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166 条件は死星



 少女は睨むと同時に、自分たちを阻むように目の前に現れた茨の壁を見やった。



 「・・これは、何です?」



 今さっきまで、緊張感滲む警戒心と殺意を向けていたゼウスですら、何処か緊張を解き力を抜いた様子。

 視線のみでの牽制は未だ解いていないとは言え、それだけ。


 最早、それ以上のものはなく、猛追をする様子もない。


 ・・しかし、だからと言って、去るのを待つように、見逃しているわけでもないのは、明らか。



 「・・『聖人イェレック』」



 その言葉に少女と、その腕の中に抱かれるギィは反応を見せた。


 ギィの方は未だ力が入らず、本当に反応しただけで、それ以上のものはないが、少女の方は、わかりやすく、身構え、鋭い視線の険をさらに深めた。



 「人間が精霊になるなんて御伽噺でしか聞いたことがないが・・・『真実の日』ぐらいは寝物語に聞いたことがある。・・・『精霊が生まれた日』、正直それも御伽噺程度の認識だったがな。・・実際、精霊が生まれるのは季節も何もない年中同じ環境の聖域だと伝わっているが、御伽噺や伝承、伝説の類で、精霊を相手取るなら、力押しがほとんどだし。・・だが、もしそれが物語でなく事実なのだとすれば、無視できない一文がある。・・精霊の生まれは古くからの伝承にもある。その中に『真実の日』と共に記された『始まりであり終わり』との一文」



 そこで、ゼウスはリュースを見た。

 それに対しリュースは頷きを返す。



 「我が家(トリー家)花国(ルネージュ)から認められ、『緑の手』の称号を頂く国家庭師の家系でな。精霊だとか妖精だとかに縁が深いんだ。そのおかげで、様々な話を聞いたりもするんだが・・その中には、親父や爺さん、そのまた爺さんからずっと語り継いで来た口伝のものもあってな、その中に、『もし、人と違う命が生まれたのならば、その庭は作り直せ』っていうのがあるんだ。元々この土地じゃ妖精は忌諱の対象だし、妖精は美しい庭園を好むから、そういう事なんだろうと思っていたが、ゼウスから話を聞いてな・・もしかしたら、と思ったわけだ」


 「・・お前の反応を見るに、あながち間違いじゃなかったらしいな」



 少女は、『聖者』の名前以上に『真実の日』という言葉に強い反応を見せた。

 鋭く睨んでいた視線は、何処か怯えを孕んだように彷徨い、ギィの身体を労わるのではなく、守ろうと引き寄せていた。


 言葉にすれば明白な反応だが、それはほんの僅かなものだった。

 目敏いゼウスだから気づけていただけで、他の者には気づけない程の些細な変化。



 「『真実の日』・・それは精霊の本来の力を引き出すと言われているが、それだけじゃないんだな。・・・本来の()と共に、本来の姿()をも引き出す」


 「・・・・・」


 「トリー家はこの国よりも長い歴史がある家だ。だから知っていたのだろう。・・聖域や魔境などの人が立ち入れないような場所ならばともかく、人の手で創り出した場所で精霊が生まれるという事がどれほど危険か。・・何せ、精霊の弱みどころか、そのまま、生殺与奪の権を握ってしまうのだからな」



 天災の正体が精霊だったなど珍しい話じゃない。

 それを人が自由に出来てしまうなど、核兵器の保有と同義だ。



 「とは言え、そんな簡単な話じゃないだろうな。場所、時、その時の気候に環境、天候だって違う。再現などほぼ不可能だ。『真名』のように名一つで縛れるもんじゃないしな。・・だがな、我が家の才女は、それなら『錯覚』させればいいと言うんだ」


