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187 かぐや姫の葬儀



 漆黒の夜空に、いつもより眩く爛々と浮かぶ満月。


 僅かな星明かりも一等星くらいしかその存在を示せないが、それさえも霞んでいて、どうにか漆黒に針の穴程の小さな光を確認できる程度でしかない。


 冬の近い空気は、夜空も澄み渡らせているが、あまりに眩い月が星の存在をかき消し、夜空を独占していた。



 「オヤジ。冷えるぞ」


 「・・あぁ、すまない」



 コンクリートの土手に腰掛け、黄昏るように夜空を見上げていた背中。

 そこに近づき声をかけると、後ろから上着を掛けて、隣に腰を下ろすと、なれた所作でタバコに火を点けた。


 並んで見上げた宵闇にタバコの煙が広がり、直ぐに溶けて消える。



 「・・あいつが好きそうな、夜空だ」


 「満月が特に好きだったからな・・あの子は」


 「オヤジもだろう。そもそも、あいつが星を好きになったのだってオヤジの影響だし」



 何年も前に忘れた煙草の味は、銘柄が変わっても、懐かしく蘇る。


 それは、皺だらけの父親も同様だろう。


 隣に並び、夜空を見上げた息子に差し出された煙草を咥え、軽く咳き込む事はしたが、蒸すのではなく、きちんと肺に吸い込む流れは、染み付き慣れたもの。



 「・・あの子の煙草は、キツイな」


 「確かに。・・それもあいつ、こんなキツイのを一日二箱も吸ってたらしいし」


 「だからか・・あの子、何が辛いって。禁煙が何よりも辛いって言ってたんだよ」



 宵闇に、二人揃って煙を吐く。


 その煙は直ぐに掻き消えるが、冬の空気に白くなる吐息は、煌くように少しの間だけ漂うように残った。


 親子が並んで夜空を見上げたのは、幼い時以来。

 この息子に、父の趣味は嵌らず、思春期を待つ前に、誘っても断られるようになった。


 その為、こんな風に並んで夜空を眺めるのは何年ぶりか。

 そんな風に思い出す幼い姿・・しかし、その思い出の中には、もう一人、さらに幼い子供の姿があった。



 「線香は?」


 「さっき変えた。今は、母さんが見てくれてる」


 「・・あいつも少し休ませないとな」


 「それは・・無理だろうな」



 自嘲にも似た苦笑を零した二人。

 二人にも・・その気持ちが痛いほどに分かる。

 それ故に、口にするだけで、実際には何も出来なかった。



 「・・・お客さんは?」


 「・・お偉いさん方なら帰ったよ。・・最後まで葬儀が遅くなった事、何度も謝ってたよ」


 「あちらさんも本意ではなかったろうにな・・・。都内で一万人以上もの人間が原因不明の突然死をしたんだ。・・確かに、こちらとしては複雑だが、調査に時間がかかるのも仕方ない」



