201 焦がされた図面
感嘆と好奇心に心を躍らせていたロイだが、ひとしきり模型飛行機の検分を済ませると、もどかしげに顔を顰めた。
「しかし、これだけでは難しいですね」
「確かに。・・まずは専門家たちを集め、設計図を作るところからですかね」
「はい。詳しい図面があればもっと具体的な話で交渉もできるでしょうから」
「ありますよ」
そう言ってサッと何処から取り出したのか一枚の大きな紙。
「・・・・・」
「フィー・・」
「姫さま・・・」
「フィリア様・・・・・」
どやぁ、とした態度で取り出して見せたフィリアだが、広げられた図面を見て皆一様に感情を消した・・リーシャでさえも。
前世であっても、設計図など描いたこともないし、描けもしない。
しかし、幸か不幸か・・フィリアは最近ゼウスから魔道具制作の手ほどきを受け、そういったものにも造詣が深くなっている。
結果、拙く、粗だらけのものではあっても、形にできる程度のものは身についてしまっていた。
「フィー・・いつから設計図なんて描けるように・・・いえ、そうじゃないわね。フィー、貴女、今、それを何処から取り出したの?・・まさか叔父様の魔法袋じゃないでしょうね?」
「違います、リーシャ様。・・いや、それも気にはなりますが・・・。リーシャ様、そこではありません」
「・・・いいですか、フィリア様。こんな重要な物を容易く人に見せるものじゃありません」
リーシャが気にかかった点は他の者たちも気にはなった。しかしリーシャの気がかりは少々色合いが違う。
最愛の妹であろうと、リーシャが関知しないゼウスからの贈り物を貰っていた事に引っかかっている・・・そんなものは後回しだ。
リーシャは家族であり、側近たちや使用人たちも信を置く存在。
しかし、それでも、絶対ではない。
その上、ドランとロイ、その付き人たちがこの場にはいる。
ドランは御用商人であり、フィリアのアイデアを形にしてきた実績もある。だからまだしも、ロイに至っては今日が初対面。
易々と信用を溝に捨てることはないだろうが、それでも信を置くには早すぎる。
そんな中、フィリアの言が確かならば他にはないような仕組みが多分に盛り込まれた設計図を晒すなど、正気ではない。
「だいじょうぶですよ。これは、ひかえですから」
「そうですか・・ならばよかったです。設計図をそのまま見せられたかと思いました」
「これは、うつしですが、ないようはそのままですよ?」
「「「「「・・・・・」」」」」
ちなみに、前世の社会人時代。伸行はちゃんとそこらへんが出来ていた。
設計図というのはなかったが、企画書類は問題なく扱っていたはずだ。
・・・なのに、何故・・それがわからない。
「ドラン様、ロイ様」
無言で視線を交わしたリーシャの視線のみで意を汲んだタヌスは素早く動き、ドランとロイの元に仰々しくトレイに乗せて杖を差し出した。
ドランは言わずとも理解してそれを受け取り、一瞬戸惑いを見せたロイもドランを見て直ぐにそれを察し、杖を手にとった。
謁見に帯剣は許されず、武器類は預かるもの。
それは杖も同様で、この地では携帯するのが当たり前ではあるが、流石にレオンハートとの面会には携帯はさせられない。
つまりは、差し出された杖は、二人のものであり、ドランは慣れた所作で杖の持ち手を回す。するとカラクリが開くように持ち手からシーリングスタンプのようなものが現れた。
ロイも拙いながらも同じように杖の取手をシーリングスタンプに変える。
「ロイも準備してたのね」
「これでも商人ですから、その土地の風習や作法などに聡くなくては・・とは言いつつ、私自身は魔術に疎いので、杖の形ではありますが魔道具でしかありませんが」
「なに。ファミリアに来て間もないのです。この地で暮らしていればいづれ身に付きましょう」
談笑を交わす三人の中、フィリアだけが首を傾げた。