 「・・・錯覚?」



 自重の欠如甚だしい幼女の何気ない呟きは様々な厄災を生み、派生していく。

 傍迷惑程度で済めばまだしも、これは、禁忌に抵触しているのではなかろうか・・。



 「知ってるか?人を焼くのは『火』ではなく、『火だと認識したもの』らしいぞ」


 「・・・?」



 ゼウスの言葉の意味を理解できず少女は首を傾げた。


 炎の魔人(イフリート)とも称され、その異能で多くの人間を焼いてきた少女。

 だが、そんな事など関係なく理解出来ようもないだろう。


 それはフィリアの前世から来る知識。

 この世界にも同じような理論を提唱する者もいるだろうが、それはあまりに非人道的で、表立つような知識ではない。


 かつて、その非人道的な行いの先頭に立っていた魔導師の子孫であるゼウスでさえ知らなかったのだ。

 蛇の道は蛇、とは言ってもそれでさえ知らぬ程に禁忌に染まった知識。


 フィリアの前世のように長い年月が立ち風化してから、結果だけを知識として得られるまで、それは常闇に埋もれた禁忌の知識。



 「『聖者イェレック』、その真名はわからなかったが、幸いにも有名人だからな、多くの伝承が残っていたぞ。・・『天啓』を授かった日とかな」



 ゼウスはそっと少女の後ろを指さした。

 そこには轟轟と唸りを上げ続ける巨大な暴風の化物。



 ふっ――――



 それが、一瞬で掻き消えた。


 不自然な程に一瞬で、初めから何もなかったかのように巨大な竜巻は消えた。



 「な――――」



 それを唖然と見上げた少女。

 その頭上には遮るものなど何もない青空が、空に大穴を開けたその底のように広がっていた。


 巻き上げられた、水や瓦礫、そして、今や無残に欠損しバラバラになった少女の()()が、急に放り出され重力に従い落ちる以外、そこに名残など何もない。

 水面さえも、名残を残さず僅かな揺ぎもなく、吹き荒れていた風も止んだどころか無風で、時を止めたかのよう。



 「・・『天上の星と水面の星』」



 ゼウスの呟きに少女は勢いよく振り返った。



 「まさか・・」


 「・・『湖畔』、『嵐』――――そして」



 ゼウスは口端を上げ、悪い笑みを見せ、空を指さした。


 その瞬間、青空は暗く染まり、幾数もの星が瞬き――――大きな青白い光が頭上に現れた。











 フィリアが手を掲げる先――――巨大な竜巻が一瞬のうちに掻き消えた。



 「・・・フィーと精霊、どっちのほうが危険なのかしら」


 「ふぇ?」



 マーリンの呟きはフィリアにこそ届かないが、周りには届き、深い同意の頷きが返ってくる。


 ついにフィリアは核兵器と並び立つ存在だと、身内からも認められてしまった。

 それを脳天気に気の抜けた返答で返すなど、何処までも緊張感の欠けた幼女。


 だが、フィリアにはそれ以上に与えられた大事な役目がある。


 どうにも、隠しきれないニヤケが気にはなるが、好奇心と自身の楽しみにはしゃいでいるのではないと信じたい。

 ゼウスに任せられた役目故に緊張があるだけだと信じたい。


 信じたい。



 「シェリル!!」


 「あ、は、はい!!」



 一番後ろで控えていた獣人(ランカンスロープ)の新人使用人。


 フィリアの事情で、研修を終えても配属が先送りになっていた彼女の、ようやくやってきた初仕事は、何も知らずフィリアの共犯となることだった。


 フィリアの声に不穏なものを感じ、マリアたちフィリアの側近たちは、その先に居るシェリルを制する為振り返るが、流石というか、残念というか、不本意なりにも獣人(ランカンスロープ)の優れた運動能力のおかげで、制する声を発するよりも前にシェリルの動きが勝ってしまった。



 マーリンたちの頭上を超えてフィリアに向かう鈍色のいくつもの球体。



 確かに、大きなリュックを背負っているのは不審だった。

 況してや、それがフィリアの命令だったというのだからもっと疑って当然だった。


 いや、疑ってはいた。だが、問い質したミミが、ならばとフィリアの為、常用するクッションまで預けたものだから、油断していた。


 側近たちは心のなかでミミにジト目を向け、普段フィリアが時折口にする『駄メイド』という称号に深く同意していた。



 『天井の星(オーラリー)



 フィリアが呪文を唱えると同時に、フォン――――という機械的な音を鳴らした球体たちは、継ぎ接ぎの隙間から光を漏らし、引き寄せられるようにフィリアの周囲を漂い回った。



