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168 天使のお通り




 ルーティア街、そのメイン通りから横に入った路地にある一軒の店。


 路地と言っても裏路地というほどではなく、寧ろ地元民とっては、観光客向けのメイン通りより馴染みのある店が立ち並ぶ路地。

 水路もそれほど広いものではないが、そこは慣れた地元民が使う為、広くはなくとも多くの船が普段から行き交い、そこに立ち並ぶ店舗も、船から降りずとも買い物ができるほどに水路にまで店を広げる。


 だが、今は、普段の賑わいが嘘のように閑散とし、息を潜めるかのように静かだった。



 「ソーシェさん、助かりました。・・でも、ご自宅の方はいいんですか?」


 「問題ないさね。ウチは旦那もいるんだ。こういう時ぐらい役立ってもらわないと困るよ」



 店舗兼自宅である、店のカウンターより奥にある小部屋・・というよりも一人暮らしでも足らなそうな程に小さなクローゼットのような部屋。

 そこに設置された百葉箱のような魔導具に向かい恰幅のいい婦人は手をかざしていた。



 「それに、ロイさんとこは、こっちに来たばかりで慣れてないんだから仕方ないさね」


 「いやはや申し訳ないです。皆さんからも態々教えて頂いていたのに・・いざとなったら肝心の魔力が足りないんて、完全に準備不足でした」


 「ははっ。外から来た人にはよくあることさ。それに、この街で生まれ育った住人なら、自前でも問題ないから、軽く考えちまって、ろくに説明しないね。しばらくは、定期的に魔力を込めておいて、足りない分は魔導具で補いな」


 「はい。準備しておきます」



 申し訳なさげに畏まるロイに、ソーシェは気にするなと豪快に笑って見せた。


 この百葉箱のような魔道具は、このルーティアにある建物に必ず設置されている物。

 法で定められた義務などではないが、どんな建物にもあって当然の物。


 魔導障壁や硬化・・・言うまでもなく、その用途は、本来の外敵に備えた防衛などではなく、『魔王の癇癪』という、不本意なものへの備え。



 箱から青紫の光が溢れると同時に、ガラスが軋んだような音が鳴る

 ぱっと見、何も変わりはないが、よく見れば壁や柱などの建物だけでなく、家具なども僅かに煌めいている。



 「さて、こんなもんだね。・・あと、今日のはリーシャ様だからね。家の中は十分に暖めておきな。・・薪はあるかい?」


 「はい。この国の冬は厳しいと聞いていたので、少し余裕を持って準備していました」


 「じゃぁ火を入れてお茶でも淹れようかね。奥さんも身重なんだし、身体を冷やしちゃダメだからね」


 「何から何まで、お手数をおかけします」



 そう言って二人はその部屋を後にし、住居のある2階へと足を進めた。



 「お恥ずかしながら、お茶一つまともに淹れられないので助かります」


 「うちのも同じさ。・・でも、これからは覚えていきなよ。見知らぬ土地に引越してきて、その上、身重なんだ。奥さんも大変だよ」


 「はい・・精進いたします」



 軽い小言を紳士に受け止めながら苦笑をこぼし、階段を登ると途中の踊り場にロイの幼い息子が窓の外を食い入るように見つめていた。


 ロイも息子の興味に気を引かれ、後ろから窓の外を覗く。


 そこには雪ではないが、冷気を放つ白銀の世界があった。

 温度差から生まれる湯気のような靄が一層幻想的で、歴史ある町並みではあると思っていたが、さらに、雰囲気を増した神秘的な街がそこにはあった。


 食い入る息子同様、ロイも目を奪われ自然と吐息が溢れる。



 「・・竜巻は消えたみたいだね。・・でもありゃぁ、リーシャ様の『碧茨の鳥籠(ターコイズソーン)』か、それも随分と大規模・・しばらくは冷え込むかもね」


 「・・・聞いてはいましたが、この街の方々は随分となれていますね」


 「そりゃね。この街に暮らすんなら、あの方々の為さる事に一々驚いていらんないよ。寧ろ出産や結婚なんてものの方が一大事さね」



 ロイの背後から軽く覗いて、まるで天気の心配をする程度のような軽いソーシェの態度に、ロイは未だ、この状況に馴れず呟いた。



 「・・まぁ、でも。・・・ジキルド様の事は、それ以上の大事、だけどね」



 急にトーンを落とした声と陰った笑みに、知らずとも先のレオンハート大公が慕われる為政者だったのだと、この地に来たばかりで顔すら知らないロイにも伝わる。


 事実、午前中、近所の人間は代わる代わる噴水広場へ行き、感謝と哀悼を捧げていた。

 ソーシェの所も同様で、ロイたちは見学や物見遊山の感覚で同行した。


 他国にまで伝わるレオンハートの葬儀だから一目見ようと軽い気持ちで同行したが、そこに集まった無数の者たちの本物の哀悼に、ロイは少し居た堪れなくなったほどだった。



 「・・多くの人から親しまれたお方だったのですね」



 その言葉に微笑むソーシェ。


 レオンハートの者たちは頻繁に街に降りる、身近な王だった。

 それでは威厳が損なわれそうだが、それ以上に理不尽なその非常識さを発揮しているせいで、畏怖だけは損なわれることがない。その上、この地は魔術師の聖地。最上の魔術師である以上、尊敬が陰ることはない。


