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154 伝わる訃報



 外からの光も乏しく、暖色系の人工的な光もどこか薄暗く寒々としているように感じる。

内装は豪華で煌びやかだが、何処か堅く、息苦しいような重い空気に満ちた一室。



 「どうかなさいましたか?」



 雲の中にでもいるかと思える程に煙草の煙が充満する一室。

 そんな中にありながらも、優雅に紅茶の煙を燻らせ香りを楽しんでいた貴婦人――ミルは急に動きを止め、自身の腕をじっと睨むように眺めた。


 すぐ後ろで、ミル専属の使用人のようにサーブしていた老執事のギィが、そんなミルの不自然な様子に気づき、そっと声をかけた。



 「・・・老獅子がお亡くなりになりましたわ」



 目を見開くように驚きを見せたギィだったが、それ以上にその部屋にいる全員の息を呑むような驚きの方がその場の空気を一瞬で騒がしく掻き立てた。


 その一言は、その一室に地響きのような衝撃を与え、軍服の男たちの鼓舞が聞こえるようだった。



 「本当か!?ミル!?」


 「直ぐに確認と編成を改めろっ!」



 騒がしさは直ぐに喧騒となり、その場の面々が焦りを見せるように動きだし、指示を怒号のように飛ばす。

 そこには、何処か浮かれたような喜色も滲んでいたが、それを隠そうと腐心するような優れた人間性を持つ者はあまりも皆無で、ギィはそんな程度の低さに眉を顰めた。



 パシンッ――――



 そこに乾いた音が響いた。

 喧騒の中にありながら全てを断つように響いたその音に一瞬で静寂が生まれ、視線が一点に集まる。



 「浮き足立たないでくださいませ」



 皆の視線が集まる先、そこには重厚な扇子を広げ口元を隠すミルが視線だけをその場の全員に向けていた。


 冷たく仄暗い・・それでいて、宝石のような美しい瞳。

 それが、鋭く、重い、威圧感でその場を飲み込んでいた。



 「し、しかし、ミル。これは好機だ!急ぎ動かなければ!」


 「逆ですわ・・・。今がもっとも攻め込むべきではない時」


 「何故だ!?あの化物どもが身内を失ったのだぞ!今が最も弱り、隙だらけだろう!!」


 「それも、あの『彼岸の魔導王(リッチ)』が死んだのだ。これ以上の好機はなかろう」



 軍服の厳つい男たちの勢いにもミルは冷めた様子を崩すことなく、只々冷徹に男たちを眺めていた。



 「だからこそですわ。・・これまで、あの男が楔となって、押さえ込んでいた力がこれからは解き放たれる」


 「何を――――」


 「『魔導皇帝(ゼウス)』『魔導女帝(マーリン)』『魔皇王(アークリフト)』・・レオンハート史上最悪の三兄弟。その楔が解かれたのです。・・今、手を出そうものなら、加減も知らぬその脅威に晒される事となりますわ」



 男たちは言葉を失うように沈黙した。



 「ですが、ディーニの寿命自体は想定内。といいますか、それも織り込み済みで計画を進めていたのですから、焦らずとも問題ありませんわ。・・あたくし共は変わらず準備を不足なくするだけ」



