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203 悪い魔女



 鼻を突くような薬品の匂いと、それに紛れるハーブの香り。

 只でさえ薄暗い室内には物があふれ、光を遮って一層暗さを増している。

 天井からは乾燥した草花や物干し用の紐が垂れ、何処が机で何処が棚や物置なのかわからぬ程に物が溢れている。だが、不思議と埃っぽさはない。


 フリードに先導されマーリンの研究室に初めて足を踏み入れたフィリアは、目に入るもの目に入るものに興味を惹かれ、キョロキョロと首を振っている。


 その中の一つにフィリアは無意識に手が伸びる。



 「それは今、薬効を高めるための実験中だから、触れちゃダメよ?」



 部屋の奥、特に暗い場所から姿を見せたマーリン。

 この鬱蒼とした部屋の主でありながらも、この部屋に似つかわしくない程に洗練された所作と装いの、まさに貴婦人。

 マーリン自身は普段通りなのだが、この部屋のせいで、いつもの倍以上磨きが掛かっているように見えてしまう。


 寧ろ、その後ろから共にやって来た黒い衣装に身を包んだグレースの方がこの部屋の主だと言われても納得できてしまう。

 相変わらず、グレースは実に魔女という名称がよく似合うような装いと魔性の雰囲気を漂わせている。











 マーリンとマーリンの侍女であるアリーがいそいそと物を寄せ、何とか座れるだけのスペースを空け、座れるよう促した。

 その間、アリーの漏らす小言に既視感を感じたフィリアは何だか自分が怒られているような錯覚を覚え微笑みを若干引きつらせた。



 「今日、ここに呼んだのは『饗宴(サバト)』について教えるため・・だからグレース義姉様にも来て頂いたわ」



 マーリンとグレースも腰掛け、アリーがお茶の準備を始めると、フィリアとアラン、そしてその側近たち。マーリンはその顔ぶれを確認した。



 「フィーの側近は、ほぼ全員ね」



 マリアにミミ。ミリス、ロクサーヌ、アンネ、ローグ、キース。それにセバス。

 そして、シェリルまでもが揃って並んでいる。



 「あ、あの・・私まで、一緒に、よろしいのでしょうか」


 「今はまだ見習いの立場ですが、貴女も近く側近として姫様をお側で支える立場になるのです。今のうちに覚悟を決めておきなさい」



 シェリルの不安にマリアも小声で返した。

 これまで、真剣に取り組んでいなかった訳ではないが、獣人(ランカンスロープ)だからといういのもあって、何処か消極的だったのかもしれない。

 シェリルは、改めて身を引き締めたように前を向いた。



 「アランは・・やっぱりチェイスだけなのね」


 「はい。一応、側近たちも育ってきてはいますが、まだアラン様について歩けるのは私ぐらいですので」


 「・・ごめんなさいね。それは、アランに変わって謝っておくわ。私たちの教育のせいでもあるし」



 アランはフィリアとよく似た問題児。

逃亡、脱走はもちろん、条件次第では騎士団長のハイロンドともやりあえる程の実力。


 しかも騎士団に参加し、立場は社会科見学でありながら、その実績は並みの騎士を凌駕している。規格外の怪物。


 そんなアランについて歩くのに並半端な実力では難しかった。

 近衛と呼ばれるほどの騎士であっても、護衛の任を果たしながら並び立てる者は少なく、況してや次男ということもあるアランは良からぬ企みを持つ者たちを牽制するため、それだけの実力あるものはフリードへと譲り、自身の元にはそこそこ程度の騎士を集め、その成長を待つしかなかった。



