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204 饗宴の驚異



 この国。ルネージュの成り立ち。

 それは御伽噺にあるような勇者の物語。


 大きな島国である、この国は遥か昔、魔物が跋扈し、魔王の支配する混沌に満ちた地だった。


 それを、一人の勇者と五人の英雄が、魔王を滅ぼし拓いた。

 ・・・それがこの国の建国神話であり、『六花』と称された者達の英雄譚。


 ルネージュ王家と五大公家・・その、起り。


 そんな何処にでもある様な神聖視に近い建国の御伽噺。



 「・・・こう言っては何だけど、歴史って・・・特に権力者や統治者が謳う歴史なんていうのは、誇張や歪められたものがほとんどだから、史実とはかなり違っていたりするんだけど」



 とはいえ、現在のレオンハートの面々を思えば、その英雄譚は誇張されていたぐらいが寧ろ現実感がある。



 「でも、そこにある『魔王』という存在は確かにいて、それを討ったのが『六花』・・現在の王家と五大公家というのも真実よ」



 マーリンの話に皆揃って既知の事だとして頷く。

 何故なら、『大公家は王家の者にさえ、跪く事はない』・・その、理由でもある。


 大公家、その初代は従者として勇者に付き従った訳ではなく、仲間、友人、相棒、そして好敵手、そんな対等以上の関係性を持って共にあった。

 脆く、強固で、曖昧で、明瞭な関係。それこそ御伽噺の中の甘く、小奇麗な関係だが、・・・それ故に、未だその『対等』という立場が受け継がれ続けている。


 その事は、この国の者だけでなく、誰もが知っている。


 大公家自身が、公的には王家を立てるようにしている為、態々口にするものは居ないが、口にしないだけで誰もが大公家を王家よりも劣るように扱うものはいない。

 ・・・もし、そのような扱いをする者がいるとするならば、よほどの愚か者か、・・・国家間規模の戦争を望む者だけだろう。



 「・・『六花』・・・」



 誰が呟いたか、その『六花』という英傑の総称に、皆の視線がフィリア注がれる。



 ――――魔王に勇者。チョーファンタジーじゃん!・・その仲間なら、ご先祖様はあれかな、賢者とか大魔導師かな。・・ルリィのとこは僧侶ポジだな、きっと



 しかし、視線を集める当の本人だけは、相変わらずテンションが上がったように頭の中ではしゃいでいた。



 「・・まさか、饗宴(サバト)の来襲は、姫様を狙ったものですか?」


 「・・・まぁ、興味はあるでしょうね。フィーは大概、規格外だし・・でも本命ではないでしょうね」



 マーリンにさえ規格外と称されるフィリア。

 同じレオンハートから見ても色々と異常とは・・いよいよフィリアは、大丈夫だろうか。


 そして、何故に『フィー()』なのだろう・・・。


レオンハートの人間は、どうして自分を常識人側だと当たり前のように思っているのだろう。



 「・・叔母様、『饗宴(サバト)』は『心臓(ハーツ)』の何を狙っているのですか?」


 「お姉さん。・・・でも、そうか・・アランが尋問をしたのだったわね。・・・あそこには数多の禁呪・・それこそ人体錬成や死者復活の秘術も保管されているわね・・まぁ、どれも現実的ではないものばかりだけれど」


 「・・・」



 鋭く見つめるアランの視線からマーリンは目を逸らした。


 きちんと答えているようで何かを誤魔化している・・マーリンはアランが問う答えを知っていて、それを明かすつもりはない様子だった。



 「姫様が狙いではないのですね」


 「・・・今回はね。・・フィーの側近を出来るだけ集めてもらったのはそれが理由。『饗宴(サバト)』は随時、各地の魔女たちを唆しているわ。それも時には手荒い手段で。・・・その手がフィーに伸びないとは限らない・・いえ、確実に伸びるでしょう。魔女としての才はおろか、レオンハートの中でも『ティア』を冠するほどの魔力。その上、赤子と言える程に幼い歳で、魔術師としても有望な才覚を滲ませる、他にも上げればキリがないほどの片鱗を見せ続けている・・・そんなフィーの存在を『饗宴(サバト)』が無視するわけがないもの」



