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193 赤らむ紅玉の薔薇



 荷物を積んだ馬車がまた一つまた一つと城を後にし、行列をなしていた馬車ももう数える程度にしかない。

 それも、そのほとんどは荷物ではなく、バレーヌフェザーから来た者たちが乗車するためのもの。


 つまりは、別れを惜しむ僅かな時間も、もう終わり。

 ルリアともしばしの別れとなる。



 「やはり、ルリア嬢の瞳は美しい。艶やかでありながら清楚。その容姿と相まって、まるで白銀の雪原に咲く一輪の薔薇のようです。まさしくルリア嬢をそのまま表したかのような美しさは、目を惹かれ、見惚れてしまう程です」


 「ひゃっ!?」



 城に残った、フィリア以外の面々も見送りの為、集まったのだが、その中にはアランもいた。

 フィリアの次に面識のあり知己であるアランは、気安い様子でルリアを気遣った・・・ただ、その気遣いが問題だった。


 今日のルリアは、瞼を開き、紅玉の瞳を見せている。

 それは、フィリアに対しルリアがせめてもと報いたもの。


 それを一目見たアランが、口にした言葉。

 アランのことだ。本心であり、下心もないものではある。



 『捕えよ』


 「ぎゃっ!?」



 無為に振るわれたリーシャの杖の先から光の帯が伸びてアランを一瞬で簀巻きにする。

 その際、特に厳重に口が塞がれるように拘束される。



 「・・フリード?」


 「はい・・・」



 車椅子に乗ったフリードは、リーシャの淡々とした呼びかけにそっと瞼を閉じ、潔くリーシャに身を委ねた。

 そして、アランのように手荒いものではないが、リーシャの杖から伸びた帯はフリードも捕らえた。


 流石のフリードもアランらしくない歯の浮くような台詞の出処が自分だと認識したらしく、抗うことなくその身を差し出した。

 だが、当の本人である、アランはその扱いの理由もわからずイモムシのようにモゾモゾと暴れている。



 嘘偽りなどない。思ったがままを口にしただけ。

 しかし、正直だからといって許されるものではない。


 況してや、悪気がないとは言え、フリード仕込みの無駄に口説くような言い回し。



 アランの含みのない笑みから、真っ直ぐと向けられた言葉に、ルリアは見る見る顔を赤らめ、呼吸すらままならない吃音が漏らし、遂には目を回した。


 それを呆れとともに見咎めたのはリーシャだけではない。

 レオンハート大公家の面々は元より、ルリア側のバレーヌフェザー大公家の面々も同様に感情の失せた目を見せていた。



 ただ一つの救いは、ルリア本人が満更でもなく、寧ろ何処か嬉しそうな事だろう。


 いつもは大人びている筈の、今は何処か夢心地な友人。

 フィリアはそんなルリアをなんとも複雑な気持ちで眺めるように見つめるだけだが、バレーヌフェザー大公家からやってきた面々はルリアに対してもアランに向けたのと似た、呆れを多分に含んだ視線を向けていた。



 「ルリィだいじょうぶ?」


 「え、えぇ・・大丈夫です」



 そう答えるルリアだが、その顔は決して大丈夫なようには見えない。

 わかりやすく真っ赤に紅潮した顔。今にも泣き出しそうな程に潤んだ瞳。

 ・・・だが、何故か口元だけはニヨニヨと締りのないもの。


 その理由は、フィリアがそっと視線を向けた先、

 地面に転がされた、簀巻きのアラン。



 「・・にぃにぃがごめん」


 「い、いえっ!アラン様は素敵です!わ、私が、大袈裟に取り乱してしまっただけですから」



 力強く答えたルリアも、その『素敵な』アランの現状には気づけないほどに取り乱しているようで、簀巻きのアランを気遣うどころか言及さえしない。


 目を回しながらも、頭の中でアランの言葉を反復しては、その都度、激しく身悶えるように揺れている。



 「・・ルリア」



 そんな混沌としつつある空気を変えるようにリーシャは咳払いをして、ルリアに声をかけた。



 「あ、リーシャお姉様。はしたない所を・・申し訳ありません」



 即座に取り繕い、淑女の所作を見せたルリアは流石だが、その変わり様が逆に滑稽でもある。

 それ故、呆れを通り越し、リーシャは吹き出すように笑みを零した。


 フィリアの姉で同性のリーシャとは、この滞在期間で随分親しくなり、ルリアは姉のように慕い、リーシャもまた、ルリアをもう一人の妹のように可愛がるほど仲が良くなった。

 その証拠の一つとして、リーシャは『ルリア』と呼び捨て、ルリアはリーシャを『姉』と呼び合っている。



 「こちらこそ、ごめんなさいね。アレはまだ女心に疎いの」


 「いえっ、そんな」



 苦笑を交えたリーシャの謝罪を、フィリアに向けたのと同じように否定しようとしたが、リーシャの伸ばされた手が頭の上に乗り、その言葉は止まった。

 この短い時間で憧れにも似たような親しみをリーシャに持った、ルリアにとって、リーシャに頭を撫でてもらう事は、心が温まるような心地良さとむず痒いような嬉しさを抱かせた。



