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169 格上の精霊



 「――――っ」



 徐々に表情を歪ませ、汗を滲ませるリーシャ。


 その背後でリーシャを支えていた筈の魔術師は既に何人か膝をついている。

 それでも意地を持って、掲げる手と意識を手放さなず、リーシャの魔術を補佐していた。


 唯一、未だその中、余裕を保てていたのはジョディだけ。

 流石は魔術師の聖地(ファミリア)が誇る魔術師団、その総長。


 だが、それとて余裕を()()()()()()()


 歪むほどではなくとも、眉間に僅かな皺が寄り。

 汗が滲むほどでなくとも、体温は上がり頬が上気している。


 さらには、世界屈指の魔術師たちがそれだけの力を注いでいるのに、創り出した氷の檻は、煌めいて綻ぶ。

 綻ぶ先からすぐさま補い修復するが、たったそれだけに屈指の魔術師たちがギリギリの状態だった。



 そして、それはリーシャたちだけではない。

 寧ろ、その氷の檻に守られている分、軽度でさえあった。


 フィリアたちの規格外でしかない『彗星』。

 ゼウスが『毒』と称するその魔術に生身を晒す少女とギィの苦痛は比較にならない。


 相変わらずギィは意識も曖昧なままだが、歪む表情と呻き声は悪化し、悲鳴に似た叫びも上げ始めていた。


 少女は表情こそ変わらないものの、乱れた息を漏らし、燻ると言うより不完全燃焼のように時偶少女の身体が小さく爆ぜ、その度に僅かな声を漏らしていた。



 「そうだ。ゼウス、結婚おめでとう」


 「本当、嫌いだわ」


 「お互い様です」



 唐突に祝辞を述べた少女にゼウスの表情が歪む。


 どんなに素直な祝辞だとしても、ゼウスに対してこの少女が向ける言葉。

 それもこのタイミングでなど、含み以外何も感じない。


 互いに不本意であろうが、昨日今日の付き合いではない。



 ボシュゥッ



 だからこその気安い掛け合いだったのだが、次の瞬間、少女の姿を一瞬で覆い隠す程の蒸気が生まれ、そんな気安ささえ覆い隠した。


 その蒸気はいつまでも停滞することはなく、すぐに空気に溶ける。

 だが、爆発的な蒸気の発生は減っても、消えることはなく、新たな蒸気を生み永遠と立ち上る。


 その理由は、ギィを抱えたまま浮かび上がった少女を中心とした見えない壁。


 少女を中心に揺れる陽炎が円球に広がり、水面をクレーターのように凹ませ、戻ろうとする水を蒸発させている。


 そして、その中心に浮かぶ少女は姿を様変わりさせていた。


 長い髪を懈るように逆立たせ、元々赤毛だった髪が今では煌々と燃え盛る炎のように真っ赤に染まっている。

 ギィを抱える腕は変わらず美しい白磁のままだが、他の手足は同じ白でも空気さえ灼くような高温の白。

 それ以外の肌にも紅い罅のような亀裂が走り、鼓動するかのように赤く光り、蠢く。



 「ゼウス!!」


 「構えろ!!」



 リュースとゼウスが叫び身構えると同時に、少女はギィを抱えるのと逆の腕を、ゆったりと頭上に向け掲げた。


 するとその手の上に周囲から魔素が燃るように集まり始め、火の玉となり、みるみると肥大していく。


 次第にそれは巨大になり、火の玉などという整ったものではなく、単なる炎の塊。

 無造作に燃え盛り、生き物のように蠢く。炎ではあるのだが、どこか禍々しい色。



 『火刑台上の花嫁(スュプランセス)



 その上、その炎は蠢くたびに何処か人の顔のようなものが幾つも浮かび上がる。

 憎悪、嘆き、苦痛・・そんな怨嗟に歪んだ表情の顔が唸りや悲鳴、叫びを上げるように。



 少女の真上に禍々しく燃え盛る小さな太陽。

 小さいと言っても、本物の太陽に比べての話で、決して小規模な炎ではない。


 さらに、その巨大な炎の塊おかげで、彗星の効果を目視出来た。

 炎の塊、その端から剥がされ、彗星へとエネルギーが吸い取られているのがわかりやすく目に見えた。


 それでも少女は力でそれを捩じ伏せるように力を込め、周囲に濃い魔素が溢れている。

 無理やりの力は、精密さを欠き、荒々しいものだが、それが一層の遠慮なさを生み、脅威以外の何者でもない禍々しい炎を作り出している。


 ゼウスたちも、氷越しだというのに、肌がひりつく様な熱を感じ、冷気の満ちる中にありながら汗が滴る。


 フィリアたちが創り出した彗星でさえ飲み込みきれない魔素の奔流が周囲を乱し、水面も石畳も震えている。


 