 安堵を見せたフィリアの傍付き達に、マーリンは警戒を促す。



 「・・・今後、姫様を狙ってくると」


 「将来有望な魔女、それも懐柔するにも洗脳するにも都合のいい幼子、攫うにもちょうどいいでしょうからね」



 フィリアの側近たちは眉を顰めると共に生唾を飲み込んだ。


 そして、マーリンは再びアランに向き、視線に力を込める。



 「・・アラン。幼い貴方には、まだ教えられない事も多くあるわ。だけど、いづれ貴方も知るべき時が来る。その時まで、今はまだ、待ちなさい。・・とはいえ、自分で調べたりするのは構いませんよ。魔術師は学者。自ら答えを探求する事は性ですからね」



 アランは魔術師らしさにかけている。

 身体を動かすことは何の苦にもならないくせに、机に向かったり文字を追うことからは全力で逃げようとする。


 アランが幼い故に話せない事があるのは事実で、実際、探られて知られては困るものもあるが、それ以上に、これを機会として気になることを探求してくれれば、少しは研究などにも興味を持ってくれるのではないかとマーリンは淡い期待をかけた。



 「・・しかし、何故今なのですか?・・このまま知らぬまま、姫様がご自分で対処出来るまで成長を待ってからお教えしたのではダメだったのでしょうか?」


 「無知から興味を抱だかれるよりも、知ってもらって無関心を演じてもらう方がいいと判断したからよ。・・おそらくは今後、『饗宴(サバト)』からの接触が増える・・悠長に構えていては油断になるわ」



 ミリスの問いは近衛としての不満も滲んだもの。

 何しろマーリンの判断は、フィリアを守るに現状不安があると言っているようなものだった。


 普段のフィリアの奇行や好奇心を思えば仕方のないことではあるが、それは置いておいて。

 フィリアに近づき、剰え、攫おう誑かそうなどという輩を排除できないとされたようで、頭ではフィリアの御身こそが一番大事であると分かりながらも心情は複雑なものだった。・・・当然ミリス以外の近衛も同様だろう。


 しかし、マーリンはそんな心情を切り捨てるようにミリスたちに視線を向けた。



 「接触は避けられない。『饗宴(サバト)』は、そんな簡単な相手じゃないわ」


 「・・私も魔女として、それなりに実力はあるつもりだけど・・・『饗宴(サバト)』には確実に私より格上の魔女たちが何人もいるよ」


 「お義姉様だけじゃないわ。レオンハートとて『饗宴(サバト)』相手に絶対勝てる確証はないわ。・・王家と五大公家が連携するような相手よ」



 グレースとマーリンの言葉に側近たちは息を飲んだ。


 グレースの武勇は寝物語にも聞くような人知を超えたものばかり。

 間違いなくレオンハートの嫁にふさわしい、規格外さを持っている。


 そして、言わずもがな『最強』の代名詞のような存在である、レオンハート。


 その力を最も近くで見て、感じてきた彼らには、そんなレオンハートが弱腰となるような相手が居るなどと想像できなかった。



 「もちろん、近づけさせないよう、そもそもの対策はするわ。だけど、『饗宴(サバト)』を相手にする以上、最悪を想定しなさい。・・守りたいならば、自分たちの出来る事を違えないようにしなさい」



 その言葉に奥歯を噛むのはミリスだけではない。


 そもそも・・酷な話だが、近衛と称される彼らとて、守るべき主人よりも弱い。


 本来ならば主人よりも優れた武力を持つのが騎士だが、不幸にも彼らが仕えるのは魔導王(レオンハート)

 天変地異さえ操るような、世界屈指の実力者を主人に持つ彼らは、その主人が危機に陥るほどの強者相手に為すすべもない。


 もちろんレオンハートとて人間だ。近衛という存在が無意味なものでは決してない。

 寧ろ魔術師であるレオンハートにとって、騎士という存在は必要不可欠なものでさえある。


 しかし、事実は事実として・・・守るべき主人が敵わぬ相手に、彼らが敵う事はない。



 「・・・」



 悔しさを滲ませる自身の近衛たちをフィリアだけは横目で盗み見て眉を寄せたが、励ましや同情、そんな安い言葉は憚れ、出かかった言葉を口に出すことはなかった。


 それに、マーリンの言葉に悪意がないこともフィリアはよくわかっていた。


 マーリンはただ事実を告げただけ。

 近衛騎士という存在を貶めたいわけでは決してない。



 プランAではダメだからプランBに変更する。

 事実を認め、最善手を打つ。ただそれだけ。


 伸行も情熱や精神論で、何とかなると息巻いた時期があったが、そんなものは何の根拠もない余計な横槍でしかなかったのだと、自身が差配する立場となって理解した。


 今まさにミリスたちが抱いているものも。

 ここでフィリアが無粋に言葉をかけることも。

 それと同じ。何の解決にもならない雑音でしかない。


 だからこそ、フィリアは言葉を噤んだ。



 「・・・凄惨な事件や苛烈な運動を行う『饗宴(サバト)』の恐ろしさは、もちろん知ってはいましたが・・それほどとは・・・一応、レオンハートの方々に仕えるにあたって、最重要危険組織だとして、要注意なのだとは教わりましたが、まさか、そこまでの驚異だとは思い至っておりませんでした」


