アークの言葉により始まった家族会議。

 議題については全員あらかじめ聞いていたのか特に大きな反応もない。



 「些か早いのではないかという声はあったが、俺は妥当だと思いリリアと相談してこの件を決めた」



 早いのではという部分で何人か反応をしたことから早いと思った面々がわかる。特にジキルドの頷きは大きく、おそらくその筆頭だったのだろう。

 しかしフィリアは更に思う。「些かなんてもんじゃなくない?」と。


 確かに一歳児にどの程度の教育をするのかは分からないが、幼児教育などという文化があるように思えない。おそらく一般教育であろう事を考えると「些か」なんてものではない。



 「お父様。家庭教師はお決まりなのですか?」



 いつにもまして真面目で凛としたリーシャ。失礼な話だがそんなリーシャの姿にフィリアは今までにない驚きを抱いた。初めて見るリーシャのまともな姿。確かにパーティーの時にもアレだった・・。



 「いや・・。いくつか候補は上がったがまだ選定中だ」


 「それならば。おば・・コホン。マーリンお姉さまに師事頂いてはどうでしょうか?」


 「「「「「!?」」」」」



 フィリアは確かに見た。


 リーシャの言葉の最中に明らかに研ぎ澄まされた殺気が一瞬生まれた。その元は器用に一瞬だけ感情を落とした表情をしたがあとは優雅に紅茶を嗜む。マーリンだ。


 あれは明らかに人を殺す睨みだった。

 だが特筆すべきはそれだけではない。


 その発言に対するどよめきだ。皆息を飲みこんだ驚愕が部屋中を支配した。

 フィリアは皆の反応の意味を解らずキョトンとして周りを見渡す。


 発言したリーシャは当然ながらおそらく現況となっているであろうマーリン自身も優雅に紅茶を飲むだけで動揺はない。だがその他は皆、顎が外れんばかりに動揺している。アークもだがいつも表情豊かなゼウスであってもこんな表情は見たことがなかった。



 「リ、リーシャ?」



 必死に絞り出した声は頼りない。しかしアークの声は皆の代弁だった。



 「私は8つの頃より師事していただきましたし、フリードもアランも師事していただきましたわ。ならばフィーもと思いますが」



 フィリアはなるほどと頷く。確かにこれまで姉兄への教育をしてきたのであれば頼れる経験値である筈だと。

しかし、それならば周りの様子はなんなのだろう。



 「ま、待ちなさい。お前はそれまでの補強とまとめの意味で淑女教育を一年ほどだ。それもおねぇの都合のつく合間合間だった。フリードもまた同じように補強がメインで6歳の頃に1年程だった。アランに至っては・・・矯正の意味を込めての・・アレだった・・」



 急に不穏な空気が出てきた、とフィリアは口端をヒクつかせた。



 ―――・・アレって何?


 「と、とにかく誰も一年も持たなかったではないか!それも時たまの事なのに!!アランなど半年で廃人寸前のギブアップだったのだぞ!?」


 ―――何!?廃人寸前って!?何!?怖っ!ちょー怖!!



 アワアワと恐怖を滲ませたフィリアは僅かに震えだし隣のフリードにしがみついた。

 そんな愛妹を庇うように抱きしめるフリードだったがその腕も小さく震えていた。



 ―――え?フリード兄様?いったいどんなトラウマが!?


 「さっきからなんか失礼ね」



 優雅に紅茶を嗜むマーリンの、呟くような声は不思議と通り、その場がピタリと時を止めた。



 「まるで私が非情な教育を行ったかのような言い草ねぇ。アークフリート?」


 「い、いえ、そ、そんな・・」


 ―――怖っ!!