 「またいらっしゃいね。いつでも歓迎するから」


 「ありがとうございます。・・ですが、次は私共が歓待致しますので、冬に訪れる際はご期待下さい」


 「それは旅の楽しみが一つ増えるわね」



 顔は赤いままのルリアだが、洗練された所作は堂に入ったもの。


 別れの挨拶としては少々難い物ではあるが、同時に二人の立場を考えれば、畏まるというよりは、互いに礼を尽くし合えるだけの、親しい証拠でもある。



 その時、唐突にそれを眺めていたフィリアの肩へ小さな重みが乗った。



 「リアっ。・・きゅうに、びっくりするでしょう?」



 重みとも言えない程の、小突くような軽さ。


 その正体は、最近、子猫と呼べない大きさになってきた黒猫。フィーア。

 急に現れ、そのままフィリアの身体を伝い、頭の上に乗った。


 それは最近のリアの定位置。



 「・・・おもい」


 「フィーアちゃん・・もう大丈夫なのですか?」


 「なぁー」



 ルリアの心配に可愛らしい鳴き声をリアは返した。



 リアはこの所、体調を崩し、部屋の片隅でクッションに蹲り、動くことも億劫そうにしていた。


 原因はフィリア。


 従魔契約を結んだ二人の間にはとても深いつながりが結ばれている。

 それはフィリアの魔力を支える上で必要なこと。


 しかし、その深さゆえ、必要のないものもリアには流れ込んでしまう。

 ・・強い感情・・例えば、絶望にも似た深い悲しみさえなんかもその一つだろう。


 人間同士でさえ他者の感情は不快なもの。それが、人ではないリアに流れ込む。

猫であり、その上、幼いリアに人の感情を理解するなど難しい。


 だからこそ、理解のできない人の感情というものに戸惑い、更には、自傷にも似たフィリアの常軌を逸した訓練にも付き合った。


 そして遂にリアは寝込むようになってしまった。

 完全にキャパオーバーで、当然の結果。



 「もしかして、見送りに来てくれたのですか?」


 「なー」


 「態々ありがとうございます」



 ルリアが伸ばした手に抵抗することなく頭を撫でられ、心地よさそうに喉を鳴らすリア。

 そのリアが頭の上に乗っているせいで、フィリアもまた頭を撫でられているような錯覚を覚え、少し恥じる様に顔を赤らめるがリアの為に我慢して耐えていた。


 リアの体調は少し休めばすぐに回復する程度ではあったのだが、その休息の間さえ無かった。

 だからこそ、ようやく戻ってきたここ最近の穏やかな時間に、リアは力尽きたように回復に努めていた。


 その事を誰よりも知り、同時に申し訳なさも抱くフィリアに、今のリアの小さな我が儘を咎めることはできず、只々その時を過ぎるのを待つだけ。



 とは言え、それも残り僅かで、貴重な時間の一幕。



 「お(ひぃ)様、そろそろ」


 「ええ」



 サマンサの声に返事を返し、ルリアは寂しげな表情をフィリアに向けた。


 名残惜しげに離れるルリアの手を、フィリアもまた後ろ髪が引かれるように見送った。


 フィリアとルリアが表情に滲ませた感情は同じもの。

 だからこそ、互いに出かかった言葉を口にすることはない。


 そして、二人は一瞬だけ僅かに俯くと、力強い瞳と笑みを向け合った。



 「それでは、また」


 「うん。ふゆになったら、あいにいくね」


 「ええ。お待ちしております」



 寂しさを心に潜めつつも、笑顔で一時の別れを交わす二人。


 だがそこで何かを思い出したかのようにルリアはフィリアを睨むように見つめた。



 「それと、フィル。『真星(トゥルー)』の使用は禁止ですからね」


 「え・・あ、はは・・わ、わかってるよぉ」



 ルリアの真剣な視線から逃れるように、視線を泳がせ、頬を掻くフィリアは、見慣れた『分かっていない』時のフィリアだ。

 それをこの短い時間でルリアも理解したようで、胡乱な目をフィリアに向けた。

しかも、ルリアの紅玉の瞳はその迫力を助長させている。



 ここ最近、特に口を酸っぱくして言われていること。

 前より、自重を持てとは言われていたが、ルリアからは特にその点を注意されていた。



 ルリア聞かされたフィリアの身体の状態。

 詳しくは理解できなかったが、良くない状態なのは何となくわかった。


 例えるならば、血流がサラサラ過ぎる状態。

 それを聞かされたフィリアは、それって健康的では?とも思った。


 しかし・・過ぎたるは及ばずが如し。


 『何事にも限度があります。過ぎれば多少の怪我でさえ、血が固まらず失血死してしまう事だってあります』


 つまりは、フィリアもそういうギリギリの状態だと言う事。



 「・・絶対ですよ?」



 目も合わせず返されたフィリアの分かりやすいその場しのぎの返事。

 ルリアはそんなフィリアに溜息を零すが、すぐに呆れを含ませながらも、仕方ないと言いたげに微笑みを浮かべた。


 寧ろ、ルリアよりもフィリアの周りの者たちのほうが、剣呑な目をフィリアに向けていた。



 そして、最後に一言だけ釘を刺したルリアは、一瞬だけ戸惑うような仕草を見せ、すぐにフィリアに背を向け歩き出し、馬車のステップに足をかけた。



 太陽の光さえ透けるような白い髪と肌。

 バレーヌフェザーの正装でもある、ローブに似たドレスは白く、ルリアの聖力に呼応し、心なしか淡く光を纏っている。


 その姿は、神々しく、誰が見ても聖女と称するに相応しき姿。


 見惚れるというよりも、畏れさえ抱かせる美しさ。


 そして・・その中に凛と煌く紅玉の瞳。

 それは、聖なるもの中にある、魅惑的な罪の色を持ち、一層の魅力をルリアに与えている。



 何かのワンシーンのようなルリアの背中を見送るフィリアは、その光景を目に焼き付けるように見つめ、一瞬だけ瞼を閉じると、再び去りゆくその背に視線を向けた。



 「とりあえず、そのわきにかかえてる、わがやのにわしはおいてってね」


 「ええーー」


 「ヒメええぇぇぇぇぇぇっ!!」



 小脇に抱えられたティーファの悲痛な叫びが、全てを台無しにした。





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