 ピシッ


 「――――っ」


 「くっ――――」


 パキッ・・パキパキパキピキパキ・・・

 

 

 氷の檻に入った亀裂は、その範囲を増し、修正が追いつかない。

 綻びは崩壊となって、少しずつ外表を削るように欠け始める。



 「挨拶だけにするように、言われてたのに・・少し、長居しすぎたみたいです」



 先程までの嵐以上の荒れた空気が、吹き荒び灼く。

 ゼウスとリュースたちはリーシャの前に立ち、濃厚な魔力を纏い備える。



 「・・随分な、挨拶だな」



 変わらず、軽口を叩くゼウスだが、そこに先程までの飄々とした余裕などなかった。

 そう見せようとしてはいるが、冷や汗が滲み、表情も硬い。



 「妾からのお悔やみと、祝いの、贈り物です」


 「是非とも遠慮させてもらいたいなっ!!」





 『・・全く、騒がしいですよ』



 涼しげで静かな声が、騒がしいその場に不思議とよく通り、その場に静寂を生んだ。


 途端に吹き荒れていた魔素の嵐が止み、水面も石畳も震えるのをやめた。

 それと同時に、少女が掲げていた手の先に膨れ上がった炎の塊も、全てを剥ぎ取られ、吸い取られるようにして彗星に奪われ、掻き消えてしまう。


 だが、少女はその事自体に慌てえることはなく、寧ろ、気に留める余裕さえなかった。


 逆立ち、燃えるようだった髪は力を失くして重力に従うままに降り、肌を駆けるように入った赤い亀裂も静かに、息を潜めるように元の白磁の肌へと戻った。


 そして、何より、少女自身が、微細に震え固まっている。

 まるで怯えるように・・いや、確かに少女のそれは、傍目に怯えが在りありと見えた。



 『只でさえ、今日は街に入れない精霊たちが多くて、持て成すのに忙しいのですよ?・・全く、ジキルドは何処であんなに精霊を誑かしてきたのか・・・』


 「・・あの人、余生は世界中の名所を巡っていましたからね」



 フィリアの『天蓋』によって常闇の夜空となった筈の空から、柔らかな光が薄明光線となって降り注ぐ。


 頭上を覆う彗星さえも関係なく降り注ぐ光は、静かな水面を煌めかせるだけでなく、湖から溢れ漏れたような霧を立ち込めさせた。

 その霧は湖だけでなく、氷の壁さえすり抜けて波のように広がっていく。



 少女は怯えたように震えながら、恐る恐ると振り向いた。

 そこに『何が』いるのか、理解しながらも違っていて欲しいと願うように。



 光煌く霧と湖面。

 幻想的で、それだけで息を呑むような光景。


 だが、それ以上に、幻想そのもののような存在がそこにあった。


 肌寒くなってきた季節。その上、霧で余計に気温が下がり、リーシャの魔術で息さえ白くなりそうな寒さ。

 その中、その存在は薄手の白いワンピースだけで惜しげもなく白い肌を晒している。


 淑やかに歩き、素足に触れた水面は静かな波紋を生み。

 カーテンを開くように、霧が動き、道を作る。


 美しくも、明らかに人ではない()()

 