 ミルの冷静すぎて冷淡にさえ聞こえる言葉に、男たちはそれ以上の言葉を飲み込んだが、その顔には不満がありありと浮かんでいる。

 そんな表情さえ取り繕えない低俗さにギィの険は厳しさを増すばかりだが、ミルはそれを気にした様子もない。


 それどころか、フッと微笑むように目尻を怪し気に細めた。



 「とはいえ、ご挨拶は必要かしら?」



 その声は、誂うような妖しさを滲ませた、背筋を何かが這い回るような君の悪さがあった。



 『では、ボクが行って参りましょう』



 執事らしい所作で、ギィは一歩ミルの前に出て腰を折った。



 「貴方は、まだ怪我が治っていないでしょう?」


 『大した怪我ではありませんし、ご挨拶だけです。何ら問題はありません。・・・それと、今一度出向き、確かめたい事もございますので』


 「・・『ティア』の魔法の事ですわね。・・あたくしや貴方と同じ力を使ったという」


 『はい・・。もし、そうであったのならば、早々に対応を考えねばなりません』



 ギィの目は真剣そのもの、剣呑ささえ滲ませ、何処か焦りのようなものさえ感じる。


 ギィの怪我とて、決して軽いものではない。

 精霊に致命を与える物を擦り傷程度とはいえ受けたのだ。


 しかし、それをおしても無理をしなければならなかった。


 あの時は問題視できず、無理をせず引いたが、帰ってミルに報告して初めてその驚異に気づいてから気が気でなかった。



 『妾も行く』



 突如現れた幼い声に皆、男たちは身構えた。



 『兄様・・貴方が出てくるなど、珍しいですね』



 そんな突然の声に動じないのはミルだけ。

 ギィですら顔には出さないだけで、不意をつかれたような驚きがあった。


 部屋の中心。皆が囲むような大きな長机の上に、その声の主。

 幼い少女がいた。


 見た目は、見窄らしくはないものの、町娘のような何処にでもいるような格好の少女。

 とは言え、それは服装だけ。


 大きな眼に、宝石のように煌く瞳。

 白磁器の肌に、絹糸のような髪の毛。


 あまりに整い過ぎた容姿は、造り物のような完璧さで、人外の美しさ。


 周囲の男たちも見惚れたり、目を奪われたりするよりも、言い表せない恐怖の方が勝り、寒くもないのに悪寒と震えが体の底から湧き上がる。



 『・・ギィ。妾は怒っています。妾の人形を勝手に持ち出した上に、壊したなんて・・妾は不機嫌です』


 『・・人形ならば沢山あるではないですか』


 『むぅ・・反省してない』



 見た目相応の幼い仕草で頬を膨らませる少女だが、そこに愛らしさを抱くものはいない。

 それに、少女のような姿だが、若くはない執事姿のギィに『兄』と呼ばれるような存在。見た目通りの存在であるはずがなかった。



 『・・同じものであれば、また作れば良いではないですか。まだ素材は余っているのでしょう?』


 『何を言っているの?『世界にひとつ(オリジナル)』だからこそ価値があるんじゃない』



 その瞬間浮かんだ美しく妖艶な表情は、本来ならば万人を魅了するようなものであろうが、その場の者たちは揃って顔色を青褪めさせ、醜悪なものを見るよりも悍ましい物を見たように震えた。



 『それに、アレの素材はほとんどないの。あの人形だって、その少ない素材でようやく成功したものなのに・・』



 ミルやギィとは違い表情豊かであるのに、そこに感じる得体の知れなさは二人以上で、その場の者たちは自身の存在を消すように、声も押し殺していた。



 「ウー。ご挨拶だけですよ」


 『えぇ!もちろん!』


 『・・よろしいのですか?』



 再び紅茶を燻らせるようにカップを持ち上げたミルは、まるで子供に言い含めるかのように、穏やかな声で告げた。

 それにウーと呼ばれた少女は喜色満面で喜び、ギィは不満と不安が混じりあったような感情で眉を顰めた。



 「素材を少ししか持ち帰れなかったのも、人形を持ち出すように貴方に指示したのも、あたくしだもの、これぐらいの我が儘は聞いてあげて当然でしょう?」


 『・・甘いのですから』



 呆れたようなギィの溜息に、ミルはフッと微笑みを返しカップに口をつけた。


 ミルとギィの気安さ、機嫌よく笑みを零す少女。

 しかし、その場にいる男たちには、そんな場違いな穏やかさに馴染めるほどの胆力はなかった。


 只々目の前にいる、得体の知れない存在に、自陣営の者だと分かりながらも、首元にナイフを突きつけられ続けているような恐怖だけを増し続けていた。











 遠く長閑な田舎町。

 そこから更に丘を超えた先、町の外れにある一軒家。


 小さくはないが、大きくもない。

 白く、木とレンガで出来た、御伽噺にでも出てきそうな可愛らしい一軒家。


 その敷地にある庭は、丁寧に手入れされていて、見ているだけでも楽しいほどに種類も色も取り取りの賑やかな庭園。

 一角には計算され尽くしたような庭園とは不釣合いな花壇もあるが、それが洗練されただけの厳かな庭園ではなく親しみやすい家庭的な印象を生んでいる。



 そして、そんな庭園を眺められる、小さなバルコニーに紅茶を燻らせる優雅な貴婦人が一人いた。


 美しい姿勢と、洗練された所作に高貴な女性だと察せられるのだが、彼女には何処か違和感があった。


 素敵な家ではあるが、彼女と比べれば格が足りず、見劣りしてしまう所もまた、その理由の一つなのだろう。



 「・・ふぅ」



 カップから口を離して漏れた息も、艶かしいのとはまた違う色気を孕んでいる。

 上品でありながら、深みのある仕草。


 老婆というには若々しくみえるのは、そんな洗練されたものを纏っているからだろう。



 ・・そして、そんな優雅な彼女の傍には一人の侍女がいた。



 「・・・貴女」



 彼女は視線を上げ、侍女を見ると表情を強ばらせた。


 ポットを持ったままの侍女の目には涙が溢れていた。



 「う、ぅ・・・う・・・・」



 引き絞った口走からは、くぐもった声も溢れ漏れていた。


 そして、次の瞬間、侍女は急に堪えきれなかったかのように悲鳴を上げた。

 それは耳をつんざめくような高音と声量。



 「・・そう・・・」



 しかし、急な侍女の豹変にも、彼女の驚きはなく。

 只々、達観したかのように小さく呟き、ゆっくりと瞼を閉じた。






 「魔女様!大丈夫ですか!?今すごい悲鳴が・・・魔女様?・・魔女様っ!?何かあったのですか!?涙が・・」


 「魔女せんせい?・・どこかいたいの?」

 「魔女先生?」

 「まじょしぇんしぇ?」



 その時、騒々しく敷地に飛び込んできたのは神父姿の男と、その後に続く数人の子供たち。

 神父は焦りと動揺に声を上げてながら駆け、子供たちはその後ろから心配そうについて来ていた。


 彼らの視線の先、そこでは侍女だけではなく、貴婦人の彼女もまた静かに涙を流していた。


 声を上げるわけでもなく、咽び泣くわけでもない。

 只々、頬を涙が伝っただけの静かな涙。



 「・・・・・ジキルド」



 庭の一角に咲く、キャットイヤーが風に揺れるのを見つめ、彼女自身にしか聞こえぬほど小さく呟いた。




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