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189 流星の下で語る夢



 「・・フィル・・今・・・」


 「姫様」


 「はい?」



 ルリアの声が届く前にフィリアを呼ぶミゲルの声にフィリアはふわりとルリアの傍を離れた。


 僅かに抱いた違和感。

 ルリアのその真紅の眼にも何も映らないその違和感を、気のせいだと感じながらも、離れるフィリアの姿をその視界から外せすに見つめていた。



 呼ばれたフィリアが傍に舞い降りてくるのに合わせてミゲルは腕に抱えていた資料を机に広げた。

 フィリアも呼んだミゲルに要件を問うよりも、その広げられた資料を覗き見ながら舞い降りた。



 「ご所望の資料はこちらに大体揃っているかと思います」


 「ありがとうございます。・・・それにしても、ずいぶんはやくよういできたのですね」



 フィリアの言葉に少し口を噤んで、何処か寂しげな微笑みをミゲルは見せた。

 その理由などわからず、フィリアは首を傾げるが、そんなフィリアの頭をミゲルは微笑みを浮かべたまま軽く手を置くように撫でた。



 「・・・前から準備していたのです。・・いつか・・姫様に役立つかと思いまして」


 「・・・まえから?」


 「はい・・・。ですが、何が必要になるかわかりませんから、とりあえず姫様のお好きな星に関するものを手当たり次第集めておりました。なので関係のない資料もありますが気になさらないでください」



