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199 香る懐かしさ



 「・・独特の香りですね」


 湯を注いだ瞬間に急須から香る湯気に目を瞬かせ、ミミが呟いた。


 元々紅茶を淹れる事に関して右に出るもののいないミミの腕前。

 最近では緑茶も極め、前世と比べれば明らかに劣るはずの茶葉でさえ、伸行が淹れていたものよりも香りも味も優れていた。


 淹れる者の腕一つでこれほどまでに変わるとは、フィリア自身が一番驚いていた。



 「香ばしくも柔らかい・・これはまた練習が必要ですね」



 ミミは、さほど蒸らすこともなく、カップに注いだ。


 澄んだ茶色、こうして見ると紅茶は名の通り赤茶けたものなのだと再認する。

 もちろん種類にもよるだろうが、目の前にある色合いは見たことがない。


 フィリアは馴染みがあるものだが、初見でこれは中々に口にしづらそうだ。



 「『焙じ茶』といいます。これも前回同様試供品ですので量はそれほどありませんが、前回のことを踏まえ、少々多めにお持ちしたので、どうぞお収めください」



 言うまでもなく、発案者はフィリア。

 だが、いつものように暴走したものではなく、ドルンがフィリアの呟きを耳に止め聞き出したもの。


 しかもフィリアは聞き齧ったような程度の知識しかなく、ふんわりとした情報を突き詰めたのはドルンと製作者たち。・・彼らもまたフィリア菌に感染している疑いがある。



 「はふぅ・・・おちつくぅ・・」



 そして、そのフィリアは人心地というより、胃から解ける暖かさに溶けている。

 それに愛好を崩すと共に苦笑を見せるミミの目端には涙が少しだけ浮かぶ。



 「もう、姫さま・・毒見もしていませんのに」



 その言葉の重さと想いをドルンは知らない。


 ミミは遅れて、一口、毒見用に淹れた焙じ茶を口に含んだ。



 「癖も苦味も少なく、飲みやすいですね。茶葉も可愛いく、小花のようですし」


 「あぁ・・・それは、茶葉ではなく穀物が爆ぜたものです。本来ならば省いたほうが良いのですが、フィリア様が教えてくださった中に似たようなものがありましたので、少しだけ残してお持ち致しました」


 「・・ミミ、ちょっとみせて」



 フィリアはミミが持ってきた急須の中身を覗き込むと、無言で何かを思案するように見つめた。


 言われるがままに動いたミミだが、そんなフィリアの様子に嫌な予感を覚えた。


 フィリアは絶対に何かを閃いたに違いない。

 それがどんな事なのかは分からないが、経験上、碌な事ではない気がして、安易に従ったことを後悔して、そっと急須の蓋を閉じた。

 しかし、それでもフィリアの思案顔は変わらず、既に時遅し・・・今後の行動に注意が必要となった。



 「では、本題に移りましょうか」



 そんな様子を見て、ドランはフィリアの意識を逸らすかのように話を変える。

 どうやらドランもフィリアと接する機会が多い為、少しずつフィリアの不穏さを理解しつつあるようだ。



 ドランが目配せすると、自身の連れてきた部下とフィリア付きの使用人たちが動き出し、テーブルの上に箱や瓶を並べた。



 「一応フィリア様からのご要望に該当する特徴を持つものは全てお持ちしましたが、違うものや足りないものがございましたら申し付けください。直ぐにとは言えませんが、必ず準備いたしますので」



 箱の中身までは分からないが、瓶は透明なもので中身が見える。


 乾燥されたものや、青々とした状態を保つもの。

 常態や保存方法は様々だが、それらは全て、植物。



 「・・これは、香辛料に、薬草?・・・」



 ミミは首を傾げた。

 それは只々疑問を浮かべただけのものではなく、フィリアがこれを所望した理由がわからず訝しんだもの。



 「我々は本来、茶葉の卸売を生業としていたのですが・・ここ最近は、こういった外来品にも顔が広くなりました」


 「・・姫さまのせいですね」


 「はは・・」



 否定はしない。

 そもそも茶葉の加工についても、全く関わりが無いわけでは無くとも、ほとんど門外漢であったのだ。

 しかし、フィリアの無理を叶える為そこに踏み入り、必要に駆られ外来品を求めた。

 その結果、今では外来品も扱っている商会と有名になってしまった。



 「とはいえ、我々にも利は大きいですから。薬草は元より、香辛料なども植物由来のものがほとんどですので、国からも援助していただけますし」



 花の国などとも称されるこの国は、植物の輸入出に対して非常に大きな力添えをしてくれる。

 元々この国は花の国と呼ばれながらも、固有種の大半が毒草や魔草で、樹木などの植物も害のないものがほとんどなかった。その上、外来種も含め、害のない植物は生存競争に勝てず、淘汰される事がほとんど。

