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156 フィリアの焦燥



 制御された水の流れは、水路として役割ではなく、一つの装飾や造形となり、白と青を基調とした聖堂に流れ、彩っている。


 清涼な空気は少し肌寒いほどで、より水の音に色を添えている。


 水の聖堂。


 湖の上にあり、水の都と称されるファミリア。

 そのシンボルの一つであり、レオンハートの居城である『青の城』にある聖堂は、厳かであると同時にそんな、水の象徴、そのままの神秘的な世界を体現していた。




 「・・・思った以上に情報はなかったか」


 「申し訳ありません。名前さえわかれば、それなりに調べがつくと思ったのですが・・甘かったです」



 そんな聖堂の中、青のステンドグラスの光を浴びて立つアークに深々と腰を落として頭を垂れる男。


 アーク付きの執事。『宰相様』こと、レオンハート家宰、ロバート。

 彼は、苦い表情で詫びるように頭を下げた。



 「仕方あるまい。・・そもそも、聖教内では『聖人』に関する詮索は禁忌だ。研究していても、それを公表などできないだろうしな」


 「バレーヌフェザーでも、方々に質問書などを送っています。我が家は聖教にも少なくない影響力を持っていますから。・・・ですが、それでも思ったような情報はまだ・・」



 エラルドとルリアもその場の雰囲気に浄化されぬ程の苦い表情を浮かべていた。



 「いや、名前がわかっただけでも、大きな成果だ。これまで、何百年もの間、何の手掛かりもなかったんだからな。・・・ルリア嬢、深く感謝する」


 「い、いえ・・私だけでなくフィル・・ご息女の力添えあってのものですから」


 「それに、感謝をするのは違うだろう。レオンハートには特別因縁があろうが、『禍ノ芽』と因縁がるのは、何もお前たちだけではない。我ら五大公家・・ルネージュにとっても宿敵なんだ」



 エラルドは穏やかな声で軽い誂いを含ませたてはいたが、その表情は変わらず苦さを滲ませたものだった。



 「とは言え・・わかったのは、実質、名前だけ。・・それも、情報は乏しく、『真名』だという確証もない・・あくまで、可能性が高いというだけ。・・ゼウスは何と?」


 「『禍ノ芽』とて高位の精霊。格が上がれば上がるほど『真名』の意味が大きくなる事を考えれば決して無視は出来ない影響があるはずです・・。ただ、並みの悪魔ならば、『真名』ひとつで、全てを奪う事もできますが、『禍ノ芽』には『悪魔祓い』の効果がなかった事もあるそうなので、正直、おにぃにも、どの程度の効果があるかわからないそうです。・・とは言え『真名』自体は、悪魔以前に、そもそも精霊という存在にとって特別なもの、全くの無意味という事はありえないでしょうし、一つの切り札である事は確かだと言っていましたが」


 「・・で、あれば、まだ早計か。・・しっかりと備えた上で、確実に仕留められるよう、多様できないな」


 「はい。今は、少しでも情報を集めましょう。・・ロバート、頼む」


 「はっ」



 アークは視線を聖堂の中心に移し、少し間を空けて口を開いた。



 「・・エラルド様、父の方はどうですか」



 アークの見つめる先、聖堂の中心には重厚な柩が鎮座していた。


 柩から溢れる程の花が添えられ、室内だというのに水の流れが微風を産み、溢れた花弁が僅かに浮かび上がるように舞う。

 そのうちの幾つかは水面の落ち、水の流れに、更なる彩りを加えている。



 「順調だよ。・・・二ヶ月も要してしまったが、もう少しで浄化も終わる」


 「・・・そうですか。ではそろそろ葬儀の予定を決めましょう」



 幾多の花の中に埋もれるように眠るのはジキルド。


 本当に眠っているようで、ここ最近の急激な容姿の変化もなく、あの時からまるで時間でも止まっていたかのように、そのままの姿。


 只々穏やかで、何処か微笑んでいるかのような安らかな寝顔。


 ただ、奇しくもその周りに舞う花弁と、花の海が、ジキルドを現世から離れた存在に見せていた。



 慈しみと、寂しさを滲ませた視線を向けるアーク。

 その表情にはまだ消化しきれぬ感情があるものの、同時に何処か割り切ったかのような覚悟もあった。



 「・・閣下、あの・・・」


 「うん?」



 そんなアークに言いよどむように声をかけたのはルリア。

 意を決したかのように胸を押さえ、それでも、アークの視線を受けて俯いてしまう。


 だが、それだけ十分だった。


 アークは苦笑を零すかのように微笑み、ルリアに近づくと視線を合わせるように膝を折って、ルリアの頭へ柔らかく手を置いた。



 「・・フィーの友人になってくれたんだね。ありがとう」



 その声に、ルリアの閉じられた目から涙が溢れる。

 大粒の涙は、俯いているせいで頬を伝う前に床に落ちてシミを作った。



 「で、でも・・私、何も・・フィルに・・何も・・・出来、なくて・・」



 すぐ隣にいたエラルドも腰を落とし、ルリアの肩を優しく抱くように手を置いた。



 「・・これはレオンハートにとって避けて通れないものなんだ。決して慣れる事はないけれど、それでも、自分自身で折り合いを付けなければならない。・・だから、君のように見守ってくれる人が居るというだけで、我々にとっては大きな救いになる。・・君はフィーにとってこれ以上ない支えになっているよ」



