173 演出総指揮・・・天使
「フィリア様、こちらを」
「ありがとう、シェリル」
未だ血の気が引いたような青白い表情のシェリルはふらつきながらもフィリアに駆け寄り、球体のブリキを手渡した。
フィリアがそれを受け取ると、フォン――――という機械的な音と共に浮き上がり、先程まで彗星だった光の球体をその身に取り込むと、他の球体たちと共にフィリアの周囲を漂った。
「魔導具の調子はどうだ?」
「はい!さいこうです!!」
フィリアの周囲を漂うブリキの天体を眺めて、ゼウスとフィリアは満足気に頷き合う。
「『最高』じゃ、ないわよ・・・」
頭を抱え・・頭痛か目眩を堪えたマーリンが、フラフラと歩み寄ってくる。
顔色も悪く、吐き出した言葉も不満や憤りを多分に含んでいながらも、咎める声には迫力も覇気もない。
「おぅ。マーリン。空の旅はどうだった?」
「・・これもあんたのせいか」
ゼウスの言葉に何か含みを察したマーリンは額を覆う腕の合間から鋭い視線を向けた。
「私が何かやらかしたように言われるのは癪だな。私はただ、術式を刺繍しただけの昔ながらの魔導具を提案しただけだ。まじない程度の効果しかないぞ」
「・・フィーなのよ?『呪い』が『程度』で済むわけ無いでしょう!?」
マーリンは声を上げたと同時に、クラクラと眩暈に揺れた。
それを傍にいて支えるアリーもまた、腰が引けて、足も生まれたての子鹿のように震えている。
随分な言われようだと頬を膨らますフィリアだが、お前にその資格はない。
「キュシャァァァァァァァァァ!!」
そんなくだらない掛け合いをしている場合じゃない。
先程まで湖上で蹲るように苦悶を見せていたユミルが鎌首を擡げて大口を開いた。
そこに集中する尋常じゃない魔力。その上、魔導王の従魔。
そこらの魔獣などとは違い、集中する魔力は魔法陣まで構築し、単なる魔力の放出以上の効果を作り出す。
「ユミル!!」
フィリアの叫び・・ではなく、呼びかけ。
だが、それは、目の前で狂気に満ちたユミルに向けられたものではない。
ユ(・)ミ(・)ル(・)が魔力を放つ寸前。フィリアの声が響いた瞬間。
湖の中から巨躯が弾かれたように現れ、ユミルがユミルに襲いかかる。
「キュォォォォォン!」
「キュァァァァァっ!!」
絡み合い、締め合う、二つの巨躯、二体の大蛇――――
――――『尾噛み蛇』。
必ず、雌雄一対で同時に生まれ、命尽きる時もまた、同時にその命を散らす。
二体同一の存在であり、思考や感情が違う事はあっても、互いを別個体と認識することなどない。
その代表例として、一つの名を共有し、それぞれに名を与えたとしても、その名も共有し、互いを別個体と認識することは決してない。
そんな二体が今、ぶつかり合い、互いを傷つけあう。
一方は悲しみに満ちた狂気を持ち、もう一方は、そんな半身を悲痛な想いで諌めている。
違うことがあってもそれはあくまで二面性であり、互いを決して否定することなどない『尾噛み蛇』同士が争い合う。
「どちらも同じ気持ちなのだろうな・・、父様への想い・・それを受け入れられるかどうか、違いはそれだけだろう」
「・・私たちとて同じよ。安心して旅立てるよう気丈に振る舞う一方で、受け入れ難い現実と、行き場の失った感情でぐちゃぐちゃだもの」
二面性。それはある意味正しく、誰よりも正直で、同じ感情を持つものにしてみれば、嫉妬を抱くほど羨まして、羞恥を抱くような痛みがあった。
「・・フィー。行ける?」
「はい。・・リチャードにたくされましたから」
ジキルドの忘れ形見。それは負債などではなく、フィリアにとって、ジキルドとの繋がりだった。
「姫様こちらを」
案外耐性の強いミミは普段と変わらぬ表情で和やかに微笑みをフィリアに向け近寄った。
その手には両手で献上するように差し出されたクッション。