 二人は並んで煙を燻らせながら空を仰いだ。


 見上げた夜空に再び、幼き頃の情景が思い浮かぶ。

 二人が僅かな笑みを溢し、思い出したのは同じ姿だった。



 「・・憶えてるか?あの子は生まれる直前まで、女の子だって言われてたんだ。

・・その時は産婦人科の先生にも女の子だって言われていたからな。全部、女児用を買い揃えて準備してたんだよ」


 「あぁ・・。それは何となく憶えてる。あいつの物って、いやにファンシー系が多かった記憶がある」


 「もったいなくてな。そのまま使ったんだ」


 「あいつの赤ん坊の頃の写真。女の子にしか見えないのばっかだったな」



 外に出かければ、女の子と勘違いされることもよくあった。

 母など、赤子の頃だけでなく、幼い時分は意図的に中性的なものを選んでいた。



 「・・名前も、女の子だと思ってたから、急遽、命名辞典とにらめっこだった」


 「それは、初耳だなぁ。なんていう名前?」



 懐かしい思い出。

 本人にとっては、アルバムを開くことを渋るような黒歴史だったろうが、家族にとっては良い思い出だ。・・母にとっては特に。


 それを思い、二人は懐かしむ笑みを浮かべると同時に、虚無を滲ませる複雑な微笑みを夜空に向けていた。



 「・・月姫(かぐや)。・・美人で、頭も良く、その上、誰からも愛されるように・・とな」


 「・・・そっか・・。じゃぁ、あいつは月に帰ったのかもな・・・」



 父は口を引き結び、息子は語尾が少し震えてしまった。


 一度、思い出してしまった記憶は、吹き出すように次々と走馬灯のように溢れる。奔流のような勢いで、意思など関係なく数多の思い出が二人を襲う。


 止める気など、あるはずもないが、仮に止めようと思ってもそれは難しいだろう・・・。



 「・・・あの子は、満天の星空も好きだったが、こんな、月の綺麗な夜空が何より好きだったな」


 「・・・いつか、あの場所に行くんだって、手を伸ばしてたしな・・」



 上ずるように震える声。


 襲う記憶は姿だけでなく、声、匂い、趣味嗜好・・そんな存在の全てを連鎖的、派生的に思い出させる。



 「・・伸行・・・その名の通りに生きた、な」


 「・・遥か遠い月に、手を伸ばすように、長く険しくとも行く・・だっけ。普通に考えて、伸びやかに的な意味だと思っていたら、そんな理由で・・知った時には母さんも驚いてたな」


 「その後、しっかり怒られたなぁ・・」



 上ずった声で、冗談めかしてみても乾いたような笑い声しかでない。

 だが、それでも二人の間の空気が少しだけ弛んでくれる。



 「月姫(かぐや)ってのも、美人だ、とかと別に理由があったんだろ」


 「・・・・・かぐや姫って竹の中から見つかったって言うだろう?世界各地に竹ロケットを飛ばす伝統もあるし、ロケットの絵を描けと言われれば、多くの人が長筒型のものをイメージする。・・だからかぐや姫が見つかったのは、ただの竹ではなく、ロケット・・もっと言えばUFOだったんじゃないか・・とか」


 「都市伝説じゃん」


 「それに何より、月に行くからな」



 少し早口で何やら言った父だが、結局のところ最後の一言が全て。


 この父は自身の憧れを我が子に投影して名付けした。

 だがそれは、不器用で、有難迷惑な・・・愛情の証でもあった



 「・・それに、あの子は、特別な目をもってたしな」


 「特別な目?」


 「そう・・。お前は紫色の星空を見たことがあるか?」



 父の急な話題に首を振った。



 「雲母のような光の集合体や、淡く靡くような光の広がり。無数の色合いで煌く星星。そんな夜空だ」


 「・・それって、あの写真とかで見るやつ?」


 「そう。それを実際に目にしたことはあるか?」


 「・・ないな」


 「俺もない」



 堂々と言い切った父の言葉に、呆れながら、結局何が言いたいのかわからず、更に首を傾げた。



 「天文学者なのに?」


 「・・言葉が足りなかったな。正確には、『肉眼』では見たことがない、だな」


 「どういうこと?」


 「よく目にするあの星空の写真なんかの光景は、肉眼じゃ見れないからな」


 「あぁそう言う・・・って、あれ?」



 思い返せば、弟から聞いていたのは、そんな写真なんかでよく目にする光景そのままの解説だった。



 「でも、あいつがいつも言ってのって」


 「だから言っているだろう。あの子の目は特別だって」


 「・・初めて知ったわ」



 見えないはずのものが見える『目』。

 それは確かに特別だが、そんな話、知らなかった。



 「幽霊とかも見えていたかもな」


 「それはない。あいつ、そう言うの死ぬほど苦手だったし、そんなものが見えていたら常に大騒ぎしてる」


 「確かにな。・・だが、特別な目を持っていたのは、本当。・・だからだろうな。思春期の頃には自分自身が人とは違うことに気づいて、満天の星空を見上げるのを避けていたよ」