 「・・・フィー。それは、魔導具?」


 「はい!まりょくぞうふくそうちです!!」


 「魔力、増幅・・・」


 「これでたおれたりしません!!」



 それは、自身の魔法の必要魔力が足りなくて倒れた事を言っているのだろうか・・。


 違う・・違う・・・。

 努力の方向性が、まるで見当違いだ。



 「・・魔力の増幅って、私、そんな難しい魔導具の作り方、教えた覚えなのだけど」


 「おじさまにおそわりました!!」


 「あぁ・・居たわ。・・魔道具に関して、これ以上ない教師(元凶)が」



 思わず目頭を押さえたマーリン。

 それもその筈、本来、魔力の増幅というのは文字通り、足りない魔力を補うもの。

 どう間違ってもフィリアになど必要のないもの。


 寧ろ、フィリアがそれを必要とするほどの魔法や魔術など全力で避けるべき案件だ。

 何せ、『俺なんかやっちゃいました?』で天を割る幼女だ。

 低く見積もっても災厄にしかならない。



 そんな周囲の絶望にも気づかず、何処か興奮気味に気合の入ったフィリアは浮かび上がり、テラスの柵に立った。



 『天蓋』



 フィリアが一つ柏を打つと、一瞬で広がる宵闇。


 本来ならば止めたい・・。


 だが、その場の誰もが役割があることを理解し、口を挟めない。

 そして、瞬く間に訪れた夜に、一層止める機会を逸したことを深く後悔する。


 ジキルドが作った『天蓋』の魔術。

 それは夜を作り出す結界術。


 あくまで結界。


 範囲もあるし、限界もある。


 ・・・だが、フィリアが作り上げた夜は明らかに街一つを超えたもの。

 作成者さえ超えた範囲の結界。


 瞬く星が、これほどまでに美しく、疎ましいとは、マリアたちはなんだか泣きそうだった。



 「あっ」



 フィリアの声が弾んだ。

 主人の無邪気さが側近たちの胃を傷つける。


 フィリアが何かに気づき、その視線を追えば、街中から一本の光の筋が空に真っ直ぐと伸びている。



 「ティーからのあいずです!」


 「・・えぇ、残念ながらそうみたいね」


 「いきますっ!!」



 マーリンは感情の消えた目でその光を見つめた。

 こういう時、マーリンは非常に常識人に思える。


 レオンハートの良心。それ故、その隣にマリアはそっと近づき耳元に口を寄せた。



 「・・マーリン様。お役目とは伺っておりますが、一体何をなさるのですか?」


 「え?・・あぁ、()()()()()()


 「はい?」



 気合に満ちたフィリアは柵さえ超えて空中に浮かび、身構える。

 ・・身構えるといえば、聞こえがいいが、やっていることは何処ぞの厨二な病のポージング。


 そんなフィリアの高ぶりに呼応するように周囲に浮かぶブリキの天体も速さを増し、溢れる光も震えるように溢れる。


 悍ましい魔力がその小さな身体を包み溢れ、本来ならば恐れに脂汗が滲むのだが、今のフィリアには違う汗・・冷や汗が止まらないマリアたち。



 腰のホルスターから黒杖を取り出し、天に真っ直ぐと向けると、杖の先から光の筋が伸びる。


 すると、ティーファの合図だという光に並んでもう一筋の光が伸びた。



 それを確認して、フィリアは満面の笑みを見せた。


 愛らしく、無邪気で可愛い、天使と称されるフィリアの笑み。

 しかし、この時ばかりは、悪魔以上に悪魔に見えた。






 『冥王の尾冠(ハレー)』――――――

 ――――――『『愛しき姫様の誘い(ハレー)』』






 宵闇の空に、青白い光を放つ巨大な塊が尾を引き、ゆっくりと現れた。


 『凶兆』『死星』。


 フィリアの前世では、世界中に数多の逸話が残る『彗星』。



 爛々と目を輝かせるフィリアに反して、人々は目を見開き、口をあんぐりと開け、言葉を失っていた。



 「・・やっぱり、精霊よりフィーの方が危険かしら」



 冷静なマーリンの分析もこの場の反応としては十分に規格外(レオンハート)


 星を呼んだフィリアもだが、それを冷静に眺めるマーリンも。


 そして、それを依頼したであろうゼウス。



 そしてそして、フィリアの幼馴染二人も・・・。




 


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