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175 唄う花



 何処からともなく、響き渡る多重のコーラス。


 フィリアとローグの幻想的なまでの世界感。

 それを包み込み、更なる彩りを加えるコーラスは一つや二つなどではなく、街中、そこら中から無数に響いて広る



 「だいじょうぶ?」


 「うん。ありがとう」



 小さな身体を支えるのもまた小さな身体。

 二人の幼女・・メアリィとティーファが互いに寄り添い合うように水路の端に腰を下ろし、夜空に響き降る歌声に安らいでいた。


 二人・・特にメアリィは魔力の枯渇が顕著で力なく、疲れきったように水路に足を投げていた。



 「ティーは大丈夫?」


 「うん。わたしは『愛しき姫様の誘い(ハレー)』だけだもん」



 ()()とは言うが、そんな生易しい規模の術ではない。

 事実、そんな事を言うティーファの顔色は決して良いと言えるものではない。



 メアリィは強力な魔術を続けざまに発動した。

 それも、一度は意識を失いかけた程に強力な魔術を連続して。


 エーテルの効果もあろうが、『キルケーの蕾』であるメアリィだからこそ出来たことで、本来なら一つでも負担は並大抵のものではない。


 それも、幼子。


 『キルケーの蕾』であるメアリィでさえそうなのだ。

 ティーファならば余計に無理をしたはずだ。



 二人はフィリアに毒された筆頭とも言うべき存在。


 大人顔負けどころか、その道の練達でさえ引くぐらいの規格外な二人。

 だが、それは一点においての話。


 初見で妖精術が使えたり、『魔法使い(ウィザード)』だったり、『月盃(マナグレイル)』を創れたり、侍女教育をマスターしつつあったり。

 他にもあれやこれやと、列挙すればすごくは見えるが・・・いや、ホントすごいな。


 ・・・・・。


 ・・確かにすごくは見えるが、それはあくまで偏ったもので、単なる一面でしかない。


 身体なんかは当然ながら未熟。

 知識だって歳の割には賢いかもしれないが、それぞれの分野以外では大差ない。

 経験も視野も足りず、先見などないようなもの。


 特出したものがあまりに規格外で、更にはフィリアの存在も相まって、悪目立ちしているだけ。

 そういうものを無しに見れば、二人は本当に只の幼子でしかない。



 「・・お疲れさま」


 「メアリィも」



 二人は互いを労いながら身体を預け合い。

 そして、再び愛しき人の歌声に身を委ねた。



 「・・メアリィはすごいね。ヒメのまほう、ほんとうにつくっちゃうんだもん」


 「えへへ、ありがとう。ティーのおかげだよ」



 少し寂しげに呟いたティーファ。だがその賞賛は決して嫌味なものではなく、メアリィもそれを素直に受け取り、ティーファに更に体重を預けた。



 「でも・・ティーの方がすごいよ」



 そう言ってメアリィが見つめるのは水路、その水面を超えた水の中。


 そこには、花弁を羽衣のように懈たせながら、美しいコーラスを奏でる花が、群れを成して咲き乱れ、歌っていた。











 「これって・・サマンサ」


 「・・はい。あの時の奇声を上げていた奇っ怪な植物ですね」



 水路をゆっくり進むゴンドラの上、水面を覗き込むように身体を乗り出したルリアとその背後から支えつつも共に覗き込んだ侍女のサマンサが呟くように小声で会話していた。



 「あぁ『セイレーンの花』だな」



 二人の会話に、ルリアの隣に腰掛けていたエラルドも、追うように水面を覗き込み、二人に答えるように呟いた。



 「セイレーンの花、ですか?」


 「このあたりにしか咲かない花で、確か正式には・・・」


 「『絞叫百合(ハングリッドリリィ)』。固有種とまではいきませんが、とても希少で、一応ファミリアの特産でもあるんですよ」



 同乗していたハイロンドは、静かな微笑みを浮かべ夜空を見上げながら説明した。



 「魔素や魔力が濃く揺らぎも少ない土地に咲き、魔力を多分に含む魔花で、薬などの原材料にも重宝されるとか」


 「・・不勉強でした」



 バレーヌフェザーの人間として、医に関する無知は恥以外の何ものでもなく、ルリアは俯いた。

 だが、そんなルリアの肩に手を置きエラルドは、責めるのではなく励ました。



 「ルリィはまだまだ修行の身だ、仕方あるまい。最近ではあまり使われることもないしな。薬師や錬金術師ですら知識だけはあっても、実際に扱ったことのある者は少なかろうさ」