幼児のフィリアよりも大きなサイズのクッションだが、その中身は相当高級なものなのか、フィリアの腕でも重さを感じないほどに軽い。
レースの刺繍は全体に施され、無駄な宝飾がない代わりにビーズが刺繍に紛れた豪華仕様。
クッションに外出用などという表現が正しいのかわからないが、そのクッションは外向きに用意されたもの。
フィリアはそれを受け取り、抱きしめるように抱えると、ゼウスと目を合わせた。
ゼウスもその意図を汲んで静かに頷きを返すと、そっとフィリアを掲げるように身体を持ち上げた。
そんなゼウスの手から静かに浮き上がり離れたフィリアの身体は、クッションに腰掛けるように体勢を変えて高度を上げる。
それと共に金の髪と、軽やかなドレスがふわりと風に舞うように揺らめく。
その姿は、目の前のルーティアさえを差し置いて神秘を纏い、幻想を顕現させていた。
「ローグ、キース。じゅんびはいいですか?」
上昇しながら見下ろした先にはフィリアの近衛。
時偶、頭を振るさまは決して万全ではないだろうが、それはフィリアのせい。
だが、そこは騎士。それも近衛。
マーリンの様子から、経験や実力のみではなく。
騎士としての意地ゆえか、そこにいる二人は万全ではないながらも、それを感じさせない平常の動きで己が仕事を遂行している。
「はい」
「滞りなく」
フィリアの問いかけは高度も距離もあったが、二人の耳に遮られることなく届き、二人は緊張を浮かべながらも力強く頷いた。
騎士の装いではあるが、普段のものと違い礼装に近いものを纏ったローグ。
その手には、使い馴染んだバイオリン。彼の体躯には不釣り合いの小ささだが、道に入ったその姿には違和感など皆無だった。
そして、キースはそんなローグの背後に回り、触れない程度にその背に手をかざして集中を高めていた。
「キュアラァァァァ!!」
「シャァァァキュアァァ!!」
絡み合い、争い合う一対の大蛇。
それを眼前に、フィリアは瞼を閉じると、強張りを解すように小さく深呼吸を数回繰り返す。
緊張と不安、それと高ぶりすぎた胸の高鳴りを沈めるフィリアは、軽い咳払いと共に喉の調子を確かめる。
最初は掠れるように小さく、それを徐々に強め、震わせ、高低差を変え、喉の調子を確かめる。
それを一頻り終えると、再び咳払いし、発声練習最後の調整に大きく息を吸う。
「――――――――――」
「「「「「!!!???」」」」」
吐き出されたフィリアの声は、街や石畳を割り、湖の水面を逆立たせた。
それは、比喩ではなく、純粋な衝撃となり周囲に無差別に襲いかかる。
ゼウスやマーリンたちでさえも思わず身構え耐えるような衝撃は、弱った魔術師や一般人たちの意識を多く刈り取った。
意識を保った者たちもまた、どうにか耐えただけで、一瞬フラつくように平衡感覚を失う。
当然、それを真っ向から受けた、ユミルたちの衝撃はその比ではなく。
意識を剥ぎ取られ、体中から血が噴き出し流血する。
それは、争ってはいたが、互いの仕業ではない。
意識を失ったのは、ほんの一瞬で、身体が湖に沈むよりも早く持ち直したが、明らかにふらついている。
その上、声を上げるが、人語ではないのに、呂律が回っていないのが分かる。
二体は血涙を流しながら、フィリアを見つめた。
「姫様!!」
「あ・・ごめんなさい」
この短時間で何度目のやらかしなのだろう。
マリアの叱責に、ハッと気づき、フィリアはばつが悪そうに謝るが、何処か軽い。
本当に悪いと思っているのか、かなり怪しい。
「今のは・・?」
「あぁ・・単なる発声練習だろ」
揺れる頭を支え問うリュースに、自身もダメージがあっただろうに、何てことないように答えるゼウス。
「いや、『単なる』なんて範疇を超えてんだが」
「ちょっと魔力の調整を間違ったんだろう」
「いや、だから『ちょっと』の範疇じゃないって」
声に魔力を乗せること自体は魔術の基本だし、よくある事。