『火熱』
「あの・・いったいなにを?」
訝しむフィリアを無視して三人は杖を図面の上に持っていく。
ドランとロイの杖の先にあるシーリングスタンプが紅く湯気を上げ、リーシャの杖の先には魔法陣のように家紋が浮かび上がっていた。
三人はそれぞれの印を同時に図面に押し付けた。
「ああぁぁーーー!?」
ジュゥ・・という焼き付くような音と匂いを放ち、シーリングスタンプが触れた図面から蒸気のような湯気が燻る。
平静な三人と周囲に反してフィリアだけが取り乱したように悲鳴を上げ、そんなフィリアの姿にティーファが三人とフィリアの間で視線を彷徨わせオドオドとしていた。
「な、な・・」
「リーシャ様。どなたか関係のない第三者の立ち会いが必要です。今でしたらまだマダム・アルムも城内におりますでしょうからお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「いえ、それには及ばないわ」
悲痛な声を漏らすフィリアを気にすることなく進言したドランにリーシャは首を振って答えると、タヌスに視線を投げた。
それを受けたタヌスは心得たように頭を下げ、その場を離れると、直ぐに扉の外から一人の男を引き(・)連れて戻った。
ドランとロイ、それと二人が連れた者たちはあんぐりと口を開き呆けた。
「・・あの・・リーシャ様?」
ドランの伺うような声にも、何食わぬ笑みを浮かべるリーシャにそれ以上問うのを辞めて再び視線を戻す。
タヌスが文字通り引くのは一本のロープ。
ロープはその後に続く男に巻かれ拘束している。手綱だ。
その上、腕は後ろ手に拘束され、目隠しに視界も遮られ、更には猿轡までされている。
・・まるで重罪人のような扱い。
だが、その人物をドランはよく知っている。
ロイも、面識こそないものの、知らぬはずがない。
それ故二人は理解及ばず、そろそろという動きであっても、ソファーから降りるように地面に膝を付き頭を垂れた。
「スウェン殿下の御成りです」
言葉通りに受け取るには似つかわしくない軽薄さ。
仰々しさなど何処にもない。
・・・それもそうだろう。敬うべき存在があまりに、あんまりな姿。
しかも、気のせいか、若干頬を赤らめ息も荒い・・変なものに目覚めているのではなかろうか。
そんな疑わしき自国の王子様。
「この設計図に携わらず、家族でもない人間。ちょうどいいでしょう?」
「んーー!!んーー!!」
リーシャの家族ではない発言に強く反応を見せたスウェンだが、何を言っているのかわからない。
只々不満を訴えているのは伝わり、異議があるのは何となくわかるのだが、おそらくその異議は何も間違っていない、棄却される内容だろう。
「はあ・・・」
自国の王子を『ちょうどいい』などと言い捨てるリーシャの言葉に容易く頷くことはできず、曖昧な言葉を漏らすことしかできない。
縛られたスウェンの手綱を握るタヌスさえ当たり前の事のように澄まし、誰も表情さえ変えない。
そんな中、ドランとロイたちだけが、どう対処していいのか困っていた。
唯一フィリアとティーファだけが取り乱してはいるが、それはまた違う理由だ。
「な、なぜ・・このようなことを」
「ヒメ・・」
震えるように手を伸ばした図面は、三ヶ所に家紋が焼き付き、虫食いのようになって、図面の内容を不完全なものに変えていた。
「フィー・・。本来ならば設計図は部品ごとに分けて書いて、それを任せる職人にさえ全容を見せないものなのよ?況してや、まだ構想を提案しているだけの段階でしょ?・・であれば、現段階はできるだけ不完全なものや、一部のみのものを見せるべきよ」
「フィリア様が信頼してくださっているのは大変に光栄なことではございますが、リーシャ様の仰られる通り、現段階で何も決まっていないものを、惜しげもなく晒すのはあまり良いことではありません」