 そして、ジキルドもまた、例に漏れず、問題児としてよく街に降りてきていた。

 その為、眉を顰めるような話や笑い話。恥ずかしい話や自慢話。そんな話が住人の多くにはあった。


 ソーシェもその中の一人で、ジキルドがまだ兄の背中をついて回っていた頃のことも知っている。

 言葉を交わしたのはもちろん、一緒にトゥールで遊んだこともあった。

 その為、大公閣下というよりも、小さな頃から知るお兄ちゃんという感覚の方が近いくらいだった。



 「・・一度お会いしてみたかったです」


 「ははっ・・。ロイさんは人が良いから、随分と振り回されたかもしれないね」



 なんと答えていいのか、少し困ったように笑みを見せたロイ。

 ソーシェはそれを見て一層、笑みを深め、「振り回すのはレオンハートのお家芸だから」といい、今後レオンハートに会うことは確実にあるだろうから覚悟しておけと、鹹かった。

 それに、今度こそ笑みを引き攣らせたロイは、嫌な汗が滲んだ。



 「――――っ」



 その時、薄暗い窓からの光に一瞬、影が通り過ぎた。

 それと共に幼い息子が息を呑んだのがわかった。



 「ルーク?」



 息子の反応を追い、窓の外に目を向けたが、そこは変わらず幻想的な光景が広がるだけ。



 「・・・てんし」


 「天使?」


 「・・天使・・・もしかしてフィリア様かね?」



 幼い少年、ルークが窓越しに見たのは、幻想的な景色よりも神秘的なもの。


 冷気纏う空気の中に揺れ、キラキラと煌く黄昏の髪。

 色付いた頬と小さな唇は、雪のような白い肌に映える。

 

 その中、サファイアのような深い蒼の瞳が一際、存在感を示し、光を纏っていた。


 薄手のレースで出来たドレスはふわりと風に靡き、背にある小さな羽を神秘的に彩り。

 周囲を浮かぶ球体は、淡い靄のような光を、それぞれが違う色で纏う。


 天使によくある、慈愛の笑み・・ではなく、喜色に滲んだような嬉々とした表情。

 それが余計に、魅力を増し、美しさを生む。


 そして――――



 「とうさん」


 「なんだい?」


 「まじんのでてくるランプとかってある?」



 何人もの人間を乗せて、空を駆る()()

 目を惹いたのは天使だが、それでも気にならずにはいられない



 「・・そういう魔導具は聞いたことないな」


 「さばくのどうくつにあるとか、みっつねがいをかなえてくれるとか」


 「・・・童話か何かかい?」


 「どうわ、だけど・・・そうだけど・・・そうじゃなくて・・・」



 何かもどかしいような息子の様子に首を傾げたロイだが、首を傾げたと同時に物静かになったソーシェの表情が目に入った。


 ロイとルーク同様に窓の外を見るソーシェだが、その視線は少し高く、見上げるよう。

 そして、見上げたまま口をぽかんと開け、目を点にして唖然と固まっていた。



 「ソーシェさん?」


 「?」



 ロイもルークもその様子に顔を見合わせ首を傾げ、ソーシェの視線を追って窓の外。上空を見上げた。


 そして、同じく言葉を失った。



 青白い光を吹き出し纏う巨大な岩。

 街の空を覆う程の大きさ。その大きさ故、逆に気づくのが遅れた。

 岩と称しはするが、山か島が浮かんでいると言った方が納得出来る大きさ。


 尾を引くように流れる青白い光。

 だが、その岩が動く様子はなく、街の頭上で微動だにせず鎮座している。



 「・・なんだ、あれは・・・」


 「・・・たぶん・・ハレーすいせい」


 「・・ハレー彗星?」



 呟いたルークの声にロイは視線を向けた。

 そこにある息子の目はロイがよく知るもの。それ故、息を飲んだ。


 そして、ルークは『多分・・』などと言ってはいたが、そこには確信めいたものがあった。











 空飛ぶ箒の次は、空飛ぶ絨毯。


 フィリアが生み出したファンタジー魔導具。


 絶叫がこだまする中、フィリア本人だけは嬉々とした表情で実に楽しそうだ。


 ソニックムーブを生むほどの速度。

 その道程は瞬く間の時間しかないはず。

 だが、フィリア以外の同乗者たちにとっては、長く引き伸ばされた恐怖の時間だった。


 比喩でもなんでもなく、景色が飛ぶように流れ、浮遊感と引き剥がされそうな程のG。


 フィリアの前世であっても、絶叫間違いなしのジェットコースター。

 況してや、そんなもの知らない面々にとっては、只々拷問。



 「あはははははは」



 そんな中・・・本当に楽しそうだな、おい。


 前から叩きつけられる風圧は魔法で相殺しているが、それを態々微調整までして、多少の向かい風を残すあたり・・本当に楽しんでいる。



 そんな絶叫絨毯の行先。

 フィリアたちが向かう先。


 そこに薄明光線のような光が眩く降り注いだ。


 絶叫と喜声がこだまする街に霧が立ち込め始め。

 その霧に乗って溢れた光が波のように広がっていく。



 「いらっしゃったわね」



 口元を覆い、顔色悪く耐えていたマーリンは、その光景を見つめて呟いた。



 「じゃあスピードあげます!!」


 「ちょ、まっ――――」



 マーリンの意図せず漏れてしまった呟きは一番届いてはいけない人物へと届き。

 フィリアは力強い頷きと共に絨毯の速度を上げた。


 再び悲鳴が・・などということはなく。


 悲鳴にすらならない声が、街に響き渡った。





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