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148 無限の不死者



 「フィー、こっちに来てくれないかい?」



 ジキルドにそう言われても、フィリアは動くことができない。

 その代わり、ゼウスの胸により深く縋ってしまう。



 「・・・怖いかい?」



 理解できないわけではないジキルドだが、その声は少し憂いを滲ませていた。

 微笑んでいても、そんな僅かな感情を隠し誤魔化せる程、ジキルドの体調に余裕はない。


 フィリアもまた、その声に鈍感であれる程、見た目通りの幼女ではない。


 ジキルドの声に、身体が跳ねるように強張ったフィリアは、一瞬だけ瞼をキツく閉じ、覚悟を決めるとゼウスの腕から、ふわりと離れた。



 「フィー・・」


 「・・おじいさま」



 そして、ジキルドの腕の中に静かに着陸した。


 怖くない訳ではない。

 況してや、今のジキルドに触れるのは、前世の幼い頃の記憶を思い出して震える。


 だが、やはり、ジキルドの体温を感じると、縋らずにはいられなかった。



 「ごめんな。・・星の魔術を沢山教えると言ったのに、あまり教えれんくて」


 「・・・」



 ジキルドの温もりと鼓動、それをさらに求めるように身体を深く寄せる。

 少しでも、逃さぬよう・・・しかし、そうすると感じてしまう。遠くなるジキルドの灯火を。



 「『りっち』でしょ・・・」



 フィリアは責めるような呟きを零した。

 それにジキルドは一瞬瞠目すると、苦笑を漏らした。


 『リッチ』。つまりは不死の王と称されるジキルド。


 ジキルドにとっては、あまり誇らしくない、黒歴史のような二つ名だったが、フィリアの茶化すわけでもない声にはそんな反応もできなかった。

 寧ろ、切実な恨み言のようなフィリアの声に、ジキルドはそっとフィリアの頭に手を置いた。



 「・・私が初めて、死の淵から蘇ったのは、二歳の頃・・フィーと同じ頃だったかな」



 懐かしむように、説くように話し始めたジキルドの声にフィリアは少し視線を上げた。



 「私もフィーと同じ『キルケーの蕾』でね」


 「え!?」



 その言葉に驚いたのフィリアだけじゃなかった。

 思わず声を上げたのはフリードで、その表情はフリードには珍しく豊かなものだった。



 「『ティア』の名をもらえる程の魔力は無かったがな」



 レオンハートは特殊な伝統と慣習の為、『キルケーの蕾』が生まれやすい。

 それでも、フィリアほどの魔力を持つ事は稀。



 「それでも、『キルケーの蕾』・・。多大な魔力を授かる代償に、生まれ持って身体は虚弱となった。それこそ・・いつ死んでもおかしくないと言われる程に、な。」



 只でさえ、人外な魔力量にその身を晒し、決して丈夫とは言えない身体を持つレオンハート。

 その上『キルケーの蕾』ともなると、その身体は想像以上にボロボロであって当然。



 「そして、その時が来たのが二歳の時。『キルケーの蕾』によって蝕まれた身体が限界を迎え、高熱に魘され、意識も朦朧とし、身体にも力も入らない。そんな状態が五日間も続いた。・・当時、私は、フィーと違って魔力操作もまともに出来ず、家族も『キルケーの蕾』が齎す魔力と虚弱な私の身体に手が出せなかった。・・最早、只々その時を待つだけの状態だった」



 幸運にもフィリアには前世の記憶があり、生まれた頃より自我があった。

 魔力などという未知の力であろうと、そのアドバンテージはあまりに大きい。


 フィリアもまた、ベットの住人であることが多い虚弱体質ではある。

 それでも、普通に日々を過ごせているのは本来奇跡であり。フィリアもまた、ジキルドと同様かそれ以上の危機があってもおかしくなかった。



 「そんな時、私の兄が、自身の『顕華』に目覚めた」



 ジキルドの兄と言われて頭に浮かぶのはゼウロス。ナンシーの父であり、本来ならば大公となり魔導王の地位を継いでいたであろう人物であり、例に漏れずレオンハートらしい魔術師。