 レオンハート、そして湖上都市ルーティア。

 その守護精霊であり大精霊。


 湖の乙女――――ルーティア。



 「・・ルー・・ティ、ア・・様・・・」



 少女の怯えは一層顕と鳴り、歯をガタガタと震わせながら、喉に詰まる声を絞り出した。


 そんな少女の掠れたような声はルーティアに届かなかったのか、それとも意図的にか。

 ルーティアは少女に目も向けず、空を見上げた。



 『・・・何てものを浮かべてるのですか』



 空に浮かび、青白い光を纏う彗星。

精霊の目から見ても非常識なそれを見上げて、ルーティアは呆れたように溜息を零しながら呟いた。



 「ルーティア様。お騒がせして申し訳ありません」


 『・・全くですよ。せっかくいらっしゃった精霊の多くが体調を崩されてしまいましたよ』



 ゼウスは畏まり、目礼したが、少女に向ける警戒はそのまま、構えた状態での礼を見せた。


 同時にルーティアは湖の底にある、自身の神殿でのお茶会を思い出していた。

 格の低い精霊のみならず、格の高い精霊たちでさえ不調を訴えていた。


 それに対し、『うちの子がすみません』と保護者のように謝る。


 だが、レオンハートとは初代の頃からの長い付き合い。

 ・・悲しいかな、慣れてしまっていた。



 『魔力はおろか、空気すら乱すほどの竜巻が治まったと思ったら、これですもの・・流石に私も苦言を呈さなくてはなりませんよ』


 「申し開きもございません・・・ルーティア様はお変わり無いでしょうか?」



 苦言などといい、厳しい声色で告げてはいるものの、何処か柔らかな雰囲気は責めているというよりも、呆れが勝ったようなものだった。


 そして、ゼウスの言葉にルーティアは自身の腕を晒すように掲げ、その肌をなぞるが、相変わらず息を呑むほど美しいだけ。

 きめ細やかで、真珠のように煌く。何も異常のない様子。


 だが、掲げた先から、靄のような薄い膜が煙のようにルーティアから抜けていた。



 『今この時も、私の魔素を奪い取っていますね。幸いにもここは私の領域ですから、どうにか抗えてはいますが、それでも本調子とは言い難いです』


 「申し訳ありません・・」


 『・・はぁ。予想外の出来事だったのでしょう?仕方がない・・とは言えませんが、レオンハートですからね』



 自身のホームとも言えるこの場所でこれほど力を削がれる。

 それも、自身にとって我が子同然のレオンハートに。

 ・・飼い犬に手を噛まれる、なんてものじゃない。


 それでも、溜息一つで飲み込めてしまうほど、ルーティアはレオンハートの理不尽に、誰よりも順応して・・しすぎていた。


 精霊にさえ理不尽の代名詞にされる一族。・・・どうなんだろう・・。



 ルーティアはそこで、ようやく少女に目を向けた。


 表情にも目にも、変化は見えないが、何故か剣呑とした空気が生まれ、少女の震えが増した。



 『・・・『竜の仔』、久しぶりですね』


 「っ・・・」


 『貴方も精霊ならばわかっているでしょう?・・領域に踏み込むという事がどういう事か』



 ルーティアの言葉に少女は焦りを浮かべた。


 少女が顔を振るように、焦り、周囲を確認した。

 そこで初めて気づいた。氷の檻があるのはギリギリ石畳の上。


 そして、剣撃を交わしていたゼウスの追撃が止んだのは・・・少女が湖に足を踏み入れてから。



 領域・・それはそのままの意味。テリトリー、縄張り。

 獣、植物、それに当然、人間にもあるそれは、精霊にもあった。



 『この湖は全て私にとっての領域。更に私は街の守護精霊です。ですが、レオンハートとの契りで、街への干渉は、極力控えるよう取り決められています。・・それこそ、何処ぞの不埒者が訪れようと、侵略や強奪を行われようと、基本、私が干渉することはありません。・・・ですがそこから一歩でも湖に触れようものならば、そこからは私の絶対領域』



 獣であろうとなんであろうと、縄張りに無断で立ち入った者への対処など、『非除』以外にない。

 ・・・そして、それは、同族であるほど苛烈さを増し、容赦のないものになる。


 だからこそ理解していなければならない。

 同族であれば尚の事、人であれば人の、精霊であれば精霊の、領域に踏み込む意味を。



 「わ、妾たちは、ルーティア様に、害を成そうとは」


 『それにね。手出ししないからといって、私の愛し子たちに手を出し続ける、貴方たちに何も思わない訳が無いでしょう?』



 知識ある存在が相手ならば事情や感情、時には利得で、許されるかもしれない。

 だが同時に、その逆も・・・しかり。



 「ひっ」



 突如としてルーティアから吹き出した濃密な魔素。

 彗星に奪われながらも尚、噎せ返るような濃密さ。


 それは、同じ精霊という存在にとって、恐怖をはるかに超えたもの。




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