 ミゲルの言葉に視線を迷わせ俯いたフィリア。


 そんなフィリアを見つめミゲルはあの日のフィリアを思い出していた。


 絶望にも似た諦めを滲ませていた横顔。

 これから・・どころか、まだ何も始まってすらいない程に幼い子供が抱くにはあまりに哀愁に満ちたその姿。


 それを見つめかける言葉も見つけられず、胸を締めつけられる事しかできなかったあの時。

 目の前の幼子の何倍も生きているのに、なんと情けない事か・・そんなこの歳になって拭えぬ後悔を抱いた。


 だからこそせめて、いつか、その時が来たら・・。

 そう思い、準備していた。


 何ができるかなどわからない。

 だが、できることできないことに悩むほどにミゲルは青く若くない。

 だからこそ、意味が有るか無いかも、余計な事かどうかも後にして準備していた。


 それが単なる老婆心だと言われればそれまでだが、あの日の霞のように消え入りそうなフィリアをミゲルは忘れられなかった。



 「・・・ほしの?」


 「はい」



 ――――『星の本を・・』


 俯くフィリアの中に聞こえた、遠い記憶。



 「・・・ミゲル」


 「はい」


 「・・ミゲルは、わたしたちがたつ、このほしはへいめんだとおもいますか?」


 「ん?・・んーそうですな・・・私個人としては平面説の方が好みではありますね。ですが、様々な学説から、球体だという説の方が有力だと思います」



 自身の考えを語ったミゲルに、フィリアは一枚の紙片を差し出した。

 ミゲルは首を傾げつつそれを受け取って目を落とした。



 「・・姫様?これは?」



 手渡された紙片には文字はなく、恐らく絵だろうとは思うがミゲルにはそれが何を描いているのかわからなかった。



 それもそうだろう。

 フィリアが手渡したのは一枚の『写真』。


 白黒ではなくカラーではあるし、よく見ればそこにあるものが地図で見たことのあるような形だとも分かる。


 だが、それが何かなど、わかるわけがない。


 星も見えぬ程の暗闇の中に敷かれた白い煙立つような絨毯。

 青白い絨毯の隙間から覗く、青や緑や土の色。


 まるで、この世とは思えぬ――――『無』。そんな表現が思い浮かぶ、怖く寒々しい程の別世界。

 そして、何故か涙が溢れそうになるような美しさに、吐息さえ溢れる世界。



 「・・・いまは、それがげんかいです。うみべにたって、すいへいせんをながめたほうが、よほどまるいかもしれません」


 「まさか・・姫様、これは・・・」



 震えるミゲルの手の中にあるのは、宇宙から見たこの星の光景。



 「そらはとてもくらく・・だったかな」



 正確には、宇宙と呼ぶには全く高度が足りないものだが、無人カメラはおろか、これほどまでに鮮明なカラー写真など、はっきり言ってオーパーツでしかない。

 フィリアだから・・で納得してしまうのも何だが、フィリア以外には誰にもできない、謂わば偉業。


 そんなこの世界初の物を一目で推測できてしまうミゲルの優秀さも驚くべきことではあるのだが、その一枚の写真はそれさえ霞ませるだけの衝撃を持ったものだった。



 ミゲルのこれほどまでに取り乱したような姿を見たことなどない。


 取り乱すといっても慌てふためくように忙しないものではないが、普段落ち着き払って微笑む印象が強い分、その違いは顕著だった。


 そんなミゲルは言葉を紡ごうにも喉が張り付いたように言葉が出ず、見開いた目だけで無数の問いをフィリアへ送る。

 だが、フィリアはそんなミゲルの視線を悪戯っぽく流すように微笑むと視線を上げ、杖を軽く掲げた。


 遊ぶように軽いフィリアの杖の動きに誘われるように紙飛行機が旋回しながら舞い降りてくる。

 そして、そのままフィリアの周りを漂うように旋回した後、フィリアの傍から離れ、すぐ傍の机の上。先程広げた資料の上を滑るように飛ぶ。


 すると、紙飛行機の通った後にスリップストリームの風が生まれたように資料をはためかせ、遂には一枚の資料を舞い上がらせた。

 しかも、その資料はまるで紙飛行機に連れられるように、その後ろを舞い踊りながら共に飛んでいく。


 机を離れると、大きく旋回して舞う紙飛行機。


 ゆっくり大回りの旋回を繰り返し、その空路はミゲルの傍を通る。


 そして、ミゲルの手元に連れ去った資料を落とし、再び飛び立つ。



 「・・・これは・・各地の奉納祭についての資料・・」



 手元に落ちてきた資料に目を落とし、呟く。

 だが・・資料の下になった写真とのつながりがわからない。



 「うちあげました」


 「・・打ち、上げ?ですか?」



 てへっ・・とでも聞こえそうなあざとい仕草を見せたフィリア。

 それに対し、一層、首を傾げたミゲルは、再び資料に目を落とし・・そして、眉を歪めた。



 「・・・もしかして・・この竹を高く吹き飛ばす奇祭のことを言ってますか?」


 「はい!」


 「すみません!ミゲル様そちらを見せていただいても!?」



 どやぁ・・とでも聞こえそうな腹立つ仕草を見せたフィリア。


 今にも頭を抱えそうなミゲルの様子、そして何より『吹き飛ばす』などという不穏な言葉にマリアが焦りを見せ、言葉ではミゲルに伺いを立てているが、実際は奪うようにその資料をミゲルの手から取った。