 冷え冷えとした空気の中穏やかに蕩蕩と話すマーリンが怖い。そして失言のアークは縮こまってしまった。主としての威厳は何処へ行ったのか。


 しかしそこでフィリアは気づいた。動揺ないリーシャの手が震えていることに。



 「いい加減になさいマーリン。可愛いあなたの姪を脅してまで何をしているのですか」


 「「「「「え?」」」」」


 「お母様!シーッ!」



 急に空気を割って入ったいつもどおりの暖かな声色。アンリはリーシャの傍により優しくその頭を撫でた。

 それに皆驚くが殆どは呆けたように間の抜けた声を漏らすだけ。唯一大いに慌てて見せたのは先程まで凛としていたマーリンだった。

 そしてそんなマーリンの反応を見てリーシャは目に涙を溜めてアンリに勢いよく抱きついた。



 「お祖母様―!叔母様が!叔母様が!私の可愛いフィーをー!酷いことを!」


 「あっちょっと!リーシャちゃん裏切ったわね!ずるいわよ!てかなによ!酷いことって!?」



 泣き喚くリーシャ。慌てふためくマーリン。

 周りはポカーンとして状況について行けない。


 しかしさすがはアンリ。ポンポンとリーシャの背を優しく撫でている。



 「リーシャちゃんもあんまり悪巧みしちゃいけないわよ?フィリアちゃんに嫌われちゃうかも知れないわよ?」


 「・・・・・」



 まさに絶句。

 リーシャの泣き声も涙もピタリと止まり言葉も出ない。

 フィリアに嫌われる云々はもちろん嫌だろうが言葉を失ったのは違う理由だろう。



 「そうよ!そうよ!」


 「あなたもよ。マーリン」


 「・・はい」



 しょぼんとしたマーリンは素直に返事をすると俯いてソファーに座った。そして同じように俯いたリーシャも腰掛けた。


 が、勢いよく顔を上げたマーリン。



 「リーシャちゃん!さっき『おばさん』っていった!?」


 「・・言ってないです」


 「嘘!いったわよね!?私を『おばさん』よびしたわよね!?それも何度も!!」


 「・・おばさんじゃないもん・・叔母様だもん・・」


 「同じよ!!私は」


 「マーリン」


 「・・はい」



 必死のマーリンに呟くようにボソボソと返すリーシャ。子供のような応酬もやはりアンリの一声は偉大だ。

 拗ねたような二人の仕草は非常によく似ていて確かな血のつながりを感じた。



 「・・あの。母様?一体これは?」


 「アーク。あまり女の謀に興味を持つものではありませんよ。ましてや探ろうなどと無粋なことはしないことです」



 そう告げるとアンリは元の席に戻った。

 なんのことやら疑問符が浮かぶばかりのアークにそっと手を伸ばしたリリアが座るように促した。気づかぬうちに腰が浮いていたようだ。



 「花や蝶の美しさには毒が含まれてこそです。わざわざその毒を飲む必要はありません」



 ますますに疑問符が浮かぶばかりだったが、それはアークだけではない。その場の傍観者全員だ。しかしそれでもひとつだけ分かることがある。


 触らぬ神に祟りなし。

 つまりは今の流れをスルーすべきということだ。


 アークはわざとらしく咳払いをして場を仕切り直すと再度威厳たっぷりに姿勢を正した。



 「では、家庭教師だが」


 「あ、私がやりたい」


 「なんなの!?おねぇ!スルーして欲しいの!?して欲しくないの!?」



 アークの絶叫は最もである。

 マーリンの立候補に全員ジト目だもの・・。



 「いやー。リーシャちゃんと取引はしてたけどさー。フィリアちゃんの師事したいのは本当だし真面目よ?」



 フランクなマーリン。先程まであった『淑女の鏡』は売り切れたらしい。



 「・・取引って?」


 「お、お父様?女性の裏側を詮索しては」


 「処女杖(バージンツリー)よ」


 「叔母様!?」


 「誰がおばさんよ!!」



 不毛な言い争い。だがマーリンとリーシャのやり取りに言葉を失い一際大きな驚嘆を浮かべたのはアークだった。



 「ばーじんつりー?って?なんでしゅかぁ?」



 フィリアは首を傾げて疑問を口にすると、隣から優しく抱き寄せられフリードが穏やかな表情で説明をしてくれた。



 「処女杖っていうのは、魔術を使うのに必要な魔力媒体・・えっと、魔法の杖みたいなものかな。絵本にもあったでしょ?その人にとって初めての杖で、とても特別で大切なものなんだよ」


 「わたし、まほうつかえましゅ?つえいらないでしゅ?」


 「そうだね。僕も杖がなくても魔術は使えるんだけどね。あったほうが上手に使えるようになるんだ。だからフィーもあったほうがいいよ?」


 「ふーん。そうなんでしゅか。わかりました。それならわたしもほしいです」



 微笑んで頷くフリードに同じように頷くフィリア。


 だがもちろんフリードの説明は端的で簡略なものであって本来は様々な理由があるし、こんなにフワッとしたあったほうがいいではなく、魔術を扱うのなら絶対必需品なのだが幼子への噛み砕いた説明を咄嗟にはできず簡易な説明になってしまった。

 フィリアの幼子らしからぬ理解力は知ってはいるがやはり咄嗟の際には年相応の扱いをしてしまう。



 「・・まさかそんな大切なものを・・」



 その上でアークの反応。後に知ることとなるがこの『処女杖』というのは一生に一度の物で、大抵は師や親から送られる特別な物である。



 アークは暫し項垂れていたが、何も知らず能天気な表情のフィリア、そんなフィリアに餌付けするようにクッキーを口元に差し出し微笑むフリード。

 そんな正面の二人に毒気が抜かれ軽く息を吐き心を戻した。


 いかんせん当のマーリンは悪ぶれた様子も見せず、リーシャからの小言を流して紅茶を嗜んでいる。

 それなのに動揺を引きずるのは無理だった。



 「まぁなら処女杖うんぬんはともかく置いといて、お姉に教鞭はとって頂こう。処女杖の話があったということは担当は魔術でいいのかな?それとついでなのだが出来ればリーシャ達の時のようにたまにで構わないから礼儀作法の方も見てもらいたいのだが。・・ともすると他の教師は誰にするか」