 その為、建国の頃から国政の中に組み込まれ、それが現在まで延々と引き継がれ、今では花の国などと称されるほどに植生の豊かな国へとなった。


 そして、この国の庭師が地位が高いのもまたそれが理由の一端。

 本来ならば根付かせることすら困難な植物を、この地で育む彼らはこの国の根幹を担うも同然の英雄でさえある。



 「ちょっ、姫さま開けないでください!!」



 ミミが慌てて止めるが、時既に遅し。

 フィリアは迷いなく目の前の瓶を手に取り蓋を開けた。

 その瞬間に溢れる、薬のような匂い。


 一瞬で広い部屋に充満する強い香り。

 気配を消し無表情を繕う使用人たちも思わず顔を顰め、まだ幼いティーファはそんな繕いもなく正直に鼻を摘んだ。



 「いいかおり・・・」



 唯一人フィリアだけは恍惚の表情を浮かべたが、直様ミミに瓶を取り上げられ不満顔を見せた。

 持ち込んだドランでさえ眉を寄せたが、そんなフィリアたちの掛け合いに笑みを零した。



 「フィリア様。これらの注文書と共に頂いたお手紙には『頼み事』があるとありましたが?」


 「あ、そうでした。ティー」


 「はい。ヒメ」



 フィリアの声に反応してティーファは素早く動き出す。


 迷いなくフィリアのラースモアに入って行くティーファ。

 開け放たれているとは言え、主人の私的空間に迷いなく入り込むティーファに若干頭を抱えるような想いを抱き、ミミはマリアに報告することを心の隅に置いておき、今は水を差さぬように見送る。


 ティーファが出てくるのにそんなに時間はかからず、直ぐにラースモアから戻ってくる。

 しかし、先程まで手ぶらだったその手には骨組みだけの鳥のようなものがあった。


 それをフィリアたちの元まで持ってくると、注目を集めるように掲げた後、フィリアに目配せをする。それに、フィリアも頷きを返す。



 「では、いきます」



 ドランにはそれが何かいまいちよくわからない中、ティーファはその骨組みの先に着いた()()()()をゼンマイのようにクルクルと巻いた。


 そして、放るように少し角度をつけて天井に向けて手を離した。


 細い木組みと透けるような紙だけのそれは、宙に放られると自由に、意思を持ったかのように天井付近を旋回しながら、悠々と漂う。



 「これは・・飛空艇の模型、ですか?」


 「いえ、ひこうきです。ひくうていとはちがって、まじゅつもませきもつかっていません」


 「え!?・・魔法とか」


 「まほうも、つかっていません」


 「しかし・・・飛んでますよ?」


 「はい。とんでます」



 ぽかんと口を上げて見上げるドランとその部下。

 ミミは知っていたが、それ以外の使用人たちも同様に口を開けて見上げている。



 「姫さまのお話に嘘はございません。ティーファと協力して竹や木を加工したもので特別な材料は元より、術式を刻む事すらしておりません」



 一応、この世界にも航空力学の概念はある。

 ただ、魔術や魔法といったものが当たり前に存在するこの世界に置いて、それらを抜いた原理はまだまだ発展途上の穴だらけのもの。

 それ故、有り得ないとまでは言わないものの、信じられぬ事であった。



 「これを、ひとをのせられるサイズでつくりたいのです」


 「はぁ・・・へ?」



 見上げたまま若干呆けていたドランにフィリアが告げた。


 軽い感じで・・。只でさえ驚くような事が目の前にあるのに、そこに追い討ちを掛ける。


 何故に今、自分に・・・。

 いや、話の流れ上その意味は考えるまでもない。

 だが、ドランは茶葉の卸問屋。ここ最近手広くなったとは言っても、完全なる門外漢。

 今この場で話される意味がわからない。



 「ドラン様は茶葉の加工の際に新たな設備を必要としたと仰っておられましたよね。姫さまは、その話から、そういった職人にも伝手があるのではないかと思われたようです」


 「いやいや、専門が全く違います!・・飛空挺では無いと仰られますが、必要とされている技術はそのノウハウを持つ専門職のものではないんですか?」



 フィリアの知るものとは違うとはいえ、航空技術はあるのだ。

 全くの別物でないだろう。



 「飛空艇だけでなく、汽車や魔導車などの技術も必要だと」


 「であれば、一層、私では専門外・・・・・いや。お待ちください」



 ドランは慌てたように断ろうとして、言葉を止めた。

 そして、一拍思案するように手を組んで顎に指を当てると、難しい顔で何かに思い至った。



 「本日、新たな商会がこちらにお伺いしておりますよね」


 「ええ、いらっしゃっておられますよ。マダム・アルムとご一緒に」



 ドランもまたレオンハート大公家への出入りを許された御用商人。

 扱うものが違えど、知らぬ訳が無い。



 「現在はリーシャ様の元にいらっしゃっておられますが、後ほど姫さまにもご挨拶に来てくださる予定です」



 それは商会主に是非とも会いたいとフィリアが希望したもの。


 商品には興味もなさそうだったフィリアのその希望にミミたちは首を傾げたが、フィリアの鬼気迫るような要望に折れた。

 普段の悪い予感のするようなフィリアの様子とはまた違う様子に、ミミたちもまたいつもとは違った不安を抱いたが、それを否とすることは出来なかった。



 「それは・・ちょうどいいですね」


 「ちょうどいいって?」



 目の前の香辛料や薬草をフィリアが手に取る前に次々と使用人に撤去され、それを「あ・・」と物悲しげに見送っていたフィリア。

 そんな、ミミとドランの会話を本当に聞いていたのか怪しいフィリアだったが、一応は聞いていたようで、反応を見せた。



 「あの商会が扱う商品は精密な加工技術が必要らしく、鉄などの金属加工にも顔が広いと聞きました」



 ドランの思いつきに、なるほどと周囲が頷く中、フィリアだけは真剣表情となり「・・・やはり」と疑心を確信に近づけたように呟いた。



 「・・・・『ソメイヨシノ』」



 再認するようにフィリアは呟いた。


 この世界にも、前世と似通ったものや同じものは多く存在している。

 だが、それは違う。


 『サクラ』と呼ぶのならまだしも『ソメイヨシノ』。


 それも・・・完全に日本語の響きで。




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