それに、歌などの感情や心情が反映されやすいものは、魔力の調整を誤る事もよくある話。
しかし、どんな事にも限度はある。
誰も石畳が一部、砂になるような衝撃など想像だにしていない。
「――――ふぅ」
フィリアは、再び瞼を閉じ、深く深く集中する。
すると、背中に飾られた愛らしい羽が、パタパタと動き出す。
「・・・姫様ぁ」
それを見てジョディが呆れた声と溜息を盛大に漏らした。
ジョディもまた頭を抱え支えていたが、それは彗星や発声などの外的要因だけが理由ではないだろう。
「あれは?」
「・・フィー曰く、魔力制御の補助装置らしいけど」
ゼウスとマーリンの視線はジョディに向かう。
ジョディは二人の視線に気づかず、フィリアに向けた呆れた視線に怒りを滲ませる。
「そもそも姫様の魔力制御は優秀だと伺っておりますが?」
「・・えぇ。『ティア』故に足りないというだけで、制御だけであればそこいらの魔術師など遥かに凌駕しているわ」
ゼウスに対するのと違い、マーリンに対しては丁寧な口調で問うリュース。
マーリンはそんなリュースの問いに答えると同時に、そっとゼウスと視線を合わせ、そしてフィリア・・・の周囲を漂う球体を見つめた。
「アレかぁ・・」
「十中八九そうでしょうね」
何処か・・ではなく、明らかに刺を。
鋭利な刃を向けた声をゼウスに向けるマーリン。
「ヒュヒャァァァッァァァァァァ!!」
その時、フィリアのせいで緩んだユミルの拘束を振り払って、狂気に満ちたユミルがフィリアに向かい凄まじい勢いで急襲する。
咄嗟に反応できないのは、フィリアのせいではあるが、易易と半身を通してしまったもう一体のユミルは焦りを浮かべ、すぐさま追おうとするが、未だ身体に力が入りきらず、追い縋ることさえ出来ない。
「ハァッ!!」
だが、フィリアの前に飛び出て、代わりにロクサーヌが阻んだ。
近衛騎士ではあるが、フィリアの専属となり、その装いを変えたロクサーヌは、騎士の装いでありながらも貴婦人といった方が納得できる程に女性らしくなった。
今も、騎士服であり、鎧も身につけていながら、それでも翻るスカートは優雅で上品。
そんな彼女が大きく振り抜いたのは、その細さから想像できぬ大斧。
それも、凄まじい勢いで突貫するユミルの巨大な体躯を吹き飛ばす程の威力。
しかも、それは、ロクサーヌにとってはただのパリィ。
「わぁお」
そんな、己の近衛騎士の豪腕に思わず呑気な声が漏れるが、こればかりは共感する。
「姫様!!」
「は、はい!ローグ!キース!いきます!!」
振り向きもせず叫んだロクサーヌの声に思わず肩を跳ねさせ、反射的に返事をしたフィリアは、そのまま、ローグとキースに声をかける。
二人は、気持ち悪そうに頭を抱えていたが、口端を噛むように力を込め、無理矢理に気合で再び構える。
フィリアの黒杖が夜空に向かい掲げられる。
『星屑』
刹那、眩い光がフィリアを通じて黒杖と背後の球体全てから溢れる。
「っ!?」
誰ということもなく、空を見上げ息を呑む。
一つ二つ三つ・・・・数え切れない数の武具が、見る見る生み出され頭上を埋め尽くしていく。
それは、数十や数百では効かない数。
数える暇もなく埋め尽くされた視界の端からまだまだその数を増していく。
長い時間ではなく、ほんの数秒の間で生み出される無数の武具。
「『ライブ』に、これはかかせません!!」
フィリアの価値観など知ったことではない。
フィリアの周囲を漂う球体は様々な色の光を放射して飛び回り、夜空に浮かぶ無数の武具たちもそれに呼応してそれぞれ色鮮やかに光を纏う。
そして、光を纏った武具たちは、踊り舞うように忙しなく動き出す。
その動きは、それぞれ違いながらも、何処か統一感があり、揃っている。
「かいまくです!!」
フィリアの声に呼応するように光が舞う。
今更だ・・だから光の演出自体はともかく。
・・・・こんな物騒な、『ペンライト』などあってたまるか。