 

 「・・兄の花紋はキャットイヤー。たんぽぽによく似たその花を模した家紋は、私の魔力を根こそぎ奪っていった。・・レオンハートにとって魔力枯渇は死活問題だが、『キルケーの蕾』は生み出す魔力量も異常で完全に枯渇すること自体が難しい。・・その為、私は、兄のおかげで一命を取り留める事ができた。・・その上、その効果は術者が解くか、解呪しない限り永続するもので、私はそれから、『キルケーの蕾』に命を蝕られる心配がなくなった。・・それと同時に『キルケーの蕾』が齎す恩恵も得られなくなったがな。・・レオンハートとしては、あまり喜べることではないし、兄もキツく罰せられたが、私は、そのおかげで生きることが出来るようになった」



 本来ならばその身に余るほどの魔力を齎す『キルケーの蕾』。

 得られるものに対しての代償はあまりに大きいが、レオンハートにとっては祝福にも等しい力でもある。


 その恩恵を、ほとんど奪ってしまったゼウロスは周りから酷く責められただろう。

 そして、レオンハートの面々を見る限りゼウロスがそうなることを予想できない程に無知だったとは思えない。普段はアレでも、レオンハートの者たちは幼くとも利発だ。


 ジキルドも、だからこそ、それを語る中に何の含みも持たず、優しく微笑んでいられるのだろう。



 「それに、並みの魔術師に比べれば多くとも、レオンハートとしては少ない魔力となってしまったが、その分、魔力操作は歴代最高の腕前だと自負出来るまでになれた」



 ジキルドが持つ『(ディーニ)』の名。

 そこにあるのは何も後暗い戒めだけではない。


 『無限』の意味もあるその名。

 寧ろ、精霊語をあまり知らぬ者たちはそちらの意味だと思っている程だ。



 ジキルドの纏う魔力は家族の中で最も少ない。

 フィリアを抜いても、幼いアランよりも明らかに少ない。


 その理由は、ジキルドの身体に残る『顕華』の力が、魔力を喰らい続けているからだった。


 例え、『キルケーの蕾』の異常な魔力生成があろうと、放っておいて魔力が完全に回復することなどない。

 その為、『顕華』に奪われる前に、生成されたばかりの魔力をジキルド自身が支配し奪わなければならない。


 もちろん、それは簡単な事ではない。だが、ジキルドはそれを成し、遂には並ぶ者がいない程の魔力操作技術まで得た。


 その結果。魔力効率は最適化され、無駄もなく。全く同じ魔術を、優れた魔導師たちの数十分の一の魔力消費でジキルドは扱えるようになっていた。

 そうなれば、消費魔力よりも生成される魔力量の方が勝り、実質『無限』となる。


 相対する者たちも、この術ならすぐに枯渇するだろうと高をくくっていたら、永遠に終わりが来ないのだ。相手からしても正しく『無限』。



 魔力操作を極めた、究極の魔導師。

 ジキルド・ディーニ・レオンハート。


 全ての魔導を統べる頂(レオンハート大公)


 その名に相応しき、『魔導王』。



 「・・兄には感謝しかないな」



 本来ならば、ジキルドもフィリア同様、無尽蔵の魔力で他を圧倒するような恩恵を得ていた。

 だが、それは恩恵以上にその身を蝕む呪いとなっていた。


 まだ物心さえつかないであろう年齢で死を迎えるほどに。


 それを救ったゼウロスは、ジキルドにとって、紛う事なきヒーローだっただろう。



 「・・それが初めて死を乗り越えた時の話」


 「・・はじめて?」


 「そう。・・あとは、滞在していた領事館に戦術級の魔術が打ち込まれたとか、渓谷の深い谷底に落ちて飲まず食わずで一ヶ月程遭難したとか・・あぁ、重しを着けられて海底に沈んだこともあったな。・・他には、心臓を貫かれたり、飛空艇から突き落とされたり――――」