 「・・ところで、アランはどうかしたの?今日は随分と静かだけど」


 「お気になさらないでください。大したことではないので」



 相変わらず想い人の事で心ここにあらずなアランだが、チェイスの言葉に「そう・・」とマーリンは頷いた。

 それだけでこのチェイスという侍従の信頼が見て取れる。



 「さて、じゃぁ、講義を始めましょうか。ちなみにフリードには確認の為に同席してもらうから」


 「確認、とは?」


 「リーシャちゃんとフリードは長子と嫡男。アランとフィーに教えられない内容もあるわ。だから何処までは共有してもいいのか、その再認の為よ」



 この国では長子継承の文化がある。性別も能力も問わず長子が家を継承する、それが一般。

 だが、レオンハートは『祝福と呪い』という特異な体質ゆえに子が成しづらく、それが理由となって男児が継承する決まりがある。


 しかし、長子継承はこの国の伝統。

 それ故、リーシャとフリード、両名にレオンハート大公家の全てを伝えている。



 「では・・・『饗宴(サバト)』というのを知っているかしら?」


 「・・はい」



 虚ろなままのアランが一応、反応だけはしたが、フィリアは首を傾げた。

 マーリンはアランを呆れたように一瞥はしたものの何も言わず、チェイスに託すように視線を向け、フィリアに顔を向け微笑むと、何かを言い淀んだ。



 「・・・『饗宴(サバト)』というのは、わかりやすく言えば『悪い魔女』の集まり。・・だけど、それ自体は、子供だって知っている話よ」


 「え・・」



 子供だって知っていると言われても、フィリアは聞いたことも無ければ、心当たりもない。



 「・・フィーには伝わらないようにされていたはずよ。・・その理由は単純、『知る』だけで危険だからよ。・・・だってフィーも魔女ですもの」



 『知る』・・それだけで、『魔女』には十分。

 願うだけでその望みを具現化する・・それが『魔法』。


 例えば『力』が欲しいと思ったとする。しかし、そんな漠然とした願いでは何も叶うことはない。

 過去にフィリアが漠然とした願い・・ミサンガを編んだが、それはフィリアの規格外の魔力があっての事、しかもそれだってフィリアの魔力を全て吸い上げ、それでも実際効果があるのかもまだわからない。


 しかし、その願いに、具体性があれば?


 結果は違う。


 『力』が欲しいと願い、その『方法』を知っている。


 それこそが脅威。


 それ故に、子供でも当たり前のように知っている事だとしても、フィリアに教えることはなかった。



 「フィーも同じ魔女であれば、何処で繋がるかもわからない。他の魔女、それも魔女の集団となれば興味を持つかもしれない。興味を持てば『願う』かもしれない。・・・それは、あくまで憶測ではあるけれど、ありえないと切り捨てることも出来ない可能性・・・だから、フィーにはたとえ、御伽噺であろうとその手の話を教えることは禁じられていたわ」



 フィリアが振り返れば、マーリンもミミもフィリアに向け謝辞のように頷いた。

 それが、マーリンの話を肯定した。



 「フィー。そもそも『悪い魔女』とはどういうものか分かる?」


 「・・『わるいまじょ』・・・ひとをころしたとか、ですか?」


 「確かに誰かを殺めるのは良い事ではないわね。だけど――――」



 マーリンは途中で言葉を止め、グレースに視線を向けた。

 グレースはその視線に諦念の表情で頷きを返した。



 「・・グレース義姉様は、数多の戦場を渡り、英雄と称賛される傍ら、『死神』などとも畏怖される程に、多くの命を奪ってきたわ。・・決して善人ではないわ・・・だけど、フィー。グレース義姉様は、『悪い魔女』かしら?」



 フィリアは首を振ってそれを否定した。

 それにグレースは小さく安堵を漏らしたことから、不安はあったのだろう。

 戦場という特殊な環境であったとはいえ、人殺しであることに変わりはない。


 そして、都合がいいかもしれないが、怨み辛みを背負いながらも、親しい者たちからは嫌われたくない。・・・そんな当たり前だが、利己的な想いがグレースにもあった。



 「ぜんあくなんて、てつがくのせかいです。だから、わたくしは、わたくしの、しょかんでしか、はかれません。・・だから、わたくしにとって、グレースせんせいは、『わるいまじょ』ではなく、『おばさま』で『まじょのせんせい』でしかありません」