 当然・・というのも可哀想だが、残念ながらそこに書かれていたのは、マリアの嫌な予感を裏付けるもの。



 「すごかったんですよ!!ものすごいひかりとおとで、あっというまにみえなくなって」



 資料に書かれた『火薬』や『爆薬』という不穏な単語。

 それを更に裏付ける、相変わらずのフィリア信奉者であるティーファの証言。



 「ですが、そんな音など・・」



 だが、それほどの光や音など知らない・・と思いかけて辞めた。


 ローグの『防音』の魔術は元を辿ればフィリアの考案。

 しかも、ローグのものは防音といえど完全ではないのに比べ、フィリアのものは何故か完全防音。・・恐らく爆発音でさえ外に漏らすことはない。


 道具は使いよう、とは言うが、フィリアの場合、想像だにしない活用法を思いつく天才だと頭を抱える。


 つくづく、フィリアの無駄な才能が恨めしい。



 カシャッ



 両手の人差し指と親指で作ったフレームを覗き込むフィリアの手元からどういう原理か一枚の写真が現れる。

 そこにはあまり顔色の良くないミゲルとマリアが鮮明に映し出され、今この時の姿を切り取っていた。



 「このまほうを、ませきにこめて、とばしました」


 「そんな方法どこで・・」


 「まどうぐさくせいでおそわりました」


 「・・魔道具で使うような魔石では、複雑な術式の再現は難しいはずですが?」


 「でも、できました」



 そう・・出来た・・・だからこそ問題なのだ。


 魔道具とは、複雑な機構を繊細に組み込んだもの。

 それ故、魔石一つ、術式一つでそれと同等の効果などありえない。


 正確に言えば、魔石の品質次第で可能ではある。

 だが、それはあまりにも採算の合わないもの。


 今回のフィリアのカメラを再現しようと思えば間違いなく国家予算クラスの魔石が必要となる。その上、一度で成功する筈もなく、いくつもの魔石を砕くことになる。


 それ故、魔術や魔法などという超常がありながらも、魔道具に需要があるのだ。



 なのに、この非常識幼女は・・・。



 当然フィリアにそんな魔石を手に入れるすべなどないし、いくらレオンハートと言えどもそんな希少なものが簡単に手に入るわけがない。

 況してやいくらレオンハートと言えど、流石にそんなものを幼子に与えることなど決してない。


 ・・・ゼウスならばあるいは・・とも思うが、流石にそこまで、ぶっ飛んでいない・・と信じよう。


 ともすればフィリアが手に入れられる魔石の質などたかが知れている。

 照明に使われるような使い捨ての魔石か、品質の高いものが手に入ったとしても、それはマリアの管理下にある筈。


 だからこそに頭を抱える。

 本来ありえない筈のものを作り出したのだから。


 ・・相変わらず、想定外をサラッと起こす、油断も隙もない頭の痛い主。



 「まさか・・あのハサミも何か・・・」



 マリアは先頃、庭園でフィリアが焦ったように隠した姿を思い出した。



 「あぁ。あれは、このしゃしんを、かいしゅうしただけです」


 「・・・ハサミで?」


 「『まほう(おまじない)』です」



 フィリアの『まじない』。それは政治家の言葉よりも信頼にかけるが、残念ながらその効果には望まぬ確かな実績がある。それ故にマリアの表情は何とも言えないもの。


 そして、マリアは視線をミミに向けた。

 ミミは自身が外している間もフィリアに付き従い一部始終を見ていたはず。

 庭園に趣いた際にも傍にいた、知らぬはずはない。・・報告が無いことは後で叱責するとして、そもそも、そのような危険な事をさせたこと自体問題で――――



 ――――マリアは、そっと視線をミミからフィリアに戻し慣れたように無表情となった。


 フィリアの事に関して、いちいち感情を動かしていては持たない。



 ・・ミミが浮かべていたのは、諦念を超えた、乾いたような微笑み。

 ミミが無力だったのはそうだろうが、それ以上に、止める隙もどころか、ミミの予測と想像を遥かに超えたものだったのだろう。

 ミミの表情・・あれは戦場でどうにも出来ない驚異に晒された兵と同じ・・為すすべもなく、身を委ねるもの。


 さすがのマリアも、そんなミミが哀れでならなかった。



 「それで、ミゲル。そのしゃしん、どうおもいますか?」


 「え、あ・・」