 ルリアは両手で顔を覆うが、涙が止まることはなく、その指の隙間から溢れ漏れた。











 城内。その敷地内にある湖に大きな水飛沫が間欠泉のように吹き上がった。



 「ぐっ――」



 思わず喉が鳴る程に身体を逸らした。

 その瞬間、見えぬ何かが目の前の水面を押しつぶし、抉るようにその場所だけが水位を下げた。


 なんとか、それを躱したものの、その力はその一箇所だけでは終わらず、躱しても躱しても、追いかける様に元いた場所を次々と沈めていく。


 甲高い水馬(ケルピー)の嘶きに合わせ、水面を駆けるミリスの直ぐ傍を飛沫が追いかける。

 そして、一瞬飛沫の猛追を振り切った瞬間、ミリスの轡に合わせて跨った水馬(ケルピー)が方向を変えると同時に反り返るように前足を振り上げ・・そして水面に叩きつけるように前足を振り下ろした。


 瞬間、水馬(ケルピー)の足元から急激に盛り上がるような水のうねりが津波となって水面を走った。



 その津波が向かう方、そこには水面を滑るように高速で動く小さな影。


 物理法則を無視したかのような急な方向転換で津波を避けるが、津波もまた意思を持つかのようにその影を追いかける。


 水面に軌跡を残すような高速飛行に追いつく事はかなわないが、小さな影の牽制には有効で、ギリっと奥歯を鳴らした。



 小さな影・・言うまでもなく、空飛ぶ幼女フィリア。

 水に濡れてもいいよう薄着と、腰に浮き輪を嵌めたどうにも緊張感にかける姿だが、その表情は凛々しく、鬼気迫るものだった。



 「ふっ」



 空気を切り裂くような高速飛行をしていたフィリアが、短い息を零すと一瞬でその速度を殺し、身を翻す。

 そして、津波に向かい速度を上げる。



 『星屑(スターダスト)



 自身と併走するように数十本の槍を創り出し、ミサイルの如く打ち出した。

 津波は強い衝撃と五月雨のような槍の掃射に弾き飛ばされていく。


 しかし、それでも元の水量が大きく、形を崩しながらも、フィリアを飲み込む壁として十分すぎる質量を維持していた。


 その時、眼前に迫った津波の中に蠢く影と真っ赤な瞳が煌めいた。



 『疾風閃』



 次の瞬間、その影から風の一閃が貫くようにフィリアに放たれた。



 「ふっ」



 間一髪それを躱したフィリア。

 だが、次に津波の中から現れた水馬(ケルピー)に跨るミリス。


 水馬(ケルピー)は津波から現れたというより、津波が変じたかのようにフィリアの視界を覆い、フィリアも否応なく速度を殺し、高度を上げて回避するしかなかった。

 そんな隙を見逃すわけなく、ミリスの剣先は浮き上がったフィリアを襲った。


 しかし、ミリスの剣がフィリアに触れた瞬間、フィリアの身体が解けるように散った。


 一瞬目を剥くミリスの視界には、フィリアが変じた朱色のガラス細工のような蝶が無数に舞った。

 そして、その蝶が身体に・・・もっと言えば服の端に触れた瞬間、瞬く間に燃え上がりミリスを業火に包んだ。


 ミリスは奥歯を鳴らすと、瞬時に轡を強く引き、水馬(ケルピー)が嘶くと水中へと潜った。


 しかし、何故か炎は消えない。


 水中をものすごい速度で駆ける水馬(ケルピー)にも焦りが見え、水馬(ケルピー)は炎から逃れるよう飛沫を上げて水面から飛び出した。



 「ラスク!?」



 水馬(ケルピー)のその行動に焦りの声を上げたのはミリス。


 水面から飛び上がった瞬間。その身を包んでいた炎がピタリと消えた。



 「チェックメイト」



 それと同時にミリスの首元には、白い刀身が三方向から突きつけられていた。


 三人のフィリアが空中に浮かびミリスを取り囲んでいた。



 「流石です」



 しかし、ミリスの口元はニヤリと歪んだ。



 「『シルフィ』!!」



 叫ぶと同時にミリスの身体から暴風が生まれ、三人のフィリアがまるで朝霧のように吹き消された。


 そして滞空時間が終わり、水馬(ケルピー)が落ちると同時に再び水面を踏み鳴らし、津波を生み出した。

 更に、ミリスは細剣を肩の高さに、突き出す予備動作のように構え一点を見つめていた。



 「くっ!?・・」



 その見つめる先には津波を隔てて、その津波に巻かれないよう慌てて引くフィリアの姿。

 フィリアもまた、その視線に気づき反射的に黒杖を振るった。


 杖が生んだのは視界が歪むほどの高密度な魔障壁。それを何枚も重ねた、フィリアにしてはお粗末なもの。



 ミリスは細剣の構えを維持したまま、水馬(ケルピー)と共に突進していく。


 水馬(ケルピー)に跨っていたミリスは瞬時に態勢を変え、水馬(ケルピー)を足場にするように乗った。


 そして、津波に追いつき触れる直前。

 水馬(ケルピー)は水面に沈むように潜水を始め、ミリスはその背を蹴って宙を駆ける。



 焦りを見せるフィリア。

 それを見据え、照準に捉えるミリス。



 『疾風【突】閃』



 耳鳴りがするほどの気圧変化。

 それと共にミリスは細剣を突き出した。


 その瞬間生まれる風の槍。


 津波を貫き、弾き飛ばし、フィリアに向かい真っ直ぐと向かう。



 「っ!!」



 フィリアの魔障壁も貫くと同時に吹き飛ばされていく。

 一枚・・また一枚と、一瞬のうちにフィリアの魔障壁が砕け散っていく。


 そして最後の一枚と共にフィリアは後ろに飛ぶ。


 それは勢いを殺し、衝撃を減らすためだったが、ミリスの一撃は予測よりも強く、相殺しきれず、フィリアは勢いよく吹き飛ばされた。



 「姫さまっ!!」



 水面に叩きつけられ、跳ねるように水面を転がった。




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