 百点の回答などでは決して無いだろう。

 ふわふわとしたフィリアの意見は何一つ真を突いたものではない。

 だが、少なくとも嘘や遠慮はなく、思った事を口にしたのは確かだった。


 マーリンもまた、満足のいく答えではなかったろうに、それでも、満足気に微笑みを浮かべた。



 「そうね。今は哲学の時間じゃないわね。哲学については後日しっかりと講義の時間を取りましょう」


 「え、あ・・いや・・そういうことでは」



 凛とした態度で答えたはずのフィリアは一気に焦りを滲ませオドオドとする。

 そんなフィリアに、周囲は堪えきれず小さく笑いを漏らすが、焦るフィリアはそれに構う余裕などない。何せ、どうにかせねば、後日、勉強時間が増える。


 しかし、マーリンは既に切り替え、フィリアの言い訳に耳を貸すことはない。



 「さて、では、『悪い魔女』とは、一口に言っても、それは具体的に何なのか。・・もちろんフィーの言うように、重罪を犯した事も理由も中にはあるわ。殺人だけでなく、強盗、人身売買、国家転覆なんていうのもあるわ。・・だけどそれはあくまで個々の話。・・・『饗宴(サバト)』に所属する魔女たちが『悪い魔女』と呼ばれる理由は幾つかあるけれど・・最も大きな理由は」



 マーリンは再び背筋を伸ばし、真剣な目をフィリアたちに向けた



 「・・・・悪魔と契約しているからよ」


 「あくま・・?」



 フィリアは一瞬「魔女とはそういうものでは?」と前世の魔女のイメージと重ね合わせてしまった。寧ろ、魔女っぽい、魔女ならば悪魔の一匹や二匹・・などと一瞬のうちに魔女のイメージを膨らませる。


 だが、直ぐに思い出した。

 精霊信仰が当たり前の魔術師にとって、悪魔とは最も忌諱する存在。



 「フィーは『サバト』の意味を知っているかしら?」



 マーリンが聞いているのは、今話している魔女集団の事ではないだろう。

 そこでフィリアは少し思案する。もし前世と同じ意味なのならば、悪魔に生贄を捧げる儀式。



 「・・・あくま、しょうかん・・ですか?」



 マーリンは嬉しさに笑みを深めつつ、そんなことまで知識を深めていることへの複雑さも滲ませていた。



 「・・そう。悪魔と通ずる者たち、故に『饗宴(サバト)』」



 悪魔と契約した魔女の集団。


 前世の知識ならば、それ相応の対価は必要だろうが、破格の力・・悪魔の力を得ることが出来る。


 悪魔の力を得た、魔女の集団。



 「・・でも悪魔との契約は、あくまで『饗宴(サバト)』に入るための前提条件でしかないわ。別に、『饗宴(サバト)』に所属して、悪魔と契約をするわけではないの」



 つまりは『饗宴(サバト)』に所属したから悪魔と契約したわけではなく、所属する為に、もしくは契約していたから、『饗宴(サバト)』へ入ることが出来るという事。


 だが、含みのあるマーリンの語り口調が何を言いたいのかわからない。



 「・・・悪魔と契約した者たちが集まったから『饗宴(サバト)』・・という単純な話だったらまだ良かったわ。・・だけどそうじゃなかった・・・その名の通り『サバト』を行おうとしてるのよ」



 マーリンの言葉に息を呑む面々。

 フィリアだけはマーリンの言葉を読み取れず、変わらないが、他の者たちはその意味を正しく読み取っていた。



 「既に悪魔と契約している者たちが、呼ぶとしたらどんな悪魔かわかるかしらフィー?」


 「・・・おめあてのちからがあるとか・・・より、じょういのあくまとか?」



 いつもの講義で見るような「よく出来ました」というマーリンの表情。

 だが、いつもとは違い弾むような喜びは湧いてこず、寧ろ重さの増した空気に口が渇く。



 「少なくとも魔女として力を振るえる様な者たちと契約出来る悪魔は、決して格が低くない。・・・その上で、呼びたい悪魔」



 気づけば隣に座るアランも真剣な目でマーリンの講義を聞いていた。

 それも苦々しく、険しい表情で。



 「・・・悪魔の中の・・王」



 アランの小さくも重い呟きに、マーリンも重く頷く。



 「悪魔の王・・・つまり、『魔王』・・・その召喚、もしくは、復活。それが『饗宴(サバト)』の目的」




 「『魔王』・・・」



 皆が再び息を飲み、言葉を失った。

 表情も重く、あまりに現実感のない話に整理が追いつかない・・・。






 ――――めっっっちゃファンタジー!!!



 唯一人、心の中で歓喜の花吹雪に舞うフィリア以外。





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