 「そうですね。魔女の薬術でも扱いが難しいそうですし、扱えても大抵の場合毒薬に利用されてしまうそうですから」


 「毒薬・・なのですか?」


 「正確には、『毒にも成り得る』だな。そもそも薬とはそういうものだ。ただ、あの花はそのきらいが他よりも強いというだけだ」



 ハイロンドとエラルドの説明に、そっとサマンサが手を上げ発言の許可を求めた。

 エラルドはそれを頷いて先を促し、サマンサは言葉を選ぶように淀みながら呟く。



 「・・その・・先日、見たものと、少々・・印象が、違うのですが」


 「あぁ、もしかして庭園で見られたのでは?」


 「え、あ、はい。・・リュース様がお持ちになっておりました・・」



 その時の情景を思い出す。

 褐色の肌をしたリュースの笑顔は暖かな日差しのようで快活な印象なのだが、その腕に抱かれ不気味な悲鳴を上げる奇っ怪な花が、そんなリュースの印象を全て上書きしていた。


 ハイロンドはサマンサと、サマンサの言葉とともに苦笑を漏らしたルリアを見て、クスリと笑った。



 「セイレーンの花は地上では不気味な、それこそ鶏が首を絞められたような声を出すんですよ。それが名前の由来なんですが」


 「地上では・・」


 「はい。セイレーンの花は水辺に咲く花ではありますが、本来、水生ではなく陸生の植物なのです。とはいえ魔花であるセイレーンの花は、水中でも三日は美しく咲き続けますがね。それも淡水ならば三日ほど、海水ならば一週間ぐらい咲き続けます」


 「地上ならば一ヶ月は咲き続けるがな」



 思わず頬を引き摺る程の不気味な声。

 人の印象を上書きどころか乗っ取るほどのインパクトを与えたその花。


 絞叫百合(ハングリッドリリィ)・・その名を付けた人も、その強烈な印象を拭えなかったのだろう事が容易に想像できる。



 「しかし、咲かせ続けるのもそうだが、そもそも咲かせる事自体が難しくてな、市場に出回るのもほとんどが自然に自生していたもの、それ故に希少なのだ。・・これだけの群生。トリーでないとできないだろうな」


 「レオンハート大公家のみならず、ファミリア自慢の『庭師』ですから」



 花国とも称されるこの国の人々にとって『庭師』というのは特別な存在。

 尊敬を集め、王侯貴族でさえ敬意を払う存在。


 その中でも、国が認めた特別な『庭師』はその中でも別格。

 況してや、それを個人ではなく、一族として代々受け継ぎ、守り続けられるトリー家のような家は、更なる特別な者。


 ハイロンドは胸を張り、心から誇らしげに語るが、トリー家を誇りに思うのはファミリアだけではなく、この国にとっても代え難い一族。


 それ故に、エラルドは不快という程ではないにしても、少々複雑な面持ちで苦笑を零した。



 「すみません、話が逸れましたね。・・本来、陸生であるセイレーンの花は、地上では不気味な、魔物すらも避けて通るような声を上げます、ですが、不思議と水の中では、その声が美しいモノへと変わり、人々を魅了するように唄うのです」


 「更に言えば、セイレーンの花は魔花で、魔力に反応する。だから声に魔力を乗せればその魔力に呼応して唄う。・・今のようにな」



 街中にこだまするフィリアの歌声、だがそれ以上に溢れたコーラスがフィリアの声を飾り立てるように、フィリアの歌声を更に大きなものへと昇華している。



 「流石はトリー家だな。・・さっきも言ったが、この花は自生したもの以外あまり市場に出回らない。それを、これだけの数・・街中に。・・自生しているものだけでは足りんだろう」


 「はい。恐らくこの国でもセイレーンの花をこれほどまでに準備できるのは、トリー家の方々だけでしょう」



 固有種とまではいかないまでも、この地の特産。

 国選の特別な『庭師』と言うのも理由の一つだろうが、それ以上に、この地の根を降ろす一族であるが故に、一日の長がある。・・・と言うより、トリーにしか出来ない仕事だろう。











