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174 演出過多なライブ



 生まれた静けさは、ライブ前の期待や緊張に満ちたそれとはまるで違い、フィリア起因でよくあるソレ。


 自分たちもその非常識や規格外に区分され、完全に感性が麻痺しているゼウスやマーリンでさえ口をあんぐりと開け呆けている。

 他の者たちなど、確認するまでもない。


 レオンハートの規格外に千年単位で巻き込まれ続けて来たルーティア。

 その上、彼女は自然や超常の権化とも云われる精霊の更に大精霊と呼ばれる次元の違う存在。


 そんな彼女でさえ、唖然と思考停止で目の前の眩いライブステージを見上げていた。



 フィリアとその側近以外、目の前の()()()()()()に思考が追いつかず、何が起きてるのか理解できなかった。



 それは、二体の巨大な大蛇も同じ。


 ロクサーヌに吹き飛ばされ水面に叩きつけられながらも、すぐに起き上がり身構えたユミルも、目の前のエレクトリカルな光景に唖然とし、狂気さえ霞み忘れていた。






 夜空に浮かび、色彩豊かな剣や槍などの・・・光の絨毯、その上に鎮座するフィリア。


 その姿は神々しく、かつて呼ばれた精霊の名にふさわしくもあるが、本物の大精霊にさえ思考放棄させる程の規格外とは、これ如何に。


 ともかく、様々な・・本当に多種多様数多の言いたいことはあれど、その姿は、なんの含みもなく純粋に見れば、神秘と幻想を体現したかのような、まさに・・『天の使い』。



 そんなフィリアが怖々、恐る恐る、探るように、しかし迷いなく音を紡ぐ。

 それは声というにはか細く、脆弱なものだが、誰の耳にも翳ることなく届いた。


 だが、それは言葉ですらない、単なる序章のハミングやスキャット。


 伴奏も何もない静寂の中に、静かに響く唄。



 しかし、その声は、周囲の心を一瞬で奪う。

 魔力が乗せられているからか、はたまた見た事もない演出に引き寄せられたものか。


 周囲の者たちは、唖然と思考放棄するのを辞め、只々、数多の光の中にありながら眩く目を惹くその声の主を見つめていた。



 それはその場の者たちだけでなく、街の住人たちも同様だった。


 厳戒態勢に家の中に避難していた住人たちは、誘われるように外に誘い出され、天上の天使に魅了されたように魅入った。



 湖上都市ルーティア。その街中に届く声の派生は、街のみならず、湖にも届き、水面に柔らかな光が漣のように駆ける。

 それはフィリアの声に呼応するように光を放ち、場所によっては鼓動するように光を淡く点滅させた。




 しかし、それは序章。

 ハミングとスキャットのみの僅かな時間。




 一拍の間を空けてフィリアは深く息を吸う。


 そして、静かに瞼を開けると共に、歌を紡ぐ。




 たったワンフレーズ。

 いや、それどころか、たった一音。


 それだけで、人々はフィリアに陶酔するように引き込まれた。




 伴奏も何もない中で透き通って響く、独唱。


 たった二歳の幼子が作り出せるとは思えぬ迫力と世界観。


 確かに声自体は幼い。

 だが、魔術同様、これまたマーリンの厳しい・・常軌を逸した指導を受け、その技量は幼子云々以前に大人顔負けのものを得ている。

 そして、更には、フィリアの年齢では本来あるはずのない情感もある。それは奇しくも、本来の年齢以上の経験・・前世がある故。