 流石はレオンハート。武勇伝が大抵規格外。

 一つ一つが生きているのが不思議なものばかり、確かに『不死』だ。



 「あら、そんな武勇伝ばかり。確かにそれらもきっかけではありますけれど、決定的なものが抜けておりますよ」


 「・・・それは、言わんでも・・」



 いつもと変わらぬ微笑みを浮かべてアンリが割って入ると、ジキルドは途端に口を噤んだ。


 アンリはジキルドの口を再び湿らすように布を当てると、フィリアの頭を優しく撫でた。

 それに反応して、フィリアはアンリに視線を向けた。



 「お祖父様はね、魔導師になる為の論文を書くために一度死んだのですよ」


 「ふぇ?」


 「・・死んでない・・・」



 穏やかな口調に似つかわしくない不穏な単語にフィリアは眼を見開いた。

 ジキルドの否定は、残念ながら誰の耳にも留まらない。



 「遠征先の森の中で無防備に横になり、そのまま息を引き取ったのです」


 「だから、死んでないって。・・ただ、魔力操作で『仮死状態』になれるか試してみただけだ・・」


 「お祖父様・・・」



 フィリアだけではなく、フリードの視線も痛い。



 「魔力操作における究極の秘技と言われるそれを、魔物も跋扈する森の中で無防備に行うこと自体ありえないでしょうに・・。偶然、近くの村の若い狩人が見つけてくれたから良いものの、下手をすれば、魔物の餌ですよ」


 「・・昔の事じゃないか・・・」


 「・・お祖父様」



 目を真っ赤に腫らしたアランも、涙が引っ込み呆れた視線を向けている。



 「・・それに若い狩人も、死んでいると思って、村の教会まで運んで、神父と共に共同墓地に埋葬して冥福まで祈られたのですよ」


 「え・・うめられたのですか?」



 フィリアの驚きはフリードもアランも同様。

 ただ、ジキルドの子供である三人はよく知っているのか、感情のない目でアンリの話を見守っている。



 「本当に同情しますよ・・。冥福を祈っている最中に、地面から腕が突き出てくるのですよ?・・私なら、一生、夢に見ます」



 めちゃくちゃホラーな光景。


 ・・なるほど、墓地の底から蘇り、這い出す姿。

 アンデット、ゾンビ・・・間違いなく『リッチ』だわ。



 「おじいさま・・」

 「お祖父様・・」

 「お祖父様・・」



 孫たちの視線が痛い。



 「一応、その成果で魔導師の称号は得ましたが、同時に『彼岸の魔導王(リッチ)』などという魔導爵まで得てしまって・・きっかけは多くありますが、決定打は間違いなくソレですからね」



 若い狩人と神父はきっと悪夢に魘された事だろう・・。



 そして、いつの間にかその場を支配していた悲壮な空気はなくなっていた。

 いつもの、緊張感がかけたような雰囲気。



 ジキルドは呆れた目を向けるフィリアを見つめ、微笑んだ。



 「・・流星群の話、聞いたぞ」


 「っ・・」


 「・・・一緒に見れなくて、ごめんな」



 フィリアは顔を歪め、それを隠すように再びジキルドの胸に顔を押し付けた。

 ジキルドは温かく濡らすフィリアの頭を抱くように、優しく撫でた。



 鼓動。体温。

 今のフィリアにはそれだけではなく、魔力さえも感じることができる。


 前世の頃よりも明確に、大切な人の旅立ちを感じていた。






 「お祖父様!!」



 その時、勢いよく部屋の扉が開かれた。


 そこには、目を真っ赤に腫らしたリーシャ。

 そして、そんなリーシャに手を引かれ、感情が定まらず、躊躇を見せるナンシーが立っていた。


 ナンシーは部屋に入ることさえ戸惑うようにしていたが、ジキルドの姿を視界に捉えた瞬間、息を呑むように表情を歪めた。



 「ディーニ・・・」




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