 「かぞくみんなで、なんにちもかかったよぉ・・」


 「ご苦労様です」



 垂れかかるティーファの嘆きにメアリィは敢えて畏まって労う。

 そんな二人の態度はそれぞれの両親を真似たものなのだろう。

 少しマセた掛け合いを演じ、互いに微笑みを向けあった。



 「ティーたちにしかできないお役目なんて・・・やっぱりティーはすごいよ」


 「メアリィ?」



 微笑み合ったメアリィの表情に、自嘲するような影が落ちた。



 「・・ティー。最近、精霊術を教わってるんでしょ?」


 「え?う、うん」



 ティーファはメアリィが浮かべた自嘲の意味がわからず首を傾げた。


 確かに最近、ティーファはアンヌの指導の他に精霊術も習い始めた。

 だが、それはどちらかというと必要に駆られての事。


 妖精の術にさえ適性がありすぎるティーファ。

 リーシャもだが、精霊術の行使が許されるのは、確かな技量と惑わぬ意思を身に付けた一定以上の年齢を超えてから。


 しかし、同時に適性のありすぎる人間は、妖精や精霊の影響を強く受けたり、そもそも、自身の力を訳も分からず暴発してしまう事さえある。

 だから、許可云々以前に、その耐性と対処は、学び、身につけなければならない。


 もちろんティーファ自身も嫌々などではなく、寧ろ自発的に率先して学ぶ姿勢を見せているが、あくまで事情があって始めたことだった。



 「・・ママ、に・・・教わってるんでしょ?」



 自嘲・・というよりも寂しげに聞こえるメアリィの呟き。



 「ティーはすごいよ・・私は、適正ないもの・・」



 メアリィは純粋に悔しかったのだろう。


 確かに魔術師として類稀なる才を持つメアリィ。羨まれることはあっても羨むことなどないように思えるが、幼いメアリィにとってはそんな才能よりも母と同じ力の方がよほど価値があった。


 だからこそティーファが羨ましかった。


 『庭師』としての能力を両親から受け継ぎ、更には、マリアと同じ精霊術にまで適正があり、その講師はそのマリア。


 当然ながらメアリィに適性がないのは現時点での話。

 ティーファが早いだけで、まだ幼いメアリィにその芽がないわけでは決してない。

 生まれ持った才能が全ての術ではないし、何なら幼いうちから準備ができるのならば、いずれ身につく可能性は低くない。



 「・・・・なんで、笑ってんのさ」



 真面目なメアリィの吐露。

 それなのに、目の前のティーファはメアリィに向け意地の悪い笑みを浮かべていた。


 当然、メアリィはそんなティーファに眉根を寄せて不機嫌な表情を向ける。

 それでもティーファは、そんなメアリィの表情を見ても、今にも鼻歌でも奏そうな程に楽しげな様子のまま、じゃれるようにメアリィへ身体をぐりぐりと寄せた。


 だが、そんなティーファの動きもメアリィの腕を取り抱き込むように見つめて止まる。



 「・・わたしもね・・・うらやましかった、の・・・」



 何処か含羞むように、呟いたティーファの見つめるメアリィの指に咲く向日葵の意匠。


 別に仕返しをしたかったわけでも、仕返しが出来たと喜んだわけでもなく。

 純粋にメアリィが自身に嫉妬を抱いてくれているという事実が嬉しかった。


 歳も一つとは言え上で、魔術にも優れたメアリィ。

 親友としながらも、何処か並び立っていないような負い目があった。


 だから、少し意地が悪いかもしれないが、メアリィのそれが、ティーファには嬉しかった。



 メアリィも、指をそっと撫で、呟きを零したティーファの気持ちを察したのか、ムッと不機嫌な表情を作ったままで、ティーファを抱きしめ――――イジワル・・――――と耳元で呟くが、それは拗ねたもので、本心など皆無のものだった。



 その時、水路の先に影が見えた。



 「・・魔力は、もう大丈夫そう?」


 「うん。メアリィは?」


 「うん。私もそろそろ大丈夫」



 二人は、ノソノソと立ち上がり、背筋を伸ばすと手を繋ぐ。

 そして繋いだ手とは逆の手でそれぞれ黒の杖を携え、構える。



 『星屑(スターダスト)



 二人の目の前に、それぞれひと振りの剣が創られ、顕現する。


 生まれた剣は、淡く暖かな光を纏い放っていた。





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