 それに、こう言っては何だが、この世界の人々は『歌』というものに対して耳が肥えているとは言えない。

 歌と言えば街で口ずさむ程度のものか、それとも態々劇場や舞台に足を運んで聞くものか、どちらにしても、耳が肥えるには、足りない。


 蓄音機もあるし、魔術のある世界だ。

 全くの機会がないわけではない。しかし、それでもやはり、まだそれは余裕のある人々の謂わば道楽的なもので、決して一般的ではない。


 その点、フィリアの耳は、恐らくこの世界で最も肥えたものだろう。

 街に出ても、家にいても、移動中であっても、時には眠る時にでさえ、一流の歌声と音楽を耳にしていたのだ。

 生の音を聞く機会は稀だったし、指導といっても義務教育の範疇。

 それでも、この世界から見れば、格別の英才教育。


 マーリンがフィリアに対して並々ならぬ歌の指導を施すのもその為。

 前世のことなど知らぬマーリンにしてみれば、そんなフィリアは、生来の歌姫。

生まれ持った才能でしかない。


 更には、前世。社会人、それも営業職だったフィリア。

 前世では何気ない娯楽でも、現世ではあまりに恵まれた環境である『カラオケ』にもよく行っていた。


 それも遊びや趣味ではなく、仕事的なことで多く。

 下手すぎてもダメ、かと言ってある程度の歌唱力もなければダメ。


 前世では特出するほどのものでなくとも、今世においてのそれは特出したもの。


 それを、フィリアという前世よりも明らかにスペックを増した身体で、マーリンという色々と規格外を体現した教師に学べば、魔術の前例に違わず、生まれるのは歌という分野においても規格の外にある者。


 しかも、それは、可能性あるなどと言う程度ではなく、確定事項。というか最早、摂理。



 その結果、今、人々を魅了し響くは、天上の歌声。



 伸びのある声は、どこまでも響き、単純なロングブレスも様々な音階を奏で。

 単語は一つ一つ、想像を掻き立てるように、色彩豊かに情感を見せる。


 人々は、自身でも気づかず涙を流し、落ち着かないような高ぶりに胸を押さえる。


 ある者は遠い日の母との記憶を思い出し、ある者は夫との淡い駆け引きを思い出す。

 そんな、それぞれの思い出を、まるで物語や絵画を望むように、その瞳に映し出していた。



 フィリアが歌うのは、誰もが知る歌。


 この国、特にこの地域では誰もが耳馴染みのある歌。

 子守唄で物心着く前から聞き、街ではどこからともなく口吟む声が聞こえる。

 そして、大人になり、また我が子に歌い聴かせる。


 フィリアの歌は、全く別物のようでありながらも、確かにそれは聴き馴染んだ歌。

 メロディはもちろん、歌詞だって空で歌える程によく知るもの。


 だからか、美しい歌声は容易く心の中に染み込んで、胸の底にあるような郷愁を思い起こさせ、心を揺さぶる。

 流れる涙の感情さえ定まらないその哀愁は、名前の付けられぬ感情の産声。

 決して、辛く悲しいだけでも、暖かい日溜まりのようなものだけでもない、形容できない感情。


 フィリアの呼び起こす感情は、そんな得体の知れないもので、少し怖くもある。

 だが、誰一人として、目を逸らすことも、耳を塞ぐこともしない。

 寧ろ、より自ら求めるように、自然と身体が向かう。






 色取り取りの光の中、感情を顕にするように歌うフィリア。

 人々がその姿、そして声に陶酔する中、ローグとキースも深く息を吸い込み、緊張を飲み込んだ。



 『或り日の面影(メモリィズアクト)