 「『饗宴(サバト)』の魔女たちは精鋭ばかりの集団だと思っていいわ。・・マリアならば知っているのではなくて?」



 いつになく真面目な表情で苦虫を噛むミミにマーリンは忠告するように言葉をかけると、マリアへ視線を向けた



 「はい・・。リリア様に付いて王家に出仕していた頃より、『饗宴(サバト)』には注意するよう知らされてはおりました。・・・ですが、まさか『魔王』などというものがでてくるとは・・」


 「『饗宴(サバト)』としての目標はそうでも、個々の望みは全く別のもの・・彼女たちも魔女という魔導の探求者で、結局のところ、自分だけの欲望を優先させることの方が多いわ。それに組織といっても、自分勝手な者たちばかりの組織で、足並みを揃えることのほうがめずらしいわね」



 元々リリア、つまりは王族に仕えていたマリア。

 レオンハートに仕えてからも『饗宴(サバト)』に対する警戒は教えられたが、そこで伝えられた以上の情報を元々持ってはいた。


 しかし、それでも『魔王』などという話は聞いたことがない。

 秘匿・・とまでは言わないもののあまり公にできることではないのだろう。



 「それにそもそも、『魔王』などという存在は、実在はしていたとされていても、それは遠い昔の歴史書にしかない・・御伽噺と変わらない程度の非現実的な存在でしかないもの。一応今回の内容もここにいるものだけの秘匿とはしているけれど、はっきり言ってあまりにも突飛で、信憑性もない内容でしかないし、公にしたとて懐疑的な目を向けられるだけでしょうね」


 「・・寧ろ、その為の秘匿なのでは?」



 アランの言葉にマーリンは答えぬ代わりに笑みを向けた。


 人の歴史など、改竄されてしまうのが常だ。

 多くは時の権力者にとって都合の悪いものや、公にできない真実。


 そして・・無用な混沌を招く、人類にとってのトラウマ。



 「・・・『饗宴(サバト)』が特に目の敵にするのは我が家だけれど、標的はウチだけではないわ。五大公家・・ひいてはこの国、ルネージュそのものを狙って、各地で問題を起こしている・・・その頻度がここ最近急速に増えてもいる。・・『魔王』に関して何か進展、もしくは時が来た・・正直、そんな可能性が高いと見てるわ」



 御伽噺程度の信憑性しか持たぬ歴史が、今、現実となろうとしている。


 だが、そんな風化した歴史であるがゆえに驚きは大きくとも、危機感は追いついてこない。

 かろうじて感じることのできた危機感は、今後フィリアへの『饗宴(サバト)』からの接触が増えるかも知れないという事。



 「アラン様?」


 「・・・・・」



 しかし、唯一人。アランだけは側近のチェイスの言葉も届かぬほど真剣にマーリンたちの言葉咀嚼していた。

 普段、快活で脳筋扱いされるアランだが、何処かフリードに似た思考に沈む横顔を見せていた。



 「一応、現在判明している『饗宴(サバト)』の名簿だけは渡しておくわね。正直、名前も顔も変えられてしまえば意味がないかもしれないけれど、少しは助けになるでしょう」



 そう言ってマーリンが目配せをすると、後ろに控えていたアリーが研究室の更に奥へと向かった。



 「『饗宴(サバト)』の中には、『枝持ち』と『果実喰らい』と呼ばれ上位者がいるわ・・・最低でもその者たちの事は頭に入れときなさい」



 その瞬間、マリアとミリスは一層顔を顰め、険しい表情となった。

 それを見て、マーリンが頷き、重々しくグレースが口を開いた。



 「・・全員が悪魔と契約をしている『饗宴(サバト)』の魔女たち、その中でも複数の悪魔と契った魔女を『枝持ち』。・・・そして、その中でも更なる異常者・・『果実喰らい』・・」


 「・・マリア、ミリス。貴女たちが最も忌む存在。・・・『知恵の実』。・・つまりは、『精霊』を喰らった者たち」



 悪魔とて精霊・・・。


 マリアとミリスから奥歯を軋ませるような怒りが聞こえた。



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