落ち込むフィリアに言い聞かせるようにリーシャが言葉を添え・・・流石はドラン。この家の御用商人。
この非常識な自体にもなれるのが早く、視線をフィリアたちに戻して言葉を添えた。
一応姿勢はそのままではあるが、スウェンへの意識は逸れている。
そんなドランの切り替えが異常なだけで、急な切り替えについて行けなくて当然ではあるのだが、戸惑いの中にロイは置き去りされた。
しかし、それが本来ならば普通の事・・というか常識的なのは間違いなくロイの方ではある。
そして、フィリアたちを傍目にタヌスはスウェンの拘束を、最初は猿轡から外す――――が、その瞬間スウェンは叫んだ。
「私は将来リーシャのおっ――――――――」
スウェンの叫びが言い終わる前にフィリアが手を振るい、その姿が消えた。
何かが通り抜けたような突風が吹くが、誰も気に止めない。
空中庭園へと続く開け放たれた扉。そこから吹いたものだろう・・・そう皆が、無言で示し合わせる。・・そういう事にする。
「・・今、殿下が」
「ティーがいっしょうけんめいうつしてくれたんですよ!!」
「ヒメ。わたしはきにしてません。ヒメと一緒にいれただけでうれしいです」
「ティー・・・」
「あ、あの・・殿下が・・今、あの・・・吹っ飛んで・・・」
唯一人ロイだけが常識的な思考で声を上げるが、その声は誰にも届かない。
決して無視しているわけではない。届かないのだ。
切り替えもままならい内に、目の前で最高権力者の一人が吹き飛ばされる。
そんな異常事態に対処などできようはずもなく、ロイは意識を飛ばしそうなほどに混乱を極めていた。
それに反して冷静に切り替えたドランはなに食わぬ顔でソファーに座り直した。
ロイもそれに倣うように自身もソファーに戻るのだが、スウェンが吹き飛んだ事にドランも気付いていて流しているのだと混乱中のロイは思い至れずにいた。
「ごめんね、ティー」
この国の王子が吹き飛んだのになんの反応もない面々の中、何故か元凶が一番気にも止めていない。
ティーファの胸に顔を埋めるように抱きつくフィリアをティーファはヨシヨシと慰めるように頭を撫でていた。
「だいじょうぶですよ、ヒメ。また、おてつだいしますから」
「うん・・・。そうだ!ぶひんごとなら、もっとこまかくかける!!アイデアはいっぱいあるの、だからいろいろためしてみましょう!!」
「はい。おてつだいします」
不穏なフィリアの立ち直りに、異常事態にも無表情であった使用人たちが表情を翳らせた。中には聞きたくなかったと顔を背けたり、涙が滲むものもいた。
そして、ミミの目は温度を見る見る下げ、鋭いものへと変わっていく。
そんな妹の姿に呆れたように、しかし可愛いものを見るように微笑むリーシャは、そういえばとドランへと視線を向けた。
「ドラン。お祖母様に茶葉は渡してくれたかしら?」
「はい。最高品質の物を」
「よかったわ」
そう言って、少し冷めたカップに口を付けたリーシャにドランは姿勢を正し頭を下げた。
「リーシャ様からのお手紙がありましたおかげで、アンリ様に最高の物をお持ち頂けました。ありがとうございます」
「お祖母様も駄目元だったと思うわ。私が知らされたのも急だったもの。・・でもせっかくなら・・お祖父様の一番好きな物の方がいいでしょう?」
「はい。・・あの茶葉を特にお気に召しておりましたから、ご用意できてよかったです。・・・出来ればあの茶葉にはジキルド様のお名前を頂きたいと思っております」
「それは・・お祖母様が帰っていらしてからね。お父様よりもそちらを口説く方が確実よ」
「なるほど。・・確かにそうですな。ご助言感謝致します」
背後の般若となりつつある侍女に気づかず生き生きとアイデアをティーファに語るフィリアを微笑ましげに見ながら二人は緑茶の渋さに舌鼓を打った。




