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157 癒せぬ感情



 翳すように向けられた掌から光の粒子が降り注ぐ。


 エラルドの掌から浴びる光は、日だまりのように暖かく優しい。

 思わず心地よさに目を細め、そのまま寝入ってしまいそうなほど。



 「さぁ。これでもう大丈夫だ」


 「ありがとうございます」



 起き上がれるだけの体力こそまだないが、身体に纏っていた熱と気怠さは溶けるように掻き消えていた。


 エラルドの掌は離れたのに、身体に残る暖かさは残り続け、フィリアの身体を包み込んで優しく癒し続けている。



 「だけど今日は絶対安静ですからね」


 「はぁい・・」



 ベットに横たわるフィリアに、ルリアは眉をしかめて布団をかけた。


 同い年・・・少なくともフィリアの方が精神的には大人のはずなのだが、ルリアの方がよほどしっかりとして見える。



 「流石はバレーヌフェザー大公閣下。見事な治癒術ですな」



 感心した声を漏らしたのはフィリアが生まれてからずっとお世話になっている、専属医。

 


 「かの有名なパージス医師にそう言ってもらえるなど、光栄ですな」


 「いえ、こちらこそ一人の医師としてバレーヌフェザーの治癒をこうして間近で見れる機会を得まして光栄の至りです」



 パージスは『キルケーの種子』の権威で有名な医師らしく、元はフィリアを身篭っていたリリアの専属医で、そのまま、フィリアの専属医になった人らしい。



 「・・しかし、本当に見事。並みの治癒術師であれば癒すどころか、姫様を傷つけかねないというのに」


 「フィリア嬢は特別ですからな。無色の魔力を使えたとしても、弱すぎればレオンハートの魔力の弾かれ、強すぎれば虚弱なフィリア嬢の身体に障ってしまう。中々に繊細な調整が必要でしょう」