 キースの呪文と共に、キースとローグの身体に淡く魔力が纏い、その姿がブレる。


 そして、ローグは愛器のバイオリンを顎ではさみ、優しく触れるように弦を震わせた。



 それもまたフィリアの効果なのか、バイオリンの音はマイクを通したかのように、大きくどこまでも響き、フィリアの声に負けぬ音量で人々の耳に届く。

 だが、それは優しく柔らかく響き、フィリアの歌声を引き立て、支えるように、フィリアの歌声と協調して、人々に震えるほどの衝撃を与える。


 たった一つ楽器なのに、フィリアの声と相まったそれは、オーケストラのような迫力を持ち、フィリアの歌声を補強して、世界感を大きく広げた。


 人の声に近い楽器とも言われるが、それにしてもローグの演奏はあまりに人々の心に歌うように吹き抜ける。



 華美な演奏ではない。

 寧ろ、どちらかというと地味な演奏。


 だが、実直で、まっすぐな音色。


 ・・・その音色に、聞き馴染みのある者も少なくない。


 街の年寄りたちは、その音色だけで、溢れ出した涙に嗚咽を混ぜる。


 ゼウスも知らぬはずの、その音色に耳を澄まし、自分の意思と関係のない暖かな涙が溢れる。

 それは、練習やリハーサルの時からで、アンリやリチャードも同じだった。



 「・・・キュォォォォ」



 更にそれはユミルにも同じだった。


 狂気に狂った瞳は、今や戸惑うような哀しみを浮かべ、後ずさるように戸惑いを見せている。

 そんな半身の元に寄り添うようにもう一体のユミルが近づき、首を曲げ頬を寄せる。


 ロクサーヌもそんな様子を前に構えを解き、軽く息を吐いた。



 「・・キュァ・・キュワァ・・・・」


 「キュルルルル・・・」



 二体のユミルの目には同じ情景が浮かんでいる。


 まだ幼いジキルドの膝の上で、互いの尾を甘噛みし微睡む、まだ小さかった自分たち。

 庭園で、ジキルドの肩に巻きつくように乗って風を感じていた自分たち。

 大きくなった自分たちの身体をソファー代わりに湖畔で安らぐジキルド。

 花弁舞う『蒲公英の丘』で佇むジキルドの傍に寄り添い、只々いつまでも離れずにいた。



 その中にいつもあるのは、ユミルにとっても兄のような存在。


 いつも太陽のように笑う、明るく暖かな人。

 ジキルドと共にその背を見つめ、振り回された事も少なくない。


 彼の好きだったバイオリン。

 その音色は、ジキルドやユミルにとっても心地の良いものだった。



 魔力を纏うローグにその姿が重なる。



 癖や仕草・・音色さえも、そのままで。

 まるで、その場に蘇ったかのよう。


 何処か記憶の中よりも技術は上がり、深みも増した音色。

だが、間違いなく、それは記憶の中にあるバイオリンの演奏だった。




 それはキースの魔術、『降霊術』。

 その『憑依』だった。


 降霊術と言っても、人の魂などと言う曖昧なものを降ろす訳じゃない。

 その殆どは、精霊などの超常的存在でありながら、その存在が確かなものを降ろすもの。


 だがある意味でキースの行使した降霊術は、そんな、イメージ通りの魂の降臨なのかもしれない。



 キースが降ろしたのは、今は亡き者の姿。

 だが、それは本人の魂などではなく、娘であるナンシーの『或る日の記憶』を投影したもの。


 言うなれば『再現』のようなもの。


 当然、第三者視点の記憶は、その者の仕草などは再現できても、技量的なものの再現は出来ない。

 しかし、逆に言えば、技量さえあれば、その『憑依』は完璧なる再現を可能にする。


 だからこそのローグ。


 騎士らしからぬバイオリンの技量を持つ彼は、完璧な『憑依』を果たしていた。



 下手の横好き。

 決して聞き苦しい訳ではないが、これと言ったものもない、凡才のバイオリン。


 芸術の才を与えると云われた妖精を妻に迎えながらも、何処か非才の域を抜けない音色。


 しかし、それでも、彼のバイオリンは不思議と聴衆の耳を引きつけた。


 それはフィリアの演出効果なのかもしれない。

 はたまた、憑依状態とは言えローグの優れた奏者としての実力なのかもしれない。


 だが、誰もがその音色に感じる、深い愛情だけは、誇張されたものではない。



 暖かな日溜まりの中。

 柔らかく微笑み見守る妻と。

 楽しげに身体を揺らし鼻歌を奏でる娘。


 そして、そんな二人だけの為にバイオリンを奏でる・・・ゼウロス。



 瞼の裏に浮かぶそれだけは決して、フィクションではないだろう。





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