 マリアが心を殺そうと苦心する中、相変わらず自覚の足りない能天気な声がミゲルに向けられた。

 ミゲルも、フィリアの付き合いはそれなりに多いのだが、常に傍にいるマリアたちでさえ対処しきれないフィリアの非常識さに、戸惑いから抜けられない。



 だが・・・。



 無邪気に問うフィリアの声に誘われ、フィリアに彷徨っていた焦点を定めると。


 一瞬。・・だがゆっくりと雲が晴れたように、清々しく思考が戻る。



 フィリアが向けるのは子供のような無邪気な笑み。

 年相応な当たり前の表情なのだが、まるで太陽のように明るく弾けるフィリアの笑顔は特別なものに思えた。


 あの日の、脆く壊れてしまいそうな姿と重なっては、掻き消すまさに陽光のようなフィリアの笑顔。

 それはミゲルの中でずっと燻り、蟠っていたものをも掻き消す、何にも優る『答え』のような光だった。



 「・・・実に浪漫があるかと。ですが・・これだけでは足りませんな」


 「ですよねぇ」



 気づけば戸惑いは消え、老いたはずの心にも血が通うのを感じられた。


 そして、目の前の幼女は、あの時とは違う迷いのない目をして、目指すべきものを定めていた。



 「姫様。・・姫様が伸ばす手の先は遥か遠く、触れることさえ叶わぬ夢ですよ」


 「・・・それでも。わたくしはいきます。てをのばしつづけます」



 覚悟や決心・・そんな大層なものではないが、フィリアがミゲルに向ける強い眼差しには年相応の夢物語でありながらも、そうではない熱を放っていた。


 そこでフィリアは両手を掲げ、夜空を仰ぐようにくるくると回った。



 「このほし、ぜんぶに」



 そう言ってミゲルにニヤリと悪戯っぽく笑みを向ける。


 それは冗談口調でありながら、何処か本気っぽいもので、ミゲルは苦笑を零した。


 ミゲルも、ああは言ったが、フィリアの夢を否定する気持ちなど欠片もない。

 寧ろ、根拠も何もないのに、フィリアの中に燃えるような血潮と錆び付いていた青臭い憧憬を蘇らせていた。


 荒唐無稽の夢。

 だがそれを、よくある幼子の微笑ましい夢と断ずるには、あまりにフィリアが眩かった。



 「ヒメならできます!!」


 「うん。フィルならきっと叶えられます」



 ティーファとルリアは、それが何かなど、詳しい事などわからなくとも、『フィリアならば』と確信を持っていた。

 それは友人二人のみだけでなく、フィリアの側近たちも同様で、静かに頷きそれを肯定した。


 もしかしたら、描いた形の通りではないかもしれない。

 でも、フィリアならば・・・と。

 寧ろ、フィリアが叶えられぬものが想像できなかった。



 「フィーには私たちもいるしね」


 「えぇ。フィーの為なら、何でもするわよ」



 そして、これ以上ないほどに心強い家族。

 掛け値なしに最強のバックアップ。



 フィリアのくせに何かを悟ったように諦めるなどらしくなかったのだ。


 前世はどうあれ、今世のフィリアに叶えられぬものを探すほうが難しい。

 無理難題。荒唐無稽。・・上等じゃないか。

 中身はともかくまだまだ生まれて間もない幼子なのだから。


 不穏ではあるが・・・残念ながら比喩ではなく、フィリアが持つ可能性は無限のものだ。



 「それにフィルが教えてくれたじゃないですか」



 ルリアが夜空を仰ぎ皆の視線を夜空へと誘う。


 そこには満天の星の中を駆ける幾数もの軌跡。

 先程よりも数を増し、心なしか煌きも増したような流星群に皆一様に目を惹かれた。






 「流れ星に三回願えば、願いが叶うって」



 ルリアの一言に周囲の視線が一瞬でフィリアに集まった。


 何気ない、子供らしい夢物語。

 だが、この幼女が『願う』というのは、そんな可愛らしい話では済まない。


 ルリアの言葉にフィリアは手を組み祈るような仕草を作る。


 その瞬間、誰ということもなく一斉にフィリアに向かい駆け出した。




 フィリアの辞書に『自重』という単語は、未だ加えられてはいない。







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[一言] 電車からの夢の続きが叶えられる?
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