 「魔術師の治癒も同じです。なので、姫様の場合、体調を崩した際は薬学治療がほとんどです。時間は要しますが、幸いにも、近くにはマーリン様もおりますからね」


 「そりゃ、下手な治癒術なんかよりも確実ですな」



 なんだか二人で盛り上がっているが、その会話にフィリアは気が気じゃない。

 無意識に目を泳がせ、そんなフィリアの様子に気づいたルリアは瞼を閉ざしていてもわかる程に冷めた視線をフィリアに向けた。

 流石はフィリア・・この短期間でルリアからの信用は正しい基準になっている。


 そもそもフィリアがそんな風になる心当たりはわかりやすい。


 周囲から見て、フィリアの代名詞は浮遊などの、謂わば『重力』。


 しかし、フィリア自身、最も得意、というか練度が高いのはそれではない。

 本人も自覚できるほどに隔絶した熟練度。圧倒的な頻度で使っているのは――『治癒』。


 普段ならまだしも、体調を崩した時にも使ったことがある。



 ――――あれって、駄目な事だったんだ・・・



 医師である二人にはもちろん、その卵であるルリア。

 厳しい視線を向けるマリアたち側近。

 誰にもバレないようにしようと心に決めた。


 ・・当然、そんな決心など直ぐに打ち砕かれるだけだが。



 「姫さま。おやすみになられる前に、こちらをお飲みください」



 周囲がフィリアに不穏な目を向ける中、湯気を立てたマグカップを持って、ミミだけが進み出た。

 そして、フィリアのベットに腰掛け、寄り添うようにして、マグカップを丁寧に手渡す。



 「・・ありがとう」



 立ち上る湯気と共に、幾つかのスパイスと蜂蜜の甘い香りがする。

 特に、生姜の香りは強く、発熱と共に傷んだ喉と鼻が、匂いだけで楽になりそうなほど。


 とは言え、エラルドのおかげで、ほとんど体調は元通り。

 身体の重さは残っているが、それは単に魔力と体力の問題で、少し休めば大丈夫なはず。


 それ故に、ミミの心遣いが少しチグハグに感じた。



 「・・ミルクじゃないの?」


 「はい。安眠作用に加え、喉にも効果があると思いますよ」



 有り難くはあったが、フィリアはミミの気遣いに戸惑いを浮かべた。


 大公家の姫、その側近であるミミが、バレーヌフェザーの事を知らないわけがない。

 況してや、こんな些細な事でさえ、バレーヌフェザー大公であるエラルドの力を疑ったと思われても仕方ない。


 普段は確かに駄メイドなどと揶揄されてはいるが、それはミミの優秀さを知った上での冗談。

 本来、ミミがその程度の配慮を欠かすことなどあり得ない。


 だからこそ、フィリアはミミの意図が読めず首を傾げた。



 だが、それは、フィリアだけだった。

 周囲の者たちは首を傾げたフィリアを見て、視線を伏せるように表情を強ばらせた。


 すぐ傍のミミだけは表情を翳らせながらも笑みを浮かべ、フィリアを優しく抱き留めた。



 それもまた、普段のミミならばありえない失態。

 身内だけならばまだしも、エラルドとルリア、その従者たち。他家の目がある中で、一従者がその主人を抱きしめるなど褒められたものじゃない。


 しかし、それもまた、誰も咎めることはない。

 只々、フィリアだけが置いて行かれたように理解できていなかった。



 抱きしめられたまま、ふと視線を動かすとエラルドと視線があった。

 何処か寂しげに、微笑んだエラルドは、一瞬視線を泳がせたが、それからフィリアとしっかり視線を合わせた。



 「・・今日明日には、『浄化』も終わる」


 「え・・・」



 フィリアもまた魔術師の子。・・そしてルーティアの住人。

 エラルドが言う『浄化』の意味をわからないわけがなかった。


 それは・・・愛する祖父、エラルドとの別れ。


 最低でも一日三回、それを毎日。

 例え眠ったまま、何も返ってこないと分かっていても。

 度々通い、顔を見て、語りかけ、花を添える・・それすらも出来なくなる。



 そして、同時にミミの気遣いの意味を理解する。



 「・・ですので、歌の支度をしておかなければなりません」



 歌とは・・ジキルドの為の、鎮魂歌。


 安息を願い、魂を送り出す為の歌。


 この国の葬儀では当たり前の儀式。

 誰でも良いわけではなく、所謂、乙女が歌い、故人を癒す同時に送り出すもの。


 基本、聖歌を選曲する為、シスターや聖歌隊の子供たちに頼む事もあるが、多くは親族の子供が歌い、家族を送るのが一般的だ。


 当然、レオンハートは後者。

 家族の為に出来る事があれば、人に譲ることなど決してしない。



 「・・・リーシャおねえさまは・・」


 「リーシャ様は、当日、ハープを弾かれるそうです。・・・ハープは、ティアラの特技でもありましたから。・・ジキルド様はティアラの事を殊のほか可愛がっておりました、ティアラもジキルド様を慕っておりましたし、リーシャ様はそれを知って励んでおいでです」



 つまりはフィリアの独唱。


 本当だったならば、ゼウスたちの結婚式で、フィリアはその歌声を披露する予定だった。

 だが、悪魔の来襲というアクシデントもあってそれが流れた。


 マリアたちとて、フィリアの歌声を初披露する場が、大切な家族を悼む場になってしまったことに何も思わない訳はない。

 せめて、初めてくらい、いつものの天真爛漫な無邪気さで、よい思い出を・・と望んでいた。


 しかし、奇しくもそれは叶わず、幼い姫に心労を強いるものとなってしまった。


 もちろん、この大役が、望ましくない訳ではない。

 寧ろ、気遣いから、この役目をフィリアが担えなかったら、確実にフィリアにとって大きな後悔が生まれる。



 だからこそ、その場の者たちは言葉を見つけられず、表情だけを強ばらせていた。


 この事だって、急遽決まった事ではないだろう。

 事前に決まっていたか、それが当たり前としてあったのかはわからないが、意外なことではなかったはずだ。


 それでも、フィリアが知らないのは、単に覚悟が足りなかったから。

 側近としてあるまじき私情ではあるが、それを誰が咎められるか。


 中身がどうあれ。普段がどうあれ。

 フィリアはまだ幼い、子供。


 慕っていた祖父を失った幼子に、淡々とそんな役割を告げれるほど、主人の心に鈍感にはなれなかった。



 「フィリア嬢」



 エラルドがわざわざ膝を折って、フィリアと視線を合わせた。


 ミミは抱き留めていたフィリアを少し解放するように緩めると、離れはしないが、フィリアがエラルドと向き合えるよう身体を逸らした。



 「今日は絶対安静だが、もし明日の朝、問題がないようだったら、湖に行ってみるといい」



 フィリアが行けるのは敷地内のみ、湖と言われて思い付くのは一つだけ。

 だから迷うことはないが、理由がわからない。


 わからないのはフィリアだけではなく、他の面々も同様。


 それ故、エラルドのその提案に眉を顰めた。


 いつもならば、熱をだし寝込めば数日は動けないフィリア。

 それどころか、倒れたその日に目を覚ます事だって希だ。


 それだけ、バレーヌフェザーの癒しが特別なのだということも、彼らがいれば心配がないということも、わかってはいても、いつもの感覚から、歓迎はできなかった。


 とは言え、フィリアにならまだしも、他家の当主、それも大公閣下の提案に意を唱える事などできない。

 さらに言えば、バレーヌフェザーは医学会の王。その所見を疑うことはおろか、無理などさせないだろう。



 「お祖父様。フィルにあまり無理をさせないでください」



 しかし、ただ一人、同じバレーヌフェザーの幼子、ルリアだけが、不満を隠さずエラルドに意見した。

 ただ、それは医師としての所見というよりも、この二ヶ月を傍で過ごした私情からでたもの。


 エラルドもそれをわかっていて、それでも、不快感を示すことなく微笑みを向けた。



 「ならば、ルリィも同行して来なさい。そうすれば何かあっても心配ないだろう?」


 「ですが、私はまだ・・・」


 「フィリア嬢も十分にレオンハートとして規格外の傑物だが、ルリィもバレーヌフェザーとして、着実に常人の域を離れているから、大丈夫だ」



 それはある意味大丈夫ではないのではないかと思うが、ひとまずそれは置いておいて。


 大人顔負けの魔術師としての才と実力を持つフィリア。

 幼子には過ぎたもので、確かに、規格外。


 そんなフィリアと同等だというのであれば、『治癒』の力を持つバレーヌフェザーのルリアが、傍にいるのは、下手な治癒術師や医師を連れ歩くよりも確かだろう。


 それは、普段からフィリアの規格外さを身を持って知っていれば知っているほど、嫌な説得力を感じる。



 それに、何より、この二ヶ月。

 フィリアが、異常な程に鍛錬ができたのは、ルリアのおかげだった。


 今日は偶々パージス医師の定期検診の日で、さらにエラルドも同席したため、任せたが、いつもはルリアがフィリアに治癒を施していた。


 ルリア自身は、それがフィリアの行動を助長させたとして悔みながらも、苦しむフィリアを放って置けなかった。

 このあたりが、医師としては未熟な部分なのだが、普段から異常な程、大人びているルリアが、私情を優先するのは、年相応な珍しい姿でもあった。



 「・・ルリィ。おねがいしてもいい?」


 「フィル・・・」



 ルリアはフィリアに渋々ながら頷きを返した。



 


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