 「・・それで、星が見えない程の月夜が好きになったのか」


 「あぁ。本人曰く、こんな月夜なら、他の人と大きくは変わらないらしいからな」


 「少しは違うんだな」



 確かに、それまで毎夜、天体観測に勤しみ、星座やら何やらの本を何十冊、何百冊と読み漁っていた姿が、一時期、急に、見なくなった。


 ・・・だが、それは・・違う理由があった筈。



 「・・まぁ、高校生の頃にはまた好きになって以前と同じように星空を見るようにもなったが、それでも、こんな月夜が一番好きなのだけは、ずっと変わらなかったな」


 「・・でも、一度。夜空どころか月さえも怖いと言っていた時があったじゃんか」


 「あぁ・・婆さんが亡くなった時な」



 祖母の死。そこに夜空とどんな関連があったのかはわからない。

 だが、その時はしばらく、虚ろであると同時に月に怯える姿を目にしてもいた。



 「あの時、爺さんは、婆さんの願いを聞いて、猪を狩りに行ったんだよな」


 「・・ジビエは苦手だってずっと言ってたのに。・・・猟師の家に嫁いだ婆さんの最後の願いがそれって・・美談なのかな」


 「美談なんだろうな」


 「だけど・・それからあの子は人の死に敏感になった。お前が盲腸で入院した時なんかも、怯えて、食事も喉を通らず、眠れず」


 「そうそう。結局、あいつも入院する羽目になった上に、俺よりも後に退院するなんていう冗談みたいな結果になったっけ」



 月が怖い理由は知らないが、『死』というものに極端な怯えを見せるようになったのは祖母が亡くなった日からだった。

 ともなれば、月を恐れた理由もそこにあろうが、その理由を知ることも、探ることももうない。


 しかし、もう一度、好きになった。



 「・・『輝厳(きいか)』図書館の方々には感謝しないとな」


 「あぁ・・だからこそ、紬実(つぐみ)さんにも自分を責めて欲しくないんだけどな」



 もう一度夜空を見上げさせてくれた・・それは、本人はもちろん、家族からしても感謝してもしきれないものだった。



 「たくっ・・あいつは昔からそうだけど・・少しずれているというか・・・変わっているというか」


 「突飛押しをもない事を平然としていたからなぁ・・」











 部屋に入ったマリアは眉根を寄せた。


 夕食を終えたの後、再び強制的に放り込んだベットは、僅かな時間、部屋を出た間にもぬけの殻となっていた。


 そこに控えていたアンネとキースを見れば苦笑を溢し、そっと視線を逸らされる。

 ベットメイクをしていたシェリルはマリアの視線を受けるより前に怯えたように背筋を正し、マリアに頭を下げて控えた。

 新入りでフィリア付きとは言え立場は下女に近いシェリルにとって、マリアは遥か上の存在。・・だからこそなのだと分かっていても、プルプルと小さくなって震える獣耳には、何か悪いことをしたような罪悪感が沸く。


 だからこそ、普段は柔らかな表情で向き合うことを心がけているのだが、今はそれも難しく、薄ら寒い笑みにしかならず、伺い見るように少し顔を上げたシェリルは息を呑むように短い悲鳴をあげて、一層震えだした。


 だが、シェリルもそんなマリアの感情の元凶が自分にない事くらいはわかっている。

 だから、怯えながらも視線のみで、マリアが望む答えを示した。


 シェリルの怯えた視線は、同時に憐憫も多分に含んで庭園に向かっていた。


 それを追い、マリアも視線を庭園に向けると、大きく溜息を吐いた。

 それは。心からのもので、マリアの気苦労がありありと滲み、そこにいた面々は同情の目を向け哀れんだ。


 マリアはその視線を咎める事などせず、気づかぬ振りをして庭園へ出た。



 「姫様、お時間で・・す・・・」



 庭園への扉を開きながら声をかけたマリアは、目の前の主の姿に言葉を止めた。


 そして、一拍、時を止めたように固まり、目を剣呑に細めた。



 「まりあ。じゅんびは・・・・・あ・・こ、これは、ちがいますからっ」



 かけられた声に振り向き、それがマリアだと分かり綻ぶような笑みを見せたフィリア。

 だが、その笑みはマリアの目を見て強張り、自身の手を見て明らかに取り乱して慌てる。


 ・・ようやくフィリアにも罪の意識は芽生えてきたようだが、自重は残念ながらまだ・・フィリアの成長に涙を禁じえない。色々な意味で。特に褒められない事多めで。



 「・・では、その手に持ったハサミはなんでしょうか?」


 「え、えぇーと・・・・・えへっ」



 愛らしく微笑んでみせた所で、マリア相手には何一つ誤魔化せなどしない。

 案の定、マリアの険が増し、鋭い眼光がフィリアを射抜く。


 傍にいたルリアも冷めた目を向け明らかな呆れを滲ませている。



 「はぁぁぁ、ヒメ、かわいいですぅーー」



 唯一、そんな態とらしいあざとさに魅了されるのは、フィリア信仰末期のティーファだけ。


 いや、もう一人。マリアと同じフィリアにとってのもう一人の母。


 顔を背け、声を押し殺してはいるが、胸を押さえ、何かに耐えるように小刻みに悶えて震えている。

 ・・・ミミのこの魅了耐性の無さは、前科がある分、心底心配だ。主に、とある天使にいいようにされないか的な。




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