 思案顔のアークはそう言葉を発すると目の間の資料を見つめながらマーリンの返答を待った。



 「いえ。フィリアの教養は私が全て請け負うわ」



 マーリンは淑女の微笑みでアークを見つめた。アークの精々は「へ?」という気の抜けた疑問符だけだった。


 しかしそれはアークだけではなくその場の全員だった。

いや若干一名だけはリスのようにカリカリとクッキーを貪り至福を感じていた。

 本人が一番他人事である。


 先程まで全てを知っているかのように余裕を持って座っていたアンリも例外ではなかった。



 「・・・全てとは?」


 「全ては全てよ。全部」


 「・・算術も?」


 「算術も」


 「・・歴史も?」


 「歴史も」



 拙いアークの問答に些か苛立ったマーリンはアークが口を開くと同時に声を上げた。



 「魔術算術歴史学錬金術文学礼儀作法社交自然学精霊学化学戦術ダンス帝王学宗教学情勢学経済学政治学語学生物学。その他にも机上や室内で教えれることは全て。私の持ち得るすべてを教えます。もちろん私の専門である薬学も。フィーが望むならば天文学や天体物理学も私に教えられる限り教えましょう」


 「・・いや、些か不穏な。令嬢には不要なものも混ざっていたような気がしたが・・」


 「とにかくそういったことは私が担います。正直フィーの教師は並の人間では荷が重いと思うわよ?ならばこそ最も最善ならば私でしょ?」


 「・・確かに」


 「しかし私は元々机上の長です。護身術や戦闘術は専門外で力不足でしょう」



 その場の誰もが懐疑的な視線を向けるがマーリンは気にもとめない。

 専門外って誰が!?・・などと皆思っても口にしない。思っていても・・。


 

 「きしだんのひとたちいっぱいたおしてたのに?」



 空気を読めないのか合いも変らずリスのフィリアは純粋に疑問を口にした。


 しかし誰も聞こえない。聞かない振りをしている。フリードだけがそっと追加のクッキーを再びフィリアの口元にやり言葉を封じた。



 「ですのでそちらの手配はお願いしたいです。・・出来ればおにぃは難しいですか?それが可能ならばフィーの魔術実践訓練もお願いしたいのですが・・。恥ずかしながらフィーの魔術実践に関しては私でも力不足が否めません。しかしお兄ならばこの国の筆頭魔導師です。これ以上はないと思います」


 「・・なるほど。おにぃなら護身術も戦闘術も問題はないし。その上レオンハートの業も扱える。・・しかしお兄も忙しいだろ。普段鬱陶しい頻度で帰っては来ているがこれでも元帥だぞ?流石に毎日のように必要な指導は無理だろう」


 「可愛い姪の為なら全然問題なしだね。むしろ喜んで日参するよ」


 「・・・・」



 ニコニコ笑みのゼウス。

 しかし皆の思いは同じ。「絶対大丈夫じゃない」である。

 そして皆この場にいない、王城にいるゼウスの周囲。つまりは皺寄せの先に居る者達へ、静かに合掌していた。



 「・・では、座学などはおねぇに。実技面はおにぃにお願いしよう。もちろんレオンハートの業は伝統に習って当主自ら主導を持つがおにぃにもお願いしたい」


 「りょうかーい」


 「はい!!叔父様!私も叔父様の授業が受けたいです!!」



 喜々とはしゃぐリーシャだったが家人のものたちは些か驚いていた。

 誰がつぶやいたのか。「なんて豪華な」という声が漏れていた。



 「もちろん!愛するリーシャならば大歓迎さ」


 「私もよ。いつでもリーシャちゃんに授業してあげるわ」


 「・・え・・・それはちょっと・・・叔父様だけで・・」



 もちろんリスのフィリアは知らないがこの二人、親族の中での手頃な家庭教師程度ではない。

 二人は個々に数多の教示志願が届く程の先人である。

 そんな二人を同時に家庭教師とするのはまさに姪という最強の立場がなければ成し得ない。


 きっと同じ立場の兄弟たちは概ね拒否するだろうが。


 それに皆思っていた。何ヶ月。もしくは何週間持つだろうと。

 故にアークは手元の資料。家庭教師のリストを捨てずに傍らの執事に保管を頼んだ。



 「では、とりあえずの教師は決まった。続いてはフィリアの部屋と準備。それと追加の侍女や護衛だな」


 その言葉に少し下がっていた家人達が消していた存在を表したかのように一歩前に出た。


 

 先頭には、セバスがいた。




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